出会い
「寒い、寒い、寒い!」
極寒の大地で一人の女が悪態をつく。
「これじゃ死刑と変わらないじゃない!」
女の叫びに答えるものは勿論いない。
そんな女の悪態を打ち消すように吹雪が吹き荒ぶ。
「あんな脂ぎった豚の第五婦人なんて、まっぴらごめんよ! そもそも、求婚断ったら反逆罪で島流しっておかしくない?」
聞く者がなくとも女の悪態は止まらない。
「さぶ! だめだ、叫んでるだけじゃ。何とかして体を暖めないと」
女が両手を前につきだす。
「炎よ!」
叫んだ声がむなしく吹雪にかきけされる。
「だめか、もう少し出力を絞って……火よ」
伸ばした腕の先、手のひらの上の人差し指の爪先に小さな火が灯る。
そして吹き荒ぶ吹雪にかきけされる。
「火魔法はだめね。他には……この寒さなら、水魔法で氷の壁が作れるかも」
考えている間にも厳しい寒さが体力を奪っていく。
(水よ、壁を)
女の足元に魔法陣が現れ、陣の縁から空に向かって流れる水の壁が現れる。
だが女の思惑通りに事は運ばない。
流れる水で作られた壁は、流れがあるゆえに中々氷にはならない。
(さすがに凍らないか。まあ、吹雪と風は防げてるから、さっきより暖かくなったけど。このままじゃ魔力が切れて凍死するだけ)
女の焦りをさらに煽るように、吹雪は強くなる。
(不味い。なにか、なにかないの? 寒さがさらに厳しくなってきた)
アオーン
(幻聴? そろそろ本当に不味いってこところかな)
アオーン
(幻聴じゃない! こんな所に、なにかいるっていうの?)
鳴き声が幻聴ではないと判断した瞬間、女に警戒心のスイッチが入る。
(風よ、波を)
女を中心に音の波紋が広がっていく。
吹き荒れる吹雪が音の波を微かに揺らすが、女が聞いた音の気配は見当たらない。
(魔力を押さえすぎた? というかこんな状況で、相手を見付けて私はどうするつもりなの)
女はこんな状況でも敵を認識し対応しようとする、自分に染み付いた癖に小さく笑ってしまった。
(……。いや、考えるのはやめだ。わたしはこうやって生きてきたんだ、なら死ぬまでそれを貫くまで!)
ガウ?
(!?)
新たな決意を固めた女の前にそれはいた。
(な、なにこれ? こんなものどうしろっていうの?)
女の前にいたのは、日の光を全て遮る厚い雲と吹き荒れる雪吹のが作り出す、夜さながらの暗さの中でもわかるほどの黒。
絶望を感じさせるほどの圧倒的な存在感を放つ巨大な漆黒の狼だった。
「これは無理だ。これは、わたし死んだわ」
ワンワン!
「ペロ、何か見つけたのかい?」
ワンワン!
対峙している状況とに対して、あまりにも場違いな穏やかな声が雪原に響く。
(人の声? ペロ?)
女の前に黒い髪と黒い目をもつ、大柄な男が現れた。
(人? 男? こんなところに?)
「おっと、まさかこんなところで外の人に会えるとは」
ワンワン。
「そうですね、ペロ。まずは挨拶からですね」
(ペロ!? ペロってこの魔獣のこと!?)
「こんにちは」
(何? なんなのこいつ?)
「言葉が通じていない? もしや、しばらく外にでない間に言葉が変わってしまったのでしょうか?」
ワンワン。
「なるほど。先ほどまでは普通に話してらしたと」
男が怪訝そうに女を見つめる。
(しまった、何か話さなきゃ)
慌てて何かを話そうとする女を、男が止める。
「無理はなさらずに。このような場所では、満足にお話もできませんね。どうでしょう、場所を変えませんか?」
(場所を変える? なに? どこにつれていくつもり?)
男の言葉に女の警戒心が鋭く反応する。
たとえどんな状況だろうと、自分の身を他人に自由にさせるつもりは更々ない。
もしそんなことが出来るのであれば、そもそもこんなところにもいなかった。
だからこそ、女は負けられなかった。
「わたしに触るな!」
最後の気力を振り絞り、男の漆黒の瞳を睨み返す。
そんな女の反応を見て、男は女が予想だにしない言葉を告げた。
「なんと強く凛々しき瞳」
(は?)
男は片膝をつき女の前に跪く。
(え? なにこれ?)
「私はダイザブロウ・クロガネ。凛々しき瞳の貴女、是非ともお名前を教えて下さい」
「は、え? あ、わたしはピカロ・ノスティール」
「ピカロ・ノスティール。素晴らしいお名前です」
(え? え?)
「ピカロ・ノスティール、どうやら私は貴女に一目惚れしたようです」
ここまでお読みいただきありがとうごさいます。
色々と初めての試みです。
皆様の反応を見ながら続きのペースを考えますので、
面白い、続きが気になると思われる方は、
叱咤激励を含め評価等よろしくお願いいたします。