第1章 第2話 松川商事編
松川商事との商談は成立しました。一応、競合はいたという設定です。
競合については後々出てきます。
なお、松川商事はこれまでネクサスジャパンと10年以上取引を重ねているお得意先です。
設立当初からネクサスジャパンが取引しており、競合他社は入り込めていません。
「松川商事からの入金がない?」
村田が総務部請求管理Gからの連絡を受けたのは12月3日のことだ。
松川商事の銀座移転が10月1日に無事終了し、複合機やPCなどの
納品も全て終了した。総額1000万以上、利益率40%。地域営業部単位で見れば
大型商談といって差支えはない。しかも松川商事得意の一括支払い。
日本橋2課の課長である加藤は
「これで来年春の昇進、そして大手営業部への異動が見えてきたな」
と、10月初めの業績達成者慰労会でそう村田を褒めたたえた。
そしてその好調さをそのままに、村田の下期の営業成績は好調である。
松川商事とは、大型商談を終えた直後であり、総務部長である原からも
「移転後は忙しくなるから、しばらく訪問は控えてくれ」
と言われていることから、ここ1か月半は松川商事を訪問していなかった。
その矢先に総務経理Gからの連絡があったのだ。
正直、入金云々については請求管理Gの仕事であり、そんなことはそっちで
対応してくれよ、と村田は内心で考えていた。
「そうか。確か松川商事の支払いサイトは・・・」
「通常時は月末締めの翌月15日支払い。ただ今回は取引額の大きさから
支払いを翌月末を希望する、という申請書をそちらから出しているな」
請求管理Gの林田が言った。林田は村田の同期である。入社当時は営業職で渋谷区、世田谷区を担当する城西営業部に配属された。営業成績は優秀であったが、本人たっての希望で、昨年から請求管理Gに異動となった。
「そうだったな。電話にも出ない?」
「いや、原部長が昨日電話に出た。『申し訳ない。至急確認する』と言っていた。
そのあと『確認した。明日には支払える』と。」
「それなのに、今日になっても入金がない、と」
「そう。松川商事はこれまでに入金遅れを起こしたことがないから、気になってな」
林田が不安に思ったことは、不幸にも大抵的中する。
嫌な予感をおぼえた村田は林田に訊ねた。
「もしかして資金繰りが悪化している、とか?」
「そうかもしれん。が、確信できるような証拠もない。今、平成リースの
黒木君に松川商事について情報を集めてもらっているところだ」
平成リースは日本最大手のリース会社である。ネクサスジャパン担当の黒木は
村田、林田と同い年ということもあり、度々リース契約時には贔屓にしていた。
「去年の10月に第二製造工場を建てたんだよな。東南アジアへの輸出量をガンガン増やしている最中だから、一時的に資金不足になっているのかな」
とどこか他人事のように村田は言った。
ネクサスジャパンにおいて、請求管理は営業の仕事ではない。
ネクサスジャパンはネクサスの販売子会社であるが、年商3,000億円、従業員も
8,000人以上抱えている。よって業務も細分化されており、入金管理については
総務部請求管理Gが担当している。営業マンは販売とアフターフォロー業務に
専念できるように環境が整えられているのだ。名目上は。
「まぁ松川商事くらいの中小メーカーは資金繰りに苦労するからな。自社への投資を
最優先したいのは分かる。しかし企業間取引は『信用』で成り立っている。
よって支払期日に入金できないというのは信義則違反だぞ」
林田の言うことは尤もである。企業間取引、ましてやリースを使わない一括払いを
好む松川商事のような会社は、支払期日を守らないと一気に信用がなくなる。
取引先の銀行にバレれば資金借り入れにも支障が出るのだ。メーカーである松川商事にとって、銀行からの資金借り入れは無くてならない。
そして、そんなことは先方の原が百も承知のはずだ。
そこまで考えると村田の中で不安が大きくなってきた。
林田に「すぐに松川商事に連絡を入れてみる」と伝え、村田は電話を終えた。
あぁ、仕事が増えた・・・村田は溜息をつきながら受話機を戻した。
そしてすぐに松川商事総務部宛に電話を掛けた。
出ない。
電話は繋がるのだが、誰も出ない。
松川商事の総務部は部長の原を含めて4名。全員が社外に出ていることは考えにくい。
村田は銀座東5丁目交差点近くにある松川商事に向かうことにした。
八丁堀にある中央営業部から銀座まで自転車で10分もあれば着く。
急げ、急げ。
まさか、まさか・・・・
まぁ営業マンあるあるですね。先方からの支払いが遅れると請求管理担当者から連絡が入って
「先方に電話して確認してくれ」と言われるやつです。
お前が電話しろよ・・・とよく思っていました。