第1章 第1話 松川商事編
第一話です。デビュー作です。未熟ですがお時間があれば見てやってください。
「少々相談したいことがあるんだけど。会えないかな」
ネクサスジャパン中央営業部日本橋2課の村田幸平のもとにその電話が
かかってきたのは、6月15日の午後4時過ぎだった。
電話の相手は原孝。日本橋蠣殻町に本社を構える株式会社松川商事という
寝具メーカーの総務部長である。
「これからアポイントが1件あるので、そちらに伺えるのは5時過ぎになります。
それでもよろしければお伺いできます。どのような内容でしょうか」
憂鬱そうな灰色の空を見上げながら村田はきいた。
「電話で言うのも何だからさ。そっちの用事が終わったら、ウチに寄ってよ」
さも気軽気に原は言う。だからこそ嫌な予感がする。
複合機-世間では未だにコピー機という呼び名のほうが通じやすい-の営業マンが
顧客から呼び出される時は大抵、故障かコピー単価の削減要求のどちらかだ。
ましてや松川商事は、つい1年前にネクサスのコピー機を契約したばかりだ。
その際の担当営業マンは既に異動し、村田が後を引き継いだのが今年の4月。
顧客から呼び出しを受けて断るわけにもいかない。村田はいかにも営業マンらしく
「畏まりました。それでは午後5時30分頃に伺わせていただきます!」
と溌剌と返事をして通話を終えた。
今月は、いや今月も成績が捗々しくない村田は溜息をついて、また空を見上げた。
ポツン、と雨が降ってきた。ツイていない。
原が、いつにもない笑顔で村田を出迎えた。
「急に呼び出して申し訳ない。実は重要な話を伝えなくてはいけなくてね」
早速きたか!村田は身構えた。
「急な話だが今年8月1日までにオフィスを銀座に移転することになってね。その際に
ネットワーク環境を一新し、PCやオフィス家具も新調することに決定した」
予想と違い、何だか良さげな話だぞ?と村田は徐々に期待を膨らませる。
「それで、移転に伴う費用を含めて見積が欲しいんだ。具体的には営業や総務がテレワークが行えるようにできるように環境を整えたい。ついでにまだ新しいけど
コピー機も買い替えることにするからさ。それも合わせて見積を頼むよ」
原は内心でガッツポーズをした。新規商談、しかも結構な値段になるぞ!
「畏まりました!早急に調査を行わせていただき、お見積させていただきます」
勢い込んで村田は言った。
「しかしコピー機はまだ契約開始1年です。正直御社にメリットが出るとは思いませんが・・・」
そう、コピー機は契約して早くて3年、平均で4年半前後を目安として、買い替え時にメリットが出るようになることが多いのだ。
「いいんだよ。移転を機に当社も働き方改革を進めたいんだ。御社のコピー機も
新型がこの間出ただろう?クラウドサービスと連携可能なやつ。
あれを上手いこと使ってテレワーク環境の構築の一環としたいんだ」
普段はそこまでお喋りではない原であるが、よほど銀座への移転が嬉しいのだろうか。
笑顔を絶やさず話を続けた。
「とにかく見積を頼むよ。『クールマット』の東南アジアでの販売が順調でね。
勢いをより加速させるために従業員含めた社内への投資を行いたいんだ」
松川商事は5年前に開発した『クールマット』がテレビ通販から大ヒットし、
以降、様々な寝具を開発。また東南アジアへの輸出戦略も功を奏し、昨年の売上高は
過去最高の55億円にまで伸びた。日本橋蠣殻町界隈は基本的に景気が悪いのだが、
この松川商事は業績を伸ばし続けており、銀座に移転するのは残念ではあるが、
蠣殻町から地価の圧倒的に高い銀座への移転は紛れもなく「栄転」である。
「原部長のお考えは大変素晴らしいです。また銀座への移転、誠におめでとうございます。テレワーク環境構築の一助となれるよう、当社もぜひお手伝い致します」
村田は見積は今週の早めに提出する旨を原に伝え、松川商事を後にした。
明日は金曜日、今日中にネットワーク調査依頼をかけ、その他の見積依頼をかける
となると・・・今日は残業だ。退社は22時過ぎになるかもしれない。
それでも村田はこのビッグチャンスに心を躍らせていた。
必ずこの商談をまとめ、自分も松川商事同様に、華の「大手営業部」に栄転してやる!
村田は意気揚々とオフィスのある八丁堀に向かい歩き出した。
さて、もうこの後の内容を想像できた方は少なくないと思います。