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4.桜舞う入学式。後輩の告白からは逃げられなかったよ……


 寒々しい冬が過ぎ、季節は麗らかな春になった。

 今日から俺も晴れて高校2年生だ。

 始業式を終え、体育館から移動する。高2ともなると皆、慣れがあり、とくに並んで移動したりはしない。

 屋外の外廊下から校舎に入ろうとしたところで、俺を呼ぶ声があった。


「はるせんぱーい!」


 ……来たか。

 非常に複雑な思いを抱きつつ、俺は足を止める。

 今日は新一年生の入学式もあった。そして俺を『はる先輩』なんて呼ぶ後輩は一人しかいない。

 もちろん姫川(ひめかわ)由衣(ゆい)だ。

 生徒たちの流れから出て、声のした方を見る。


 桜が舞っていた。

 鮮やかなピンクの花びらが大空を染め上げるように降り注いでいる。

 まるで世界のすべてが祝福しているような光景。そのなかを大きなリボンの少女が駆けてくる。


 生徒の何人かが「おー……」と視線を向ける。贔屓目なしに姫川は美少女だ。桜のなかを笑顔で駆けてくる姿は、それだけで人々の注目を集める。


「入学おめでとう、姫川」

「ありがとうございますっ。はる先輩のおかげです!」

「謙遜したいところだが、まったくもってその通りだな」

「うわー、謙遜しないんだ」

「だって悲しいほどに事実だろう?」

「……はい、悲しいほどに事実です。全身全霊でありがとうございました」


 屋内だったら土下座でもしそうな勢いで、深々と頭を下げる。

 実際、俺が自転車で送らなかったら試験自体受けられなかっただろうから是非もない。

 でももちろん恩に着せるつもりなんてない。


「冗談だよ。姫川がちゃんと勉強頑張ったから今ここにいるんだ。ホームルームあるから、じゃあ俺はこれで」

「待って下さい。逃がしませんよっ」

「くっ、逃げられなかった……」


 颯爽と身をひるがえしたところで、ブレザーの裾を引っ張られた。


「これ、受け取って下さい。はる先輩に伝えたい思い、ぜんぶここに書いてきましたから……」


 差し出されたのは、桜色の便箋。

 風が俺たちを包むように優しく吹き、桜の花びらが便箋の上にふわふわと降り注ぐ。

 受験の日、雪のなかで姫川は入学式に告白すると言っていた。

 その日がきて、桜のなかで姫川は宣言通りに思いを伝えようとしている。

 ……これは逃げられないな。ちゃんと向き合わなきゃいけない。


「分かった。ちゃんと読ませてもらうよ」


 気づけば姫川の手は生まれたてのひな鳥のように震えていた。

 決して傷つけることのないように、そっと受け取る。

 桜の花びらを優しく払い、その途中で……俺はなんか気づいた。

 便箋がうっすら透けていて、なかに入っている紙が見える。これは……。


「……姫川、今開けていいか?」

「えっ、ここで!? さすがに恥ずかしいですけど……はる先輩がそうしたいなら一向に構いませんっ」

「やたら迷いのない返事に悪い予感がピークに達した。開けるぞ!」


 開けた。気が遠くなりそうになった。気絶しなかった自分を褒めてやりたい。

 桜色の便箋に入っていたのは――。


 婚姻届(記入済み)。


「過程吹っ飛ばし過ぎだろ!? 婚姻届とか何考えてんだーっ!?」

「もうっ、はる先輩ったらそんな大きな声で……わたし照れちゃいます」


 ぽっと頬を赤らめ、体をくねらせる後輩。

 同時に俺は自分の迂闊さを呪った。まわりにいた生徒たちが「婚姻届……?」「え、朝倉って結婚すんの? あんな美少女と……?」「でもあの子、新入生だよね? ……通報案件?」とにわかに騒ぎ始めた。


「いやいや待ってくれ! 誤解だ! 俺は条例に触れたりしてない!」

「またまたぁ、はる先輩。2年前、桟橋でびしょびしょになったわたしを思いっきり抱いて、はる先輩無しじゃ生きられない体にしてくれたじゃないですか」

「意訳が過ぎるだろーっ!」


 生徒たちのどよめきが増した。「2年前……っ!?」「じゃあ中2!?」「逮捕だな……」「死刑ね……」「さよなら、朝倉……」


 俺の株が大暴落するなか、姫川は元気よく宣言した。


「あの日、先輩が慰めてくれたから生きていこうと思えたんです。どうか末永くおそばにいさせて下さいっ。なんでもします!」


 桜の舞う、麗らかな昼下がり。

 こうして俺の波乱の高校生活が始まった。


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