Ⅲ
十歳になった。
といっても、体が大きく成長したわけでもないし、二分の一成人式を行ったわけでもない。この世界には成人だとか大人とか、そう言う関係はあまり重要視されないらしい。有能な奴が成りあがって無能は人生積みゲーというとってもわかりやすい実力至上主義世界のようだ。まぁ、聞く限りの話だけれど。
変化と言えば武器防具を得られたことだ。もらえないと端から決めつけず、しっかりと主張してみるのもたまにはいいな。もらえたのは如何にも駆け出し冒険者が着けていそうなもので、案外気に入っている。身の丈にあったものが一番いいのだ。だからといって、それを魔道具にしない理由にはならない。鎖帷子には流石に魔法陣を刻むことはできなかったけれど、短剣と短刀にはしっかりと刻んでおいた。鞘に刻むのも忘れていない。でもなぜか、それを見せたら笑われてしまった。うーむ、何か変な間違いでもあったのだろうか。未だに理由がわからん。
誕生日会はささやかに開かれた。いつもはない一皿があって、秘蔵だというフルーツジュースの栓を開けてくれて、いつもよりちょっと、一日が早く感じたくらいだ。ほんの少しの非日常が丁度良い。年齢を千倍した金額がリビングに置いてあっただけのあんな誕生日より、断然いい。
そんな幸せを噛みしめた日の翌日、森への初進出日がやってきた。今日は初めて森へ行ったから、スライム記念日だ。なんつって。この星には著作権なんてない。あっても著作がない。ほんと異世界最高。
「私から離れちゃダメ」
「ロープでつなぐの?」
「それでもいい。あれで足りそう……」
「冗談、冗談だから。ちゃんと僕から目を離さないでね」
この世界に来てはや十年。初めての外界だ、少々緊張はある。この世界にはGPSもコンパスもないのだから、迷ったらもう戻れなくなる可能性が非常に高い。もとよりひっついて行動するつもりだった。
数日中の目的は周辺地形の把握、もといマーキング・マッピング作業だ。戦闘や索敵はもっぱら彼女に任せ、僕は今後の為に活動する。彼女にもマーキングをしてもらおうかと思ったのだが、首をかしげて頬笑まれてしまった。めんどくさいから自分でやれ、ということだろう。面倒なことほど簡単なものはないのだけれどなぁ。
「じゃあ500トルごとに打ち込むから、警戒お願いね」
この世界の長さの基本単位はトルというらしい。生憎とメートル法との違いがわからん。1mの定義を知っていても国際メートル原器とかないし、どうやってそれを作るか知らんからどうしようもない。計算は比率で何とかなっているし、今のところあまり問題はない。因みにトルの定義は知らんが、リアケイトという金属で棒がつくられており、それが長さ・重さの基本単位となっているらしい。ものさしなんかも作られていて、長さはそれで覚えた。それを基に長さを測る魔法を開発したお陰で計測はずいぶん楽になった。
まずは家の前に一際太い杭を打ち込む。これが原点だ。上に3トル出した長さ5トルの杭は原点という役割だけではなく、記録という役割も持つ。この原点から四方2500トル——要するに、5000×5000×5の空間にメモリ付けするのが本日のノルマだ。
持ち物は武装と5トルの棒もとい魔道具一本。この棒には形状固定と周辺情報記録・送信の機能を具えさせた。いくらぶっさしても引っこ抜いても魔力が続く限り壊れることはない。作業は単純。まずは縦横500トルごとに2トルぶっさして魔力注入。五分くらい待ったら引っこ抜いて次だ。ちょっと魔力消費が馬鹿にならないくらいで、苦ではない。上から見たらマス目みたいになれば成功。失敗してもまたやり直せばいいだけだ。
「辛くない?」
なんて二十回ほど打ち込んでから心配してくれたが、
「確かに辛いね、バカ長いこの棒運ぶって結構……あぁ、木が邪魔」
僕が心配だったのは、いつまでストレスに耐えられるかであった。辛いというよりうざいかもしれん。モンスターという障害がないとはいえ、入り組んだ森で長物を持ち歩くのは結構難しい。縦にしようにも枝葉にひっかかり、横にしたらゴトゴト引っかかる。いちいち邪魔で面倒臭いのである。
だから途中から転移魔法で運ぼうとしたが、一回目で地形を変えてごっそり飛んでくることがわかったため止めた。勿論変わった場所は再記録である。
結局そうやって無駄に時間がかかったが、何とか夕方までには終わった。
原点の杭に送ったデータは、統合して木版として記録する。この記憶回路を作るのには随分苦労させられた。魔法陣で二進数によるデータ処理を再現したがまぁ大変だったこと。範囲内全てを記録すためにこんなに大きくなってしまった。中に空間があれば余裕で人が生活できるレベルだ。送るだけならもっとスリムで済むのだが、こればっかりは仕方ない。初期のコンピューターと同じことだ。
といっても、ここからが問題だ。データの記録までは完璧なはずなのだが、抽出がどうにも完璧ではないのだ。データを再変換して画像化し、それを木版として彫り出すことで視覚化するという工程のどこかで失敗することがある。材料も無限じゃないからあまり失敗はしたくないのだが、こればっかりは現技術の限界だ、仕方あるまい。最終目標はジオラマ化だが、それは難しいだろう。
抽出に成功すれば一枚あたりものの30秒ほどでできる。因みに何故か、秒・分・時間・日はこの世界にも存在した。定義が同じかは知らん。
ぽん、ぽん、ぽんっと作って5000×5000の千分の一縮図を五段分作成した。点と線で作られた幾何学模様ののような地図だ。しかしこれは地図が高級だというこの世界ではかなり貴重なものに違いない。僕って凄い。何がすごいってこんなキッタナイ地図を読めるのがすごい。多分僕以外誰も読めない。
我が家は山の中、それもけっこう標高の高い方にある。流石に雲に手は届かない。北は1500トル行ったあたりから急斜面でより上へと、南は進むほど下りのゆるやかな斜面だった。南の方で川を見つけたが、それは南東にある酷く切り立った渓谷に繋がっていて、伝って下ることはできそうになかった。
東西南北どこを探しても村やこれといった人工物は無く、彼女はいつもどこに出かけているのか不思議で仕方なかった。人より野生動物より、魔物に会うことの方が多かった。といっても然程強くはなく、彼女が手を出す前に僕の魔法で瞬間冷凍されるくらいだから、ここら辺は割と安全な地域なのだろう。
安全であるのはとてもいいことだ。しかし一つだけ問題がある。スライムが見つからないのだ。森に出たいという僕の欲求は全てスライムに由来する。スライムと言えば一番初めに出会う超メジャーキャラクターだろう? この世界には世界の半分をくれる魔王はいないのか。いるわけないか。
スライム探しにはやはり探索範囲を広げる必要がありそうだ。だがこの棒、データの送信限界が5000トル程度。それ以降はやはり自力でのマッピングが必須となりそうだ。しかしそれは森という環境に慣れてからのほうがいいだろう。それまでは1万トル四方の範囲で我慢しておこう。範囲内に村とかあるといいな。
ふっふふっふ、楽しみがいっぱいだ。
「ただいま。ユウ、帰ってるかしら?」
今日も確か、森で探索する日だと聞いていた。私が「おかえり」を言う日も最近は多い。そんな日はいつも、愛しい声が無くてしょんぼりとする気持ちを吹き飛ばす特大のナニカと帰って来て驚かせてくれる。
「おかりー。今鍋に火入れたばっかだから、できるのにも少し時間かかる」
「ありがとう。因みに今日は何を入れたの?」
「狩りたてほやほやの牛モツ、泉の周辺で採れた山菜と、とりあえず毒はないキノコ。出汁は骨からとってあったヤツつかった。味は保証しないけど多分栄養的には十分かな」
『鍋』はユウがたまたま見つけて名付けたとっても簡単な料理。仕事が案外早く終わり、昼頃に帰って来たあの日。ユウが見覚えのない物で食材を煮込んでいたのだ。なんでも、魔法で作った物の耐久力を見るために食材と出汁を入れずっと熱していたようだ。とても美味しそうだったので試しに浮いているキノコを食べてみれば、今までに食べたことのない味がして驚いた。食べられるモノを詰めただけといわれて同じようにしたのだが中々ユウのようにうまくはいかず、何故ユウほどうまくできないのか未だに不思議であるが、美味しいのでまぁいい。そして食材も何故それを選ぶのか未だに理解不能である。
「因みにその牛ってどんな牛だったの?」
「顔がデカくて腕というか前足が長かった。あと太い尻尾と後ろ足で三足歩行してた。でもどう見ても牛だったね、むぉ~とかぶほぉ~って鳴いてたし」
その牛がおそらく討伐困難とされている賞金首であることは言っても意味がないだろう。こんなの日常茶飯事だ。森の管理機関に角の一つでも持って行けば軽く一儲けできるのだが、どうせ毎度の定番だと思いつつ、あえて訊いた。
「角とか尻尾とかってまだ残ってるの?」
「あーごめん、角はほとんど使っちゃったし、尻尾はもう解体しちゃった。食べる?」
「今日はやめておきましょう、ね?」
何度もあったことだ、もう驚くことじゃない。そしてどうやって解体したのかも、どうせ理解できないのだから聞かない方が幸せなのだ。
私が帰って来た時点で既に全てが手遅れなのである。素材は何もかも市場に回って不思議でない水準で手入れされ、加工されている。本人曰く「魔法を使えば簡単、魔法便利すぎ」らしいが、魔法で本来そんなことできないのでもう理解不能だ。
「あ、そうだ。今度少し遠出したいんだよね。三日くらい」
「だめよだめ! 絶対にだめ! 私寂しくて死んじゃうもの!」
「親バカかよ」
つい反射的に否定してしまった。自分が自覚している以上にユウに依存してしまっているらしい。それも仕方あるまい。今まで一日と顔を合わせない日は無かった、それが当たり前。しかしこれは必要なことであるとわかっている。親離れや自立というものなのだろう。あぁ、寂しくなる、死んじゃう……
「いやというか、流石に未知の領域に単身で乗り込むほど馬鹿じゃないって。同行して欲しいの」
「あ……えぇ、そうよね、うん」
それ結局私は会えないじゃない! とは言えず、納得したふりをする。もう思考はどう止めるか、ではなくどうバレずに会うか、に転じていた。
当日
「よし、しゅっぱーつ」
朝食をとってからしばらくして、軽装の二人がそこにはあった。軽装、といっても背負う荷物は大きい。革製バッグは所々が盛り上がった状態で口を閉じられているが、それを背負う少年は苦でもないようにそのまま歩き出した。
太陽を背にする方角へと黙々と進む。進む……進んで、
「……何もしないの?」
「え、何もって何が?」
一刻ほどしてからから、堪えかねて訊くが、とうの少年は意図が掴めず首を傾げた。それが、歩き始めてから初めての会話だった。
「いつも何かする。棒刺したり、草とったり」
「あぁそゆこと。今日は夕方あたりまでずっと歩くつもり。んで、到着した場所で野営。調査とか採集とかは明日めいっぱい使ってやる。その日もそこで野営して、その翌日、明後日はすぐ帰る。予定はこんな感じ。だから今日は特に何かする気はないかな。流石にレア素材とかあったら寄り道するかもしれないけど」
「そう」
そしてその会話も、まったく長く続かない。
歩き歩いて歩きつつ、ふと互いに様子を確認する。そこに会話はない。互いにもう何年も戦い続けているのだから、見るだけで大体体調が掴めるくらいにはなっていた。相手の隙を伺ううえで、それくらいの能力は身についてしまったのだ。
時々魔物は現れるが、瞬く間に処理されてしまう。だがすべて不殺だった。それも外傷がほとんど見られない、とてもいい状態である。吊るして売れば一儲けだ。
「斬った方が楽……」
「だめ、時間かかるし面倒」
目的は遠く移動することであって、よく見かける魔物の素材を一つ一つ採取することではない。別に欲しくない訳ではないが、それ以上に手間と時間の浪費を避けた。
素材をはぎ取らないのならば魔物を殺したところで意味がない。それだけではなく、帰り道でもあるところに魔物の死体を放置してアンデット化されてしまえば面倒で仕方ないし、血の匂いを振り撒けば寄って来るのは必然同種のナニカだ。面倒が面倒を呼ぶ、なんてこと避けるのが合理的。
そして二人は体力に関して言えば人外といって差し支えない。昼食も歩きながら済ませてしまい、進行が止まったのは日が正面に傾き、よく目を凝らして歩くようになったころだ。時間にして半日に近い間歩き続けたのに、二人はまだ体力に余裕があるようにさくさくと野営の準備を進めた。
少し開けた緩やかな斜面。剣で薪を作り始める女性と、自分の三倍はあろうかという太い枝を運ぶ少年という、失笑したくなるような光景がそこにあった。
太い枝は二つの樹に橋を架けるように置かれ、ロープで固定される。そこへ辺と角に輪のある布が掛けられ、輪を通して地面に杭を打ち布も固定される。雨風よけの簡易テントが完成だ。人二人が中で休憩するくらいには余裕があるスペースだ。しかしそれだけでは終わらず、魔法で地面を解し、贅沢に毛皮を敷く。そして支えとなっている木に結界魔術を仕込んだ紙を貼れば完成だ。
テントを張り終えたころには薪は十分に用意されており、魔法で火をつけて腰を落ち着けたころにはもう日は暮れていた。月や星は薄雲に隠れ、頼りなく揺れる火が唯一の光源。
「ご飯、つくろっか」
「……! 作ってっ」
「え、あ、うん。まぁいっか、連れ回している側だしね」
目を爛々と輝かせて言われれば、無理に手伝ってとはいえず、水を渡して休んでいるように言う。そしてバックの中から鍋やら木箱やらを取り出す。その木箱には生肉やら野菜やら食材が詰まっていた。
「それ……」
「あ、驚いた? なんとこれ、生ものでも腐らせず持ち歩くことができるのです、えっへん。研究中の試作品なんだけど、一日くらいは余裕で持つから安心してね」
真空パックで冷凍保存しただけである。魔術で。
鍋には少量の水と、切り分けられた大量の野菜が無造作にぶち込まれ、申し訳程度に肉が添えられたような雑さであるが、元々の食材が良いからなのか存外悪くない味をしている。
土魔術で作った高めの三脚に鍋を置くユウに、下におくかと薪を差し出せばどうしてか断られる。手持ち無沙汰になった彼女に見ててよ、と笑いかけると、三脚の内側に小さな炎が現れた。ゆらゆらと大きくなり、その先端が鍋のそこでぼわぁと広がった。さらにそこから変化が生まれ、みるみると色が変わっていく。赤く揺れていた炎は、時折その残りともいえる色を見せるが、ほとんどが青色へと変わっていた。
「プロパンでもありゃ楽なんだけどなぁ……はぁ、石油欲しい。」
「……きれい」
「あ、たまに爆発するからあんまり近寄らない方がいいよ」
「早く言って」
魔法で無理矢理ガスコンロを再現しているのだ、正直どんな副作用があるのかわかっていないで使っている。魔法で出す炎の根本原理は燃焼反応ではないのだが、どうしてか酸素というか空気を送り込むことでより強い反応を示してくれるのである。不思議で仕方ない。
静穏な森にぐつぐつと音が立つ。いつもの食卓ならばここに会話が添えられているが、やけに静かだ。しかし会話の有無を気にしないのがこのユウと言う少年である。むしろ無言というか静寂を愛するその性質が、彼に気が付く機会を与えなかった。
―――そんな二人を恨めしそうに眺める人影一つ。
「あぁ~もぅ、私もあれ食べたい! なに、何なの、私に怨みでもあるの!? うぅぁぁお腹すいた」
「同じのをお作り致しましょうか」
「あのねぇ、ユウがつくってくれることに価値があるの、ユウの愛情があそこに溶け込んでるの! 誰のでもいいとか勘違いしないでちょうだい」
「この魔王……ぶん殴ってやろうか」
「はっは~んやってみなさい、自慢じゃないけど吹きとぶ自信があるわよ」
その人影はユウの義母ご本人である。そして彼女に侍る細身の男がいた。しかしその態度は、侍るというには些か不適切なように思える有様だ。
一応立場があるため仕えているわけであるが、彼は忠誠心など欠片もない。それも仕方のない事である。なにせ純粋な力がものをいうこの世界で、主が自分より貧弱なのである。悲しきかなだが魔王なのだ。この世界の魔人族は、何があろうと魔王を害せない理由があるのである。
「それにしても魔王様、かねてから疑問なのですが、あの少年は一体何なのですか?」
「何って、ただの人族よ?」
「嘘は止してください。剣神と謳われたあの方と互角に戦うモノが、ただの人族の領域に納まる訳がありません。少年のくらいであの実力、後に神族に迎えられてもおかしくありません。本当にどこから湧いて出て来たのですか」
「はっ、失礼な。立派に生まれて来た子よ。それに、神族なんて嫌よ、私のユウをあんなところに受け渡したりなんてするもんですか」
「怖いもの知らずか……」
ある分野で神と謳われたものが集まって成す集団、神族。正確には種族の分類などないのだが、あまりのも突出したために、気味悪がられて区別された者たちのことだ。ただ能力だけが異常に高い変態集団。プライドで動く頑固者ども。さまざま呼び方はあるせよ、とにかくそんじょそこらの奴では太刀打ちできない。だから自然に、神族に対しては本物の神であるかのような扱いをするようになり、悪口なんて聞かれた日には罰せられる都市まで存在するくらいだ。
「そんな細かいこと気にしてると禿げるわよ。貴方は私の護衛をしてくれればいいの。私の攻撃魔法、このあたりの魔物に効かないこと知ってるでしょ」
「ことあたりというか、ほぼすべての魔物に対して効果ありませんよね」
「見くびらないで、最下級なら足止めくらいになるわ」
どこにも誇れる要素がないことに呆れで言い返す気力をなくす。何度目になるかもわからない、何故かこの人が魔王なのか、という疑問だけがわだかまって……溜め息一つで全て吐き出す。それでもう諦めがつき、周囲の警戒を再開するのであった。
「あっ、あのお肉食べたかったのにぃぃぃ!」
「うるさい……」




