ライオンの王妃
「いいですかお嬢様、この国の政治は雌ライオンが取り仕切っています。嘆願書の内容をお嬢様が受けるというのならそちらに挨拶に行かなければいけません」
レイはそう言って嘆願書を手にリリを部屋から連れ出した。案内も無いのにするすると廊下を歩いて行く。
「お妃様に会いに行くのね」
「そうです。ライオンは群で暮らしているでしょう?この城にはあの王と5頭の雌ライオン、それからその子供たちが暮らしています。今から会いに行くのは正妃です」
「私、大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ。正妃は子供に優しいし、子ライオンの殆どはお嬢様と同じ女の子です。好きな物も大差ないでしょう」
レイはリリの頭を撫でながら言った。
「殆ど女の子なの?そっか、じゃあお友達になれるかもね!」
「今日は会えないと思いますが、また今度来た時に紹介してもらいましょうね」
「うん!」
リリはレイの持っている紙の束をチラリと見た。
「それってどんな内容が書いてある?」
「畑を耕して欲しい、毛狩りを手伝って欲しい、作った服を着て欲しいとかですね」
「・・・レイ手伝ってくれる?」
「もちろんですよ」
話をしながら歩いていると大きな扉に辿り着いた。
コンコンコン
「失礼します」
広い部屋には色彩豊かな沢山の鳥が飛んでいた。
その鮮やかな鳥達はレイを見ると慌てて高いところに隠れだした。上からは沢山の恐怖の目が、前からは厳しい敵対の目が向けられている。
「珍しいお客様ね」
「ご機嫌はいかがですか?王妃様」
レイは王に対する礼よりも余程丁寧に礼をした。実質この雌ライオンがこの国の政治の要だ。リリの願いを叶えるには彼女に許可を得る必要があった。
リリはレイが先ほどよりも丁寧な挨拶をしたのに気がついた。沢山の目が向けられており緊張するが、しっかりとお妃様の目を見て礼をした。
「初めまして。リリです」
王妃はリリが可愛らしく礼をしたのを見てレイが自慢気な顔をしたのを見逃さなかった。
「何の用があってこちらに?」
「嘆願書の内容をお嬢様が受けることを許可していただきたい」
「嘆願書を?」
「王には既に許可を得ています」
「お願いします!」
王妃はリリをじっと見つめた。リリはとっても緊張したが、レイがそっと背中を撫でてくれたので意を決して話し始めた。
「王様から、数が多くて困っているって聞きました。だからお手伝いができないかなと思って・・・。真面目にしっかりやります」
王妃は悩んだ。目の前にいる悪魔はカケラも信用ならない男のはずだ。だが以前の悪魔とは全くの別人のように見える。少女を見る目は自分達と同じ子供を慈しむ目ではないだろうか。
どんな思惑があるかは知らないが先に王に会ったのならばまぁ大丈夫だろうと王妃は考えた。
「いいでしょう」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
レイとリリはお互いを見るとこっそりと笑い合った。
「こちらにある分は既に手配してありますのでその持っている嘆願書からお願いしますね」
「はいっ!」
最近は大人ぶって仕事の手伝いをしたがる自分の娘と同じくらいの歳だろうか。王妃はリリの事を微笑ましく思い、優しく微笑んだ。
「頑張ってね」
その姿が優しかった母とかぶり、リリは涙腺が緩むのを感じた。レイはリリ様子に気がつくと頭を撫でて抱き上げ、王妃に挨拶をすると扉に向かって歩き出した。
「悪・・・レ、レイ。リリは大丈夫なの?何か傷つける様な事を言ってしまったかしら。人間の子供だし、もしかしてライオンは怖いの?」
王妃は初めてレイの事を名前で呼んだ。雛鳥のようにレイを慕っているリリの前で悪魔と呼ぶ事は出来なかった。
リリはレイの腕の中でブンブンと頭を振った。
《お嬢様は両親を亡くしている。きっと母親を思い出したのだろう》
レイはリリを気遣い魔法で王妃に伝えた。
王妃はリリに両親がいない事を知りとても不憫に思った。それと同時に子を持つ母として、リリを残していったリリの母の無念さを考えると胸が痛んだ。
「リリ、またね」
王妃は自分の子供に声をかけるように優しく言った。レイはリリがコクリと頷くのを見ると王妃に目礼をし扉に魔法をかけると外へと出た。
ーーーー
2人が出て行った後、鳥達が一斉に降りてきた。
「なんだあれは!」
「随分雰囲気変わったな」
「王妃様大丈夫でしたか?」
「もう来ないで欲しい!」
「絶対裏があるわ」
ピーチクパーチクと部屋が騒がしくなる。
「うるさいわよ」
少し牙を見せてそう言うと途端に部屋には静寂が訪れた。伝言インコ達はキョロキョロと互いに目配せをしてそれぞれの所定の位置に戻った。
「母さん、もう入ってもいい?」
すぐ後ろにある小さな扉の向こうから群の子供達の中で唯一の雄である息子の声が聞こえた。
「いいわよ。いらっしゃい」
扉が開くと息子のソルと娘のニーニャがいた。
「お母様!」
「あ、こらニーニャ!」
ニーニャは飛びついてくるとゴロゴロと喉を鳴らしながら甘え始めた。
「まぁ、ニーニャったら」
「ごめん母さん。ニーニャがどうしても手伝いをしたいってきかなくて」
ソルが申し訳なさそうに言う。
「いいのよ。お母様も貴方達に会いたくなっていたところだったの」
腕の中にいる娘を見て、先ほどのリリを思い出す。
まだまだ庇護される年齢なのに・・・
「母さん大丈夫?どうかしたの?」
「お母様?」
「実はね、今度紹介したい子がいるの」
先ほどの様子を見るとレイがリリを支えているのだろう。親代わりにはなれないが寂しさを紛らわす事くらいならできるかもしれないわ。
「どんな子?熊?虎?豹?」
ニーニャは嬉しそうに聞いてくる。
「人間の女の子よ」
「人間だって!?」
やはりソルには受け入れられなさそうね。
とりあえずニーニャと合わせる事にしておいた方がいいのかもしれない。
「人間の女の子!?わぁ!凄い!」
ニーニャは何を話そう、どの宝物を見せようと悩んでいる。ソルは乗り気のニーニャを見て眉間に皺を寄せながらも
「ニーニャが会うなら僕も会うよ」
と言ってくれた。ソルがいれば安心だわ。
そうと決まれば人間相手にしてはいけない事を教えておかなければ。
「空いている日でいいからソロモン先生を呼んでちょうだい」
近くの伝言インコにお願いをする。
賢人と呼ばるオランウータンのソロモン先生ならば人間との接し方も問題なく教えてくれるでしょう。
他の妃達にはリリやすっかり変わったレイの事をなんて説明したらいいかしら。最愛の息子と娘を抱きしめ
ながら、先ほど見た光景をどう伝えようかと考えを巡らせた。