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朝食

「おはようございます。よく眠れましたか?」


レイがカーテンを開けてリリの顔色を確認する。

昨日は遅い時間だった事もあり直ぐに就寝となったのだが、両親が亡くなってからよく眠れずにいたリリの顔色が今日はとてもいいことにレイはホッと胸を撫で下ろした。


「うん、ぐっすり眠れたわ!私に魔法をかけたの?」


「ええ。魔法をかけた甲斐がありました」


「やっぱり!レイは凄い魔法使いなのね」


驚きつつも嬉しそうにそう言うリリを見てレイは微笑んだ。実際にはそんな魔法はかけていないがそういうことにしておこう。


リリは両親が事故で急逝してから気丈に振舞ってはいたものの、食事も睡眠もろくに取れなくなってしまっている。それに加えてこのところ笑顔も口数も減ってしまい、ただでさえ同年代の子供より華奢な体がさらに痩せてきてしまっている姿を見て、レイは友人の忘れ形見である可愛い可愛いリリまでも死んでしまうのではないかと気が気ではなかった。


葬式でリリのそんな姿を見た親戚は無口で暗くて無愛想な女の子だと思ったようだが、レイは本当のリリの姿は全然違うことを知っている。そのあまりの違いに戸惑い、どうしてあげたら元の様に元気になるのかをとても悩んだ。


(環境を変えるために親戚のあの男を唆したのは正解だった。ああでもしないとお嬢様はあの屋敷を離れられないだろう。屋敷はいずれ取り戻して戻ってもいいし、もしお嬢様が望む場所が見つかったらそこに永住もありだな)


伸びをするリリを見てレイはとりあえずは自分の選択は間違っていなかったと安堵した。





身支度を整えるリリを横目に朝食の用意を進める。


(さて、今朝はどうだろうか・・・)


体が食べ物を受け付けなくなってしまったリリの小さな胃の負担にならないように、レイは消化にいい食べ物を少しずつ用意した。


「うわぁ、凄い!可愛い!」


身支度が済んだリリがテーブルを見て声を上げる。

テーブルには陶器で出来た大小様々な花の蕾が置かれており、リリの位置からだと中は見えないが色取り取りのそれらからは美味しそうな匂いが漂ってきている。

リリが椅子に座るのを見てレイがテーブルに犬の形をした銀のカラトリーレストを置いた。


「さぁお嬢様、その犬を呼んでください」


カラトリーレストに向かって声をかけるなんてなんだか間抜けな行動だなと思いつつも、リリはレイに言われるがままその小さな銀色の犬を呼んでみた。


「お、おいでー」


小さい子がするような行動だなと恥ずかしさで小声になってしまった。すると声をかけられたその銀色の犬は小さな尻尾を振りテーブルの上をちょこちょこと走り出した。そう、走り出した。


「えっ」


短くて小さな足と長い胴をもつその銀色の犬は跳ねるようにリリに向かって走ってくる。やがて驚愕の表情をしているリリの側まで来ると陶器の蕾やグラスの位置をきょろきょろと確認し、カラトリーレストを置く位置で動くのをやめた。

レイは何ごとも無かったかのようにその犬の形のカラトリーレストの上にフォークやスプーンを置いたがリリにはレイのその行動が悪魔の所業に思えた。


「レイ!なんて事を!その犬が潰れてしまうわ!」


フォークやスプーンを犬の上から避けようと伸ばしたリリの手を止めたレイは、言い聞かせる様に


「大丈夫ですよ。彼はこれが仕事ですから」


と言って銀色の犬の頭を指の先でちょんと撫でた。

すると犬はリリの方を向き、任せとけ!とでもいいたげに頷いた。リリもレイがしたように指先で犬の頭を撫でると、尻尾を振った振動で犬の上にあるカラトリーが揺れかちゃかちゃと音が鳴った。


「では食べましょうか」


レイはそう言うと指をパチンと鳴らした。

テーブルの上に置いてある陶器で出来た花の蕾が次々と開きそのまま花の形をした器になった。


「すごい・・・!」


目を輝かせるリリを見て、今日のこの反応ならリリもいつもよりも食べられるかもしれないとレイは思った。


「食べられる範囲で構いませんからね?」


「うん!」


興奮しきっているリリの頭を撫でレイも席に着き食事を始める。


「美味しい!レイ、これ凄く美味しい!」


「それは良かった」


リリが美味しそうに食事をする姿を暫く振りに見たレイは、友人が急逝した時から今までのリリの姿が頭を掠めなんだか泣きそうになった。


食べる事に夢中になったリリが黙ったため会話は途切れてしまったが、2人の間には久しぶりに楽しそうな空気が流ていた。






「ご馳走でした。美味しかったぁ」


リリの満足そうな声を聞いてレイは他の誰にも見せない優しい顔で微笑んだ。


「お粗末様でした」


思っていたよりもずっと多くの量を食べることができたリリの頭を撫でつつ、レイは今後について悩んでいた。


(さてどう説明するか・・・)


レイは自分の評判が悪い事をリリに知られたくなかった。優しくて完璧な兄として振舞ってきたのにこの国や近隣の国での評判を耳に入れて嫌われることは絶対に避けたかった。リリにした話では自分のやった事は喧嘩した、とかちょっと脅かしたとかぼやかして伝えていた。


自分に対する悪口をリリの耳に入れたくはないが、睡眠も食事も取れそうなリリの様子を見て屋敷に閉じ込めて療養をするつもりはなかった。


(こちらに連れて来たのは思った以上に効果があったらしい。更なる心身の回復のためには外出も必要だろうし、お嬢様が好きそうな店も多くある)


「ねぇ、レイ。どうぶつの国って動物しかいないって言っていたけど、人間がいてもいいの?」


リリはカラトリーレストの犬と指先で遊びながらポツリとレイに尋ねた。レイはなんと答えるべきか少し悩みつつもリリの不安を拭うために当たり障りのないよう答えた。


「大丈夫ですよ。確かにとても珍しいですが問題ありません。私のように気に入って住み着く人間もいますからね」


たまに魔法に失敗して迷い込む人間がいるが各国の王や女王が確認次第速やかに元いた場所に送り返すため、それに抵抗出来るほどの力がないと人間が国に留まることはできない。レイの時にはライオンの王だけでは力が足りず近隣の国の王や女王や兵士までも集まったが、レイの方が圧倒的に力が強かったため抵抗してそのまま住み着いてしまった。


「なら良かった。ねぇ、今日はどうするの?」


レイの言葉に安心したリリは目を輝かせながら聞いた。リリはレイの話に出てきた街並みを見たいと思っていたし、街に行けないなら屋敷を探検したかった。


「そうですね・・・」


街に連れて行ってあげたい。リリを守れる自信はあるため安全面は問題ではない。問題は自身の悪い噂をどうやってリリの耳に入れないようにするかだとレイはとても悩んでいた。


(いっそ2人とも姿を変えるか・・・)


動物の姿になってしまえば問題ないのではないか。いやしかしこの姿の方がリリの負担は少ないのではないか。いっそのこと悪口を褒め言葉に変える魔法を全国民にかけるか。


珍しく眉間に皺を寄せながら考えているレイをリリは面白そうに見ていた。


(私が敬語を使う上に大切にしている姿を見てお嬢様に手を出すような命知らずはいない。この国には10歳の少女に向かって「貴女の連れている人は昔こんな事を」なんていった話をする者もいないはずだし、なんなら猫と交渉して国賓待遇に・・・)


「後日と思ったのですが、本日城に行きましょうか。やはり王には先に挨拶をしておきましょう」


リリが動かないレイの睫毛の数でも数えてようかと思った時、ついに今日の予定が決まった。


「本当!?じゃあもっとちゃんとした服に着替えないと!熊の兵隊さんと狼の騎士には会えるかな?」


「熊と狼はいなかったら探してみましょう。服に関してはそのままで大丈夫ですよ。この国では服装にこだわりはなく王に謁見する際も皆自由にしています。そうだ、せっかく出かけますから後で小鳥の服屋に寄って何着か作ってもらいましょうか」


「小鳥の服屋さんに行くの?楽しみ!」


リリは内心ライオンの王様に会う事に緊張していたが、話に出てきた小鳥が経営している服屋に行くと言われ頭の中は服屋の想像と作ってもらう服の事でいっぱいになった。

レイもまた王にどんな取り引きを持ちかけるか考えていたが、リリにどんな色の服がいいと思うか聞かれて頭の中がそちらの考えに切り替わってしまった。


レイが食器を片付けると、2人は楽しそうにどんな服にするかを話ながら出かける準備をし始めた。






「さて、準備はいいですか?」

「大丈夫よ!」


リリは手を挙げて元気よく答えた。

レイは少し笑ってリリを抱き上げると部屋の扉のドアノブを持っていたステッキで2回叩いた。


「側から離れないでくださいね」


レイはそう言いながらドアノブに手をかけた。






ーーーー


僕が旦那様からの伝言を伝えたことにより城から連絡があった。返事と一緒に旦那様とリリお嬢様の様子を伝えたのだが内容が本当かという確認だった。疑う気持ちはわかる。


「内容に間違いはありません。旦那様はリリお嬢様をとっっっても大切になさっています!お嬢様が裸足で歩かないように抱き上げ、笑顔を向け、僕に対して魔法を飛ばすこともありませんでした!お嬢様がいれば大丈夫です!」


伝言オウムは本当かよと言いたげに僕を見てくるが嘘はついていない。あんな旦那様は初めて見た。

旦那様の事だから後日と言っておきながら急に城に行くかもしれない。旦那様の訪れを胃を痛めながら待っているだろう王を少し可哀想に思った。


「くれぐれも、絶対に、お嬢様を傷つけるような言動はしないでください。あの旦那様がお嬢様と呼び敬語を使い今日は早くから可愛らしい朝食も作っていました。お嬢様に何かあったらきっと・・・」


僕は怖くてその続きを言えなかったが、目の前にいる伝言オウムにも事の重大さが伝わったのかいつもの鮮やかな顔色ではなく色味が悪くなった顔で頷いている。いかにお嬢様が全国民にとって大切な存在かわかってもらえたのだろう。


「・・・・・確かに伝える」


伝言オウムは顔色の悪いまま呟くようにそれだけ言うと今までに見たこともないような早いスピードで城に帰って行った。

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