補完 3-2
結局名前にサンを付けて呼ぶ事になった。
僕は名前で呼ぶなんて事しなくてもいいとずっと言い張っていたが
落とし所としては妥当だろうとも思う。が、きっとすぐ忘れて戻る。
どうしてそんなに呼び方に拘るのか判らない。
そもそもどうしてこんな話になったんだ?
サーラが橘さんと仲良くなった経緯を知りたかっただけなのに。
「イキサツも何も無いわよ。」
「キズナを見る目を見てイイ奴なんだろうなとは思った。」
と小室さんが言った。
「そうね。あの時かなりイラっとしたけど。」
「でも秋のお祭りの時の浴衣姿で多分皆やられたのよ。」
南室さんがそう言った後で橘さんが思い出したように
「それにやっぱり文化祭があったから。」
「そうだな。あの時歌詞の事で4人で打ち合わせとかしたし。」
4人?
「私と姫とサーラと杏。」
ああ歌姫3人と。そう言えば殆どの歌詞に小室さんが携わっているって言ってましたね。
「乙女ポエマーだからな。」
「いいな絢ちゃんたくさん呼び名があって。」
「いいか?いいのか?欲しけりゃやるぞ?」
「ん、いらない。」
「とにかくあの頃くらいからじゃね?遠慮無くなったのって。」
「そうかもねー。」
それで南室さんはあまり親しくなれなかったのかな。
文化祭ではずっと僕と作業をしていたし、その後も二人で会話している姿をあまり見ていない。
「今だから言うけど、ワタシしばらくあの子の事疑ってたから。」
だからどうしてこの人達は僕が考えている事が判るんだ。
文化祭のとき、その4人で打ち合わせをするのを知って
態々小室さんに連絡をして「姫をサーラと2人きりにしないで」と伝えていた。
「そんな事今更言わなくてもいいだろ。」
「いいのよ別に。その時は1人くらい疑っている奴がいてもいいって自分で思ってたんだから。」
「それに彼女もその事は判ってたわよ。」
そうなんですか?
「ええ、小憎らしい事にワタシの立場とか全部理解してたわ。」
冬休み入ってすぐ皆でサーラの家に行って、
僕とトモダチになる経緯がとても良く似た事に喜んだサーラを見て
全部打ち明ける気になって話した。
「最後までちゃんと話聞いてくれて、「私でもそうする。だから気にしないで。」って。」
「キズナじゃ無いけどその時の笑顔にチョット惚れかけたわ。」
そんな事があったんだ。
年末年始の頃には何の違和感も無かったのはそれがあったから。
「文化祭の裏舞台とかまだ聞いて無い事たくさんあるなー。」
「お前らネットでしょっちゅう話してたんじゃないのかよ。」
基本メールでしたからね。細かい部分まではなかなか。
「時差あったからな。中々リアルタイムで話せなかったよ。」
16時間でしたっけ?日曜日の朝とかくらいでしたよね。
「そう、こっちが土曜の夜とでな。せっかく夜更かしできると思ってたら」
「絢ちゃんとこ行って殴られてくるとか。椿ちゃんとこでアシスタントだとかさー。」
何度か栄さんとこから実況しましたよね。
「杏ちゃんがずーっとブツブツ愚痴って椿ちゃんとキズナが黙々と作業してたな。」
「ゆっくり梢ちゃんの話聞きたいなー。」
「そうだな、改めて話したいな。写真もたくさん撮ってきたし。」
「あちこち行ったの?」
「そんなには。長期休みも年末年始くらいしか無かったし。」
「学校の行事でバンクーバーまで行ったくらいかな。あ、カナダの方のな。」
「とにかく学校の授業に慣れるの必死で慣れてきたらもう終わりってくらいだったから。」
「トモダチ出来た?彼氏できた?」
「出掛ける前から知り合い作っておいて助かったよ。彼氏って言うかボーイフレンドは何人かいたな。」
「オイオーイ。」
「写真整理しとけよ。アタシ達の方もいろいろあったからな。お互いしっかり報告しないとな。」
そうだね。いろいろあったね。本当にアッと言う間の半年だったような気がするよ。
僕達はいつまでこうして皆と一緒に過ごせるのだろうか。
高校を卒業して、きっとそれぞれの道に進み、その時僕達はそれでも一緒にいる日はあるのだろうか。
僕はその日が4月1日なのを忘れていて騙された。
夕方、家のPCからメールチェックをするとサーラからメールが届いていた。
I go to meet you now. 今から会いに行きます。
今から?ってあの感動のお別れは何だったの?まあ嬉しいけど。
誰かに伝えようとしたのだが、さて誰に最初に連絡する?
最近ようやくメールの機能のCCとBCCを覚えたので一斉送信しようか。
すると殆ど同時に、殆ど同じ文面の返信が届く。
「バーカ」が3人「バカちん」「バカだ」「バカ者」の6通。
は?
彼女達は既にサーラから別のメールを受け取っていた。
「キズナに会いに行くってメールするから信じたらバカにしてあげて。」
本当に4月1日なのを忘れていた僕は何の事なのか全く判らず戸惑った。
誰も信じてくれない。
それでもいつから来るのかとか、いつまでいるのかとか
聞きたい事もあったが難しい英語も判らない。考えている時間も無い。
Till when are you? いつまでいられるの?
とだけ書いて送った。
少しして
forever (in my heart♡ ) (心の中で)永遠に。
行間を開けてIt's real!!!
と返ってきた。
もう本当にわけが判らなくなって繋がる筈の無い番号に危うく電話をしそうになった。
と、橘さんからメールが届く。
「キズナ君が信じちゃったら謝ってってメール来たよ。」
信じる?何?え?嘘って事?
何で?
何の為に?
皆は僕をバカ呼ばわりするし、何なんだよ。とメールの画面を見つめてて
ようやく今日がいつなのか目に入って、彼女に返信した。
I will be knocked down till when by you.
僕はいつまで君に打ちのめされるのだろう。
今日の話はこの報告からだった。散々揄われたが
僕が気になったのはどうしてサーラが橘さんに真相を話したのか。
年末年始にも仲良くしていたが宮田さんや栄さんのが仲良かった筈。
それが気になって橘さんに聞いたのだが彼女は
「特に意味なんて無いんじゃないかな。」と笑っただけだった。
後日サーラにそれを聞いたら
「あの二人より英語が上手だと思ったからだ」と返信された。
サーラと橘さんの別れ際に何か耳打ちしていたように
特別な繋がりでもあるのかと勝手に想像していた僕は完全に肩透かしを喰らった。
その内容を知るのはずっと後で、しかも個人的な事なので明言は避けよう。
橘さんとサーラは文化祭からかなり親密になっていたのは僕にも見てとれた。
元々彼女の兄エリクが迷惑を掛けた事もあるが
サーラが宮田さんや栄さんと接するのとも違う、もっと近い者に対する親しみのような。
サーラは、橘さんにだけは他の誰とも違う接し方をしていた。
畏敬とか畏怖ではなく、逆に他の誰よりも親しみや情愛を向けていたように思う。
ちょっとした自慢や惚気に聞こえるだろうが、僕と話している時の彼女に近い。
もしかしたらサーラも無自覚にそうしているのかも知れない。
「継ぐ者」の事はあまり知らないから、その種族間の関係とか間柄は判らないのだが
サーラが一族のお姫様である事と、橘さんがお姫様と呼ばれている事に関係しているのだろうか。
例えば同郷だとか、個人によっては近くも遠くもなり得るような存在か
それとも同類とか同族とか例えばいとこのように、遠くに居ようと近い存在か。
断じて思い過ごしなどでは無い。
サーラが橘さんと接する態度が僕にそうするのと似ていると同時に、
橘さんも僕に対しては、サーラに対する扱いと同じだと言い切れる。
だからこそ、僕は何度も勘違いをして「橘結は僕に惚れている?」なんて事を考えてしまっていた。
だがサーラが僕に対する態度と、エリクに対する態度との違いを明確に知った今、
橘さんが僕に惚れている、何て世迷言は妄言とか暴言と言ってもいい。
サーラとは恋愛ごっこに興じて皆を揄った。
でも橘さんが皆を揄とは思えない。
考えられるのは、慈愛。
橘さんが看護師になったら素敵だろうが、勘違いされまくって大変だろうな。
サーラに対しては、尊敬と同時に僕が彼女にそうしたように
お姫様だとかそんなしがらみから解放させようとしたのだろう。
それがサーラにも伝わったに違いない。
?でもそれなら宮田さんや栄さんなんて、まるで幼馴染のように無遠慮に接して
サーラもそのように遊んでいた。なのに「違う」と感じるのはどうしてだろう。
また振り出しに戻ってしまった。
2人のお姫様。
僕はいろいろ知っているようで何も知らない。
サーラの事も、君の事は判っているなんて偉そうに言って見送ったけど
実は何も判ってなんていない。
僕はただ、そう言えば彼女は喜んでくれるだろうと勝手に決め付けただけだ。
本当は、僕はサーラの事が大好きで、どうにもならないくらい惚れてしまって
でもだからって彼女とはどうにもならない事だけを知っている。
彼女は僕の気持ちに気付いていた。
お別れのあの日、彼女は言いかけた。
僕の気持ちに気付いていたのに、ずっと気付かないフリをしていたことを謝ろうとした。
だから僕は彼女を安心させる必要があった。それだけの事だ。
恋愛ごっこに興じていたのはサーラでは無い。僕だ。
彼女は僕の遊びに付き合っていてくれたんだ。
他の皆もそんな事判っていた。
僕はサーラに夢中で、彼女に恋をして、決して報われないことも。
だから僕が「惚れていない」って言葉を信じたフリをしてくれて
彼女のいない日々、今まで以上に僕に絡んでくる。
僕も未だにそれに甘え続けている。いつまでもそうしてなんていられないのに。
彼女達だって、いつまでも僕なんかを相手にしている暇なんてないはずなのに。
はやく、1日でも早く強がって見せないと。




