補完 1-3
「捨てられた子」の事情を聴き、2人は彼女を連れて両親の元へ向かった。
学校区の二つ違う県境の町。彼女は以前いた町へ1人歩いて向かうつもりでいた。
エリクとルーを知ったのも、以前の町に居た知り合いの「継ぐ者」がセンドゥの事を知っていたから。
そしてそのセンドゥが目の前に現れ、別れ、彼女はネットカフェから2人にコンタクトを計った。
突然の訪問に父親は驚く。母親と弟はどうやら不在のようだった。
エリクとルーは、その父親に丁寧に「彼女が救いを求めている」と伝えた。
僕は親では無いからその父親の気持ちが判らない。
彼は娘を部屋に押し込め、外から鍵を掛けた。
彼は2人の話を静かに聞き、至らなかった事を認めた。
と2人には思わせた。
娘を閉じ込めたその時、彼は通報し時間を稼ぎそれが成功する。
2人が少女に出会った時、彼女は既に2日音信不通だった。
学校を2日無断で休み、親の電話やメールを無視していた。
過去に家出の経験もある彼女だけに、1日は待った。
そして3日目の今日、公開捜査に踏み切る手筈だった。
彼女が家に戻り父親が家に居て、驚いたのはそれが理由。
母親と弟が母方の実家に預けられているのもそれが理由だと知る。
2人が連行された後、父は娘にそれを伝える。
彼女は弁解する。だが「自分も付いて行こうとしている。」と言ってしまう。
親は頭を冷やすように説得するが彼女は頑なだった。
2人は任意同行としてその町の交番に連行される。
2日連絡の取れなかった少女を家に連れて帰ったのだから
保護した側とみなされ逮捕はされなかった。
この場合2人が外国人で、旅行者だと言った事も幸いしていた。
「えーと、パスポートとか身分証明になるような物は?」
「提示する義務はない。」
「参ったな。一応事案として報告しないと。」
「そうか。では何も無かった事にしよう。」
「はあ?」
エリクがその警官を睨むと、彼はぐにゃりととその場に倒れた。
「さあ。行こうか。」
「あ、アナタ何したね。ケーカン怒らすと後が怖いって聞いたよ。」
「少し前の記憶を飛ばしたんだ。」
それは体育祭で三原先生がした事と同じ。
古くから続く一族の交流の中で互いに磨かれた技術の一つ。
三原先生が話してくれた事がある。
「魔法そのものに血統はあまり関係ない。」
その知恵と技術の伝承こそが魔女の子が魔女である理由なのだと。当然吸血鬼もそうなのだろう。
「な、なんでそんな事できるね。ヴァンパイアやはり怖いよ。」
「久しぶりだから上手く出来たか自信は無いけどね。それに」
エリクはフラリとよろける。
「これは、疲れる。」
「体力ナイネー。ヴァンパイアやはりチョロイよ。」
ルーは彼に肩を貸し歩いた。
「知ってるか?ヴァンパイアとウールヴヘジンは元々同一の種族だったって言われているんだ。」
「何ですって」
「つまりボク達は親戚かも知れないって事。」
「オウ。ブラザーですね。」
「急に近くなかったな。」
2人は彼女の家に戻る。ルーはその匂いが二階からしていると確認する。
少女がその窓を見ると2人がいる。1階の屋根の上で手を振った。
父親が自分の話を聞こうとしない。2人の事も信じてくれない。
しかもドアは外から鍵がかけられている。ここから逃げる事も出来ない。
「開かないドアは蹴破るとイイね。」
「オイオイ。」
「キミのその能力で両親の気持ちを確かめるといい。」
「でも私はもうこんな力使わないって決めたの。」
「立派な事だと思うよ。本当に。いずれその力も失われる。だから使わないならその方がいい。」
「それにその能力を使わなくても、キミは真実を知る方法を知っている筈だ。」
「そうよ。パパママとお喋りするネ。きっとアンダスタンドよ。」
「判ってなんかもらえない。」
「君が他人の心を覗かないようにするのは立派だけど、自分の心まで閉ざす必要は無い。」
「ミーさっき言ったね。開かないドアはキックアス。」
「そうだ。そんなドア蹴破ってしまえ。」
だが彼女はドアを蹴破ろうとはしなかった。
「ドアがダメでも、貴方達が助けてくれればこの窓から逃げられる。」
そこは出入り口では無い。それは眺めるための物。
2人が居るのは窓の外。
「ボク達はキミの思うような世界の住人では無い。」
エリクは静かに言った。
「キミが望むなら、僕の過去を見るといい。」
おそらく、印象が強烈な記憶がこの少女に映るのだろうと推測した。
「ミーのもルック。ルカットミートゥーね。」
それは興味と、期待。もしかしたら希望。
彼女は2人の言う通り、2人の過去の断片を覗く。
恐怖。
苦痛。
2人が見せたのは、幼い頃受けた迫害。
ただ人と違うだけで受け続けなければならない現実。
彼女は崩れ落ちる。
2人は知っている。世界は困難に満ちている。と。
それ以上に素敵な出会いがあることも知っている。
なのに2人はどうして彼女に絶望を見せた?
苦痛は相対的な事象ではない。
僕の負った9年間の苦しみと、彼女の今までの困難は決して較べる事は出来ない。
ただ僕はその環境から抜け出せた。そう出来る事実がある。それを知らせる方法だってある。
「そんなに簡単には変われない。でも変わろうとしなければ何も起きない。」
こんなキレイ事を言っても無駄だと2人は知っている。
彼女が変わるのは、変わろうと決意するのは、彼女自身に強烈な体験が必要なのだ。
他人の例をいくら挙げても、所詮他人事でしかない。
それでも少女は顔を上げる。
「それでも付いて行きたい。ここに私の居場所は無い。」
「行った先でも同じ事が起きるだけだ。」
エリクは初めて彼女に冷たい態度をとった。
「逃げる。何がダメですか。エスケイプは自分を守る事よ。」
「逃げるなとは言っていない。逃げるなら1人で逃げろ。誰かに依存するな。」
「彼女まだベイビーよ。救うのは大人の役目ネ。」
「自分すら救えない奴が何を偉そうに。」
「エラそうなの、ユーね。」




