109
彼の狙いはかなり早い時期に橘結から僕になっていた。
そもそもの誤解は最初の出会いだった。
僕が橘結と2人で神社にいて、
2人で並んでお参りをしていた姿を見た。
それだけの事なのに、彼は僕達2人を「親密な関係」だと思った。
もしかしたらその時、僕の陰に橘紀子を見たのかもしれない。
橘結を狙った本当の目的は、僕の見当違いだったかもしれない。
いや、元々の動機は多分正解だ。
彼は力が失われるのを恐れ、その代替手段として別の力を欲した。
例えば権力や財力が「家」や「一族」にではなく
彼個人に備わっているなら橘結は最初から必要なかった。
自分の力を誇示するために橘結を利用するつもりでいた。
人とは違う存在として産まれ、産まれた瞬間から呪われた子として育ち、
その一族の正式な継承権を持つ少し離れた親戚にも虐げられた。
エリクにはサーラが居た。その身内も彼を救った。だがセンドゥには誰も居なかった。
僕なんかとは比較にすらならない孤独をずっと背負い続けていた。
しかしエリクがそうであったように、
彼もまた橘結を見てすぐに、「利用しよう」なんて気を失くしていたのだと思う。
思い返すと笑ってしまうのだが
僕の数々の危険な場面も、あの神楽殿での大怪我や、今回の事まで全て、
僕1人がジタバタと慌て余計な手を出して、物事を大袈裟にしてしまっていた。
もう最初から判っていた事だった。ずっと考えていた事だった。
僕は元々そこにはいない筈で、
何かの「手違い」でそうなってしまっただけ。
その手違いで皆と、
神の使いや由緒ある吸血一族の王子とトモダチになったりしたから
センドゥ・ロゼは僕に興味を抱いた。
エリクが以前に同じ事を言っていたが、
センドゥが僕なんかに興味を持つ理由は無いとずっと思っていた。
その標的は橘結だけだと。勝手に思いこんで勝手に背負い込んでいた。
原因は僕だ。
彼の言った「僕の勘違い」とはつまりその事。
「彼の勘違い」は、僕が橘結と親密な関係であると思い込んだ事。
「僕の勘違い」は、彼がずっと橘結を狙っていたと思い込んでいた事。
今となっては、本当に僕の携帯を使って橘結を脅すつもりだったかも怪しい。
その可能背も無くは無いが、あの時彼は「橘結に用事はない」とはっきり言った。
彼が橘結を呼び出したとしても、彼女を祀り上げようなんて気も無かっただろう。
もしかしたら最後の救いを求めようとしたかも。
日本中を巡ったのも、橘結の代役を探していたのではなく
その方法が知りたかっただけなのかも知れない。
でもどうして僕なんだろう。
橘結が目的ではないのなら、僕を標的にする理由だってない。
彼が携帯を預かろうとしたのはもしかして
僕が携帯を使って誰かを呼びつけるのを阻止するための手段だったのかも?
僕達2人の会話を誰かに邪魔されないように。
まさかとは思う。まさかとは思うが
僕は皆との繋がりををもうすぐ全て失う。
エリクとサーラ。それにグンデの帰国の日は近い。
センドゥ・ロゼの脅威は無くなった。
僕が皆の傍にいる理由はもうない。守る事も守られる事も無い。
元々居なかった誰かが、居なくなるだけ。
それにあと1年もすれば卒業だ。この2年があっと言う間だっただけに
きっとすぐに過ぎ去ってしまうだろう。
この後僕はどうするのか具体的に何も決めていないが
それぞれの皆ほどの絆があるわけでもない。
卒業したら、それっきり。
今から慣らしておいてもいい。
もう二度とこんなに素敵なトモダチに巡り合えないだろうから、
早めに想い出にしてまうのもいい。
学校に行っても、相変わらず皆は口を聞いてくれない皆との仲を
エリクとルーはとても心配してくれるのだが
努めて明るくすぐに元に戻るよと心配させまいとした。
それでも何度か2人は皆に「皆から折れるよう」頼んだそうだが
彼女達は首を縦に振らなかった。
「余計な事をするな」とサーラに叱られたとも言った。
ホントに心配しないで。僕なら大丈夫だから。
それより2人共もうすぐ皆とお別れしてしまうんだ。
2人こそ出来るだけ皆と一緒に居て欲しい。
「そうね。ボスが言うならそれがベストね」
ルーは喜んで仔猫ちゃんの元へ向かう。
ただサーラにだけは、お別れの前にちゃんと挨拶をしたい。
彼女が怒っていたとしても、口を聞いてくれなくも
僕は彼女に伝えたい。




