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三原先生に引き摺られるように橘家に連れて来られた。
彼女はまだ怒っている。
橘結の父親が僕達の顔を見るなり
「紹実は手を出す前にうちに来いと言っているだろ。」
「ちがっこれはコイツが。」
僕達2人が揃って彼の元を訪れた事で、彼もその意味を理解した。
「いつか、いつか話そうとは思っていた。」
「だがそれで、君が紀子や結を嫌ってしまう事が怖かった。」
嫌う?どうして僕が橘さんを。
「いいかい。最初に言っておく。君はどうやらまた勝手に思いこんでいるようだ。」
また。て何でこの人がそんな事。
「橘紀子の死に君は何の関わりもない。」
「だが君の回復に、橘紀子の死は大いに関係している。」
え?何。どういう意味。
橘紀子の病気が発覚したのは僕の母が亡くなったおよそ2年後の事。
彼女は余命宣告を受け、治療の手段も回復の見込みも無いと知ると全ての治療を拒否した。
まだ健康であるかも知れない臓器や皮膚、骨まで僕に託そうと決断したから。
「結は母の命が長く無い事を知った。」
「だが紀子はずっと言い続けていたんだ。」
「大丈夫。あなたには素敵なトモタヂがいる。きっとまた会いに来てくれる。」
「きっとあなたを守ってくれる。だから信じて待っててね。」
「紀子が何を言っているのか私にも判らなかったよ。」
「だから君があの日神社に現れた時は本当に驚いた。」
「私の身体は纏ちゃんの子。キズナ君にあげて。」
「病気の身体で、どこまで使えるか判らないけど。」
血液の病気を抱えた者からの移植はご法度だ。
だがこの時、僕は危険な状態だったらしい。
健康な臓器と、皮膚と一部の骨の移植。
橘さんは結さんはこの事を
「当時紀子が話していたが、本人はどこまで理解してどこまで憶えているか。」
そうですか。
そうだったんですね。
あれ?でもどうしてそれで僕が御2人を嫌いになるとか。
「君が疑問を抱いたのは、見えない「何か」が見えるからだろ?」
「普通の人の子なのに。それが見える。」
「そしてもしかしたら、橘紀子が君をそうさせてしまったかも知れない。」
「私にも確証はない。何の根拠もない。だが他に説明のしようがない。」
「だから君が紀子や結を恨んでしまったらと思って。」
あ、いえ、違うんです。
「違う?」
はい。違います。
僕は紀子さんと結さんには感謝しかしていません。
恨んでなんていない。思った事もない。
「何か」が見えるようになったのとこの件は全く関係ありません。
それどころか、この力のお蔭で素敵なトモダチがたくさん出来た。
僕が今日ここを訪ねたのは、
僕は、どんな事をして償ったらいいのか確認しようと来たんです。
仮に僕の想像が事実だったら。僕は結さんにどんな償いができるのかって。
僕が橘紀子さんの命を奪って
それを結さんが知らないのだとしたら、僕はそれを言わなければならない。
その時、僕はどうすべきなのか。
橘紀子さんの旦那さんで、橘結さんの父親であるあなたに決めてもらおうとしていたんです。
「判るでしょ親父さん。私がコイツ殴ったの。」
「うん。判った。」
これからはもっと身体をいたわるように。と言われた。
「それで、あの一件はまだ結達は許してくれないのか。」
仕方ありません。
僕はそれだけの事をした。
「助けに来たら絶交だ」とはっきり告げた。
三原先生が本気で殴ったのもつまりそういう事だ。
僕はいつも勝手に1人で思い込んで決め付けて行動する。
(ずっと1人だったからそうるしか術を知らないのだけど)
あれ以来、皆とは会話をしていない。
挨拶すらしていない。
他のクラスメイトはきっとニヤニヤしているだろう。
「私か結にもアイツらにもよく言って」
「あーイイのイイの。コイツらの青春におっさんが口出しちゃダメ。」
「キズナも余計な事してほしくないだろ?」
え?あ、いや。余計かどうかはともかく
そこまで心配していただくような問題ではありません。
「ダメですよ。余計な事言っちゃ。」
「うーん。紹実の言う事も判るんだけど。」
「どうもお前はこの状況を楽しんでいるようにしか思えないんだよなぁ。」
ですよね。
「なんだと。」
帰りの車中。改めて三原先生に謝った。
バカな事を言ってゴメンなさい。
「こっちこそ殴ってゴメン。」
「アイツに何か言われたんだな?」
はい。
「そうだな。お前の中に誰かいるぞ。とかそんな事だろ。」
そうです。凄いですね。
「私も最初にお前から話を聞いた時、もしかしたらって思ったからな。」
後天的に「特殊な能力」を使えるようになるのは極めて稀だ。
しかもその能力が極一部の者にしか扱えない。
「キズナがそれを見るだけならともかく。」
「そうする方法を誰からも教わったわけじゃない。」
「きっとそれは正しい方法じゃないんだろ。」
「少なくともキズナには。」
?
「お前、そうすると頭痛がしたり吐き気がしたりするんだろ?」
「身体に合ってないって事だよ。」
「橘家はそれを技術として継承してきたからな。」
「簡単に言うともっとスマートにこなす。」
判ったような判らないような。
「もしかしたらアイツがキズナを狙ったのって。」




