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どれくらいの時間だったのだろう。
僕は路地で立っていた。
吹雪があったような様子も無い。当然栄椿も橘結もいない。
僕は何を見た?僕は何処にいた?
寒い筈なのに、どうしてこんなに汗をかいている。
僕は神社に向った。
学校?知った事か。大通りに出てバス停の時間を見ると5分ほどで来る。
一つ分走って、バスに乗り、石段を駆け上がり、神楽殿に向かった。
神楽殿の扉は外から南京錠が掛かっている。耳を付けるが気配は無い。
橘結にメールをする。
何事も無ければそれでいい。だから慎重に言葉を選ぶ。
具合が悪いので休むかもです。大した事ないので少し様子見てます。
この程度でいいだろう。これで学校を休んでも夕方までは大丈夫。
多分1時間目が始まる前だから気付くはず。
「無理しないでゆっくり休んでね。先生には伝えておこうか?」
よかった。どうやら無事だ。お願いします。と返信っと。
続けてエリクに電話をする。アイツはメールを見ない可能性がある。
出ない。
鞄の中で気付かないだけだろうか。誰かに確認すべきか。
だがそれでは勘付かれてしまう可能性がある。
メールだけでも入れておこう。
グンデも電話に出ない。何もなければそれでいい。
学校に行って、鞄に入れたままで気付かないだけならそれでイイんだ。
僕も学校へ行こう。
それにしてもやはりこれは
「そう。やはりボクの仕業なんだよ。」
彼は拝殿の賽銭箱の脇に座っていた。いつからそこに居た?
だが僕は冷静でいられた。
時間を稼げば三原先生が気付いてくれるはずだ。
「残念だがあの魔女はアテにできないよ。」
「プナイリンナ王子も狼男も。そしてここの主も。」
「キミはこのまま階段を降りる。下には車が待っているからソレに乗るといい。」
「行先はまあ着いてからのお楽しみ。」
「その前に携帯を。」と彼は手を差し出す。
断ったら?
「この場でキミを殺して携帯を奪う。キミに成り代わるだけだ。」
僕は携帯を取り出した。
だがそれを折って割った。折り畳み式のガラケーだからこその力業。
そして彼の足もとに放り捨てた。
一瞬驚いたようだが声を出して笑った。
「キミは本当に不思議な人の子だ。」
僕は彼に殺されない自信があった。そう信じたかっただけかも知れない。
「彼は愉快犯だ」とエリクが言った。その言葉を信じた事と、
何より、僕を殺す事に何のメリットも無い。すぐにその報復を受けるだけ。
それはきっと死ぬより恐ろしい魔女の拷問や、狼男の牙や、同族の面子によって。
「仕方ないな。他の手を考えよう。」
彼は僕と並んで階段を降りて説明を始めた。
「キミの携帯を使って他の連中を招待するつもりだったんだよ。」
「キミの言う事なら皆従うだろうからね。」
「招待を受けないようであれば誘拐でも拉致でもいいから脅すつもりでさ。」
よくもまあ喋る。悪役キャラそのままじゃないか。
予想通りだった。僕は唯の囮。橘結には護衛が付いている。直接手出しは出来ない。
残念だけど無駄だよ。皆にはそう言ってあるんだ。
僕と連絡付かなくなっても捜すな。誘拐されて脅迫されても現れるなって。
「キミが何を約束しようと奴らがそれに従うと思っているのか?」
「キミの命が危ないと判れば飛んで助けに来るさ。」
いや必ず守らせる条件を付けたから来ないよ。
橘結は小室絢と南室綴が必ず守ってくれる。
エリクにも彼女を救うためだけに動くように頼んだ。
僕に助けは来ないよ。利用価値の無くなった僕は君に殺されるだけだと判っていても
君のしている事は無駄だと言っておくよ。
「参ったな。」
「ボクに殺されるかもって考えていながらどうしてそんな顔をしていられる?」
彼は突然僕に殺意を向けた。あからさまに、明らかに。
だがもう彼が怖いとは思わなかった。彼が殺さないと確信したからではなく
そうなったらそれで構わないと思ったからだ。
幼い頃、何度も自分で死のうとした。この町に来て何度か死にそうな目に合った。
もう慣れた。それに今更嘆くような事も無い。
君が僕の死なら僕は君を受け入れるだけだよ。
「ボクはキミの死神なのか。」
そうかもね。
「ではキミは何だ。ボクがキミの死神なら、キミはボクの天使だとでも言うつもりか?」
仮に、仮定の話は無意味かも知れないけど。
もっと普通に出逢っていたなら、トモダチになったかもしれない。
「トモダチ、か。」
この時は、自分でもどうしてこんな事を言ったか判らなかった。だが確信はあった。
彼が僕を殺さない。なてんあやふやな確信では無く、文字通り確固たる信念のような。
もしかしたら、他の誰よりも彼と仲良くなったような気さえした。
君は何しに日本に来たんだ?誰に会いに来たんだ?
「何を今更」
本当に橘結を狙ったなんて戯言今更信じると思う?
「何?」
まあいいや。エリクとグンデが君の足取りを調べていたのは知っているだろ?
残念ながらここで石段を降り切った。そして車に乗り込み
2人で並んで後部座席に座った。
「それで?ボクの足取りが何だって?」
日本にいる「継ぐ者」達、えーと君と同類の人ならざる者に会っていたんだろ?
僕はね、あの祀りの日から気付いていたんだ。




