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早速エリクにメールするとすぐに電話が掛かってきた。
来日早々疲れているところ申し訳ないけどどうだろうか。
「それは構わないけど、本当にボクもイイの?サーラだけじゃなくて?」
と何度も念を押された。
勿論だよ。僕だけじゃない。宮田さんが最初に言ってくれて、皆も喜んで賛成してくれたんだ。
「ありがとう。喜んで参加させてもらうよ。」
着替えを用意するように言って僕はまた家に帰り食材を買って戻ると伝えた。
「白菜とネギはあるからね。」と橘結に念を押された。
「今回は何鍋にするの?」と南室綴に聞かれたので
手間の掛かる準備をする時間も無いので寄せ鍋風にします。
いかにもな具を入れてイロイロ楽しめるように。
「まあ任せるわ。気を付けていってらしっしゃぃ。」
宮田杏が栄椿に連絡を取り、彼女も家に支度を取に戻りつつ栄椿を迎えに行く。。
これまた何とも慌ただしい鍋会だ。
僕はエリクと再度連絡を取り申し訳ないが準備が出来たら迎えに来て欲しいと頼んだ。
家に戻り、支度を用意してスーパーで買い物をしているからと伝えた。
本当に慌ただしくて申し訳ない。
「何て事無いよ。サーラも燥いで大変なんだから。」
小室家に合流すると既に全員揃っている。
「また来てしまいましたお母様。」
「いつでもいらっしゃいって言ったでしょ。」とハグをした。
「妹がお世話になりました。」
「あらいい男ね。キズナ君はイケメン磁石も持ってるの?」
もう発想が小学生だ。
客間では打ち合わせ通りに二つの鍋に昆布が敷かれた状態。
白菜とネギは既に用意されていた。台所を借りて他の食材の準備に取り掛かると
サーラがエリクを連れて
「ホラ、言った通りでしょ。」
「ホントだ。」
ナニソレ。もしかして年末年始の想い出の会話って僕の料理の事からなの?
「だってオムライスからずっと料理してるとこしか見て無いもん。」
そう言われればそうだ。
「ソバはウツ。モチはツク。」
エリクに自慢気味に説明するが、おそらく二度と使わない言葉だろう。
全ての準備が終わり食材を持って客間に戻るとすぐに小室母がお酒を一杯ずつ持って来てくれた。
「明後日から学校でしょ。これでお浄めしなさいって。」
「あら、2人はその、えーっと」
「ああ、ハイ大丈夫です。問題ありません。」
・・・未成年にお酒勧める事には誰も何も言わないのはお浄めだからなのか?
「そう、それじゃごゆっくり。」
皆で乾杯しようとすると
「ホレ、キズナが音頭とれよ。」
僕ですか?
「他に誰がするのよ。」
「皆キズナが集めたんだよ。」
発起人は宮田さんじゃ
「そういう意味じゃねーよっ」
なんで怒られるんだ。
じゃあ、えっと、エリクには後でサーラがたっぷりお話を聞かせてくれると思うけど
特に4人の巫女さんは年末年始本当にお疲れ様でした。
栄さんの旅行の土産話もゆっくり聞きたいし、もっともっと休みが欲しいくらいだけど
明後日から学校始まっても毎日会えるんだよね。3学期も楽しい毎日になるように
乾杯。
「カンパーイ。」
「オッサンみたいな事言うのね。」
そして楽しい鍋会が始まる。野菜と鶏肉と魚と調理済みの練り物に餅の入った巾着。
一つの鍋を皆で取り合う。信頼関係が無いと出来ない食事だ。
「そうね。大皿から取り分けるのとは意味合いが違うものね。」
食べ方も、こんなに多くの種類の具があって、それを皆で同じように食べる。
「美味しいからってそればかりだと他の人が食べられないって事だね。」
僕はついこの前までずっと1人で鍋をつついていた。
宮田杏達が牡蠣を持って乗り込んたあの日
皆とする鍋がこれほど楽しいものなのかと感動したほどだった。
皆でこうやって楽しめる素晴らしい料理だ。
サーラが充分に味の沁みた白菜やネギを食べながら
「日本の野菜って美味しいのね。驚いたわ。」
宮田家のおでんの大根が特に気に入ったと大絶賛した。
「シミッシミノデーコン。て言うのよね。」
「何で訛ってるのよ。杏ちゃんもちゃんと教えなさいよっ。」
「しみっしみの大根最強。」
エリクは長旅で、サーラは慣れない環境の連続で疲れている筈だった。
栄椿だって長い家族旅行から帰ったばかり。
でもそんな素振りも表情も一切見せなかった。
それ以上に嬉しかったからだと、女子が全員で大きなお風呂に入っている最中エリクが言ってくれた。
こうして2人で話すのはとても久しぶりだ。
「いつかボク達が大人になったら。皆でこうして集まれるといいね。」
「キズナとは2人でお酒を飲むのも楽しいだろうな。」
どちらが会いに行く事になるのだろうか。
エリクはずっと何かを言いたそうだった。そしてゆっくり言葉を選んだ。
「キズナは、僕とサーラの関係に気付いているんだろ?」
そう、だね。何となくそんな気はしていたよ。
最初からずっと。彼女とトモダチになったあの日からずっと。
彼女の僕を見る目とエリクを見る目は違うから。
「彼女に悪意は無いよ。親友が欲しかっただけなんだ。」
判ってるよ。ずっと判っていた。と思う。
だから僕は彼女に自分の気持ちを伝えなかった。
彼女がエリクを愛しているのを知っていたから。
兄としてではなく、恋人であるとか、近い将来の結婚相手として。
僕はそれすら判っていたような気がする。
サーラと始めて会った日にエリク自身が言っていた。
「彼女は僕の妹だが直接の血の繋がりはない。」
そんな彼を追って来た。気付かない方がオカシイ。
サーラはとても大事なトモダチだよ。
フィンランド人は友人を作るのがヘタだと聞いた事がある。
しかし一度トモダチになると、その友情は深く長く続く。
僕達がこうして過ごせる時間は残り3ヶ月を切った。
彼はその間にしなければならない事がある。
それは2月のとても寒い日に突然起こる。
僕達はまだその結末を知らない。




