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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Shield Bash

作者: 戸部家 尊

【第1回『#戦闘シーン祭り』(タツマゲドン様主催)参加作品】 です。

「嘘だろう?」


 死角から放ったはずの短剣を、その男は振り返ることもなく指二本で挟んでみせた。武器を振り上げた体勢のまま、左腕だけを柄から離して短剣をつまみ上げたのだ。これにはジュードも舌を巻いた。仕留められるとは思ってなかったが、受け止められるとは予想外だった。しかも投げ返してくるとは。


 本能的に首をひねった。凄まじい勢いで戻って来た短剣はジュードのこめかみを横切り、背後の樹に音を立てて刺さる。


 背筋に冷たいものが流れる。

 判断を誤ったかな、と口の中に苦い物が広がる。草でも噛んだようだ。


「何者だ?」振り返りながら男が口を開いた。

 流暢な大陸語だ。存外に高い声だった。背はジュードより頭半分ほど低いだろう。黒髪の毛を頭の上で縛り、黒い瞳は三日月のように鋭く、顎から生えた無精髭に、肌は浅黒い。


 異彩を放っているのは、異国の服装だ。長い布を巻いたような茶色い上着は垢で汚れ、筒のような袖口はすり切れている。よれよれのズボンも裾が広く、足首が覗いている。足は麦か何かを編み上げたらしきサンダルだ。奇異、というほかはないのだが、極めつけは手に提げた剣だ。一瞬、レイピアのように見えたが、片刃でわずかに反りがある。


 あれがカタナか。


 サムライという異国の武人が公国領に流れ着いたのは二月ほど前の話だ。

 男はマタベイ・イソガイと名乗った。


 マタベイは領内の強者に片っ端から勝負を挑んだ。騎士・剣士・傭兵・神官・無頼漢と、二十人を超える強者達と戦い、全てサムライの勝利に終わった。研ぎ澄まされた剣技と、すさまじい切れ味を持った武器に、ある者は腕を切り落とされ、ある者は首をはねられた。その中には尋常の決闘ばかりではなく、辻斬りまがいの強引なやり口で仕掛けたものもあった。


 異国の武人に好き放題されては公国の名折れ、とばかりに公爵は騎士団の派遣を決めた。精鋭三十名をマタベイ討伐に向かわせたが、結果は無残なものだった。将来有望な若き騎士たちが半数以上も命を落とした。その中にはジュードの弟も含まれていた。


 お陰で遠征先から領地の村まで呼び戻される羽目になってしまった。

 二度と戻るつもりはなかったのだが。


 ともあれ、賽は投げられた。いや、振ってしまったのだ。もう逃げられない。

 ジュードは堂々と、内心の動揺を悟られぬように姿を現す。


 澄み渡るような青空の下、広い草原に一組の男女が向かい合っていた。


「ジュード……」


 ヴィクトリアが顔だけを動かし、信じられないという表情をジュードに向ける。


 男物のシャツとズボンを身に纏い、決闘のためにとばっさり切った金髪は水死体のようにほつれ、翡翠色の瞳は弱々しく濡れている。血こそ流してはいないものの手ひどくやられたことは容易に想像が付いた。屈辱と怒りと絶望と、この世の理不尽に打ちのめされた、哀れな姿だ。ジュードは痛ましくなった。


 彼女は左手で右手首を押さえ、首から下はまだマタベイの前にひざまずいたままだ。かたわらには半分に折れた剣が、草むらの上に屍を晒している。カークの……弟の剣だ。


「何者だ?」マタベイがもう一度尋ねる。


 ジュードは質問には答えず無造作に近付くと、折れた剣を拾い上げる。

 根元から折れており、触ると断面は砥石で研いだかのように滑らかだった。


「鉄を切れるという噂は、本当だったんだな」


 これほどの技量の持ち主であれば、カークが敗れたのも無理はない。鎧ごと切り裂かれたと聞いた時は何かの間違いか、ポールアックスのような重量武器でたたき割られたのかと思ったが、この切り口を見る限り、噂は真実のようだ。


「何故、勝負の邪魔をした」業を煮やしたのか、マタベイは質問を変えた。


「もう決着は付いているだろう」

 ジュードは肩をすくめた。


「この勝負は貴殿の勝ちだ。おめでとう。決闘の勝者に盛大な拍手を」


 ゆっくりと手を打ち合わせる。手袋を嵌めているので音は良くないが勘弁してもらおう。


「というわけで、この哀れな敗者は俺が引き取る。それでいいな?」

「ならん」マタベイは切っ先をジュードの目の前に突きつける。


「果たし合いは、どちらかが死ぬか降参するまでだ。その娘はまだ負けを認めておらん」

「見ればわかるだろう。このお嬢様が戦えるように見えるか? あんたの目は節穴か」


 ヴィクトリアがはっと顔を上げた。

「待って、ジュード、私はまだ……」

「もう十分だ。ヴィッキー」


 口を挟もうとしたヴィクトリアをぴしゃりと黙らせる。

「よくやった。もう戦う必要は無い」


 剣技だけの問題ではない。気迫、熱意、闘争心、経験、殺人の数、あらゆるものが欠けている。百回戦ったところで百回返り討ちにあうのは目に見えていた。これ以上戦ったところで死体が増えるだけだ。あの世で結婚式など、カークも喜ぶまい。


「だから、俺がやる」


 ジュードは折れた剣をヴィクトリアに握らせると、後ろから彼女の肩を抱き、ゆっくりと立たせる。一緒に数歩下がったところで、侍女のサリーが駆けつけてきた。もう二十年近く、ヴィクトリアが母の胎内にいる時からワイルディング男爵家に仕えている。彼女は、大粒の涙を流しながらヴィクトリアにケープを肩に掛ける。


「というわけで選手交代だ。俺が相手をしよう」

 ジュードは両腕を広げながら宣言する。


「もちろん、今すぐとは言わない。勝手なのはこちらだからな。貴公もお疲れだろう。明日でも明後日でも構わない。場所も指定してくれていい。勝負は公平に、正々堂々いかないとな」


「背後から短剣を投げつけた奴が正々堂々だと?」

「当たるとは思ってなかったさ」


 しかも素手でつかまれた上に投げ返されるとは予想すらしていなかった。

「で、どうする?」


「今ここで構わん」

 マタベイはせかすように言った。


「そこの娘では肩慣らしにもならぬ。余計な気遣いはご遠慮願おう」

 背後でヴィクトリアの息を呑む気配がした。


「それに」男の声には舌なめずりするような愉悦が込められていた。視線はジュードの全身に注がれている。


「これほどの武人を前にして我慢しろなど、酷ではないか」

「そうか」


 ジュードは鞘の上から腰の剣を撫でる。死んだ父から譲り受けた剣だ。公国でも腕のいい鍛冶屋が拵えたそうだが、カタナと比べれば、どうにも心許ない。数合打ち合わせただけで折れそうだ。おまけに防具もない。綿の白いシャツと紺のズボンだけだ。もっとも、仮に鎧兜着ていたとしても外していただろう。鎧ごと切り裂く相手にはかえって動きの邪魔になる。


 となれば、やはり頼みの綱はこいつか、と背中に背負った楯を一瞥する。


 涙型のヒーターシールドである。やはり父が公国の優れた鍛冶屋に作らせたという特注品である。鋼鉄製で、表面にはグランヴィル家の紋章である二頭の鷲獅子が彫られている。やや丸みを帯びていて、衝撃を受け流せるようになっている。


 敵兵の槍を、異教徒の刃を、蛮族の斧を、盗賊の矢を、軍馬の蹄を、狼の牙を、幾度となく防ぎ、ジュードの命を救ってくれた相棒だ。だが、鋼鉄を切り裂くという相手に、今度ばかりは耐えられるかどうか。


 それでも、とジュードは背中から楯を外し、内側の革のベルトに左腕を通す。左手首から二の腕までがすっぽりと覆ってくれる。腕を曲げて感触を確かめる。違和感がないのを確認してから剣を抜いた。


 勝算は薄いが、やるしかないのだ。さもなくば、そこのお嬢様はもう一度決闘を挑みかねない。

「名を聞いておこうか?」


「ジュード・アルバ・グランヴィル。ウィンスバード公国が騎士にして、グランヴィル家当主……の予定だ」

 後を継げるのはジュードだけだが、正式に継いだわけではない。


「では、始めようではないか」


 マタベイは剣を構えた。己の中心線を守るようにまっすぐに。見慣れない構えだが、あれがサムライの剣技なのだろう。


 ジュードが選んだのは『腕下』である。左手で楯を前面に押し出す。同時に、右手で握った剣を左脇腹に挟み込むように構える。父から教わった基本の構えだ。


 楯に隠れてこちらの剣が相手から全く見えなくなる利点がある。

「始める前に一つ尋ねたいんだが」


 楯の上から覗き込むようにしてジュードは言った。

「俺が勝った時は、貴公をどのように弔えばいい? 異国の宗派にはてんで疎くてな」

「無用だ」


 マタベイはにやりと笑った。

「念仏なら己のために唱えるといい」


 けたたましい掛け声とともにマタベイが間合いを詰めてきた。摺り足で滑るようにして近付いてくる。野人のような外見とは裏腹に、舞踊のように無駄のない動きだった。


 ジュードは楯を構えながら距離を測る。遠すぎる間合いを詰めようと、一歩踏み出した。

 刹那、マタベイの体が宙に浮いた。空気を切る音に続いて銀色の刃が振り下ろされてきた。


 ジュードは虚を突かれた。反射的に楯を上に向け、斬撃を弾き飛ばす。一瞬、左腕にしびれを感じる。見た目よりはるかに重い。一度防いだマタベイのカタナが再び、迫ってくる。頭上へと振り下ろされる斬撃を後ずさってかわすと、マタベイは踏み込みながら切っ先を返し、ジュードの右脇腹を狙って切り上げてくる。ジュードは左腕を伸ばし、楯で横からカタナを跳ね飛ばす。


 マタベイのカタナが外へと流れたのを横目で見ながらジュードは剣を横薙ぎに振るう。力ずくで体勢を崩し、隙の出来たところを剣で急所を狙うつもりだったが、マタベイは素早く後ずさっていた。ジュードの剣がはるか手前を空しく流れる。


 ジュードも後退して距離を取る。ほんの一瞬の攻防にもかかわらず、ジュードの心臓は早鐘を打ち、額には滝のように汗が流れていた。


 冷や冷やさせてくれる。

 だが、今の攻防で良い点もあった。ジュードの楯はカタナを防げる。


 『叩きつぶす』のが目的の剣と違い、カタナは『切る』ための武器だ。そのためには刃筋を垂直に立てなくてはならない。


 それに引き換え、楯は丸みを帯びており、ジュード自身も真正面から受け止めるのでなく、流すように弾くように防いでいる。さしものマタベイも刃筋を立てなくては、鉄は切れないようだった。防げるなら勝ち目はある。


 呼吸を二回半したところで再びマタベイが向かってきた。今度は一歩、一歩と距離を詰めてくる。またも摺り足だ。ジュードは今度は『胸』の構えを取った。


 やはり楯を前面に構え、今度は突きの体勢を取る。マタベイの剣を封じ、隙を狙って剣を叩き込む。マタベイの構えに隙が見当たらない以上、こちらから斬りかかっても返り討ちに遭うのは目に見えている。消極的とは思わない。少しでも勝つ可能性の高い戦法を取ったまでだ。


 互いの間合いまであと三歩、というところでマタベイの構えが変わった。剣を胸の辺りに構え、切っ先を天高く向ける。


 ジュードはマタベイの狙いを推理する。楯をかわして頭をかち割るつもりか、楯ごとぶった切る作戦か。それとも……。


 判断する前にマタベイが動いた。裂帛の気合いとともに距離を詰めると、閃光のような一撃が振り下ろされる。ジュードはとっさに剣を振り上げた。目の前で雷鳴が鳴り響いた気がした。刃と刃のかち合う音に耳鳴りを覚えながら剣が折れていないことに神への感謝を捧げる。ほっとしたのもつかの間、続けてマタベイが振りかぶった。


 斬撃を受けた衝撃で右腕の動きが鈍っていた。切り落とされた弟の剣が脳裏をよぎり、ジュードは楯を掲げた。


 その途端、マタベイの動きが変わった。滑るように後ずさると、剣の向きを変え、ジュードの右足へと振り下ろす。

 まずい。


 倒れ込むように飛び下がったつもりだったが、一瞬早くカタナの切っ先がジュードの右の太股を抉っていた。激痛が走る。

 好機とばかりにマタベイがにじり寄ってくる。


 ジュードは怖気立った。体勢を崩しながらも蜂を追い払うように剣を振り回し、マタベイの追撃から逃れた。どうにか立ち上がった時には、ジュードの右太股は赤黒くにじんでいた。


 参ったな。

 直前でかわした分、傷は浅いが出血がひどい。太い血管が切れたのかも知れない。当然、動きは鈍る。マタベイ相手に動きが鈍ることは致命的だ。


 有利になったにもかかわらず、マタベイはむしろ詰まらなそうに眉をひそめていた。

 好敵手と会えたと思ったのに、この程度かと失望しているのだろう。


「おいおい、もう勝ったつもりでいるのか?」

 激痛をこらえながらジュードは肩をすくめた。


「あんたの言う勝ちっていうのは、こんなかすり傷を付けることか? 違うだろう。首をちょんぎることじゃないのか」

 とんとん、と自分の首を叩いてみせる。


「わかったらさっさと来いよ、野蛮人。お昼寝にゃあまだ早いぜ」


 手招きしてやると、マタベイの目が細められた。再び剣を胸の辺りに構え、円を描くようにして横に移動する。ジュードも合わせるようにして反対回りに動く。


 ちょうど、互いの位置が入れ替わったところで、サリーに肩を抱かれたヴィクトリアの姿が飛び込んできた。


 彼女は決闘を見ていなかった。目を閉じ、両腕を組み、草の上に跪きながら懇願するように祈っていた。青白い顔で何事か唇を動かしている。その姿は許しを請うているようにも、助命を嘆願しているようにも見えた。


 そんな顔するなよ、ヴィッキー。

 ジュードはうんざりしながら心の中で話しかけた。


 お前にそんな顔をさせるために俺は戻って来たんじゃないんだ。見てろよ。すぐにこの小生意気なサムライをこてんぱんにしてやるからよ。

 笑みがこぼれる。


 マタベイの口から咆哮が上がった。ジュードの笑みを侮辱と受け取ったようだった。

 やはり摺り足で一気に距離を詰めてくる。決着を付けるつもりらしい。


 ジュードは半身の体勢を取る。剣を前に付きだし、反対に楯を胸の前に付ける。こちらは父から習った剣術ではない。戦いの中で自然と身につけた我流である。


 そして突き出した剣の切っ先を小刻みに動かす。マタベイの眼前に来るように、クルクルクルクルと。これは撒き餌だ。さあ、食らいついてくれよ。


 マタベイは一瞬迷いを見せたものの、鬱陶しそうにジュードの剣を払いのけた。甲高い音が上がるものの、ジュードの剣は折れていなかった。受けた瞬間、力を抜いて自分から引いたためにうまく衝撃を逸らすことが出来たようだ。


 剣が払われると同時にジュードの体は既に前に出ていた。左腕を弓のようにしならせ、渾身の力を込めてヒーターシールドでマタベイの顔を殴りつけた。鈍い音が楯の向こう側から響いた。楯を引くと、鼻血を流しながらマタベイがよろめいているのが見えた。黒い目を困惑で瞬かせている。


「楯にはこういう使い方もあるんだよ!」


 ジュードは叫ぶなり前に進んだ。攻めるなら今だ。右腕を振り上げ、力任せに斬りかかる。切られた太股からまた血がにじみ出しているがどうでもよかった。マタベイはカタナで防ぎながら後ずさる。しっかりと大地を踏みしめていた足も酔漢のようにもつれている。今の一撃が効いているようだ。


 だろうな、とジュードは心の中でつぶやいた。鉄の塊で殴られれば誰だってそうなる。

「こいつはお返しだ!」


 剣を振り上げ、マタベイの足に斬りかかる。マタベイは舌打ちすると後退を止めて、カタナで受け止める。防がれると同時に、ジュードは一歩踏み込ると、一瞬でヒーターシールドを持ち替える。尖った箇所を前に向け、空いた左頬を再び殴りつけた。


 マタベイは白目を剥いた。体は大きく吹き飛び、地面を滑っていく。口から吹き飛んだ白い歯が草の上に落ちた。横倒しになりながらあえいでいる。脳震盪を起こしたのかも知れない。


「降参するか?」

「……ねぼけるな」


 ぜいぜいと荒い息を吐きながらマタベイが上半身を起こした。


 震える手で剣を握り、切っ先をジュードの胸元に突きつけている。顔の右半分を腫れ上がらせながらもその目に宿る闘志はいささかも衰えていなかった。歯を食いしばり、足を震わせながら、カタナを杖にして立ち上がる。


「いいぜ、来いよ」

 ジュードは再び『腕下』の構えを取った。

「これで終わりだ、サムライ」


 ジュードは一気に距離を詰めた。マタベイのダメージは一時的なものだ。時間を与えては回復させてしまう。引き換えこちらは足からの出血がまだ止まらない。赤黒い血が膝から脛にまで染めている。猶予はない。


 マタベイもまた剣を構え、ジュードの剣を受け止める。楯の一撃を警戒してか距離を取りながらダメージの回復を図っているようだった。そうはさせじとジュードも追撃するが、足の負傷もあり、あとわずかのところでするりと逃げられてしまう。


「どうした? ケツまくって逃げるのがサムライの戦い方か?」

「お前の挑発も聞き飽きた」


 マタベイは剣を胸元に引き、突きの構えを取る。

 ここだ。


 ジュードは楯を構えながら一気に前に出る。楯でカタナを封じ、その隙に剣でとどめを刺す。イメージは固まっている。


 マタベイが吠えた。体ごと突進しながら突きを放つ。ジュードは衝撃に備えて両足を大きく開き、体を低くする。


 カタナの切っ先が表面の鷲獅子の目に当たった。瞬間、刃は音もなく吸い込まれていき、鋼鉄製のヒーターシールドを貫いた。切っ先はジュードの左腕を貫通し、内側から銀色の刃を覗かせ、左胸に突き刺さった。


 ジュードは雄叫びを上げた。最後の力を込めて左拳を握り締める。鍛え抜いた筋肉を限界を超えて絞り上げると、楯ごと左腕を内から外へと払いのける。鋼鉄の楯と左腕の筋肉で挟んだカタナを、マタベイの手から枯れ枝のようにもぎ取った。


 マタベイの目が見開かれる。その隙を見逃さなかった。

 ジュードは剣を振り下ろす。


 マタベイが一縷の望みをこめたかのように両腕を掲げるものの、ジュードの剣は過たず両手首ごと頸動脈を深々と切り裂いていた。


 血飛沫が上がった。


 マタベイは両手首と首筋から赤黒い血を流しながら後ずさると膝を折り、うつ伏せに倒れ込んだ。立ち上がる気配はなかった。それでも体は痙攣を続けていたが、二度大きく震わせるとそれっきり動かなくなった。


 マタベイの死を確認するとジュードは刺さったままのカタナを引っこ抜き、草むらに放り投げる。それから左腕の革のベルトを外すと、ヒーターシールドの先端が地面に突き刺さった。


 イメージ通りとはいかなかったな。


 血の止まらない左胸を右手で押さえながら苦笑する。予定では、楯だけを貫かせてカタナを奪い取るはずだった。楯で思い切り殴ってやれば、自然と意識は楯に集中する。斬撃は何度も防いでいる。ならマタベイは楯ごと貫いてくるだろうと踏んで仕掛けた作戦だったが、まさか腕どころか胸までやってしまうとは。


 まったく思い通りに行かないものだ。跡継ぎの問題も、カークのことも、ヴィクトリアのことも。


 大きく息を吐くとその場に膝を突き、目を閉じて仰向けに寝転がった。

「ジュード!」


 ヴィクトリアの声がした。悪いが、乗馬の誘いなら今度にしてくれ。今日はとにかく疲れた。おまけに眠い。


「しっかりして、今、屋敷まで呼びにやったわ」


 懸命に呼びかけながら左胸と左腕と右太股の止血を始める。


 心配するなよ、この程度の傷で死にやしない。思ったより血は流したようだが問題ない。戦場では樽くらい血を流しても生き残った奴もいたんだ。それに比べたらどうってことはない。心臓も外れているし、左腕も動く。


 あまりに心配そうなので慰めてやったつもりだったが、声になっていないようだ。

「しっかりして、ジュード。ねえ、あなたまで死なれたら私は……」


 死なねえよ。

 返事をしたつもりだが、やはり声になっていないらしい。妙な話だ。おまけに段々と眠気はより深くなってくる。


 涙の粒がジュードの頬を濡らした。


 まだ昼間だというのに、目の前も暗くなってきた。仕方が無いので手探りでヴィクトリアの手を探ると、ぎゅっと握った。暖かい手だ。


 ヴィクトリアの手が握り返す感触がした。

 満足しながらジュードは深い眠りに落ちていった。


お読み戴き有り難うございました。


騎士とサムライだと(フィクションの場合)

サムライが勝つのが多いのかな、と思いあえて逆をやってみました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘描写が細かくすごい迫力があって面白かったです! 楯に重点が置かれて戦うところが新鮮でおもしろいと思いました。 [一言] 戦闘描写の勉強にさせていただきます! ジュードかっこいい……
[良い点] 二人ともぎりぎりの状態をなんとかしてかいくぐっていく様が目に浮かぶようです。最後の部分、想像すれば、音が聞こえる気がします。 [気になる点] 小説ってある程度知識がないと分からないことがよ…
[良い点] 節々に表現を工夫しようとしている点は良いと思います。 武士と騎士の違いを理解し、出せていました。セリフや背景描写の少ないマタベイにもきちんとキャラ付けがされています。また、この手の作品にあ…
感想一覧
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