もう、戻れない(前編)
「これから、あなたたちには殺し合いをしてもらいまーす!」
物騒な言葉を耳にしながら、れいは意識を取り戻す。
辺りを見渡し、見知らぬ部屋にいるようだと、れいは理解する。薄暗くて見づらいものの、他にも人が二人いることがわかる。二人は地面から起き上がった所であり、れい同様に状況が飲み込めていないようであった。
「みなさん戸惑っていますね!大変結構!難しく考えることはありません!あなたたちは閉じ込められているんです!脱出するには殺しあってもらうしかありません!」
思わずれいは声が聞こえる上の方を向く。しかし、人はおろか、スピーカの類も見当たらない。
「殺しあうとは言っても無差別に殺しあってもらうわけではありません!そんなの面白くないですから!私の決めたルールに従ってサバイバルゲームをしてもらいます!」
「ふざけるな。ここから出せ。これは犯罪行為だ」
不安になったれいは声を荒げる。
「はぁー、ベタですねー、ベタベタですねー。もう少し個性を持ってください。これだから最近の若者はなんてひとかたまりにされてしまうんですよ?」
その何とも奇妙な応対に、れいは思わず黙り込んでしまう。
「おや、おとなしくなりましたね。結構、大変結構!それではルールを説明します!これからお題を出します!それをクリア出来た方が生き残ります!単純!わかりやすい!褒めてくれても良いんですよ?」
「目的はなんだ?金か?」
「目的?あなたのためを思って私は監禁してあげたのです!感謝されることはあっても、怒鳴られる覚えはないですねー」
などと謎の声は嘯く。
謎の声と話していても埒が明かないと思い、れいは、ここに来る前の出来事を思い出そうとする。しかし、どうにも思考がはっきりとせず、記憶もぼんやりとしたままだ。他の二人に声をかけるが、向こうも混乱しているのかはっきりとしない答えを返される。
無理もないか、とれいは思う。二人ともまだ子供のようで、一人はおそらく小学生くらいの年頃であろう。二人の顔を見て、一瞬何か思い出せそうな気がしたが、謎の声が話し始めたため、そちらに気を取られてしまう。
「時間もないので、さっそく参りたいと思います。今回戦ってもらうのは君たちだ!」
次の瞬間、少年とれいがスポットライトに照らされる。少年とれいは思わず顔を見合わせる。れいは、少年の顔に強い既視感を抱くが、どこで見たのかどうしても思い出すことが出来ない。夢の中にいるような感覚であり、思考がはっきりと定まらない。
「お題はなんだ」
れいは、もどかしさを振り払うように謎の声に尋ねた。
「おお!やる気になってくれたのは大変結構!なのですが、まずは場所を移しましょう」
と謎の声は言うと、指をぱちりと鳴らしたような音を響かせる。
次の瞬間、少年とれいがいる所の床だけに穴が開き、少年とれいはその穴から下へと落ちていった。
十秒ほど落下しただろうか、見知らぬ部屋へと辿り着く。怪我どころか死んでもおかしくなかったものの、お尻が少し痛い程度で、他の部分に傷などは特になかった。れいはとっさに上を見たものの、部屋の天井が見えるだけで、上から落下してきた痕跡は全く見当たらない。
現実感のない出来事が続き、れいは気味が悪くなるのを感じた。早くここから逃げだしたかった。
「おやおや、二人とも黙り込んでしまいましたね。すっとんきょーって顔してますよ?」
「……どんな顔だよ、素っ頓狂なのはどう考えてもそっちの方だろ。早くここから出してくれ」
「れいは、せっかちですね、いまから楽しい楽しい殺し合いの始まりだって言うのに」
「殺し合い、ね」
時間がないっていっていたのはどっちだよとれいは思う。
「では、そろそろお題を発表しましょうかね。お題はリフティングです!」
勝った、れいは思った。中学生の頃までサッカーをしていた。当時はかなりの実力があり、プロ入りも噂されるほどであった。小学生に負けるはずもなかった。
「それでは足元にあるサッカーボールを使ってください」
そう言われて足元を見ると、いつのまにかサッカーボールが置いてあった。先ほどまでは確かになかったのに。
れいは考えることを放棄した。どうにかなりそうだったからだ。
少年の方を見ると、困惑している。リフティングが何かも分かっていなさそうだ。
「ごめんな、坊主。」
「……」
小学生は俯いたまま何も答えない。れいは、やり切れない思いに包まれたが、堪える。
「それでは、リフティングを開始してください!」
ホイッスルの音が響き渡った。
れいはリフティングを始める。少年もれいの様子を見て、リフティングが何か分かったのかボールを蹴り始める。なかなか様になっており、初めてとは思えない。それでも、れいは自分の勝利を確信する。思ったよりも体は鈍っておらず、ボールは思い描いた通りの軌道を描く。
勝負がつくのに長い時間はかからなかった。ついに少年のボールは地面についてしまう。
「ピピー、そこまで!勝者はれいです!」
謎の声が響き渡る。
「いやー残念!両者ともにリフティング上手だったんですけどね!それでは、敗者には死んでもらいましょうか!」
「ま、待て。おかしいだろ。こんな勝負で人の命を奪うのか?何が目的なんだ?」
「だーかーら、あなたのためと言っているじゃないですか。ちゃっちゃと始めちゃいますよ!」
れいの制止をまるで相手にせずに、謎の声は話を進める。
「大変お待たせいたしました!みなさん気になるのはどのように殺すのか?ですよね!安心してください。ただ、鎌でぴょっと首を切るだけです」
謎の声は物騒なことを楽しいイベントであるかのように話す。
「だ、だれが殺すんだ?お前か?」
「おっ、れいは冴えてますね!探偵とか向いてますよ、うんうん!」
「お前が?でもどこにいるんだよ」
「なーに言ってるんですか!後ろにいますよ!」
そう言われて思わず振り返ると、後ろに死神がいた。れいの思考が固まる。
「あっはっは、すっとんきょーって顔してますよ?」
れいにはそれに答えられる余裕は無い。
れいは当たり前だが死神を見たことはない。だが、顔は骸骨、黒のローブを身に纏い、手には大きな鎌を持っている姿は死神以外の何物でもなかった。
「お、お前は何者だ?」
「何に見えますか?」
「し、死神……」
「なるほど!その通り!死神です!殺すことに関してはプロです!専門家です!もし死に関することでお困りの際にはこちらの番号までおかけください!」
「ハハッ……」
れいの口からは乾いた笑い声しか出てこない。
「あー、せっかくですから最後に敗者からひと言貰いましょうか、感想は?」
死神はどこからかマイクを取り出すと少年の方へと向ける。俯いていた少年はゆっくりと顔を上げ、
「おじさん、りふてぃんぐ、とっても楽しかったよ」
と満面の笑みで言った。
「ッ!」
そのセリフで、その笑顔で、れいは少年が誰であるかを思い出す。
「はい、ありがとうございました。いやー、これから殺される人とは思えない素晴らしい笑顔でしたね!」
信じられない気持ちでれいは少年を見る。
「それでは早速殺しましょうかね」
死神は宣言する。
「君は」
死神は鎌をゆっくりと振り上げる。
「俺だ」
死神は鎌を少年へと振り下ろした。