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習作 ある蕎麦屋の話

作者: 石化

 塾長に勧められて入った蕎麦屋は大きく地酒の種類が洒落た板に書き殴られた、むしろ居酒屋とでも言ったほうがいいような店だった。おそらく夕方には本物の居酒屋に早変わりするのだろう。だが、竹を模した観葉植物が柱に寄りかかり、その柱によって、座敷席と机席に分けられると言うこの空間は静謐でなかなか雰囲気のあるお店だと言うに十分すぎるほどだった。暑い昼下がりにわざわざ出歩いて昼飯を求めるような奇特な人はやはり少ないのだろう。詰めれば30人ほど入りそうな店内には僕の他に、30過ぎの精悍な顔をした男がいるだけだった。男は常連なのかもしれない。慣れた様子で三つほど注文し、運ばれてきた生ビールに口をつけようともせずじっと携帯の画面に見入っている。間も無く暑揚げ豆腐が男の方に運ばれてきた。ネギをこんもりと乗せた、見事な逸品だ。おつまみとして使われるのかどうかはよくわからないが、そうなのかもしれない。


 それより先に頼んだはずの僕の鴨せいろ蕎麦はまだ運ばれてこないのだろうか。そろそろお腹の減りが最高潮に達してしまいそうだ。店の奥を覗くと、どうやら手打ちを行なっているらしい。一気に期待が高まる。紀伊国ねね。いや、ソーマのことは気にしないでいいけれど、でもここは東京なんだからそれに類した蕎麦がくると言う可能性は高い。



 ついにきた。ざるに乗った、普通のよりも数段大きいのではないかと思われる蕎麦。そして、手前にネギとわさびの緑の小皿、その上に鴨だしの容器。そして、頭頂部がやけにとんがった容器。丸まった下腹部から二倍ほどの突起が天を指し、笑いを誘う。



 綺麗な鼠色の蕎麦を鴨の浮かぶつゆに浸す。なるほどこれが鴨せいろというやつか。そして口の中へ。うん。美味しい。なかなかにこいつゆがしっかりとした蕎麦と絡み合って素晴らしい


 鴨を一口食べえる。肉厚の肉のうまさに、野生の肉臭さのあるジビエってえのはこれだよとでも言いたげな味。臭みを消すべく別容器のネギに箸を伸ばすと、まさに完璧。臭みが消えるこの感覚がなんとも言えずたまらない。


 マトリョーシカのようなよくわからない容器にはいっていた粉を液の中へ入れてみる。薄緑で気味が悪かったが、嗅ぐとかすかに柑橘系の香りがした。そのつゆの中に蕎麦をつけて、口に運んで驚く。先ほどの濃厚な味わいはいっぺんし、爽やかな味付けとなった蕎麦が僕の舌の上で踊っていた。

 そのまま食べる食べる。減ってきた出汁を蕎麦湯で薄めるのもなかなか乙なものだった。これまた違った味付けに変化したのだ。今度はさっぱりとした感じ。先ほどは爽やかな重さという相反する味だったが、今回は、爽やか一辺倒。



 そして、真に驚くべきはネギと一緒にやってきたわさびである。僕は元来子供舌で、わさびは苦手で食べられない。だが、間違ってわさびをつけたまま蕎麦を口に運んでしまった僕は驚愕した。わさびらしいツンとした味の後ろになんとほのかな甘みが感じられる。にがさ一辺倒だったはずのあの緑の危険食品が、全然違う顔を持って現れた。そろりそろりと、わさびを慎重にかけていく。どれも美味しい。⋯⋯ 今度から新鮮なわさびの仕入れ先を検討しよう。



 並行でこのルポを書いていたがどう考えても迷惑なので、食べ終わってパソコンを叩く無礼をお許しください。非常に美味しゅうござんした。ありがとう、●●先生。もう一つ最後に、ツケという文化は本当に実在したことに驚きと詠嘆を込めて。ごちそうさまでした。


お腹に訴えられたのなら本望です。

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、たまらん。うまそう…… 『鴨せいろ蕎麦』食べたい…… ああ……
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