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山の奥へ

山には入ってはいけないよ。


猫達が消えゆく山…そこに立ち入った人間は、誰一人として帰ってきていないんだから。

ここは、猫の沢山住む町、塩ヶ丘。


出歩けば、一日に最低でも5匹には出会える。



そんな町で、働く男が一人。


ヤマザキという名の男は、仕事に疲れ切っていた。


残業続きで、ぐったりとしたまま毎日を過ごしている。


だからだろうか。


フラフラと、何も考えないまま…山の中へ立ち入ってしまったのは。



草をかき分け、枝を押しのけ…がさがさと、ヤマザキは進む。


何も考えず、ただただ奥へ向かってひたすらに。


……気が付くと、足元の、感覚が消えて――。


悲鳴も上げられなかった。


ただ、視えない場所まで、おちた。




『…暖かい』


意識が浮上したヤマザキは、最初にそう感じた。


暖かかった。


何か、毛皮がかけられている様な…。


ゆっくりと、目を開ける。


目の前に、猫がいた。


身を起こすと、迷惑そうな鳴き声と共に数匹の猫が降りていく。


ちゃんと起きて、驚いた。


沢山の猫が、温めているかのように周囲にまとわりついていたのだから。


猫の群れの奥から、ひときわ大きな猫がゆったりとした足取りで現れる。


そして、見上げて、低い低い唸り声。


「………人間よ」


「……?」


「辺りを見渡すでない、こちらだ」


「……お前が…喋ってる…のか…?」


「そうだ。私は、ここにいる猫全てを束ねる、王だ。」


「…………はぁ…」


疲れてるのかもしれない。


ヤマザキはそう思った。


猫が喋るわけがない。


だが、鈍い痛みは夢だとは思えなかった。


「人間よ、頼みがある」


“王”はそう鳴く。


「頼み…?」


未だに夢心地のまま、ヤマザキは聞き返した。


“王”はいかにも、という調子で頷くと、またゆったりと鳴き始める。


「人に可愛がられ、もうじき寿命を全うしようとする者等がいる。その者等の代わりに、礼と、別れを言ってほしい。」


「……どうやって…?」


まだ、ぼんやりとしたままで聞き返す。


“王”はゆったりと鳴く。


「その者等を連れて行って語りかけると良い。…ああそうだ、この子も連れていけ…きっと、役に立つ。」


“王”の言葉に反応して、かさかさと茂みをかき分けてやってきたのは…小さな男の子だった。


くりくりとした目は、黄色と青の二色で…真っ白の死装束を纏っている。


藍色の耳と尾が生えていて…無邪気に笑っている。


「………この子は…?」


「…遠い遠い先祖に、猫又がおってのう、その血が出てしまったのか…ある日、贄にされてしまったんじゃ。」


しんみりと話す“王”とは対照的に、猫の子はにぱにぱと明るく笑っている。


まるで、何も知らないような、可愛らしい子供の笑み。


ヤマザキはいう。


「…“王”…あんたの願いを聞いたら、この子はもっと幸せになれるのか?」


“王”は、にんまりと笑った…様な気がした。


「勿論だとも。……引き受けてくれるのか?」


「…ああ。引き受けるさ。」


「安心したぞ。……さぁ、もう一度眠ると良い。きっと、もどれるはずじゃ。」


ヤマザキは、また寝っころがった。


猫の子が隣に寝っ転がり、猫の群れがまた群がってくる。


「………もし、信じてもらえなかったら…?」


「安心せぇ。伝えたい、という思いと、誠意…それがあれば伝わるはずじゃよ。それに、この子も役立つじゃろうて」


“王”が前足で猫の子の頭をぽふぽふと撫でる。


猫の子がふにゃ、と笑んだ。


既に眠っているようだった。


「……ほれほれ眠らんか。おしゃべりはここまでじゃ」


ヤマザキの頭も“王”がぽふぽふと撫でる。


その途端、急激な眠気に襲われ、ヤマザキは眠りに落ちていった。

もし、帰ってこれたとしたら、それは――

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