Ⅲ 嘘から出た史実(1)
ほんの短く輝いた瞬間、キャメロットという名の場所があったことを忘れてはならない。
アラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ロウ『キャメロット』より
ロンドンにある緑男の骨董店を訪れた日の翌日の午後、〝怪盗マリアンヌ〟こと本名マリー・ド・メリクールは、コーンウォールのキャメルフォード近郊に位置する旧トゥルブ家領遺跡を訪れていた。
英国にしては珍しく、今日は爽やかな青色の空が頭上に顔を覗かせており、四月初旬にしては温かい陽気である。ただ、時折、風が吹くとやはり肌寒さを感じるので、お気に入りの白いウールのオーバーコートと同色のニット帽を持ってきて正解だったなと、平原を吹き抜ける風に当たりながらマリアンヌは思う。
鮮やかな緑の若草が生い茂るだだっ広い平原の真中に、ポツンと、こんもりとした小高い丘が突然、盛り上がり、その頂上部分の草が剥ぎ取られて暗褐色の地面を露わにしている……そこが、旧トゥルブ家領遺跡――昨日、骨董屋の主人から聞いた、あのアーサー王の王宮〝キャメロット〟ではないかといわれている遺跡である。
その美しい緑の絨毯を剥がされた丘の頂は、さらに二フィートほど大きな長方形状に掘り下げられ、その区画の中に大小の丸い穴や溝、火を焚いて焼けた跡のような赤茶けた地面などが見えている。そうした穴やら溝やらが、どうやらアーサー王時代の建物があったことを示す痕跡らしい。
その素人目にはなんだかよくわからない古代の建物跡を見下ろすように方形の区画を取り囲んだ大勢の見学者の群れの中に、マリアンヌもさり気なく混じって立っていた。
「――えー…この旧トゥルブ家領遺跡の時代について先ず言いますと、出てきた土器の破片などから判断しますに五世紀末~六世紀初頭にかけての〝準ローマ時代〟、俗に〝アーサー王の時代〟と呼ばれている頃のものだと思われます」
見学者達の作る大きな円の中心では、カーキ色の作業服に身を包む、少々小太りなメガネの中年男性が拡声器を使って遺跡の説明をしている。さっき聞いた自己紹介によると、このずんぐりむっくりな人物が、ここの発掘調査の責任者であるなんとかいう博士らしい。
「発見された遺構――つまり、その当時の建造物や人々がそこで暮らしていたという痕跡ですね、そうした遺構としては大きな平屋建ての建物……おそらくは、その頃よく見られた王や豪族が宴会をするのに使ったと思われる木造の廊下付き大広間と、それに付属する小さな建物の柱穴、それから鉄製品を作っていたと思われる鍛冶炉の跡なんかも見付かっています。ああ、それに、これが丘城として最も重要なところなのですが、この丘の周囲を掘って見たところ、深い堀と木造の城壁が築かれていた跡も確認されました――」
マリアンヌがここへ来たのは勿論、仕事ためなのであるが、現在、彼女は他の聴衆達と同じように、解説の声に一応はまじめに耳を傾けている。
昨日はあんなことを言っていたくせに、なぜ、結局は彼女もここへ来ることにしたのか? ……それは、あの後、ちょっと調べてみたところ、ある理由から彼女もアーサー王伝説というものに少なからぬ興味を抱くようになったせいである。
「――というわけで、いろいろ興味深い遺構が発見されたわけですが、これらの遺構から出土した遺物については、油やワインを入れて運んだローマ式の壺〝アンフォラ〟の破片や地元産の土器類、金属器ではナイフにスプーンに皿に鍋といった食事の道具、それに準ローマ時代のブリトン人の文化を象徴する、芸術性の高い見事な細工が施された金銀の指輪やブローチ、衣服の留め金具などの装飾品も発見されています」
平原を吹く肌寒い春の風に乗り、考古学者の声は時折、機械の雑音を混じえながら、まだなお周囲に響き渡っている。
「さらに、当時のキリスト教のシンボルであった〝キーロー〟……これはキリストを意味するギリシャ語の最初の二文字〝X〟と〝P〟を組み合わせたものなのですが、それの描かれた銀の皿や異教の神に捧げられたと思われる黄金の奉納板なども見付かっておりますね。また、麦やナッツ、獣の骨、貝殻などの食料に関わる遺物も多数見付かっています。これらのことから、この丘城には五~六世紀の異教色の濃いキリスト教徒にして、ローマ化したブリトン人である有力者が住んでいたことは明らかです。そう。それはまさに、あの偉大なるブリテンの王を彷彿とさせる人物……ここは、アーサー王の〝キャメロット〟であった可能性が極めて高いのです!」
そう決め付けるには論拠に乏しいような気もするが、ずんぐりむっくりの考古学者は目の前の聴衆に向かって、高揚した声で高らかにそう宣言をする。学者の間でも、アーサー王実在説派と非実在説派に分かれるらしいが、どうやら彼は相当のアーサー王実在派であるらしい……。
「おおお…!」
いや、彼だけではない。マリアンヌのとなりにいた若い男性も、そのとなりのとなりぐらいにいるおばさんも、また、その数人先にいるお爺さんも…と、聴衆の半分くらいが今の言葉を聞いて感嘆の声を上げている。やはり、今でも英国人の多くはアーサー王の実在を固く信じてやまないようだ。
「それでは、これから自由に各遺構を見学していただきたいと思いますが、私もそこら辺にぶらぶらしておりますので、何かご質問があれば、お気軽に声をおかけください」
聴衆の歓声に満足げな表情を浮かべたそのなんとかいう博士は、最後にそう断りを入れてから遺跡の解説を締めくくった。
とともに、彼を囲んでいた見学者達の輪もわらわらと動き始める。地面に突き立てられた幾本もの細長い鉄のポールにテープを巡らせて仕切られた道を通って、皆、それぞれに興味のある遺構を目指して散らばって行く。
その中にあってマリアンヌは、人の波を避けながら真っ直ぐ前へ進むと、テープの向こう側の発掘現場に立つ博士に向かって声をかけた。
「あの~…質問してもよろしいですか?」
「はい。なんですかな? お譲さん」
マリアンヌの黄色い声に、調査責任者である博士は優しく微笑んで答える。
「先程のお話では金や銀の指輪なんかも見付ったというお話でしたが、そうしたお宝…じゃなかった出土品も麓の博物館で展示してるんですの?」
彼女の興味はやはりそうした物にあるらしい。
「ハッハッハッ! やはり淑女の皆さんは光モノにご興味がおありのようですな。ええ、他の出土品同様、既にクリーニングを終えて博物館でちゃんと展示しておりますよ。ですが、そうした貴金属類ばかりでなく、小汚い土器の欠片や錆びた鉄の道具なども、我々に知られざる歴史を語ってくれる大切な宝物であることをお忘れにならないようにな」
博士は笑いながらも、彼女を啓蒙するようにそう答えた。
「ええ、その通りですわね。勿論、わかっておりますわ……ああ、宝物といえば、その博物館で一緒に展示されているトゥルブ家伝来の品々は、なんでも、かのエクスカリバーを始め、アーサー王所縁の物だとかいうお話みたいですが、そちらもここの出土品と同じ年代のものなんですの?」
心の内の欲望を隠すかのように淑女を装った口調で言うと、続けて彼女は一番訊きたかった質問をさりげなくぶつけてみる。
「うーん……まあ、確かなことは言えんが、それでも様式などを見る分にはかなり古い物だとは言えますかな。特に〝エクスカリバー〟と伝えられている剣などは、この遺跡と同時代にあってもおかしくないような形状をしとりますな」
「ほんとに⁉」
その答えに、マリアンヌは思わず目を輝かせて地の声を上げた。
「あ、あら、ごめんなさい。あたくし、アーサー王伝説が子供の頃から大好きなものでして。ホホホ…」
突然の大声に目を丸くする博士に、マリアンヌは嘘八百を述べるとわざとらしく上品に笑って誤魔化す。
「お……おお、そうかね? いや、それはいい。実はな、わしもアーサー王伝説に人生を捧げてきたような男でな」
すると、博士は思いがけず、生き生きとした顔で彼女の嘘に乗ってくる。
「あ、あら、そうでしたの?それは奇遇……それで、こちらの発掘を?」
「うむ。アーサー王の実在を示す証拠を見付けるのがわしの長年の夢でしたからな。そして、遂にこの遺跡を掘り当てることができた。おそらくこここそが、かのアーサー王のキャメロットに違いない……これはきっと、神がわしに与えた使命なのじゃ!」
「ま、まあ、それはすごいですわね……」
「そうじゃろう? そもそも、なぜ、わしがアーサー王に魅せられるようになったかというとの。忘れもしない。あれはあの――」
「――あ~あ、またあんな熱弁振るっちゃって……ま、そうやって吹聴してくれるのは、こっちとしても宣伝になるから別にいいんだけどねえ」
うっかり吐いてしまった嘘のために、そうしてマリアンヌが長話に付き合わされる羽目となっていたその時、興奮気味に熱く語るその博士―ドクター・ヘンリー・ハンコックを、遠く受付用のテントの下から眺め、気だるそうに呟く一人の男がいた。
「博士自身は本気でそう信じてるんだもんな……我ながらいい人材を選んだってもんだ」
その濃い丸渕黒眼鏡をかけた若い男は、ハンコック博士と同じようなカーキ色の作業着に、古き良き時代の探検隊を思わすお椀形の帽子を頭に載せている。
一見、発掘調査を手伝う博士の助手のように見える…いや、実際に周囲の者に対してもそのように振る舞っているのだが、それは彼の真実の姿ではない。
彼の名はアルフレッド・ターナー……実はプロの詐欺師である。
そんな詐欺師であるアルフレッドが、なんでこんな英国の片田舎で発掘調査の助手なんかをやっているかといえば、そのそもそものきっかけは一月ほど前の夜に遡る――。
To Be Continued…
A suivre…