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間章 ガウェイン卿――アイザック・ウィリアムズの(二八歳)の診察

 ほんの短く輝いた瞬間、キャメロットという名の場所があったことを忘れてはならない。

       アラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ロウ『キャメロット』より

挿絵(By みてみん)

「――アイザック・ウィリアムズさん……ほう。陸軍の士官さんですか」


 私がそう呟くと、彼は訂正するように答えた。


「はい。英国陸軍近衛師団ウェルシュガーズ連隊第一大隊の中尉です……いや、()中尉です」


「ああ、除隊なさったと問診票には書いてありますね。何か、職場で問題を起こしてしまったのだと……それはつまり、女性問題だったのですね?」


 私はストレートに彼に尋ねた。このカウンセリングを受けに来る者は、最初からそうした恋愛関係で問題を抱えている人間と決まっているからだ。


「そう……とも言えるのかもしれません」


 私の質問に、アイザックは弱々しい声で曖昧な答えを返す。


「どうぞ、あなたの抱えている問題を話してください。あなたのように軍人として生きてこられた方は、


 他人に悩みを打ち明けるなど恥ずかしいこととお思いになるのかもしれませんが、何も躊躇うことはありません……ここは、そうした所なのですから」


 そして、私に促されたアイザックは、ぼそぼそと己の内に秘めた闇を語り始める。


「自分には学生の頃からの友人がいました……自分同様、ウェルシュガーズ連隊に所属する……同期でサンドハースト陸軍士官学校に入って、ともに同じ大隊に配属されて、一緒に訓練も受けて……遊びに行くにも、いつもつるんでいた親友でした」


「そうですか。まさに〝戦友〟という名が相応しいお友達ですね」


「そう……だったですね。学校の成績も、射撃の腕も同じくらいで……ただ、アイツと自分とでは決定的に違う点が一つだけありました」


「決定的に違う点?」


 私は、意味深長な彼の言葉に聞き返した。


「自分の家は貧しい労働者階級でしたが、アイツの家は代々軍人を出してる貴族の家系で、父親は現在、陸軍少将の地位にいます。それでも、自分としてはそんな生まれの差など関係ないと思って……表面的にもそうした態度で付き合っていましたが、本当は、ずっとそのことを気にしていたのかもしれません……」


「なるほど……それが、あなたにとってのコンプレックスになっていたわけですね。で、そのご友人と仲違いでも?」


「はい……その卑屈な思いが問題の根底にはあったのだと思います。特に自分とは同期のはずなのに、アイツだけ早々と中尉になり、さらに大尉への昇進が決まった時には、やはり親の威光というのものがその待遇の差に表れているのではないかと……ですが、直接的な原因はまた別にありました」


「直接的な原因……と、申しますと?」


 私は再び聞き返す。


「ジョーイに…ああ、その友人の名前ですが、アイツに頼まれたんです。自分には、いつも何かと相談事に乗ってやっていた整備兵の()が一人いたのですが、彼女との中を取り持ってくれるようにと……」


「お友達はその女性に恋をしていたのですね。それで、あなたもその方に好意を抱かれていて…」


「いいえ、違います!」


 アイザックは、私の推察をきっぱりと否定した。


「自分はそんな感情を持ってはいませんでした。なんと言うか、エマは……その()は妹のような存在でして……ですが、彼女にジョーイを紹介しようとしたあの日、告白されてしまったんです……その、彼女が好きなのは実は自分の方であると……」


「なるほど。あなたの彼女に対する感情と、彼女のあなたに対する思いとでは温度差があったわけですね……それで、あなたはなんとお返事を?」


「結局、付き合うことになってしまいました……いや、ジョーイのことを思えば、それは裏切り行為です。だから最初は断ろうとしました。ですが、断ろうとした時の彼女の泣きそうな顔を見てしまうと……昔から女性には弱いんです。特に涙を目に溜めているような女性には……」


「お優しいのですね……ですが、それであなたは友人と彼女との間で板挟みの状態になってしまったわけだ」


「はい。その通りです。隠すのは友情に反する行為だと思い、そのことはすべて包み隠さずジョーイに話しました。正直に話せばわかってくれると、その時は思っていました……ですが、アイツは話を聞くと自分を裏切り者と嘲り、自分もやむを得ずそうなってしまったことだし、正直に話したのにも関わらず、そんな態度をとったジョーイに怒りを露わにしてしまって……以降、アイツとは絶交になりました」


「あなたの実直さが裏目に出てしまったようですね……」


「ええ。いつもそうなんです……きっと不器用なんですね」


 アイザックはそう呟くと、淋しげに自嘲の笑みを浮かべたた。


「で、その女性の方とはその後……」


「しばらくは付き合っていました。正直、辛かったですよ。ジョーイへの後ろめたさもありましたし、本当は恋愛感情など持っていないのに付き合うのは彼女を騙してもいるようで……そうして悶々と過ごしている時に、あの事件は起きてしまったんです」


「あの事件?」


「はい……あれは演習中の出来事でした。自分の指揮する小隊とジョーイの小隊とでゲリラ戦を想定した模擬戦を行っていたんです。勿論、大事な演習ですし、私恨など忘れて作戦遂行に没頭していた……つもりでした。しかし、森の中で兵が散開し、視界が利かない混戦状態の中、偶然、自分とジョーイは近距離で遭遇してしまったんです。格闘戦になりました。そして、頭にカーッと血が上った自分はっ…!」


 突然、声が悲鳴に似た叫びに変わり、アイザックは頭を抱えて床を見つめる。


「……自分は、銃床でアイツを殴って、大怪我を負わせてしまったんです」


 僅か後、すべてを諦めたかのように彼は力なく呟いた。


「しかし、それは模擬戦の中でのこと。ただの事故ではないのですか?別にわざとではなかったのでしょう?」


 私は、思ったことをそのまま彼に尋ねてみる。


「確かに、最初からそうしてやろうと思ってやったわけではありません……ですが、突然、藪の中から飛び出して来たあいつの顔を見たその瞬間、今まで腹に溜まっていた怒りや不満がマグマのように溢れ出してきて……気付いたら、顔から血を流したアイツが足元に転がっていたんです。軍は事故として判断しましたし、自分でも本当はどうだったのかよく憶えていないのですが……そうしたアイツとの確執が影響していなかったとは言い切れません」


「それで、軍を除隊なさったんですね? ですが、事故と判断されたのでしたら、やはりそれくらいで除隊処分というのは厳し過ぎるかと……」


「あ、いや。除隊は自分から申し出ました。勿論、処分は軽いものでしたけど、少将の子息をそんな目に合わせてしまっては、この先、軍の中での出世も望めないですから……いや、違うな。そんなこともうどうでもよくなっていました。それよりも、このまま軍に残っていることは苦痛以外の何物でもなかったんです。自分のせいで、みんなを不幸にしてしまったんですから……ジョーイも、付き合っていた彼女も……」


「では、その女性ともお別れに?」


「はい。その事件の後、荒れた自分は彼女に八つ当たりして派手な喧嘩になってしまいまして。除隊してからは一度も連絡を取っていません。ま、こんな自分とは一緒にいない方が彼女のためです……やっぱり、あの時、自分はきっぱり断るべきだったんでしょうか?そうすれば、こんなことにはならずにすんだのかもしれない……ですが、それもまた、あの時点では彼女を傷付けることになってしまったでしょうし……一体、自分はどうすれば一番良かったのか?その答えを探すためにも、軍を辞めて外の世界に出てみようと思ったんです。それで、ロンドンに出て来た折に偶然、ここのことを知って…」


「なるほど……そういうご事情がおありだったのですか……」


 私はアイザックの抱えている悩みを一通り聞き終わると、彼が歩むべき道を段々に話し始めた。


「時にウィリアムズさん。ウェルシュガーズにいたということは、ウェールズのご出身ですよね?」


「は? ……ええ。ウェールズのカーディフですけど、それが何か?」


 アイザックはキョトンとした顔で、訝しげに答える。


「あ、いや、ちょっと確認したまでのことです。ですが、これでますます私の確信は強まりましたよ」


「確信……って、一体、なんのことです?」


「あなたがそうした悩みをお持ちになる、その原因がわかりました……それは、あなたがアーサー王の円卓の騎士、ガウェイン卿の生まれ変わりだからです」


 私は一呼吸置いた後に、そう、静かに宣言した。


「は? ガウェイン卿? ……アーサー王の騎士って、一体、なんの話をなさってるんですか?」


 当然、アイザックは面喰い、奇妙な顔で私を見つめている。初めて言われた時には患者(クライアント)の誰しもが見せる反応だ。


「つまり、あなたがガウェイン卿の生まれ変わりであるが故に、お友達やその女性を傷付けることになってしまったということです」


「ふざけているならば、自分は帰らせていただく!」


 アイザックは急に怒気を含んだ口調になると、椅子から立ち上がる。


「いいえ。ふざけてなどおりません。大真面目な話ですよ、アイザックさん」


「大真面目? ……だったら、どうかしているとしか思えない! 生まれ変わりなんていかがわしい話の上に、言うに事欠いてアーサー王物語に出てくる架空の人物だと? もしかしてここは、そういうカルト教団の施設か何かなのか⁉」


 声を荒げて診察室の中を見回すアイザックに、私は変わらぬ穏やかな口調のままで話を続ける。


「ほら、そうやって頭に血が上りやすいところからして、ガウェイン卿である証拠なのですよ。彼もそうした人物でしたからね。例えば、ガウェイン卿は父であるロッド王を倒したペリノア王や、その息子で、彼の母モルゴースと関係を持ったラモラック卿を怒りに任せて殺しています」


「自分はそんなこと…!」


「また、マーリンの見せた幻影により白鹿を追うことになった冒険では、ある貴婦人からその白鹿を拝領したという騎士が自分の猟犬を斬ってしまったために争いとなり、その闘いの最中、誤って貴婦人を殺してしまうのです。どうです?怒りのために我を忘れ、誤って他人を傷つけてしまう……どこか、あなたに似ていませんか?」


「そ、それは……」


 屈強な身体で仁王立ちしていたアイザックが、その言葉にたじろぐ。


「そして、ガウェイン卿はこの貴婦人を殺してしまった罪に報いるために、以後〝女性の守護者〟となることを誓うのですが、女性に弱い―即ち女性を大切にするあなたとこの点も似ていますよね?」


「そ、そんなことは……」


「いいえ。似ていますよ。『ガウェイン卿の結婚』という話の中では、アーサー王のために醜い女性ラグネルと結婚するのですが、その妻に〝昼美しく夜醜くなるのと、昼醜く夜美しくなるののどちらが良いか?〟と問われたガウェイン卿は、〝お前が望む方にしろ〟と答え、世の女性が最も望んでいるもの―即ち〝すべてを自分の意思で決める権利〟を妻に与え、妻は呪いが解けて昼も夜も美しい女性に戻ります。この女性の意志を尊重するところなんかも、あなたの付き合っていた彼女への態度と一緒じゃないですか?」


 口を半開きにし、完全に黙してしまっているアイザックに私はなおも畳みかける。


「さらに、騎士に冒険を与える三人の女性との冒険で、十五歳の少女に着いて北へ向ったガウェイン卿は、エタードという高慢な女性と彼女に心を捧げる円卓の騎士ぺリアスとの恋の懸け橋を買って出るのですが、予想外にもエタードはガウェイン卿に言い寄り、女性の守護者であるガウェイン卿はそれを受け入れてしまうのです。勿論、友に裏切られ、エタードを失ったぺリアスは去って行ってしまいます……あなたにも、似たような経験がおありですよね?」


「ジョーイ……」


 アイザックは、呻くように呟いた。


「それ以外でも、友人であり好敵手(ライバル)でもあったランスロット卿とは、彼とグウィネヴィア王妃との不義の問題で対立し、最後は死闘を演じて討死するなど友との確執も多かった。そして、あなたは元職業軍人ですが、ガウェイン卿も勿論のこと騎士――軍人です」


「…軍…人……」


「それも、士官であったあなたと同じように、若い時から高い地位についています。軍人として勇敢で礼儀正しく、面倒見が良さそうなところも一緒だ。彼はラモラック卿以外にも、トー卿など、円卓の騎士として冒険を成功させるペリノア王の息子達に敵愾心を持っていましたが、それもなんだか、軍の中での家柄による差別的な待遇に不満を持つあなたと似ているではありませんか?」


「……だが……だが、ガウェイン卿は架空の人物だ!」


 アイザックは額に汗を滲ませながら、最後の抵抗を試みる。


「いいえ。そうとも言えませんよ」


 しかし、彼の悲痛な叫びを私はあっさりと否定する。


「ガウェイン卿はフランスで円卓の騎士達の話が作られるより以前から、ウェールズでは人気のある人物としてその活躍が語られていました。『キルフフとオルウェン』など初期の伝承では〝グワルフマイ〟と呼ばれていますね。または『マビノギオン』に登場する〝グウルヴァン・グワルト・アヴウイ〟がそうだともいう。ジェフリー・オブ・モンマスの歴史書でも〝ワルワヌス〟というアーサーの甥で非常に武勇に優れた人物として記され、『ガウェイン卿と緑の騎士』に描かれる〝首切りゲーム〟に類似した伝説を持つことから、ケルト神話の英雄クー・フーリンと同一人物であるとの説もあります……ガウェイン卿は、作家が作り出したただの創作とは言い切れないのですよ!」


「し…しかし……」


 それでもまだ、アイザックは自らの運命を受け入れるのに臆している。


 「まあ、突然こんなことを言われても、混乱してしまうお気持ちはわかります……よろしい。これからあなたに退行催眠を試みることにします」


「た、退行催眠?」


 そんな、まだ一歩を踏み出せないでいる彼に、私も椅子から立ち上がると、新たな世界へと誘う手を差し伸べる。


「ええ。記憶を蘇らせる簡単な催眠療法です。なあに、何も怖がることはありません。すぐにすべてを思い出しますよ。あなたが、ガウェイン卿だった時の記憶もね――」


(後書)

To Be Continued…

A suivre…

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