ⅩⅦ グラストンベリー丘(トール)の戦い(5)
ほんの短く輝いた瞬間、キャメロットという名の場所があったことを忘れてはならない。
アラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ロウ『キャメロット』より
「――ランスロット卿……」
ここにもう一人、彼の死様を目の当たりにした人物がいた。偶然、近くでテロリスト達と交戦していたユーウェイン卿も、その騎士らしき最後を見取ることとなったのである。
「…………か弱き女性への献身……それが、騎士道……」
その戦い、その生き様は、妻への、ひいてはすべての女性への接し方について悩んでいたユーウェイン卿に何か感じさせるものがあった。
「おい! あの女もサツだ! あの女も殺せ!」
そんな折、先程までユーウェイン卿と戦っていたテロリスト達が、今度はランスロット卿の亡骸にすがり付くジェニファーに目を付け、彼女の方へと銃口を向ける。
「やめろぉぉーっ!」
それを見た瞬間、ユーウェイン卿の身体は考える間もなく動いていた。そこには、それまでの気弱な小市民であった彼の姿はもうない。
「ランスロット卿になり代り、その女性はこのユーウェイン卿が命をかけてお守りします!」
「な、なんだ、野郎⁉」
「先ずはあいつだ! 撃てーっ!」
…ダララ…ダララララッ…!
「せやあああっーっ!」
彼は持っていた短機関銃を投げ捨てると腰の剣を引き抜き、銃弾を放って来る敵目がけて、自らの命も顧みず突撃して行った――。
――ラモラック卿、ガウェイン卿、モルドレッド卿、ランスロット卿……混戦の中、こうしてカムランの戦いをなぞるかのように、次々と円卓の騎士達がその命を戦場に散らして行く。
そして、また一人。熱き魂を持った若者が、その嵐のように駆け抜けて来た人生を終わらせようとしていた。
……パン! パン! ……ダラララッ…!
「撃て! 撃て! 撃てーっ!」
「誰も彼も殺してしまえっ!」
頭目であるモルドレッド卿やアグラヴェイン卿を失ってもテロリスト達は戦闘を停止しようとはせず、逆に指揮系統が混乱したことで、ただ破壊衝動に突き動かされるだけの暴徒と化して暴れ回っている。
「低俗なる反逆者達め! 私も貴様達とは同じ立場ではあるが、国を思う気持ちは貴様達と決定的に違う! 貴様らはただこの国を乱すだけのテロリストだ!」
「さあ、そろそろてめーらのステージも終わりだぜ? なかなかいいパーフォーマンスだったが、アンコールはしねえから、とっとと引っ込みな!」
そうした敵を相手に、自分はさっさとどこかに雲隠れしてしまったアルフレッドの命に従って、パロミディス卿とトリスタン卿の二人も奮戦していた。
「ん! ……危ない! トリスタン卿!」
ダララッ…!
と、背後からトリスタン卿を銃で狙う者があった。それに気付くと、パロミディス卿は即座に短機関銃でその敵を撃ち殺す。
「おお、センクス! パロミ。危なかったぜ……んじゃ、早速、そのお返しだ」
ダラララッ…!
礼を述べたトリスタン卿も、その直後に今度はパロミディス卿に標的を定める敵を見付け、素早く彼を援護する。
「ああ、すまない。おかげで助かった。これで貸し借りなしだな」
その行為にパロミディス卿も感謝の言葉を口にすると、兜の下で褐色の顔に笑みを浮かばせる。
「いや、お前の方が危さは上だったからな。俺が十ポイント貸しだ」
対してトリスタン卿の方も、軽口を叩きながらパロミディス卿に笑いかけた。
壮絶さを極める戦の最中にあって、いわば〝戦友〟とでも呼べるような友情で結ばれた二人は、血生臭い戦場とは場違いになんだかとても愉しそうに見えた。
それはアーサー伝説において、時に対立しながらも奇妙な友情を互いに抱いていた本物のトリスタン卿とパロミディス卿にもどこか似ている。
……しかし、その油断が戦場では命取りとなる。
トリスタン卿の背後に広がる闇の中を、ナイフを口に咥えた黒尽くめの男が、身を地面すれすれにまで低くして迫って来ていたのである。
どのような経緯でテロリストとなったのかはわからぬが、どうやら軍隊でナイフ格闘術を習った経験があるらしい。男はじわじわとトリスタン卿の後に回り込むと、瞬く間もなく猛禽のように襲いかかる。
「トリスタン卿っ⁉」
彼に飛びかかる黒い影を見た瞬間、パロミディス卿は声を上げるが、その時にはもう手遅れだった。
「なっ……⁉」
男は背後から羽交い絞めにしたトリスタン卿の頭を兜ごと摑むと、同時に空いてい右手で口のナイフを取り、その鋭い刃を兜とボディ・アーマーの間に開いた僅かな隙間に素早く差し込む。それで、すべては終わった。
「ぐご…」
「くそうっ!」
空気が漏れるような音とともに大量の血を首から吹き出すトリスタン卿に、パロミディス卿は慌てて腰の剣を引き抜き、突進して男の胴体を刺し貫く。
「うがっ……」
その刃はナイフ使いの男を仕留めることができたが、それは、トリスタン卿の運命が定まった後のことだった。
「トリスタン卿! おい! しっかりしろ! トリスタン卿っ!」
男もろとも崩れ落ちるトリスタン卿の身体を支え、パロミディス卿は懸命に声をかける。
だが、何度彼の名を呼んでも、それに答える力すら、もう既に残ってはいなかった。
「……僕はトリスタン……君はイゾルデ……そう……僕がトリスタンなら……君はイゾルデなのさ……」
パロミディス卿の腕に力なく抱かれ、誰にも聞き取れぬ摩擦音のようなか細い声で、トリスタン卿は自身の作詞した歌の気に入っているフレーズを苦しげに口ずさむ……そして、ゆっくりと閉じた瞼の裏に恋人であった女性の姿を思い浮かべながら、一人のロックンローラーは逝った。
「トリスタン⁉ ……トリスタぁぁぁーん! ……くそう……くそったれどもがあぁっ!」
事切れたトリスタン卿に叫び、目に涙を浮かべると、パロミディス卿は再び剣を握りしめ、怒りに任せて生き残りのテロリスト達の方へ向かって行った――。
ちょうどそんな時、眩い白い光の帯が闇を切り裂くようにしてトールの表面を横切った。
「ああん? 今度はなんだ?」
昼間の如く明るいその光に、刃神と彼の闘っていた聖杯三騎士は腕を止める。
それまでの激しい剣戟で、刃神のキリストの剣は著しく刃毀れを来たし、三騎士のボディ・アーマーや盾も幾度となく殴り飛ばされたせいでボロボロとなって、また、銃剣付の自動小銃を破壊されたパーシヴァル卿は剣を抜いて彼と対峙している。
「夜の公演だからって、照明係を呼んだ憶えはないわよ?」
また、ひょんなことからマクシミリアンと共闘関係を結んでいたマリアンヌも、眩しそうに目を細めて光の帯に文句をつける。
彼女も弾を撃ちまくりに撃ちまくったために短機関銃のマガジンは空になり、その手には代って愛用の拳銃ベレッタM8000とワルサーP5が握られている。
「ふぅ……ようやく来たか」
一方、彼女と背中合わせに立つマクシミリアンは、一息吐くと安堵したように呟いた。
「警察だーっ! 貴様達は完全に包囲されているーっ! 武器を捨てて投降しろーっ!」
次の瞬間、再び光の帯がトールを横切ったかと思うと、そんな声が丘の麓から聞こえて来た。
その闇を照らす光の帯は、麓から照射されるサーチライトの光だった。マクシミリアン達の連絡で、武装した警官隊がついに到着したのである。
光の帯は一つではなく、さらに一つ、また一つと、四方向から放たれた光が交錯しながら丘の上を忙しなく走っている。どうやら警官隊はトールの東西南北四方に陣取り、そこを包囲網の拠点としてサーチライトを設置したらしい。
「こりゃ、いよいよヤバイ感じだな……俺もそろそろお暇する時間かな?」
戦場の混乱に紛れて斜面の闇の中へ隠れ込んでいたアルフレッドは、丘を登って来る大勢の人影に、着けていたボディ・アーマーを脱ぎにかかりながら呟く。
「最早、ここまでか……円卓の騎士達も多くが死んだ。この戦いも潮時だな……」
同じく独り戦いの中心から離れ、安全な場所でアーサー王の遺物を守りながら戦況を覗っていたベディヴィエール卿も、それを見て退却の決心を決める……ただし、自分一人だけでの退却である。
「有能な騎士達ではあったが、貴様らと心中する気は毛頭ない。カムランの戦いでも、ベディヴィエール卿は唯一生き残るのだからな……なあに、安心せい。私さえ生きていれば、何度でも新生円卓の騎士団は復活できる」
彼はいまだ戦いの最中にある騎士達を眺めてそんな言葉を口にすると、警官隊の手の薄い場所を見定め、宝物を抱えたままその闇に覆われた斜面の方へと走り出す。
東西に長く巨大なトールは、いくら警察方が多勢といえども、すべてをカバーし切れるものではない。
「あっ! あの野郎……待てっ! コラ!」
それを遠目に目聡く見付けた刃神は、すぐさまベディヴィエール卿の後を追おうとする。
「どこへ行くつもりですか⁉」
「あなたの相手は僕達です!」
「敵前逃亡は良くないっすよ!」
だが、性懲りもなく、またしても聖杯の三騎士がその行く手を遮る。
「バカ野郎! あれが見えねえのか? てめーらの大将は自分一人で逃げる気だぞ?」
刃神はベディヴィエール卿の消えた方向を指差してそう怒鳴り上げるが、三人は一向に聞く耳をもたない。
「いいえ! ベディヴィエール卿が私達を裏切るわけがありません」
「ええ。きっと、アーサー王の宝を守るために一時避難されたんです」
「そうっすよ。俺達、新生円卓の騎士団の絆は不滅っす!」
キラキラと純粋な目をして立ちはだかる若者達に、刃神はイライラが頂点に達し、捲いたターバンの上から頭を掻きむしる。
「ええいっ! どこまでお人よしのお子ちゃまなんだ、てめーらは! もっと現実社会に出てスレやがれ! ……くうっ、手放すのは惜しいが、かくなる上は仕方ねえ……おい、てめーら!〝空蝉の術〟って知ってるか?」
「ウツセミ? ……なんですそれは? 外国の言葉ですか?」
怒鳴るのをやめ、突然、妙なことを訊いてくる刃神に、三騎士はポカンとした顔で首を傾げ、ガラハッド卿は聞き返す。
「ハン! 知らなきゃ今、そいつを実際に見せてやらあ。聞くは一見に如かずってな!」
すると、その返事代わりに刃神はヴロンラヴィンを地面に突き刺し、シャベルのようにして土埃を三騎士目がけて掻き上げる。
「うぷ…な、何を!」
「くそっ! 目晦ましだ!」
「逃げる気っすね! でも、そうはさせないっす!」
突然の目潰しに一瞬、怯む若者達だったが、すぐに相手の目論見に気付くと、三人同時に刃神目がけて踊りかかる。
ギィィィィーン…!
夜の闇に響く金属音……各々は振り下ろした剣に確かな手応えを感じた。
……が、しかし、なんだか様子がおかしい。腕の立つベイリン卿のこと、そう簡単に討ち取れはしないだろうが、剣で受け止められたにしても、その後の反撃も何も相手の動きがまるでない。
「ん? ……あああ! こ、これはっ…!」
訝しげに自分達が斬り付けたモノ(・・)をまじまじと見つめた三人は、同時に驚きの叫び声を上げた。
なんと、彼らが剣で打ったのは、地面に真っ直ぐ突き立てられた長大なヴロンラヴィンの刀身だったのだ。
「べ、ベイリン卿が剣に変身したっす!」
「……い、いや。私達の一瞬の隙を突いて、この大剣と入れ替わったんです!」
「ああ、そう言われてみればウツセミって、確か日本のニンジャが使う技の名前だったような……ベイリン卿、東洋人みたいだし、もしかして忍術の心得があるとか?」
刃神の身代わりとなったヴロンラヴィンを前に呆然と立ち尽くす三騎士は、今、目の前で起きたことを悠長に分析する。
「なるほどお。これがあのニンジャの術っすかあ……あ、で、ベイリン卿は?」
「ハッ! ……しまった!」
暢気に尋ねるパーシヴァル卿の言葉で我に返ったガラハッド卿とボールス卿は、慌てて辺りを見回す。だが、その時にはもう、刃神は遠くディヴィエール卿が姿を消した坂の向こうへ駆け下りて行くところだった――。
To Be Continued…
A suivre…




