ⅩⅤ アーサー王の帰還(2)
ほんの短く輝いた瞬間、キャメロットという名の場所があったことを忘れてはならない。
アラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ロウ『キャメロット』より
それより数時間の後……。
「何度も訊くようですまないが、やはり、そのマリアンヌを名乗った女の顔はわからないのだね?」
タイル舗装の街路を歩きながら、辺りの建物に目を配りつつマクシミリアンは尋ねる。
「はい。暗がりでよく見えませんでしたし、ヤツらはモルガン・ル・フェイと呼んでいましたが、確かに魔女というか、まるでサーカスの曲芸師のように飛び回りますので……それに、お恥ずかしながら、わたしもその時は自分の身を守ることに必死で……」
その隣をいつものように付き従いながら、ジェニファーが神妙な顔つきで答えた。
「いや、君を責めるつもりはない。これまで噂でしか聞いたことのなかった彼女の姿を実際に目にしただけでも大収穫だ。しかし、本当にドラクロワの〝自由の女神〟の格好をしているとは、どこまでもふざけた女だな……」
申し訳なさそうに謝るジェニファーに、マクシミリアンは彼女の方へ目を向けることもなく、なおも周囲に探りを入れながら返事を返す。
「それと、ベイリン卿と呼ばれていた黒尽くめの大きな剣を持った男か……」
ジェニファーから聞かされたマリアンヌと一緒に乱入して来たという賊の話に、マクシミリアンはふと、あのストーン・ヘンジで出逢った男女の姿を思い出す。
「いや、これはただの思い込みだな……ともかくも、先ずは新生円卓の騎士団の行方を追うのが先決だ。あの女怪盗もきっとまたそこへ姿を現す」
「はい。そうですね……」
なぜか脳裏に浮かんだ連想を振り払うかのようにして言うマクシミリアンに、ジェニファーも沈んだ声で答えると周囲に視線を走らせた。
二人は今、地元警察やスコットランドヤードの警官達とともに、朝のウィンチェスター市街を行き交う一般人達に混じって、新生円卓の騎士団のアジト〝ティ・グウィディル〟の場所を探しているのである。
「だが、ここにしろ、サウサンプトンの港にしろ、手配がすんだのは結局、こんな時刻だ……昨夜もそれで取り逃がしたが、今度ももう手遅れかもしれない……」
苦々しげにマクシミリアンの嘆く通り、上を納得させるのにかなりの時間を要し、そのために決定的な犯人逮捕の好機を逃しはしたのの、昨夜のティンタジェルの一件で、ついに英国警察も彼の意見を受け入れ、一連のテロ事件の容疑者を新生円卓の騎士団と判断して捜査に乗り出したのだった。
今回は地元コーンウォールの警官達も重武装した騎士の姿をその目で実際に見、さらには豹に襲われて大怪我をする者も出ていたし、それにもまして潜入捜査をしていたマクシミリアンとジェニファーの証言が上層部の考えを改めさせる大きな要因となった。
ただし、独断でそのような行動をとっていた二人はスコットランドヤードの捜査本部から猛烈に抗議とお叱りを受けることとなったが、それにはマクシミリアンの〝怪盗マリアンヌに関する捜査〟という大義名分が大いに効果を発揮した。
その方便として、「マリアンヌ捜索のために潜入した先が偶然にも今回のテロ事件の容疑者達のもとだった」とマクシミリアンは主張したが、彼はマリアンヌの逮捕に限定してであれば、いかなる国においても捜査権をICPOより認められていたし、ジェニファーは彼の補佐を上から命じられていたので、その命に忠実に従っただけだと言い張れば、一応の筋は通るのである。
もちろん、いい顔はされなかったが……。
「………………」
自分には目をくれることもなく歩くマクシミリアンの顔を、ジェニファーは懺悔と感謝のない交ぜになったような複雑な感情を抱きながらちらりと見上げる。
彼女は昨夜、自分とランスロット卿――ジョナサン・ディオールとの関係についても、観念してマクシミリアンに洗いざらいすべてを白状した。それはティンタジェルで起きたことを説明するのに避けては通れない道ではあったが、それを上に知られれば、彼女の刑事生命を今度こそ完全に終わらせるような一大スキャンダルでもあった。
ところが、予想外にもマクシミリアンはそのことだけはうまいこと伏せて、捜査本部に報告してくれたのである。生真面目で、仕事に情けを挟む余地など一切ないと思っていた彼がそんなことをするとは、はっきり言って意外だった。
だが、そのおかげで、こうして自分はまだ刑事としての仕事を続けられている……意外な優しい一面を見せた、この男の端正な顔立ちを見つめていると、何か、仕事仲間としての尊敬や感謝の念とはまた違う、異性としての感情がやんわりと込み上げてくる……。
「……ん? 何か?」
自分を見つめる視線に気付き、マクシミリアンはいつもの冷淡な表情を向けてジェニファーに尋ねる。
「い、いえ、別に。な、なんでもありません……」
ジェニファーは乙女のように頬を染めると、慌てて目を逸らし、気拙そうに言った。
「ん? あれは……」
しかし、次の瞬間には何か別のものに気を取られ、マクシミリアンは通りの向こうに立つ一軒の建物の方へと足早に近付いて行ってしまう。
「ハァ……」
助かったという思いで息を吐き、ジェニファーもその後を追った。
「ティ・グウィディル〈Ty Gwydr〉……ガラスの塔か……」
ぼんやりと街の景色を映すガラスの壁面を見上げ、マクシミリアンは独り言を呟く。それは左右の煉瓦造りの建物に挟まれた、全面ガラス張りの特色ある建造物だった。
「留守か……」
同じくガラスでできた入口のドアに手をかけてみると、しっかり鍵がかかっている。そのドアのガラス面には「有限会社KRT」と何をやっている会社なのかよくわからない社名が白い文字で書かれているが、建物の中に人の気配はなく、営業しているような様子もまるでない。
「……妙だな」
「どうかしたんですか?」
マクシミリアンの隣に並び、一度、その美しいガラスの城を見上げてから、先程と反対にジェニファーの方が尋ねる。
「いや、このガラス張りの……おそらくは水晶宮を模した建物は……」
「ああ、確かに綺麗ですよね。オーストリアではわかりませんが、昔、英国ではこうした建築様式が流行ったんだとか」
「いや、そうじゃない。ヤツらのアジトの名は〝ティ・グウィディル〟――即ち、ガラスの塔だ」
勘違いした返事を返すジェニファーに、険しい表情でガラス壁を凝視したままマクシミリアンは言う。
「えっ! ……じゃ、じゃあ、ここが、新生円卓の騎士団のアジトだと?」
今度はすぐにその言葉の意味を正しく理解し、それに思い到らず、呑気なことを言っていた自分の愚かさを恥じつつ、ジェニファーは声を上げた。
「その可能性はある……すぐにこの会社のことを調べてもらおう」
「は、はい!」
言って携帯を胸元のポケットから取り出し、素早くボタンを押して耳に当てるマクシミリアンに、ジェニファーも表情を引き締めて頷く。
その30分程後、二人は地元警察とともにこのガラスの塔へと踏み込んだが、その時既に、中がもぬけの殻であったことは言うまでもない――。
それから、五日も後の土曜の朝のことである……。
…ブルルルル……ブルルルル……
鏡台の上に置いてある携帯のバイブレーションが不意に鳴った。
「あ、はいはい。今出るってば」
白いガウン姿のマリアンヌは、シャンパンの入ったグラス片手に鏡台へと近付き、指先でちょこんと携帯を取って耳に当てる。
「もしもし…」
〝ああ! 良かった! 出でくれたよ! 俺っすよ! アルフレッドっすよ!〟
それは、一週間ぶりの彼からの連絡だった。
「あああっ! ちょっと、ムシュー・ターナー! なんでずっと連絡してこなかったのよ! こっちからメールしても返事ないし。てっきり裏切ったかと思って、危うくあなたも殺そうかと計画してたところよ!」
相手がアルフレッドだとわかると、マリアンヌは機関銃のように捲し立てる。
〝もう、久々に声が聞けたっていうのに怖いこといわないでくださいよぉ~。普通、連絡なかったら、ひょっとして、何かあったんじゃないかしら? って心配するとこでしょうに……って、いや、ほんとに何かあったんすけどね…ってか、そんな無駄話してる暇ないんっすよ!〟
いつもの調子で軽口を始めるアルフレッドだったが、何か重大なことを思い出したのか、自ら急にその口を止める。
〝ここんとこ監視の目が厳しくって。今だって、ようやくお付きの者が離れて、やっと電話する隙ができたとこなんすから〟
「ん? 監視ってどういうこと? もしかして正体バレそうだとか?」
〝いや、そうじゃないんすがね。なんとも妙な成り行きで、俺、アーサー王になっちゃったんすよ〟
「ん? アーサー王? ……あなたもヤツらみたいにアーサー王にハマっちゃったってこと? もう、なに遊んでんのよ。そんな暇あったら…」
〝いや、そうじゃなくて、今、俺がそのアーサー王ご本人様なんです!〟
「はあ? あなたがアーサー王? ……何言ってんの?言ってることがよくわからないんだけど? もしかして、ついに本気で頭どうかしちゃったわけ?」
ふざけた内容の割にはいたって真剣そうなアルフレッドの言葉に、マリアンヌは怪訝そうに眉をひそめる。
〝っんとにもう、相変わらずヒドイ言いようっすねえ……いや、長い話なんすけど、時間ないんで端折って話ますがね――〟
アルフレッドは〝石に突き刺さった剣〟を偶然、引き抜き、自分がアーサー王の生まれ変わりに間違われたことを手短に話した。
〝――で、王様になったのはいいんすが、常に警護やお付きの者が傍にいるんで、携帯もろくに弄くれない有り様でさあ〟
「なるほどね。でも、王様になったんだったら絶好の好機じゃない。なんかどうかヤツらを言い包めて、お宝いただいて逃げれば事は簡単にすむわ。あなた詐欺師なんだから、そういうの得意でしょうに?」
〝いや、俺も最初はそう考えたんすけどね。それがなかなか……ベディヴィエール卿―あのベドウィル・トゥルブが小うるさい爺やのように、いちいち俺の言動に教育的指導を加えて邪魔するんすよ。王としての振る舞いがどうたらこうたらと。王様ってのも楽じゃないっすね……ま、ということで身動き取れないんで、早いとこ助けに来て下さい〟
話す内に段々といつもの調子を取り戻し、アルフレッドは軽口で救援を求める。
「わかったわ。で、今、どこにいるの?」
〝今はスコットランドのインヴァネスです。昨日、ネス湖も見て来ましたよ。残念ながらネッシーは出てきてくれませんでしたけどね〟
「また、ずいぶん遠くまで行ったわね」
〝ここんとこ警察の目を逃れるために毎日転々と王宮を…ああ、つまりは王様の俺とその愉快な仲間達の居場所を変えてましてね。ここも今日中には去る予定です。次、どこ行くかはわかりません〟
「ええ⁉ それじゃ、お宝もらいに行きようがないじゃないの!」
アルフレッドのことはどうでもよかったが、アーサー王の宝を心配してマリアンヌは口を尖らす。
〝んまあ、そうなんすがね。ただ一つだけわかってることがあります。明晩、もう一つのガラスの塔へ冒険に行くって、ベドウィルが言ってました〟
「もう一つのガラスの塔? ……何よそれ?」
〝俺もわかりません。でも、それを連想させるような場所へ行くことは確かなようです。明日の夜にね〟
と、その時。
「ふぅー…いい朝風呂だったぜ。ローマン・バスの街のくせに温泉が使えないたあ驚きだったが、イングランドの水は硬水だからな。沸かしゃあ温泉と変わらねえ」
バスルームのドアを開け、えらくさっぱりした様子の刃神が部屋に入って来た。
「さてと、そんじゃ風呂上がりのビールをいただくかな」
そして、電話中のマリアンヌを一瞥すると、気にすることもなく冷蔵庫へ近付き、無遠慮に中からよく冷えたエールビールの瓶を取り出す。彼も、マリアンヌとともにこのホテルの部屋に宿泊しているのだ。
しかし、同じ一つの部屋に男女二人が泊っているからといって、彼らの間にそういった関係があるわけではない。
無論、刃神にそんな気は微塵もないが、もし変な気を起していたら、彼の頭に速攻、鉛の弾が撃ち込まれていたことだろう……まあ、いずれにしろ、そんな色っぽい理由ではなく、英国きっての保養地、ここバースの高級ホテルに長逗留しようと考えた二人は、その方が安上がりだという理由で一つの部屋をシェアすることにしたのだった。また、カップルの方が怪しまれ難いという犯罪者的な利点もある。
「プハァー! やっぱ、風呂上がりの一口は最高だな、おい。足もこの通り全快したし、あとはエクスカリバーさえ手に入れりゃあ申し分ねえんだがな」
「ねえ、ティ・グウィディル以外にガラスの塔で思い付くとこってある?」
最初の一口を飲み干した刃神に、マリアンヌが訊いた。
「あん? ガラスの塔? ヤツらのアジトの名前じゃねえのか?」
刃神は再び口元へ持って行きかけ瓶を途中で止め、眉間に皺を寄せて訊き返す。
「ムシュー・ターナーが明日の晩、そこに行くって言ってるのよ」
「なにっ⁉ 詐欺師からの電話か! なんでそれを早く言わねえ! おい、俺に替れ!」
アルフレッドからの電話だとわかるや、刃神は血相を変えて携帯をもぎ取らんとマリアンヌに迫った。
「ちょっと、また邪魔する気⁉別にあなたが出なくたって、あたしが話聞いとけばいいでしょう? それよりもガラスの塔よ、ガラスの塔!」
対してマリアンヌはいつもの如くその手を逃れ、話す権利の委譲に断固として抵抗する。
「うるせえ! あの野郎、ずっと連絡よこさねえでおいて……一言文句言わにゃあ、腹の虫が治まらねえんだよ!」
「それもあたしが言っといたからもういいわよ! 今は向こうも時間ないみたいなんだから、頼むから邪魔しないでくれる?」
「だったらなおのこと時間の無駄だ。とっとと携帯よこしやがれ!」
「いやよ! 今日こそ絶対渡さないからね――!」
そうして二人が毎度の争いを行ってる中、電話の向こう側では……。
「――あ~あ、また始めちゃったよ。二人ともヘビー級に我が強そうだからねえ……」
インヴァネスのホテルの一室で、アルフレッドは携帯片手におどけた調子で嘆く。
彼の肩には、シャツの上からパーティー用の衣装と思われる赤いマントが掛けられ、その頭の上にもトゥルブ家伝世の品ではないが、安物の玩具と思しき金メッキの王冠が乗せられていたりする。
どうやら騎士達に王として扱われているようだが、その姿は威厳に満ちた王者の風格というよりは、むしろ滑稽な道化師だ。
「もう、どっちでもいいから、早くしてくんないかなあ……久々にお付きの者が出払ってくれたってのに、こんなことしてたら、また戻って来ちまうよ……」
だが、そう、溜息混じりにアルフレッドが呟いた時である。
「なるほどな。そういうことだったか……」
突然、背後でそんな聞き慣れた声がしたのだった。
「…⁉」
アルフレッドは息を飲み、慌てて後を振り返る。この部屋には、確かに誰もいなかったはずなのに……。
「話はすべて聞かせてもらったぞ。皆を外させ、隙を作ったのが功を奏したようだな」
するとそこには、細く開いたドアの隙間から覗くベディヴィエール卿の姿があった。
「な……そ、そんじゃ、あんた、最初から俺のこと……」
「まあな。ただ、警察にしてはどうにも妙だと思っていたが、今の話で凡そのことはわかった。どうやら、あのモルガンとベイリン卿の仲間だったようだな」
固まるアルフレッドを見据え、ベディヴィエール卿はゆっくりとドアを開けて部屋の中へ入って来る。さらにその手には、アルフレッドに照準を定めた回転式拳銃〝エンフィールド・リボルバーNo.2MKⅠ〟がしっかりと握られている。
「ひ……き、騎士殿、ど、どうか、お慈悲を……」
そして、青白い顔で命乞いをするアルフレッドに向けて、彼は慇懃無礼に告げた。
「安心しろ。まだ殺しはせん。貴様には利用価値があるからな……その芝居、我ら新生円卓の騎士団のために最後まで続けていただきますぞ?のう、我らがアーサー王陛下――」
それより僅かの後……。
「――フン。手間ぁかけさせやがって……」
「んもう! なんでそう自己中なのよ!」
結局、マリアンヌは携帯を刃神に奪われ、悔しそうに地団駄を踏んでいた。
「おう、詐欺師、俺だ。生きてやがったか?」
〝……プー……プー……〟
だが、それを耳に当てた刃神が聞いたのは、そんな機械音だけであった。
「んん?……切れてやがる」
その後、いくら待っても、また、いくらメールを送っても、再び二人がアルフレッドと連絡を取ることはできなかった……。
To Be Continued…
A suivre…




