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 ⅩⅣ 伝説の再現(3)

ほんの短く輝いた瞬間、キャメロットという名の場所があったことを忘れてはならない。

       アラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ロウ『キャメロット』より

挿絵(By みてみん)

「さあ、早くガヘリス卿をボートへ乗せるのだ!」

 

連携の取れた騎士達の働きにマリアンヌと刃神が足止めを食らう中、エンジンをかけ、出発準備のできた三艘のボートの一つへとベディヴィエール卿は近付き、ガヘリス卿を抱えた背後の二人にそう声をかけて急かす。


また、そのボートの中には既にアーサー王の御物が入った四つの木箱も積み込まれている。


「ガヘリス卿、もう少しの辛抱だ! 気をしっかり持て!」


「おい! ガヘリス卿! 目を開けろ! 目を開けるんだ!」


 ベディヴィエール卿の指示を仰ぐまでもなく、鎧を血で赤く染めたガウェイン卿とモルドレッド卿は、急いでガヘリス卿を舟の上に寝かせ、まるで反応のない彼女へと必死に呼びかける。


しかし、彼女は答えるどころか指一本動かすことなく、モルドレッド卿が兜を外してやると、その下から現れた彼女の顔は、青白く透き通った死人のような色をしているのだった。


 また、そうして二人がガヘリス卿を介抱している間に、ベディヴィエール卿はずっとこの浜に置いたままにしておいた例の大きな木箱のもとへと近付き、側面に設けられた頑丈なその蓋を開けようとする。


「予定では、明日の朝やって来た観光客達を驚かしてやるつもりだったが、警察諸君、これは貴君らにプレゼントすることとしよう」


 そう言って彼がおもむろに蓋を上に引き上げると、中の暗闇には二つの怪しい光が輝き、グルグルと何か獣が唸るような声が聞こえて来る……。


そして、木箱の中からゆっくりと姿を現したのは、信じ難いことにも一匹の立派な雄豹であった。


「グルルルル……」


 腹を空かしてでもいるのか、箱という檻から解き放たれた豹は辺りを見回し、周囲に不気味な唸り声を響かせる。


「な、なんだ?」


(レオパール)?」


「大きな猫……じゃないですよね」


「おい、なんで、んなもんがこんなとこにいんだよ?」


 そのブリテンの自然界では普通お目にかかることのない猛獣に、浜にいるマリアンヌも刃神も、それからボートに乗り込んだ円卓の騎士達も思わず驚きの声を上げる。


 そんな呆気にとられる皆の顔を満足そうに見つめ、ベディヴィエール卿が解説する。


「これは今回の冒険のために、私が密売業者から手に入れておいたものだ。『カマーゼンの黒い本』の『パ・ギール』では、キャス・パルーグという斑点のある猫(・・・・・・)とケイが闘うようなことを言っているからな。本当ならケイ卿と遊ばせたいところではあったが……時間がないのでそれはまあ、やめておこう」


「え……?」


 下手をすれば実現していたかもしれないその笑えない戯事に、アルフレッドはボートの中で顔をしかめる。


「おい! そこで何をやってる!」


「警察だーっ! 武器を置いておとなしく投降しろーっ!」


 ちょうどそんなところへ、遊歩道の上から階段を下り、ついに警官隊も入江に姿を現す。


「それではさらばだ! ベイリン卿、妖妃モルガン、そして警察諸君。あとはそのキャス・パルーグと遊んでやってくれ。では、参るぞ!」


 岩場を必死で駆けて来る警官隊を一瞥し、ベディヴィエール卿は愉快げに笑みを浮かべてそう告げると、繋いでいたロープを剣で断ち切り、他の二艘ともどもエンジンを吹かしてボートを沖へと疾走させる。


「おい! 待てコラッ…つっ!」


 それでも彼らを追いかけようと、刃神は近くの地面に突き立ててあったヴロンラヴィンを引っ摑み、それを杖にして足を踏み出すが、やはり激しい痛みを覚える太腿の傷口からは血が吹き出し、思うように歩くことすらできない。


 しかも、そんな状態にあって、後方からは警官隊も迫っているのだ。敵を追いかけるどころではない。


「別に助けたい訳じゃないけど、ヤツらからお宝を奪い返すまでは貴重な戦力だし、手を貸してあげるわ。ただし、一つ大きな貸しだけどね」


 立ち往生する刃神の隣に、すでに騎士団の追跡は諦めたマリアンヌが立って言う。


「ヘン。小娘の厄介になるたあ、俺ももうお(しめ)えだな……」


 その口の悪さとは裏腹に、刃神はいつになく素直に手を彼女の方へと差し出す。


「もう、そんな減らず口叩いてると、ほんとにここへ置いてくわよ?」


 悪態を吐く刃神に肩を貸すと、マリアンヌは早足で、月明かりも届かぬ暗い〝マーリンの洞窟〟の方へと歩き出した。


「おい! 止まれ! 止まらんと撃つぞ……ん? な、なんだあれは⁉」


 砂浜へ到達した警官隊はそんな刃神達に銃を構えるが、彼らにとっては不運なことに、そして刃神達にしてみては不幸中の幸いにも、警官達の目と〝キャス・パルーグ〟の爛々と輝く目が合ってしまう。


「ひょっ、ひょっ、ひょっ、豹だぁぁーっ!」


「ガルルルルルッ…!」


「う、うわあぁぁぁぁーっ!」


 解き放たれた斑点のある猫(・・・・・・)は警官達に襲い掛かり、彼らは一気に大混乱へと陥った――。



 一方、警官隊が豹と追いかけっこを演じる中、その入江の片隅で、ランスロット卿とジェニファーの二人は決断を迫られていた。


「ジェニファー、僕と一緒に来るんだ!」


 刃神達も向かう〝マーリンの洞窟〟の入口に立ち、ランスロット卿はジェニファーに手を差し伸べて言う。


「二人でどこか遠くへ行こう! そうだ、フランスがいい。あそこなら父の実家がある。きっと助けになってくれるよ」


 だが、必死で訴えるランスロット卿に、ジェニファーは苦悶の表情で首を横に振る。


「……だめ。やっぱりあなたとは行けないわ」


「なぜだ! なぜ、僕の気持をわかってくれない! 僕はもう君を放さない。絶対に君を守ってみせる! だから…」


「オーモンド捜査官ーっ!」


 なおも懸命に説き伏せようとするランスロット卿だが、そこへ追い打ちをかけるように、ジェニファーの名を呼ぶマクシミリアンの声が聞こえてくる。


 その声に、彼女は迷いながらもゆっくりと背後へ後ずさる。


「…………さよなら」


 そして、淋しげな眼をして呟くと、踵を返して声の聞こえた岩場の方へ駆け出した。


「行くな、ジェニファー!」


 ランスロット卿は必死に手を伸ばして叫ぶが、彼女はもう振り返ることなく、暗い岩場の闇の中へと溶け込んでいってしまう。


「お先に……」


 独り、取り残された彼の脇を、特に気に掛ける様子もなくマリアンヌと彼女の肩を借りる刃神が通り過ぎて行く。


「………………」


 しばし、元恋人の走り去った方向を悲痛な眼差しで見つめた後、ランスロット卿も洞窟の中へとその姿を消した――。



「マックス捜査官!」


 対して、彼に背を向けて走り去ったジェニファーは、岩場の影にマクシミリアンの姿を見付けて声をかける。


「ああ! 無事か? オーモンド捜査官」


 豹と戯れる警官達を注視していたマクシミリアンも、彼女と気付いて少しく顔を明るくする。


「あ、はい! 大丈夫です!」


「そうか。良かった……いや、すまない。もうちょっと早く来るつもりだったのだが、ペンザンスでテロを働くという犯行予告があって、それに地元警察が混乱していたものでね。しかし、なんなんだ、あの豹は?」


 見ると、警官達はなおも豹に追い回され、円卓の騎士団の乗ったボートを追うどころではない。どうやらマクシミリアンも、予期せぬ珍獣の登場に翻弄されたらしい。


「ああ、あれはどうもベドウィル・トゥルブが密輸入したものらしく……」


 そう冷静さを装って説明しながら、一向に自分とランスロット卿とのことについては触れてこないマクシミリアンに、ジェニファーは内心、ホッとした気分になる。


 しかし、それに気が付かぬほど彼は凡庸な人間ではなく、その一瞬の安心を打ち砕くような台詞をその後すぐに口にする。


「君にはいろいろと事情を訊かなくてはいけない……もちろん、()とのことも」


 「…! …………はい……」


 僅かな沈黙の後、ジェニファーは観念したように、そう目を伏せて答えた――。



 それより三十分程後……。


 ボートで母船〝プリドウェン〟へと帰還し、さらに警察の追跡も届かない海域まで逃れた彼らは、闇夜の海と同じ、暗く打ち沈んだ雰囲気の中にいた。


「――ガヘリぃぃース! …うぅぅ……なんで、なんで、お前がぁ……」


 食堂のテーブルの上に寝かされたガヘリス卿の死体に縋り付き、ガウェイン卿が男泣きに泣いている。


 その他の円卓の騎士達も、全身ボロボロの姿でそれぞれの場所に、それぞれ自由な格好で佇み、冷たくなった彼女の方へ悲壮感に満ちた眼差しを向けている。


「………………」


 同じように部屋の片隅に座る部外者のアルフレッドは、悪運強く軽傷では済んだものの、マリアンヌに負わされた打ち身や切傷の手当てをしながら、その重たく淀んだ空気に居心地の悪さを感じていた。


「……ベディヴィエール卿……どうして…どうしてガヘリス卿が死なねばならんのですか?」


 泣き声を不意に止め、静かになった食堂に再びガウェイン卿の声が響く。


「うむ……確かにガヘリス卿の死は悲しいことだ。だが、彼女も立派な円卓の騎士の一人。戦にて命を落とすことは騎士道の(なら)いだ。騎士として誉れ高く死んだ彼女を、皆で懇ろに弔ってやろう」


 いまだ遺体に向きながら尋ねるガウェイン卿に、ベディヴィエール卿は優しく諭すようにそう答える。だが、その心の内で彼は、他の者達とはまた別のことを考えていた。


 グゥイネヴィア妃の処刑をランスロット卿が邪魔し、ガレス卿はいなかったものの、ガヘリス卿がアロンダイトで斬り殺される……まさか本当に伝説通りになってしまうとはな……まったくの予想外だ。こんなことは〝マーリンの予言書〟にも書かれてはいない……。


 予想を上回るアーサー王伝説との共時性(シンクロニシティ)に、ベディヴィエール卿は正直、少なからぬ衝撃を覚えていた。


 そんな彼に、仲間の死を納得できないガウェイン卿が遺骸から顔を上げてさらに問う。


「でも、だからって、まだこんなに若いんですよ?それがこんな……あんまりじゃないですか! 我らはこんな結末のためにティンタジェルへ行ったのですか? あの冒険で新生円卓の騎士団はさらに結束を強め、より一層、我らが王の復活に近付くはずだった。それなのに、王が現れるどころか逆に裏切り者が現れてこんな……そうだ。我らの王は、アーサー王はなぜいまだに現れないのですか⁉」


 そして、語る内にガウェイン卿は、不幸な運命への不信感から、ベディヴィエール卿があまり触れては欲しくない核心部分へと思い到る。


「そうですよ。私達がこの冒険を続けていれば、私達と同様、この現世に転生しているアーサー王も姿を現すとあなたは言いました。なのに、今もってその気配すらないのはどうしてです?」


「ああ、その通りだぜ。俺もずっとそれを思ってたんだ。俺達の王様は一体いつになったら現れるんだよ?」


 その疑問には、パロミデス卿、トリスタン卿も同調し、それまで潜在化していたその疑念と不満は、他の者達にも伝播していく。


「そういや、そうだな」


「確かに……エクスカリバーを手に入れてから既に一月が過ぎようとしているのに、なぜ、王は僕らの前に姿を現してくれないのでしょう?」


「何か、我らの行いが間違っているのでしょうか? ならば、改めねばなりません」


「そうっすよ。俺も早く王様に会いたいっすよ!」


 さらにラモラック卿にボールス卿、折れた〝ダヴィデの剣〟を弄んでいたガラハッド卿とパーシヴァル卿も各々の考えを口にする。


「ま、まあ、そう焦るな。〝十二の戦い〟も成功させ、我らの冒険自体は着実に前へ進んでいる。それに今回の冒険にしても、確かに悲しい出来事ではあったが、客観的に見れば、それこそがアーサー王伝説と同じ筋書きではある……受け止めるには辛いことではあるが、これも、前世の業にもとづく円卓の騎士としての宿命だ。こうした我らの辛く厳しい冒険が、必ずや我らの王を復活させることになるだろう。皆の気持ちもよくわかるが、疑う心を捨て、マーリンの予言(・・・・・・・)と我らがアーサー王を信じるのだ」


 自分に向けられた騎士達の疑いの眼差しに、ベディヴィエール卿はいつになく少々うろたえながら、それでも堂々とした声で皆を説得せんと試みる。


「……いずれにせよ、この復讐はしなければならん」


 思いがけず妙な方向へと話が向かい、困惑するベディヴィエール卿を救ったのもまたガウェイン卿であった。


 彼はテーブルの脇から立ち上がると、正面からベディヴィエール卿を見つめて言う。


「ランスロット卿…いや、あの裏切り者と警察の犬の女を斬りに行きましょう!」


「そうだ! 弔い合戦だ!」


「それに、あのエリック卿を名乗ってたやつもだ!」


 ガウェイン卿の言葉に、ラモラック卿、パロミデス卿を始め、騎士達の注意はそれまでの不満から再びもとの話題へと戻り、それぞれに興奮の声を上げる。


「う、うむ。そうだな。いずれ必ず復讐はするつもりだ……」


 異様に盛り上がりを見せる騎士達の雰囲気に、若干、気負されながらベディヴィエール卿は答えるが、またも彼の心は皆と違う所に行っている。


 ……一体、なんだというのだ? これではまるで……まるで、ランスロット派との戦へ向かう、アーサー王宮廷崩壊前夜のようではないか?


 ……なんというか、皆、円卓の騎士そのものになり過ぎている……暗示が利き過ぎたか? ……このままではマズいな。ここは、何か手を打たなくては……。


「とにかく、ひとまずはティ・グウィディルに戻って、ガヘリス卿を弔ってやることにしよう。彼女の復讐はそれからだ」


 自らの思惑を超えてアーサー王伝説をなぞり始めた現実の事象に、これまで築いてきた〝新生円卓の騎士団〟という王国(キャメロット)の何かが、少しづつ狂い始めたのをベディヴィエール卿は感じていた。


 他方、そうして復讐心に燃える騎士達を、アルフレッドは部屋の隅から気が気でない様子で見つめている。


 実を言うと、俺もその裏切り者だったりするんですけどねえ……ああ、バレたらどうしよう……ハァ…やっぱ、あん時、逃げてりゃあ良かったかなあ……。


 心の中でそう呟き、人知れず溜息を吐くアルフレッドであるが、また一人、同じく皆から距離を取って話を聞いている者がいた……モルドレッド卿である。


「………………」


 彼女は必死で皆の激情を押さえようとしているベディヴィエール卿の姿を、他の騎士達とはまた違った、冷たく、疑心的な黒い瞳でじっと見つめていた……。

To Be Continued…

A suivre…

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