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 ⅩⅢ ティンタジェルへの船旅(2)

ほんの短く輝いた瞬間、キャメロットという名の場所があったことを忘れてはならない。

       アラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ロウ『キャメロット』より



挿絵(By みてみん)

 そして、その夜。

 

 午後10時、コーンウォール州ティンタジェル城……。


 コーンウォール半島の中程、北のケルト海に面した古い岩の城砦跡が残る島へ、沖合から三艘の小舟が近付いて行く。


 波の音だけが支配する静寂をエンジン音で切り裂き、宇宙(そら)の月と星だけが照らす暗黒の海をボートは岸辺へと進む……やがて、『キルフフとオルウェン』の、または『プリディ・アヌウン』で未知なる島へと冒険の旅に出るアーサーの家来達のような十四名の人間を乗せた三艘の舟は、周りを巨大な岸壁に囲まれる入江へと侵入した。


 彼らが目指すティンタジェル島は、四方が切り立った断崖絶壁となっており、一応はコーンウォール半島と陸続きになっている南側も深い谷間に阻まれている。半島側からは観光用に設けられた橋を渡る以外に道はなく、海から上陸するにもこの谷間にできた入江か、谷の崖を隔てて反対側にある入江しかないという、まさに難攻不落の天然要塞である。


「よし! 全員陸(おか)へ上がれ! 上がったら舟が流されぬよう、各自固定するのだ!」


 入江に入るとベディヴィエール卿が指示を飛ばし、接岸された三艘のボートからは次々に円卓の騎士達が浜へと駆け出して行く。皆、兜こそ外してはいるものの、例のボディ・アーマーとそれぞれの盾を身に着け、剣や(ランス)、銃火器も帯びた完全武装の姿である。


「よーし! ロープは結んだぞ!」


 先に浜へ上がったランスロット卿とトリスタン卿、ガウェイン卿とパロミデス卿、ラモラック卿とユーウェイン卿の三組は、息吐く暇もなく浜辺の岩に舟のロープをしっかりと縛り付ける。


 また、その他の者達は少し遅れて、舟に積んであった大小五つの木箱を大事そうに携えて陸へと上げる。正方形だったり、細長かったり、はたまた人一人入れる程に大きかったりと、形も大きさも様々であるが、その内、木彫りの装飾が施されたマホガニー材の瀟洒な箱には、トゥルブ家伝来のエクスカリバーとアーサー王のレガリア―王冠・王笏・宝珠と伝えられる物が納められている。


 〝新生円卓の騎士団〟を名乗れど肝心のアーサー王を……その生まれ変わりと称する者を欠く彼らは、それらアーサー所縁の御物(ぎょぶつ)をして、この冒険における王の代わりとしているらしい。


 御物を運ぶ大役は、それぞれエクスカリバーをベディヴィエール卿が、王冠をモルドレッド卿が、王笏をガヘリス卿が、そして宝珠は唯一甲冑姿ではなく、特別に用意された白色のドレスを着たエニード夫人ことジェニファーが務めている。


「これ、やけに重いっすけど、何が入ってるんすか?」


 ガラハッド卿、ボールス卿、パーシヴァル卿と共に、他の物の数倍はあるであろう一番大きく無骨な木箱を運んでいたアルフレッドが、誰にともなく嘆くように訊いた。彼もケイ卿として、彼専用に新調してもらったボディ・アーマーと兜、〝鍵〟を二つ並べたケイ卿の紋章を描く盾を身に着けている。


「ええ。確かに重いですね。それに作りも変わってる。〝岩に突き刺さった剣〟はティ・グウィディルに置いたままだし、ほんとになんなんですかこれは?」


 同じく箱の一角を受け持つボールス卿もアルフレッドに同調して尋ねる。彼の言うように重さもさることながら、その箱の蓋は上に持ち上げるスライド式のものが側面の短辺側に一つ付いているだけで、天井部には直径5ミリ前後の小さな穴が無数に開いているという奇妙なものだ。ただし、その穴から中身を覗こうとしても中は真っ暗で何も見えない。


「フフフ…それは後でのお楽しみだ。なに、ちょっとこの冒険に似合う小道具を用意しておいたのだよ」

 先に浜へ上がり、何かを探すように辺りを見回していたベディヴィエール卿がにやにやと悪戯っぽい笑みを浮かべながら答える。


「焦らすとは人が悪いっすね~。そう言われると余計気になるってもんすっよ」


 その答えにアルフレッドは軽口を叩きつつ、他の四人と共に足首まで浸かる海水をバシャバシャ言わせながら、重たい箱を岸辺まで運び上げた。


「ご苦労だったな。その箱はまだ使わぬから、そこら辺に置いといてくれ……それでは同胞達よ!これより今宵の冒険を始めるとしよう!」


 全員が無事上陸すると、ベディヴィエール卿はエクスカリバーの箱を小脇に抱え、右手に持つ松明に火を灯して、そんな冒険開始の言葉を述べる。彼は古風な灯火であるが、他の御物を運ぶ役以外の者達は電池式のランタンを持っており、月明かり以外、何も照明の設けられていない真夜中のティンタジェル城にあっても辺りは結構よく見渡せた。


 周囲を岸壁に囲まれたこの入江は、砂浜に続いてごろごろと巨大な岩が転がる岩場となっており、右手の崖には大きな洞窟がぽっかりと真っ黒い口を開け、左手の崖からは月明かりに輝きながら美しい滝が流れ落ちている。


「あれが、かの有名な〝マーリンの洞窟〟だ! 満潮時はここまで水に浸かっていて入れないが、今はなんとか大丈夫そうだな」


 右手に見える、海水に底の浸かった洞窟の方を指さしベディヴィエール卿が言った。


 その島の底部を貫くトンネル状の洞窟はマーリン所縁のものと伝えられ、そこでマーリンが生まれたばかりのアーサーをウーゼル・ペンドラゴン王より手渡されたのだとか、そこにマーリンが葬られているのだとか、はたまたマーリンの亡霊が出るのだとか云われているらしい。


 ここティンタジェル城は、ジェフリーの『ブリタニア列王記』以来、アーサー王が生まれた場所として知られている。ティンタジェル公ゴルロイスの妻イグレーヌに横恋慕したウーゼル王が、マーリンの力でゴルロイスに変身して彼女と一夜を伴にし、そして、懐妊したイグレーヌがアーサーを産み落としたのがこの城なのである。


 また、ヴィクトリア朝の桂冠詩人アルフレッド・テニスンがアーサー王に取材して『国王牧歌』を歌い上げた地でもあり、変わったところでは神秘思想家のルドルフ・シュタイナーが、ある神秘崇拝の中心地で、代々〝アーサー〟なる称号を受け継ぐ人々によって治められていたと主張していたりなんかもする。


「まあ、マーリンの洞窟も見学したいところではあるが、先ずは城へ登ることとしよう」


 自分で紹介しておきながらも、物珍しそうに洞窟を眺める騎士達を諭し、ベディヴィエール卿は早々に岩場の先へと進んで行く。


 岩場の奥詰りには、この入江へと下りるための階段があり、そこから崖の上へ出て、さらに長くきつい階段を延々登って行くと、断崖絶壁の上に建つティンタジェル城の城砦跡へと到るのである。


 アルフレッドも刃神とマリアンヌの姿を探しつつ、ベディヴィエール卿に率いられた一団について行く。今のところ、辺りに彼らの姿は見当たらない。


 旦那達、まだ来てないのかな? ……早くしないと、あのエレックとエニード夫妻の呼んだ警察も来ちまうぞ? もしそうなったら、俺まで一味と思われて捕まっちまうよ……ああ、捕まったらなんて言い逃れしよう……あ、洗脳されて操られてたって言えば許してくれるかな? いや、身元調べられれば、別件の方でヤバイか……。


 見えぬ仲間の姿に不安がるアルフレッドと同じく、ジェニファーも一行に混じって、どこかに警官隊が待機していないかと周囲に気を配る。


 予てからの打ち合わせでは、マクシミリアンの手配した地元警察が、彼女と共にやってきた新生円卓の騎士団を待ち伏せているはずなのだ。テロや他の事件の容疑者としては逮捕できなくとも、旧トゥルブ家邸博物館から奪った古美術品を持っていて、しかも短機関銃(サブ・マシンガン)などの銃器を所持し、イングランド・ヘリテージ指定の遺跡へ深夜に集団で侵入していたとすれば、それだけでもう現行犯逮捕するには充分な条件である。テロ等の容疑については逮捕した後でゆっくり取り調べればよい。


 だが、どうした訳か、こちらもまだその姿を見せる気配はない。


 ……おかしいわね。まだ到着してないのかしら? ……でも、出入口が一つしかないあの島に入ってくれれば、一人逃さず一網打尽にできる……。


 一方、ジェニファーの身を案じるランスロット卿の方も、いつ彼女を逃がそうかと、平静を装いながらも皆の動きを注視し、その機会を覗っている。


 そうして彼らが三者三様の思惑を巡らす中、一行は階段を登り、入江から崖の上の歩道へと出た。


 階段を上ると道は二方向に分かれ、左の平坦な遊歩道を行けば観光用の駐車場へと到り、もう一方の右の階段を登るとさらに二手に分かれる。その片方の恐ろしく長く急な石段は半島側の断崖絶壁上にある砦の跡へと続き、残り一方の谷間に架かる橋がティンタジェル島へ向かう唯一の道であり、橋を渡って、さらに長く険しい階段を登って行くと、島の上部に残る崩れかけたノルマン時代の城砦に辿り着くのである。


 もし逃げ出すとすれば、絶好の好機である駐車場側との別れ道に至った時、人知れずジェニファーの目と、彼女の身を案じるランスロット卿の目がランタンの薄明かりの中で合った。


 ランスロット卿は仲間に気付かれぬよう、眼だけで「早く逃げろ」と彼女にメッセージを送る。だが、それに対してジェニファーは微かに首を横に振って、その意見には従えぬことを彼に伝えた。ランスロット卿はさらに強く眼で彼女に意見するが、それでもジェニファーは聞こうとはせず、より頑なに拒否の意思をその瞳に込めて見つめ返す。


 ランスロット卿はなおも諦めず、もう一度、彼女の説得を試みようとしたが、その前に一行は右の階段を登り始め、彼らの無言の会話は平行線のまま、ティンタジェル島へ渡るための橋を進んで行った。


 橋に続く階段は狭いので、ベディヴィエール卿を先頭に一団は縦一列となって上って行く……ジェニファーは宝珠の入った箱を持っていることから、行列の中程にランタンを持った者に挟まれる形で、同じく木箱を運ぶモルドレッド卿、ガヘリス卿の後に続き、お宝が気になるのか、アルフレッドはそのまた後につけている。ジェニファーを気に掛けるランスロット卿の位置はさらにそのまた後だ。

「皆、存じているように、ここティンタジェル城は我らが偉大な王アーサー生誕の地とされている場所だ!」


 激しい海風が吹き付ける細く急こう配な階段を上りながら、ベディヴィエール卿が観光ガイドよろしくティンタジェル城の説明を始める。


「だが、現在見られる廃墟と化した城砦は十三世紀にノルマン人・コーンウォール伯レジナンドが築いたものであり、アーサー王とはまったく関係がない」


「え⁉ そうなんすか?俺もずっとアーサー王の城だと思っていましたよ。そんじゃ、アーサー王がここで生まれたというのもまったくの嘘……」


 さらりと口にしたその衝撃発言に、すぐ後にいたコーンウォール出身のトリスタン卿が思わず口を開いた。他のあまり歴史には詳しくない者達にも動揺が広がる。


「まあ、話は最後まで聞け。城自体は今言った通りだが、ただし、ラルフ・ラドフォードなどの発掘によって、五~七世紀の修道院と思われる石とスレートでできた長方形の遺構や、ローマ風のワイン、油なんかを入れる壺〝アンフォラ〟などが発見されており、ローマ街道の道標なども出土していることから、おそらくは三、四世紀までにローマの支配下に入り、ローマ人がブリテン島を去った後――すなわち〝アーサー王の時代〟には、この地にやってきたケルト人の築いた城砦か、もしくは商業の中心地があったものと推測されている」


 先走るトリスタン卿を制し、ベディヴィエール卿は先を進める。


「仮にコーンウォールがドゥムノニア王国の支配地域に入っていたとして、ドゥムノニアの支配者が夏に過ごす居住地であったと考える説もある。また、七〇〇年頃に編纂された『ラヴェンナ・コスモグラフィ』という文献に〝砦もしくは城壁に囲まれたコルノウィ族の居住地〟として〝プロコロナウィス〟という地名が見え、これがローマ時代のこの地の名称〝ドゥロコルノウィウム〟と類似点が多いということも指摘されている」


「そうなると、やはりアーサー王とは関係ないということのような……」


 今度は、トリスタン卿の後に続くガウェイン卿がぽつりと呟く。


「いや、ところがだ。一九九八年にグラスゴー大学の発掘チームがティンタジェル島を発掘したところ、とんでもない物が出てきてしまったのだ」


「とんでもないもの?」


「それは五~六世紀の準ローマ時代、つまりはアーサー王がいたとされる時代の下水溝の蓋なのだが、そこにはラテン語・初期アイルランド語・ブリテン語の三言語で〝PATER\COLI AVIFICIT\ARTOGNOV〟と記されていた。これは〝コルの末裔の父アルトグノウがこれを造らせた〟と解読されたが、この〝アルトグノウ〈ARTOGNOV〉〟はブリトン式だと〝アルスノウ〈Arthno〉〟であり、〝Art〟もしくは〝Arth〟はケルト語でクマを意味し、それはつまり、アーサー〈Arthur〉にも通じる名前なのだ」


「ああ! んじゃあ、やっぱりここはアーサー王の城なんだ!」


「うむ、それはもう間違いない」


「そう……けして、ここティンタジェルがアーサー王と関係ないなどと言い切ることは誰にもできないのだ。一説に、アーサー王はドゥムノニアの王の一族であったとも言われているしな」


 歓喜の声を上げるトリスタン卿とガウェイン卿に、ベディヴィエール卿も満足げな笑みを揺らめく松明の炎の中に浮かべ、最後にそう付け加えた。


 そんな話をしている内にも、一行は果てしなく続くかに思われた階段を登り切り、ティンタジェル島の絶壁の上に建つ朽ち果てた石の城へと到着する。


 先ず目にするのは修復されたノルマン時代の城壁で、そこに開くアーチ状の小さな入口に付けられた新しい木のドアを潜れば、崩れかけの石壁がかつての城砦の姿を比較的(・・・)よく残している場所へと出られる。崩れてはいるが、スレートを積み上げて作った壁にはかつて窓やドア枠であったらしき穴がよく残るものもあり、往時の様子がそれなりに忍ばれる。


 それ以外にも、厳しい海風に耐え、傾斜のきつい地面に張り付くようにして生える雑草に覆われた島の上には、礼拝堂、庭園、井戸などの朽ち果てた残骸やら、ごつごつと奇怪な形をした岩やらがそこここに点在しており、今でこそ観光用に遊歩道が整備されていたりはするものの、よくもまあ、こんな所に人が住んでいたと感心する程の、なんとも荒涼とした風景の広がる場所だ。


「…ハァ……ハァ……ふへえ、やっと着いた……ひえ~、こりゃまたスゴイとこっすねえ……」


 木戸を潜り、城壁の途切れた部分から下を覗いたアルフレッドは、上がった息も飲みこんで恐ろしげに声を上げた。


 垂直に切り立った断崖下の海面まではどれほどの高さがあるのだろうか?漆黒の口を開けた底なしの闇からは、ごうと吹き上げる海風と共に、ただ浪の音だけが不気味に聞こえてくるのみである……落ちたらまず助かりそうもない。


 その深い谷を挟んだ対岸にも同じように半島側の城砦跡があるはずなのだが、今は暗くて黒い山のようにしか見えない。その代わりと言おうか、さらにその向こうのティンタジェルの町側には、〝キャメロット・キャッスル・ホテル〟なるアーサー王の城を模した、なんとも物好きなホテルの明かりが暗闇に輝いていた。

To Be Continued…

A suivre…


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