表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/69

 間章 エレックとエニード――マクシミリアン・フォン・クーデンホーフ(30歳)とジェニファー・オーモンド(29歳)の謀(はかりごと)

ほんの短く輝いた瞬間、キャメロットという名の場所があったことを忘れてはならない。

      アラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ロウ『キャメロット』より



挿絵(By みてみん)

「――なるほど。それで、お二人の間にはケンカが絶えず、ついには離婚まで考えるようになってきてしまっていると……そういう訳ですね?」


 診察室で、マクシミリアンとジェニファーの前に座った中年の紳士―ベドウィル・トゥルブが、いかにもカウンセラーらしい穏やかな声で二人の説明した話を要約して確認する。


「はい。その通りです。別に離婚がしたいわけではないんです。でも、こうなってしまっては、いっそ、そうした方がお互いのためにいいんじゃないかと……」


「わたし達、もう別れるしかないのでしょうか?」


 対して二人も、素人にしては上出来の芝居を続けたまま、真剣な眼差しで訴えるようにしてそう答えた。


 かつてのエクスカリバーの持ち主・ベドウィル・トゥルブと〝アーサー王の円卓〟をシンボルに掲げる事件の犯人との関係を探るため、彼の経営する恋愛カウンセリングを訪れたマクシミリアンとジェニファーは、そうした離婚の危機に瀕している国際結婚夫婦を偽り、彼のカウンセリングを受けている。設定におけるケンカの原因は、お互いの国の文化の違いもあるが、夫であるマクシミリアンが会社を解雇されて家でごろごろしているという、いかにもありそうなベタなものだ。


 二人がそんな嘘を吐いてまでカウンセリングを受けているのは、なにも学生時代、劇団に入っていて小芝居するのが趣味なのでも、恋愛カウンセリングに興味があって、前々から是非一度を受けてみたいと思っていたからでもない。二人には、演じている嘘の夫婦にも負けず劣らずの切実とした理由(わけ)があるのだ。


 かたやICPOの捜査官という部外者、かたや捜査担当から外されている刑事という完全蚊帳の外に置かれた状態の二人に正攻法でベドウィル・トゥルブを聴取する権利はなく、そこで彼に近付いて話を聞き出すため、偽の患者(クライアント)になるという方法をマクシミリアンは思い付いたのだった。


「いや、別れる必要はありません。というより、あなた達は離婚という逃げ道を選ぶのではなく、二人で力を合わせ、その問題に真正面から立ち向かわなくてはならないのです」


 偽りの救いを求める二人に、ベドウィルはもっともらしいことを言って諭す。


「マクシミリアンさん、それにジェニファーさん、わたしはあなた達によく似た一組の夫婦を知っています。あなた達と同じ問題を抱え、それを乗り越えた夫婦を」


「わたし達と同じ……それは、一体、どういう……」


「教えてください! その夫婦は、どうやって問題を乗り越えたのですか⁉」


 ストーンヘンジでもそうだったが、職業上、捜査のスキルとして身に着けているのか、マクシミリアンとジェニファーも迫真の演技でそれに答える。


 ちなみに二人はジェニファーの名字(ファミリーネーム)以外、実名のままでカウンセリングを受けている。マクシミリアンの思い付きで、準備期間もないまま本番へ突入してしまったこともあり、下手に偽名を使ってボロを出すよりは良いという判断である。ま、さすがにICPOやスコットランドヤードの在籍名簿まで調べられることはないだろうし、実名の方が身分証明書などを求められた時にも都合がいい。


「お二人は、エレックとエニードという人物をご存知ですか?」


「エレックとエニード? ……さあ、どこかで聞いたような……」


 唐突にベドウィルが口にしたその質問に、マクシミリアンはよく知っていながらも、惚けた振りをしてそう答える。同じくジェニファーも、その隣で小首を傾げ、口を噤む。


「二人は、クレティアン・ド・トロワの書いた『エレックとエニード』に出てくる主人公の夫婦です。夫のエレックの方は円卓の騎士の一人でもありますね」


「円卓の騎士? ……というと、あの、アーサー王のですか?」


 なおも惚けて、マクシミリアンはベドウィルに聞き返す。


「そう。アーサー王の円卓の騎士です。そのエレック卿と、その妻であるエニードの夫婦が、実はあなた達お二人にとてもよく似ているのですよ」


「ええ⁉ そんな、騎士と貴婦人の夫婦がですか?」


「一体、どのように似てると言うんです?」


 夫役のマクシミリアンに合わせ、ジェニファーも訝しがる妻を熱演して尋ねる。


「それは、クレティアンの書いた二人の物語を知ればよくわかりますよ。その筋は、ウェールズの騎士物語『ゲレイントとエニッド』に類似しています……」


 そんな二人にベドウィルは疑うことなく、饒舌に『エレックとエニード』の話を語り出した。


「エストレガリスの王ラックの息子であったエレックがアーサー王の妃グウィネヴィアの伴をしていた時、妃はある小人から無礼を働かれ、エレックはその無礼を働いた小人とその主人の騎士に復讐する旅に出るのですが、その途中、貧しいながらも高貴な老人とその娘のエニードに出会い、自分の連れている女性が最も美しいことを証明するために賞品のハイタカを競って闘う武芸大会にエニードを同行して出場することになります。すると、その大会には件の宿敵の騎士も出場しており、エレックはその騎士を見事倒して優勝の末、エニードと結婚します」


「よくある騎士物語のハッピーエンドですね……しかし、それのどこが私達と似ているのですか?」


 その先の話がわかっていながらも、嘘に真実味を出すため、マクシミリアンは敢えて批判的な合いの手を入れる。


「まあ、そう焦らずに。問題はここからですよ。エニードと幸せな結婚をしたエレックですが、幸せというものはいつまでも続かないものでしてね。甘い結婚生活の中、寝所に入り浸りになったエレックは騎士としての義務を忘れ、皆に陰口を叩かれるようになってしまうのです。つまり、今風にいえば、働かずに家でごろごろするようになってしまったということですね」


「………………」


 その言葉に、何かを察したジェニファーがマクシミリアンの顔を斜目で見つめ、彼も気拙そうに表情を歪める。


「そんな夫にエニードは思い悩み、一方、当の本人のエレックは最初、皆の蔑む視線や噂話にまるで気付いていなかったのですが、ある朝、夫がまだ眠っていると誤解した彼女のうっかり呟いてしまった嘆きの言葉で、彼もすべてを悟るのです」


「……!」


 今度は、驚いた顔のマクシミリアンが、まさか自分もご近所でそう言われているのか?と問うようにジェニファーの方を振り返る。


「尊敬される騎士から一転、知らない内に蔑まされる存在となってしまっていたエレックは、すぐさま鎧を着け、騎士としての信頼を取り戻す冒険の旅へ出かけようとします。するとエニードも着いて行くと言い出し、エレックは〝では、ともに旅をしよう。ただし、旅の途中、我々は一言も口を利いてはならない〟という条件を出して妻の同行を許します」


 段々と自分の語る騎士物語に食い付き始めた二人を見て、ベドウィル・トゥルブは気付かれぬよう、一瞬だけ満足げな笑みを口元に覗かせて先を続ける。


「その後、二人は旅の最中、幾度となく山賊に襲われますが、その都度、沈黙の禁を破って警告してくれるエニードのお陰でエレックはすべてを撃退することができました。初めは禁を破った妻を責めるエレックでしたが、旅が進むにつれ、次第に彼女とのわだかまりも消えていきます」


「いや、約束を破った事実は見過ごすべきではない」


「妻の愛の勝利ですわね!」


素なのか芝居なのか、マクシミリアンとジェニファーはお互い正反対の感想を述べ、顔を見合わせる。


「そんなある日、彼らは地位も財産もある伯爵二人の城に招かれたのですが、どちらの伯爵も美しいエニードに惚れ込み、苦しい旅を続けるより自分の妻になるべきだと彼女を口説き、妻にならなければエレックを殺すと脅します。特に二回目のオリングス伯爵の時は、エレックがアイルランドのギフレイス王、続く巨人との激戦による傷で死を目前にしていたこともあり、夫を失う悲しみにくれていたエニードはその弱みに付け込まれてしまいます」


「まあ、なんてひどい……」


「でも、彼女は負けなかった。エニードは誘惑を退け、この誘いをきっぱりと断ります。すると、オリングスは苛立ち、暴力を奮って彼女を力ずくで奪おうとしました。しかし、絶望したエニードが〝もし夫が生きていたら、このような暴虐を罰せずにはいないのに〟と叫ぶと、瀕死のエレックが蘇生し、死にそうな人間とは思えないような動きでオリングスを斬り伏せるのです」


「やっぱり愛の勝利ですわ!」


 ジェニファーは目を輝かせてそう言うと、それ見たことかというように隣のマクシミリアンに目配せをした。


「こうして騎士の誇りとエニードへの愛を取り戻したエレックはギフレイス王の城で傷を癒し、キャメロットに戻る途中、森の中で迷い込んだブランディガーンという城では、そこにいた貴婦人の愛に囚われて、誰かが倒さなければ、城からも貴婦人の愛からも逃れられないマーボナグリーンという騎士を倒し、その呪縛から解き放ったりもしています」


「いや、愛というよりは騎士としての誇りが彼を立ち直らせたのだろう。やはり、男は仕事だな……あ、いや、無職の私が言えた義理ではないですが……」


 思わず素で意見を口にしてしまったマクシミリアンは、自分の設定を思い出して、慌てて訂正を入れる。


「愛にしろ誇りにしろ、いずれも騎士道にとって重要なものですよ。つまり、二人は夫婦の絆で真の騎士道に目覚めたということです。そして、エレックは愛するエニードとともに故郷エストレガリスへ帰ると、父の跡を継いでその地の王となりました……これが、自分達の抱えている問題を乗り越え、逆にその絆をより深めた一組の夫婦のお話です」


 ベドウィルは、そう『エレックとエニード』の物語を締めくくると、一息置いてから、改めてマクシミリアン達に問う。


「どうです? 彼ら夫婦は、どこかあなた達に似ているとは思いませんか?」


「え、ええ……」


「ま、まあ、そう言われてみれば、確かに……」


 カウンセラーのその問いに、二人は曖昧な返事を返す。


「では、なぜ似ているのか?その理由はおわかりになりますか?」


「理由? ……さ、さあ、そんなことを訊かれても……」


 続くその質問にも、マクシミリアンは意図してのらりと答える。となりのジェニファーも困惑した様子で頷いているだけである。


「それはですね、あなた方がエレックとエニードの生まれ変わりだからですよ」


「ええっ⁉ ……う、生まれ変わりですか?」


「まさか、そんなことが……」


 ベドウィルの告げたそのとんでもない答えに、二人は当然、驚きの声を上げる……だが、驚愕と疑念に強張らせた表情の裏側で、彼らは〝かかった!〟という言葉を心の中で呟いていた。


 ジェニファーが以前相談を受けたというここの手口から、ベドウィルがそう言い出すことを知っていたのは勿論のこと、エレックとエニードに見立てられることも、二人は初めからわかっていたのだ。というよりも、この〝夫が仕事を辞めて揉めている夫婦〟という偽りの設定からして、男女二人組ならば、おそらくはそういう流れになるだろうと予測したマクシミリアンが、ベドウィルがこじつけるのに都合の良いよう、意図的に用意したものだったのである。


「まあ、突然、こんなことを言われても、信じられないのは無理もありません。ですが、だからこそ、あなた達は彼らと同じような夫婦の問題を抱えているのです。そして、その問題を乗り越え、再び夫婦の絆を取り戻すためには、前世の自分達を思い出し、彼らと同じように、この現世においても真の騎士道に目覚めねばなりません」


 そんな二人の心の内など露知らず、獲物を捉えたと確信するベドウィルは、最後の仕上げに入ろうと、さも本物のカウンセラーのような態度でマクシミリアン達にそう告げる。


「では、その些細な手助けとして、これから私がお二人に退行催眠をかけ、その時の記憶を蘇らせてさしあげましょう。退行催眠はご存知ですか?催眠状態で現在から赤ん坊の頃へと記憶を遡り、さらには胎児も超えて前世にまで遡るという科学的な手法です」


「は、はあ……話に聞いたことだけは……」


「前世の記憶が蘇るだなんて……なんだか、わたし怖いわ……」


 その言葉に、一瞬、二人は目配せをして確認し合うと、引き続き従順な患者(クライアント)を演じて、ベドウィルの指示に従うことにする。


「なあに、怖がることはありませんよ。むしろ、楽しい夢を見るような、そんな心地良さを感じるはずです。そして、次に催眠から目覚めた時には、本当の自分達を取り戻していることでしょう……さ、そう緊張なさらず、体を楽にして。ゆっくり目を閉じて、ソファーにその身を任せてください――」


 この後、退行催眠という通過儀礼(イニシエーション)を経たマクシミリアンとジェニファーは、暗示にかかった振りをして、ベドウィル・トゥルブの言うがままに円卓の騎士エレック卿とその妻エニードとなって、新生円卓の騎士団に迎えられたのだった。


To Be Continued…

A suivre…


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ