ⅩⅠ 円卓のカウンセリング(2)
ほんの短く輝いた瞬間、キャメロットという名の場所があったことを忘れてはならない。
アラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ロウ『キャメロット』より
そうして刃神達がトラファルガー広場で会合を開いている頃よりほんの少し前――。
スコットランド・ヤードの資料室で、マクシミリアンとジェニファーも人知れず相談の場を持っていた……。
「――こんな所で申し訳ないんですけど、どうぞ、お入りください」
そう促され、ファイルの詰まったラックの林立する部屋の中へとマクシミリアンは足を踏み入れる。
先日、訪れた時にもそう思ったのだが、新庁舎なのでまだ壁も床も綺麗なはずなのに、視界を遮る背の高いラックのせいか、なぜだか妙に暗い印象を感じてしまう場所である。密閉されていて圧迫感もあるし、朝っぱらから会議を開くにはあまり芳しくない場所だ。
「でも、ここなら他人に話を聞かれる心配もないと思いますので……今は誰もいないようですしね」
先にドアを開けて入ったジェニファーは、振り向くと、マクシミリアンの心中を読んでかそう口を開いた。
「確かに……それはそうと、今朝の朝刊にダラムやドーストン、ウェールズのアングルシーにあるアーサー王所縁の伝承を持つ遺跡が荒されたという記事があったのは見ましたか? 他にスコットランドのストゥにあるウェデイル聖マリア教会やペンザンスのセント・マイケルズ・マウントにも賊が押し入ったらしい」
マクシミリアンも目だけで周囲を見回して頷くと、今朝からずっと気になっているその話題を切り出した。
「ええ。一昨日の夜のことだとか。これもやはり、ヤツらの仕業と考えてよろしいですよね?」
「おそらくは。ウェデイル聖マリア教会やセント・マイケルズ・マウントもアーサー王と関わりのある場所です。しかも、それに言及した記載があったのはそこだけだったが、ペンザンスでは例の〝円卓〟の描かれた旗が立てられていたという。ここ一週間、そうした場所にはなるべく目を光らせていたつもりなのだが……どうやら遅れをとったようだ。しかしその様子だと、私を呼び出したのはそれとはまた関係のない話らしいですね。なんでも、ヤツら―新生円卓の騎士団の手掛りが摑めたかもしれないと?」
尋ねるジェニファーに簡単に答えると、マクシミリアンは早々に話題を替えて本題を切り出した。今朝、そうした連絡を彼女より受けたマクシミリアンは、その話を聞くべく、わざわざここまで来たのである。
「はい。といいましても、まだ本当に関係あるのかどうか、確かなことは言えないのですが……これを見てください」
そう告げながらジェニファーは、手にしていたファイルよりA4サイズの紙を一枚取り出した。どうやらカラー印刷された何がしかのチラシのようである。
「これは…⁉」
そのチラシを受け取り、紙面に落としたマクシミリアンの碧い目が不意に見開かれる。
そこには、あの事件現場に残されているカードと同じ、ウィンチェスターの大広間にある〝円卓〟の図案が描かれていたのだ。
ただし、ヘンリー八世の顔をしたアーサー王像はトランプの〝ハートのK〟に替えられており、その上には〝恋愛カウンセリング カウンセリング・オブ・ザ・円卓〟と太いフォントの文字で記されている。
「片思い、不倫、三角関係、恋の悩みすべてを解決いたします……一体、これは?」
紙の下方に書かれた説明書きを読み上げながら、マクシミリアンは尋ねる。
「すみません。あのカードを見た時、ウィンチェスター以外にも前にどこかで同じようなものを見た気がしていたのですが、どうしても思い出せなかったんです。それが昨日、ファイルの整理をしていたら、偶然、そのチラシを見付けてようやく思い出したんです」
ジェニファーはその魅惑的な身体をマクシミリアンの身にぴったり付けるように寄せると、自身もチラシを覗き込んで話を続ける。
「昨年の5月に、いくら言っても聞かないので話を聞いてやれと押し付けられたんですけれどね……あ、わたしはいつもそんな雑用しか任せてもらえませんので……」
自嘲気味に笑うジェニファーの淋しげな瞳に、マクシミリアンは初めて会った時以来気になっている疑問をまたも思い出す。
どう贔屓目に見ても、彼女が役に立たぬ刑事のようには思えない……むしろ、その逆だ。そのことはこの短い期間、仕事を一緒にしただけでもよくわかる。なのになぜ、スコットランド・ヤードは彼女をもっと重要な職務で使おうとしないのだろうか? そんな雑用や自分の世話役などではなしに……。
そう。今回の事件にしたってそうだ。真相はともかく、捜査本部が美術品売買や金融業絡みの線も考えている以上、経済及び特殊犯罪課所属で事件前日に現場へも行っている彼女ならば、当然、今回の捜査を担当してもいいところなのに、なぜか彼女は一人だけ外されている。本来ならいい伝手となるはずの彼女がそんな状態のおかげで、捜査に協力しようとする部外者マクシミリアンも文字通りの蚊帳の外だ。
そういえば、同じ課内でも〝美術骨董班〟ではない彼女が、自分のお守りを押し付けられてることからしてもなんだか妙な話である。有能なのにそうした不遇を受けているということは……もしかして、彼女は過去に何か問題でも起こしているのだろうか? だとしたら、いろいろと納得いくところはある。彼女を自分の世話役に当てたのも、ICPOの介入をあまり快くは思っていない総監のささやかな嫌がらせだとするならば……。
「ともかく、それで訴えて来た若い女性の話を聞いたのですが、彼女はそのチラシのカウンセリングに行ったところ、何やら怪しげな洗脳をされそうになったと言うんです」
マクシミリアンの注意をジェニファーの言葉が現実の問題に引き戻した。
「怪しげな洗脳?」
今の思惟をまったく気取られることのないような無表情で、マクシミリアンは聞き返す。
「はい。その女性もよくは憶えていなかったのですが、なんでも〝あなたはアーサー王の円卓の騎士の一人である誰それの生まれ変わりだ〟と言われたとか」
「円卓の騎士の生まれ変わり⁉」
その興味を惹く言葉に、今度は思わず声を上げる。
「一体どういうことです? 詳しく話してくれませんか?」
「それが、私もあまりよく理解できなかったんですけど、話をまとめると、どうやらこんなことのようです。〝あなたのこういう所はその円卓の騎士とそっくりだ。だから、あなたはその騎士の生まれ変わりなんだ〟と、その人の性格や恋愛経験なんかを、それに似た円卓の騎士のそれと照らし合わせて、暗示というかマインドコントロールをかけようとするみたいなんですよね。その後、さらに退行催眠までかけられそうになったので、彼女は慌てて逃げ出してきたみたいです」
「退行催眠……過去の記憶を呼び覚ます催眠療法だ。科学的証明はなされていないが、前世の記憶まで呼び覚ますことができると主張する者もいる……」
「はい。それもその洗脳をするためのものだと彼女は主張していたんですけどね。それで、あれは何かのカルトか霊感商法に違いない。だから逮捕してくれと。ですが、その段階では実被害が出ている訳でもありませんでしたし、一応は恋愛相談もしてるので詐欺とも言い切れない。彼女はただ勘違いをしてるだけで、円卓の騎士に擬えるのや退行催眠だって、本当に治療の一環なのかもしれない。それに、精神疾患を扱うカウンセリングでしたら医療行為を行う免許等の問題もあるのでしょうが、そこで行っているのはただの恋愛カウンセリングですから……」
「確かに、それだけでは警察の出る幕もないか……それで、話を聞くだけで捜査は行わなかった?」
「ええ。でも一応、調書は取って、そのカウンセラーの身元は確認しておきました。これがその調書です」
何か引っかかるものを感じ、難しい表情で考え込むマクシミリアンに、ジェニファーは腕に抱えていたファイルを手渡す。
「まあ、ここまでは〝円卓の騎士〟という気になる単語が出てくるだけの、なんでもない話なんですけど、実はもう一つ、非常におもしろいことがあったんですよ。そこに書いてあるカウンセラーの名前を見てください」
「……!」
言われるままに示された頁を覗き込んだマクシミリアンは、その紙面に記された文字を目で追うと絶句した。
そこには〝ベドウィル・トゥルブ〟という名前が記されていたのである。
「ベドウィル・トゥルブというと、あのエクスカリバーの前の持ち主の……」
マクシミリアンはストーン・ヘンジで出会った奇妙なカップル――彼にはまだ知る由もないが、石上刃神とマリアンヌ――が口にしていたその名が気になり、スコットランド・ヤードに戻ってから確認したところ、それが旧トゥルブ家邸博物館の建物と盗まれたアーサー王所縁の品々を以前所有していた人物であることを知ったのだった。
「はい。間違いありません。当時はまるで気にもしていませんでしたし、そんな名前であることもすっかり忘れていたのですが、調べたところ、転入前の住所と旧トゥルブ家邸博物館の住所が同じでした」
譫言のように呟くマクシミリアンの問いに、ジェニファーは肯定の言葉を述べる。
「これはやはり、ロード・ベドウィル・トゥルブが犯行に関与していることを示しているのでしょうか?」
「偶然にしては話が出来過ぎている。それだけではなんの証拠にもならないが、まったくの無関係と考える方が難しいだろう……確かに彼ならばディヴッド・アダムスに恨みを抱いていたとしてもおかしくはないし、家宝を取り戻そうとするのも当然だ。祖先が円卓の騎士ならばアーサー王の狂信的なファンというのだって納得がいく……そうか。それであの二人もベドウィル・トゥルブを追っていたという訳か」
ベドウィル・トゥルブという欠片の登場により、すべての説明が容易についていくことに、マクシミリアンは密かな興奮を覚えていた。
「そうなると、その恋愛カウンセリングというのも何やら関係がありそうですね」
「円卓の騎士の生まれ変わり……か。ひょっとしたら、そのカウンセリングを受け、そうした暗示にかけられた者達が犯行グループを構成するメンバーになっているのかもしてない。チラシに描かれた地図によると、場所はニール・ストリートとなっていますね?」
「はい。当時、一応、実際に場所の確認をしにも行ったのですが、確かにそこにありました。今も開業しているのかはわかりませんけど」
「それなら、ここからでもすぐに行ける距離だ。オーモンド刑事。もしよかったら、これからちょっと付き合っていただけるだろうか?」
「えっ⁉ 付き合うって、もしかして、これからそのベドウィル・トゥルブの診療所を調べに行かれるおつもりですか?しかもご自身で?」
調書のファイルを返し、チラシは持ったままドアの方へ向かう素振りを見せるマクシミリアンを、ジェニファーは驚きの表情で呼び止める。
「今日は公用の予定も入っていないからね。時間はたっぷりある。先程までは今回、新たに被害のあった遺跡の方へ行ってみる予定でいたんだが、どうやらこちらの方が犯人に辿り着くには近道らしい」
「いえ、そういうことではなくてですね。その…本来、この事件の捜査とは関係ないマックス捜査官がそこまでしなくても……先ずはあなたにと思ってお知らせしましたが、後は捜査本部に報告して動いてもらいます。動機のあるベドウィル・トゥルブと〝円卓〟の接点がここまであるとなれば、上もさすがに無視はしないでしょうし」
「いや、アーサー王の狂信的ファンが犯人だということを理解していない彼らが、この話を取り上げてくれるかどうかも怪しいものだ。アダムスへの怨恨の線にしても、闇古美術品ブローカーとしてのトラブルと考えているようだし、ただの偶然だとまた一笑に付される可能性が高いだろう。それに、これは私の仕事とも無関係な事件ではない。少なからず文化財が関わっているものであるし、ひょっとすると、私が追い求めている彼女も……」
引き留めるジェニファーに反論しながら、マクシミリアンは旧トゥルブ家邸博物館に残されていた〝自由の女神〟のカードと、その向こう側に見え隠れする怪盗マリアンヌのことを思い浮かべていた。
「で、ですが、ベドウィル・トゥルブの診療所に行ったとして、どうするおつもりなのですか?捜査令状はないですし、失礼ながら、この国の警官でもないマックス捜査官では聴取に応じさせられるかどうかも……」
「なに。警察として真正面から行くつもりはありませんよ。ただ、悩める一般市民のカップルが恋愛カウンセリングを受けに行くだけです」
それでもなお意見するジェニファーに、マクシミリアンはそう答えると、その端正な顔の上にいつになく悪戯っぽい笑みを浮かべた――。
To Be Continued…
A suivre…




