Ⅹ 探求者達の旧所名跡ツアー(1)
ほんの短く輝いた瞬間、キャメロットという名の場所があったことを忘れてはならない。
アラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ロウ『キャメロット』より
ウィルトシァー州ソールズベリー郊外・ストーンヘンジ……。
〝幽霊の狩猟〟事件が新聞各社の紙面を賑わせた翌日の昼近く、この世界的に有名な巨石文明の遺跡を望む草原に、石神刃神とマリアンヌの姿はあった。
バダム…。
駐車場に停めたレンタカーのクーペの助手席からこの地に降り立った刃神は、ドアを乱暴に閉めると、巨大な石柱を連ねて作られたサークル状の建造物を眺め見る。
「生じゃ初めて見るな。こいつがかの有名なストーンヘンジか」
「そういえば、英国にはもう何度も来てるけど、あたしもここは初めてね」
同じく運転席から出て来たマリアンヌも、遺跡の方を見つめたまま彼の独り言に答える。
「ヘン。たまにはこういう観光ってのもいいもんだぜ」
「なに観光気分に浸ってんのよ。ここへは仕事で来てるんだからね……っていうか、あんた、それも持ってく気?」
その呑気な台詞にマリアンヌが振り向くと、刃神の肩には〝太くて短いブロンラヴィン〟の巨大な包みが担がれている。
「当ったりめえだろ。いつヤツらと遭遇戦になったり、そのまま後を追うことになるかわかんねえんだからな。ヤツらも無意識ながらアーサー王伝説の武器によって力が強化されてる。この前、ランスロット野郎の〝アロンダイト〟で〝ダヴィデの剣〟にはヒビが入っちまったし、こいつがねえとちと心許ねえ」
マリアンヌの問いに、さも当然というような顔で面倒臭そうに答えると、刃神はそのまま遺跡の方へと歩き出す。
「ああ、例の〝魔術武器〟の暗示ってやつね? あなたがいない時、ウォーリーに聞いたわ。初めは迷信か頭のイカれた人間の戯言だと思ってたけど、その理屈を聞いてみると、確かにあり得ない話とは言い切れないわね」
それを追って自身も歩き出したマリアンヌは、刃神が以前、店主に語った魔術武器が心と肉体に与える影響のメカニムズを頭の中で再確認した。
「でも、だったら、わざわざそんなデカくて重い物持ってかなくたって、ダヴィデの剣とキリストの剣だ
けで充分じゃない……あ! そういえば、細いのの方は一本減ってるようだけどどうしたのよ?」
そして、黒いロングコートを羽織った刃神の背に、いつもは二つ下げている剣の袋が今日は一つになっていることに気付く。
「ああ、キリストの剣の方は置いてきた。あれは偽物だからな。ヤツらと遣り合うには役不足だ。それに、ベイリン卿としては双剣じゃなくちゃいけねえだろ? 三本剣じゃ格好つかねえぜ」
「なんか、ベイリン卿するの気に入ってるみたいね。ま、重くて大変なのは自分なんだから別に構わないけど……でも、そんなもん持ってるだけで人目に付くんだから、絶対、目立つような行動取るんじゃないわよ? バカデカい刃物持ってるとこを、もし警察にでも職質された日にゃ目も当てられないわ」
「なあに、その点は心配ねえ。見ろ。あいつらに比べれば、俺なんざカワイイもんだぜ」
そう反論し、顎で刃神が指し示す方向を見ると、少し行った場所にローブのような白装束を纏った四人の人物がいることにマリアンヌは気付いた。
男女二人づつで、各人、手に手に剣や杖などの小道具を持ち、円陣を組んで何か儀式めいたものをやっている様子である。しかもよく見ると、そのような小集団は彼らだけではなく、遺跡周辺のあちらこちらにポツンポツンと幾つかいるようだ。
「何? あの人達?」
「あれはたぶんドルイド教のやつらだな。きっと今日はやつらの祭りの日かなんかなんだろう。ほら、手に四大元素の風・水・火・地を現す棒・杯・剣・盤持ってるだろ? 俺の言ってる物とは少し定義が異なるが、西洋近代魔術の儀式で用いる、狭義でいうところの魔術武器だ。ああしてヤツらは、ヤツらの教義に則った宗教儀礼をしているのさ」
怪訝な顔でその人物達を見つめるマリアンヌに、刃神はそう答えた。
「ドルイド? ……って、あのケルトの聖職者のドルイド?」
「ああ、そのドルイドだ。ま、古代ケルト文明のドルイドそのものじゃなく、それを現代になって再構築したもんだけどな。キリスト教以前の多神教的宗教に立ち返ろうっていう復興異教主義運動の一つだ。ドルイド教の他に、教会から魔女と呼ばれ迫害された、女神を崇める古の信仰や魔術の生き残りだと称する魔女宗もあるな。このストーンヘンジはドイルドの祭祀場だったとも云われてるんで、そうした団体の聖地として崇められているのさ」
「ふーん。そうなんだ……でも、確かストーンヘンジって、ドイルドのいた時代よりも遥か以前からあったって話よね?」
「みてえだな。紀元前3100年頃には、すでにこの場所に遺跡が作られてたらしい。もっとも、その頃には今と違って土塁を持つ円形の溝と穴ぼこだけだったようだがな。その後、先ずは石じゃなく木の柱を立てたサークルが作られ、さらに後になって木から石の建造物に変わった。石に変わった後も何度か作り直され、土塁の造られた時から見ると約八段階に建造の過程は分けられるとのことだ。いずれにしろ前1600年頃には放棄されたようだから、ドルイドのいた時代のもんじゃあねえ」
「それじゃ、どうしてドルイド教や魔女宗の聖地になってるのよ?」
「さあな。考古学者がいくらドルイドとは関係ねえと説明しても聞く耳持ちゃあしねえようだ。ただ、石の配置は夏至の日の出と冬至の日没なんかを計算して立てた高度に天文学的なものだし、ある時期には墓地や葬送の場としても使用されていたらしいからな。なんらかの宗教的意味合いを持った施設であったことは間違いねえ。他にも女性器の形をしてるだとか、日食を予測するための天文学的計算機だったとか、果てはUFOの発着場なんてもんまで様々な説が魅惑的に唱えられてる。そうした神秘的なとこがやつらを惹きつけてやまねえんだろうよ。それにだ……」
そこまで言うと刃神は一旦言葉を切り、近付いてくる巨石のモニュメントを黙ってしばし見つめてから言う。
「そんな御託をしのごの並べなくても、このだだっ広い原っぱにあんなデケえ石が突っ立ってる光景はかなりの心理的衝撃がある。何か超自然的な力のある場所のように感じてもおかしくはねえ。ようは魔術武器と同じだな」
「魔術武器?」
肩に担いだ〝ブロンラヴィン〟の包みを持ち上げ、その先端で巨石サークルの方を指し示す刃神にマリアンヌは聞き返す。
「そうだ。魔術武器の魔力っていうのは、簡単に言っちまえばイメージの力だ。こいつら(・・・・)のような剣は〝伝説の武器〟っていうイメージがそれを使う人間の身体能力を向上させるが、剣なんかの〝刃物〟という物自体にも汎世界的に〝魔を避ける〟っていうイメージがある。おそらくは刃物の持つ攻撃性からの連想だろうがな」
「イメージ……」
その言葉を繰り返すマリアンヌに、今度はドルイド教の一団を顎で示して刃神は続ける。
「あそこのやつらが持ってる棒・杯・剣・盤だって、これは西洋近代魔術の理論の中だけでしか通用しねえが、それぞれに四大元素を象徴するイメージを持ってるからこそ、儀式に使う魔術武器たりえるんだ。それと同じで、このストーンヘンジも見る者に何らかの神秘的な力を感じさせるイメージを持ってるって訳さ。そういや、これは〝巨人の指輪〟だっていう伝説もあるし、となりゃあ、まさにでっけえ魔術武器だぜ」
「なるほどね。大きな魔術武器か……確かに、この非日常的な光景で、さらに遥か古代の宗教遺跡ともなれば、そっち系の人達が聖地にしたくなるのも当然といえば当然ね。なんとなくわかったわ。ストーンヘンジがどういったものかってこともね……それにしてもあなた、初めて来るわりには詳しいじゃない? っていうか、なんか宗教とか魔術とかいう方面にやけに明るいけど、実は宗教学者かなんかだったりするわけ?」
刃神の説明に納得するマリアンヌだったが、ふと、そんな疑問が頭に浮び、多少、興味を惹かれたので訊いてみる。
「ケッ。んな高尚なもんじゃねえよ。昔、カルト教団を扱う国の機関にいたことがあってな。嫌でもそんな知識が身に付いちまったのよ。ま、魔術武器集めに関しちゃその前からの趣味だけどな」
その問いに、刃神はひどく苦々しげな表情で吐き捨てるように答えた。
「カルト扱う国の機関?……何それ? 公安警察とか?」
「まあ、似たようなもんだ。危険なカルトをぶっ潰すのが俺達の仕事よ。その実は非合法な手段も厭わねえ秘密結社だったんだけどな……それを、あんのクソジジイ、俺達を騙しやがって……」
「クソジジイ?」
次第に険悪な顔へと変わっていく刃神に、マリアンヌは鸚鵡返しに訊き返す。
「ああ、俺達のボスだった男だ。グノーシス主義の生みの親とされるシモン・マグスや、驚異博士と呼ばれたロジャー・ベーコンと同じに〝マグス〟なんてふざけた肩書付けてるような魔術師だ」
「魔術師? ……って、あの魔法使う魔術師?」
「それも史上最低最悪のな。人の心を操って、そいつらのバカ騒ぎ見るのが趣味なのさ。あん時も、俺はヤツの組織を利用して、好き勝手ダンビラ振るってやってるつもりでいたが、実際にはこっちがヤツの片棒をいつの間にやら担がされてた。しかも、本人はいたって遊びのつもりでいるが、普通に見りゃ国家を揺るがすような大犯罪だ。その上、内部告白でそいつがバレて、おかげで俺達まで警察に追われる身の上よ……」
「なんか、よくわかんないけど、すごい話ね……あ、もしかして、あなたそれで現在、海外逃亡中ってわけ?」
「いや、それもまあなくもないが、この際、世界中の魔術武器を俺のコレクションに加えてやろうと思ってな。それと、ついでに海外に逃げたあのクソジジイをどっかで見付けたら、原型がなくなるまでこの手でギッタギタにぶった斬って……」
蘇った怒りに能弁と自分の過去を語る刃神だったが、そこで不意に我に返ると、急に口を噤む。
「おっと、余計なことを話し過ぎちまったようだな……」
「ふーん……単純そのものな人生送ってるように見えて、あなたも結構、いろいろとあるのね」
「誰が単純そのものだコラ! 俺は小娘なんざよりよっぽど複雑な生き方してんだよ!……っていうか、んなことより仕事だ! あの騎士どももカルトっぽかったし、アーサー王伝説も多分に異教の要素を持っているからな。もしかしたら、ここに来てるああした復興異教主義者の中に混ざっているかもしれねえ。ちゃんと注意して見とけよ?」
居心地が悪かったのか、意外そうに見つめるマリアンヌの視線を避けるようにして、刃神は少し歩調を早める。
「あっ、ちょっと待ってよ! ……もう、何さ自分こそ観光気分でいたくせに……」
そうして二人は、しばし無言でドルイド教や魔女宗と思われる人々を注視しながら道を進んだ。
「ところで、行先はあんた任せでここまで来たけど、こことアーサー王ってどう関係してるわけ?」
観光客が近付ける最大の距離―即ち、遺跡の周辺を囲うロープの所まで来た時、マリアンヌが再び口を開く。
そう……刃神とマリアンヌがこのストーンヘンジを訪れた理由はまさにそこにあるのだ。二人は何も物見遊山のためにわざわざソールズベリー平原まで来ているのではない。自分達の得物を横取りしたあの騎士団の手掛かりを探すべく、彼らはアーサー王と関わりの深い場所を巡っているのである。
「んん? ああ、そいつはだな、ジェフリー・オブ・モンマスの『ブリタニア列王記』なんかによれば、アーサー王の親父ウーゼル・ペンドラゴンの兄で、やっぱブリテンの王だったアウレリアス・アンブロシウスが、戦で死んだブリトン人のために記念碑を作るようマーリンに頼み、マーリンが魔法でアイルランドからソールズベリー平原にこの〝巨人の指輪〟を運んで並べ直したってことになってる」
刃神はマリアンヌと並んでロープの周りを時計回りに歩きつつ、何か新生円卓の騎士団に繋がるようなことはないかと、巨石の輪を注意深く観察しながら解説する。
「ああ、さっき言ってた〝巨人の指輪〟ってそのことね」
「そうだ。魔法じゃなく、より現実的に高度な工業技術を駆使してマーリンが建てたっていう説もあったな。勿論、実際にはさっき言った通り、アーサー王の時代なんかよる遥か以前に造られたもんなんだけどな」
「ふーん、そうなんだ。そんな伝説がストーンヘンジにはあったのね……ま、さすがに魔法使いがアイルランドから運んで来たなんていうのは、そうでなくても眉唾物だけど」
「まあな。だが、この突っ立ってる巨石の中でも〝ブルーストーン〟と呼ばれる輝緑岩については、約二五〇キロ離れたウェールズのプレセリの丘ってとこから運ばれたっていう説もある。それも、ある時期のストーンヘンジの建設にウェールズから来た人間が関与していたことは明らかなようだし、石の加工の精巧さから、それ以前にどこかで造られたものを移設した可能性もあるようだ。しかも、これは偶然だろうが、そのプリセリの丘には〝アーサーの寝床〟って名の付けられた同じような巨石のサークルがあるときたもんだ。もしかすると、そうした事実がこの伝説を生む下地になっているのかもしれねえ」
「へえ~…じゃ、なんの根拠もない話って訳でもないんだ。つまり、そのウェールズ人が石を運んだマーリンのモデルかもしれないってことね。それはおもしろいわね」
「マーリン……魔術師にして予言者、ウーゼル・ペンドラゴン、アーサー王親子の顧問でもあったジジイか……」
ストーンヘンジとアーサー王伝説の関係に感心するマリアンヌの隣で、刃神はどこか考え深げにぽつりと呟く。
「…? ……どうかしたの?」
「ああ、いやなに、あのイカれた騎士野郎どもにも、裏にマーリン役のやつがいるのかと、ふと思ってな」
怪訝な顔で尋ねるマリアンヌに、刃神はブルーストーンの石柱を眺めながら答える。
「つまり、マーリンみたく、あいつらにアドバイスしてるやつがいるってこと?」
「いや。っていうより、影で糸引いてるような人物だ。あのクソジジイも、そんなマーリン同様の野郎だったからな。どっちも魔術師な上に、自分は影に隠れて、物知り顔に人を裏から操るところなんざそっくりだぜ……って、また胸クソ悪りぃこと思い出しちまったじゃねえか!」
「あんたが勝手に思い出したんじゃない……」
本題から離れて自爆し、苦虫を噛み潰したような表情を作る刃神を、マリアンヌは醒めた目で見つめる。
「どうもいけねえな。なぜか今日はあの野郎のことばかり頭に浮かびやがる……さっ、んなことよりもヤツラの手掛かりだ。どうやら、まだ何もやらかしてはいねえようだし、ドルイド教のヤツらも関係なさそうだ。もうここに長居は無用だぜ」
脳裏に映る白髭の老人の顔を無理やり追い出すかのように、刃神はそう言うと、突然、踵を返して歩き出す。
「あっ、また急に…もう、ちょっと待ってったら! ……ねえ、やっぱり闇雲にアーサー王伝説の場所見て回るってのは無理があったんじゃない?」
置いてけぼりを食らったマリアンヌは慌ててその後を追うと、マーリンの話題は放り出して、そんな質問を投げかける。
今、ぐるっと一周、ストーンヘンジの周りを歩いて観察してみたが、あの円卓の騎士団と関わりのありそうなものはおろか、何一つ変わったようなところは見当たらなかった。今日は英国には珍しく天気も良く、時折、まばらな観光客の間を春風が吹き抜けるソールズベリー平原は、大変、長閑で平和そのものである。マリアンヌが言うまでもなく、この方法論には少々難があったのかもしれない。
「そうだな……確かになんの見当もなしに調べて回るってのは不毛かもしれねえな……となりゃ、やっぱ頼みの綱はベドウィル・トゥルブの線か……」
マリアンヌのそこはかとない疑問には、となりを足早に歩く刃神も険悪な顔に溜息混じりの虚脱感を現す。
「そうね……その元トゥルブ家当主さんの行方を捜す方がまだ現実的な気がするわ」
「しかし、あの詐欺師に任せといてほんとに大丈夫か? あの軽いノリじゃあ、真面目に仕事しそうにねえし、第一ヤツはそもそもが詐欺師だ。いつ俺達のことを出し抜こうとするかもわからねえ」
「その点は大丈夫なんじゃない? ムシュー・ターナーも大金が絡んでるとなれば気合入れるだろうし、あたし達の協力なしじゃ、あの軍隊並に武装した騎士団相手にするのも無理でしょうからね。それに、もし出し抜こうなんてバカな真似しても、あたしはそう簡単に騙されたりはしないわ。まあ、鈍感などっかの誰かさんはどうか知らないけど」
「ケッ。俺もあんなサンピンの三文芝居になんざ騙されりゃしねえよ。もしも何か妙な真似しやがったら、その瞬間に胴と首を斬り離してやらあ……無論、てめえもな」
マリアンヌの挑発的な台詞を聞くと、刃神はそう言って肩に担いだ大剣の柄を彼女に見せつけるようにして強く握りしめる。
「ええ。あたしもその時は、この鉛の弾を遠慮なくプレゼントしてあげるわ……勿論、あなたにもね」
その言葉に対してマリアンヌも、オーバーコートの両ポケットに忍ばせた二丁の愛用拳銃へと手を伸ばし、可愛らしい顔に不敵な笑みを浮かべる。
「フン。そいつは嬉しい限りだぜ……さてと、こんなとこで、んな冗談言い合ってても時間の無駄だ。他に手掛りがねえ以上、こっちはこっちで地道にこの線を追うしかねえからな。まだ動いてねえだけで、ここでも何か仕掛けるつもりではいるのかもしれねえし、近くにヤツらのアジトがある可能性だってなくはねえ」
「そうね……ま、運良く何かに出くわすってこともあるし、今は詐欺師さんの活躍に期待して、あたし達もできだけのことをするだけか……じゃ、次はこの周辺の建物でも調べてみましょう」
そうして、冗談とも本気ともつかぬ危険な会話を二人は交わしながら、もと来た道を駐車場の方へと向かって行った――。
To Be Continued…
A suivre…




