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 Ⅸ 冒険ごっこ(2)

ほんの短く輝いた瞬間、キャメロットという名の場所があったことを忘れてはならない。

       アラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ロウ『キャメロット』より

挿絵(By みてみん)

 同日午前9時。スコットランド・ヤードの資料室……。


 ファイルの詰まったスチール製ラックの林立する部屋の中で、片隅に設えられたPCの画面を覗き込みながら、マクシミリアンとジェニファーも新たに起こったこの事件について思索を巡らしていた。


 なぜ、こんな人気のない辺鄙な場所でそんなことをしているのかといえば、部外者のマクシミリアンが事件に首を突っ込むのに、経済及び特殊犯罪課のオフィスではいろいろと難があるからである。


「やっぱり、これも同一犯の仕業なのでしょうか?」


 PCを前に座るマクシミリアンに、背後から立ったままのジェニファーが尋ねる。


「おそらくは。このタイミングでまた〝円卓〟となれば、無関係とは考えられない………グレグスン警部の言っていた冗談が本当になるかもしれないな」


 素人の運営する怪奇現象系サイトのBBSに寄せられた膨大な〝ハンティング街道の幽霊の狩猟〟目撃情報を目で追いながら、先日、アダムス邸でグレグスン警部が漏らした「本当に甲冑を着た騎士が犯人ではないか?」という言葉を思い出してマクシミリアンは呟く。


「襲われたナショナル・スタッドの警備員も、騎士のような甲冑を着た者に殴り倒されたと証言している。その後、どう捜査の目を掻い潜ったのかはわからないが、ニューマーケットで盗んだ馬を車でサマセットまで運んだことだけは確かでしょう……その手並みの良さ。どうやら馬の扱いにもかなり慣れているようだ。ますます騎士のイメージが湧いてくる犯人像だとは思いませんか?」


「その騎士がコーンウォールとリッチモンドの犯人でもあると……ですが、もしそうだとしても、今回の犯人達の目的は一体なんなのでしょう?盗んだ馬も現場に置いて行ってしまって……コーンウォールの件は物盗りとはっきりしていますし、ディビッド・アダムスの殺害についても何か私的な怨恨と考えれば、わからなくもないのですが……」


「確かに、金銭欲や怨恨という一般的な線から紐解こうとすると理解し難いものとなってしまうが、これをそうした動機など意味をなさない愉快犯だと見れば、さして驚くべきことでもない。犯人達は自らの存在を世に知らしめることに快楽を覚えているんですよ。その自己主張的な犯行の傾向は例の円卓カードにも表れている……そうだ。カードと言えば、オーモンド刑事。過去のいくつかの事件においても、あのカードが現場に残されていたと言いましたね?」


 困惑した顔で訊くキャサリンに答えると、思い出したかのようにマクシミリアンは彼女の方を振り向く。


「あ、はい。これまで誰もそんな事件は聞いたことなかったので期待薄ではあったのですが、本部で各行政区(カウンティ)の警察署に例のカードの見付かった事件はないかと照会してみたところ、思いがけず何件もの前例が見付かったんです。それも、今回の件とはまるで関係のないような事件で……どうやら、そのためにどこも関連付けては考えていなかったみたいですね。ちょっと、失礼します」


 そう断ると、ジェニファーはマクシミリアンの脇から潜り込み、マウスを操作してお目当てのファイルを開いた。彼女の付けているバラの香水の芳香が、不意にマクシミリアンの鼻を掠める。


「これはその事件をまとめた一覧です。リンクが貼ってありますので、タイトルをクリックしてもらえば、その事件で見付かったカードの画像が出ます」


 画面には、10を超える事件の名称と簡単な説明が並ぶ表が映し出されていた。場所は様々で、イングランドだけでなく、ウェールズやスコットランドのものもある。


「起きた日時順に並んでいますが、先ず一番初めにあるものは昨年の1月末から2月中旬にかけて、奇しくも旧トゥルブ家邸博物館と同じコーンウォール州内で起きた銀行のキャッシュ・ポイント(現金自動預け払い機)の連続現金強奪事件です。犯人はいまだ捕まっていません。件数は3件ですが、いずれもキャッシュ・ポイントを破壊し、一ヶ所につき約3万ポンドの現金を奪っています。その3件すべての場所に円卓のカードが残されていたとのことです」


 言ってジェニファーはタイトルをクリックし、その三件の事件現場にあったというカードの写真を映し出す。


「……先日見たものと全く同じだな」


 そこに映っていたのは、マクシミリアンの言葉通り、紛うことなき旧トゥルブ家邸博物館とディヴィッド・アダムス邸で見たあのカードだった。


「しかし、以前、このような事例があったのに、なぜ、コーンウォールの方では今回の旧トゥルブ家邸博物館の事件と関連付けて考えなかったんですか? 同一犯と思われる3件の現場で共通して見付かっているというのに……」


 3枚のカードのデジタル画像を青い目で睨みながら、マクシミリアンが不思議そうに尋ねる。


「それが事件当時、地元警察は三件を同一犯の犯行と判断はしたものの、カードの方には着目なかったようなんです。一応、現場の遺留物として保管はしておいたようなのですが、落し物かガラスに張ってある宣伝広告か何かだとしか考えなかったみたいで……今回、情報が上がって来たのだって、問い合わせをして事件の担当だった者がそういえばと思い出してくれたからいいものの、もしそうでなかったら永遠にわからなかったところです」


「なるほど……で、次はエセックス州コルチェスターで起きた現金輸送車襲撃事件か」


 ジェニファーの説明する地元警察の対応に、マクシミリアンはどこか不満げな様子で頷くと、二番目に記された事件のタイトルを読み上げる。


「はい。同2月中旬に、三人組のグループによって銀行へ向かう途中の現金輸送車が郊外の路上で襲われ、約10万ポンドが奪われた事件です。こちらも犯人はまだ捕まっていませんが、運転手や同乗していた警備員の話によると、全身黒尽くめで目出し帽を被り、拳銃で武装した連中だったみたいです。今回のように甲冑を身に着けていたというような証言はありません。カードの方は現場の路上に落ちていたものを、こちらも一応、遺留物として回収しましたが、やはり事件に関係するとは考えられず、あまり重要視はされなかったようです」


「愚かな。先入観でものを見過ぎだ……」


 ジェニファーがクリックして見せた次のカードを見つめ、マクシミリアンは淡々とした声の調子ながらも、イライラした心情を微かに目の色に浮かべて呟いた。


「今の我々のようにその意味するところを知らなければ、案外、そんなものなのかもしれません……その次の三つ目は、同年3月にバークシャー州レディング郊外のシルチェスターで起きた、やはりキャッシュ・ポイントを破壊しての連続強奪事件です」


 対してジェニファーは自分達英国警察を多少擁護するようにそう述べると、立て続けに各事件のあらましを説明しながら、その場で見付かったカードの写真を順々に見せていく。


「ここで見付かったカードの扱いも、最初のコーンウォールのものと似たか寄ったかです……その次、四つ目は同年4月初旬、ウィンザーの宝飾品店に深夜、反抗グループが押し入った事件では、監視カメラの映像から五名の者の関与が認められています……さらにその下の五つ目は――」


 その後、表に並ぶ順にジェニファーが説明した事件は、5月に起きた西ウェールズ・カーディガンでのキャッシュ・ポイント連続強奪事件、6月中旬のサマセット州バースの現金輸送車襲撃事件、7月中旬、ウェールズ・カナーヴォンの同日中に同時に数ヶ所で起こったキャッシュ・ポイントの現金強奪事件、8月中旬、スコットランド南西部サウス・エァシャイアの州都エアでの現金輸送車襲撃事件、9月下旬、スコットランド・フォルカークの、カナーヴォン同様、同時的キャッシュ・ポイント強奪事件、10月中旬、スコットランドの首都エディンバラで起きた宝飾品店強盗事件、少し時間を置いて12月中旬、デヴォン州エクセターのやはり同時的キャッシュ・ポイント強奪事件、そして最後は、3月初旬、ケント州カンタベリーにおいての現金輸送車襲撃事件であった。


 そのいずれにおいても件の円卓のカードが現場で発見されており、マクシミリアンはそれらのすべてを画面上で見ることとなった。


「全部で12件……これだけ見付かっているというのに、今までまるで取り上げられなかったということがむしろ驚きだ」


「やはり、カードと事件とを結び付けて考えなかったというのもありますが、これらの各事件自体も相互に関連性のあるものとして捉えられていなかったという方が、理由としては大きいでしょう」


 一通り見終わり、唖然とした様子で呟くマクシミリアンに、ジェニファーはそう自分の思うところを述べる。


「どれも注目を集めるような、それなりに大きな事件だというのに?」


「一つ一つはセンセーショナルな事件として話題になりましたが、起きた場所もエディンバラのような大都会からカーディガンのような田舎町までてんでバラバラですし、手口も毎回違っていますから。現金輸送車の襲撃にしたって、コルチェスターの時の犯人は3人、エアの時は8人、カンタベリーは12人と違い、バースの時だけは日本で昔起きた〝三億円事件〟を模倣しています。宝飾品店の強盗もウィンザーは5人なのにエディンバラでは九人という大人数で、犯人達の服装や背格好も各事件で異なっているんですよ」


「つまり、同一犯の犯行とみるには関連性に乏しかったと?」


「はい。もし、これらの事件の間に関連性があるとみて捜査していれば、当然、すべての現場で見付かっている円卓のカードにも注目していたんでしょうが、ここまで場所も手口も違っていては、繋げて考える方が逆に難しいというものです」


「……確かに、君の言うことにも一理あるかもしれない。円卓のカードは彼らが自らの存在を誇示するために置いて行くものだが、反面、尻尾を摑まれないようにといろいろ手口や場所を変えたおかげで、その意図に反してこれまで誰もカードに注目してくれる者はいなかったというわけだ」


 理路整然としたジェニファーの意見に一定の理解を示しながらも、マクシミリアンは続ける。


「だが、こうして時系列を追って並べてみると、一見でたらめに行われているように思える彼らの犯行も、次第に大胆となり、また、その人数も大規模なものに成長していった様子がよく見てとれる」


「成長?」


「例えば現金輸送車の襲撃で、2月のコルチェスターの犯行が3人だったのに8月のエアでは8人、翌年3月のカンタベリーに至っては12人と増えているのはそのためです。4月と10月の宝飾品強盗の人数の差も同じですね。また、キャッシュ・ポイントからの現金強奪も、1月~5月にかけては連続で行われていたものが、7月のカナーヴォン以降、数ヶ所同時に行われるようになったのはそれが実行可能なほど彼らの組織が大きくなったという証左でしょう」


「なるほど……そう言われてみれば、確かに全然関係ないどころか、一つの犯罪組織形成の軌跡が見えてきますね」


 捜査本部もまだそこまでは考え及んでいないであろうマクシミリアンの解釈に、ジェニファーも感心したように頷いた。


「そこからもわかる通り、彼らは相当に訓練された、組織力のある犯罪者集団です。今度の愉快犯的な事件でもそうだが、その行動は気まぐれのようでいて、実はすべて緻密な計画の上で行われている。このバラバラに見える犯行の場所にしても、きっと何か法則性があるように思うんですが……」


 そう言うと、マクシミリアンは画面を見つめたまま、しばし黙って考え込む。


「……彼らが〝円卓〟を自らの象徴にしていることから考えれば、やはりアーサー王伝説に関わることなんだろうが……まだ、はっきりしたことは言えないな……だが、いずれにしろ犯人達がアーサー王に拘っているのは確かだ。オーモンド刑事。捜査本部の方へは、アーサー王関連の遺跡や遺物を所有している施設または個人の周りを警戒するよう伝えてください。ひょっとしたら、犯行グループを待ち伏せできるかもしれない」


「あ! は、はい! わかりました……」


 不意に振り返ったマクシミリアンにそう依頼され、予期せず端正な顔立ちの男性に見つめられたジェニファーは、少々頬を赤らめながら慌てて返事をする。


「こうしていろいろと私の我儘を聞いていただき本当に感謝していますよ、オーモンド刑事。どの国の警察でも、ICPOの人間に自分達の縄張りを引っ掻き回されたくはないですからね。それに過去の連続現金強奪事件まで関わってくるとなると、文化財の事件だと言って私が関与する大義名分も薄くなる。ここはやはり、私よりも身内のあなたに進言してもらった方が良いでしょう」


「ですが、クーデンホーフ捜査官。わたしも本件捜査の担当ではないですし、わたしのような者の意見を聞いてくれるかどうか……」


「いや、ここ数日、一緒に仕事をしていてもわかりますが、あなたは優秀な警察官です。確かに担当外の者が口を挟むのは難しいと思いますが、あくまで参考として、私がそのように言っていたと知らせていただければ…」


 謙遜するジェニファーに、感謝と称賛の意を込めて、そんな言葉をかけようとしたマクシミリアンだったが。


「いえ! そういう意味じゃないんです! ……そういう意味じゃなくて、わたしは……」


 彼女は強く否定すると、暗い目をして俯いてしまう。


「………………」


 その意味するところを訊いてみたい衝動にマクシミリアンは駆られたが、先日、アダムス邸でグレグスン警部が言っていた意味深長な言葉が脳裏を過り、それ以上、追求することはやめにした。


「あっ、し、失礼しました……それでは、わたしは今日の日程をもう一度確認してきますので。行きがかり上、犯人を追いたいお気持ちもわかりますが、本業の文化財犯罪防止の啓蒙活動の方もしっかりやりませんとね」


 気まずい沈黙の中、所在なく椅子に座るマクシミリアンに気が付くと、ジェニファーは悪戯っぽい笑顔をわざと浮かべ、踵を返して資料室を出て行った……。

To Be Continued…

A suivre…

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