Ⅰ 本物の魔術武器(マジック・ウェポン)(2)
ほんの短く輝いた瞬間、キャメロットという名の場所があったことを忘れてはならない。
アラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ロウ『キャメロット』より
……カラン、カラン…!
ドアに付けられた鐘の音が、またも騒がしく店内に鳴り響いたのだった。
「…⁉」
慌てて二人がそちらへ顔を向ける間もなく、若い女性の弾んだ声が聞こえてくる。
「ウォーリー、また物ブツを売りに来たわよ!」
見ると、それは美しく長いブロンドの髪に、キラキラと光る青い目をした一人の可愛らしい娘だった。
歳は二〇代前半…いや、あるいはまだ十代かもしれない。赤のセーターにデニムのミニスカートを穿き、白い膝丈まであるウールのオーバーコートを羽織っている。
「あら? 他にもお客がいたのね」
ドアを開け放った勢いのまま、娘は一直線にカウンターへ向かおうとしたが、予想外に刃神の姿を見ると、その場に立ち止まる。
「……ま、いいわ。ちょっと失礼するわよ。さ、ウォーリー、早く見てみて!」
だが、すぐに再び動きだし、やはり、ものすごい勢いでカウンターへと突進する。
「今回はなかなかいいものが手に入ったわよ。さすが貴族のお城!ってとこね」
そして、ポケットから取り出したハンカチの包みをカウンターの上に置くと、すぐさまそれを開いて見せた。
中から現れたのは、真っ赤なルビーの付いた銀の指輪である。
「ま、今回のお宝のほんの一部だけどね。とりあえず、これだけ売ることにするわ。ビクトリア朝時代のものよ。たぶん三カラットくらいはあるだろうから、それなりにいいお値段にはなると思うんだけど…」
「おい、ちょっと待て! 先客は俺だぞ!」
なんだか知らないが突然現れた上、自分を差し置いて、早速、商談に入ろうとする娘に刃神は文句を付けた。
「わかってるわよ、そんなの言われなくても。でも、あたしの用はすぐにすむから、ほんの少しだけ待ってて」
しかし、刃神のことなどまるで構う様子もなく、娘は笑顔でそう答え、老主人の方へ向き直る。
「な……ったく、礼儀を知らねえ小娘だな。俺が話してるとこに割り込むなんざいい度胸してんじゃねえか…ってか、見たところ小娘のくせに盗人のようだが、もし俺が一般人の客だったらどうする?お前の正体ばかりか、この店の秘密までバレちまうんだぞ? ちったあ気を付けろ!」
その態度にさらに苛立ち、柄にもなくお説教をする刃神だったが。
「小娘とは立派な淑女レディに向かって失礼ね! 大丈夫よ。この店に出入りしてる客は大方その筋の人間なんだから。それに、あなたのその凶暴な顔見れば、カタギじゃないのは一目瞭然じゃない」
「なっ…ぐぅ……」
痛い所を突かれ、刃神は口籠る。確かにどこからどう見ても、とてもカタギの人間のようには思えない。
「それから言っとくけど、あたしは盗人じゃないわ。狙うのは歴史とロマンの詰まった古美術品だけ……まあ、言ってみれば、トレジャーハンターね」
「トレジャーハンター? ……んじゃあ、そいつもどっかの遺跡から見付けてきたのか?」
トレジャーハンター――〝宝探しを生業とする者〟という意味合いのその言葉に、思わず興味をそそられ、一瞬、怒りを忘れる刃神だったのだが。
「ううん。これは今も現役で貴族が住んでるお城の金庫から」
「って、やっぱり盗人じゃねえかよ!」
めちゃくちゃなことを言う娘に、コケそうになりながら刃神はツッコミを入れた。
「違うわよ! これは古のロマン漂う古美術品なんだから。ただ、それのあった場所が遺跡じゃなくて金庫の中だったって話なだけ」
「だけって…そこが一番肝心なとこだろうが! あのな、この際、教えておいてやるが、金庫からお宝盗むってのは、トレジャーハンターって言わねえんだよ!」
「ふん! なにさ、そっちだってコソ泥なくせに。偉そうに言っちゃってさ」
「いいや。俺はてめーら盗人とは一線を画す存在だ。俺は魔術武器マジックウェポンしか狙わねえんでな」
「魔術? ……何? もしかして、カルトとか、そういう人? もっと危ないじゃない」
「誰がカルトだっ! 魔術武器マジック・ウェポンってのはなあ……って、今、説明したばっかだった。面倒臭せえから自分で考えろ!」
「フン! 説明できないってことは、やっぱりコソ泥なのね」
「だから、違うって言ってんだろ! このっ小娘泥棒が!」
「誰が小娘泥棒よ!」
売り言葉に買い言葉というやつか、会ってまだ一分と経たないというのに、いつの間にか刃神と娘は言い争いになっている……しかも、まったく持ってくだらない意地の張り合いで。
「ハァ……」
そんな二人を眺めていた店の主人は、どっちもどっちだと思いながら溜息を吐いた。
「ま、手数料込みで二万二千ポンドってとこでどうかの? マドモワゼル・マリアンヌ」
そして、罵り合いを止める目的も兼ねて、指輪の希望買い取り価格を娘に伝える。
「ん? …ああ、ええ。それで結構よ。じゃ、いつも通りの口座に振り込んでおいて」
「マリアンヌ? ……ハン! 小娘泥棒のくせに〝自由の女神〟たあ、大した名前だな」
しかし、主人の意図をまるで汲むことなく、その名を聞いて、またしても刃神は難癖を付ける。
〝マリアンヌ〈Marianne〉〟というのは、フランス共和国の理念である〝自由〟を擬人化した女性であり、いわゆる〝自由の女神〟のことだ。
図像として有名なものには、ウジェーヌ・ドラクロワ画のフランス七月革命をモチーフとした「民衆を導く自由ラ・リベルテ・ギダン・ル・プープル」で描かれる果敢な女性や、アメリカ合衆国独立百周年を記念してフランスからアメリカに贈られた、フレデリク・バルトルディ設計の、かの〝自由の女神像〟がある。
「あらそう? 自由を愛するこのあたしにはお似合いの名前じゃない。というか、あたしのその名を聞いてもピンと来ないなんて、あなた、この業界じゃモグリね……この〝怪盗マリアンヌ〟の名前を」
名前にいちゃもんを付ける刃神だったが、小娘――マリアンヌと名乗るその若い娘は、挑発に乗ることもなく、優越感を帯びた顔で彼に告げる。
「はぁ⁉ 怪盗だあ⁉」
「ええ。人呼んで怪盗マリアンヌ……我が祖国フランスを代表するアルセーヌ・ルパンのような華麗な怪盗よ。ヨーロッパじゃそこそこ名が通ってるんですから。どうやら東洋人のようですけど、それを知らないあなたはどなたさんなのかしら?」
怪盗…って、やっぱり泥棒じゃねえか……とも思う刃神だったが、突っ込みどころが満載なので、とりあえずそれは置いといて、先ず一番主張しなければいけないと思うことを口にする。
「自由の女神の次はルパンかよ……あのな、俺はまだこっちへ来て日が浅えんだ。んな、わけのわかんねえもん知るかっ! てめーがマリアンヌなら、こっちはブリタニアだ!」
〝ブリタニア〈Britannia〉〟はマリアンヌと同じように、英国を擬人化した女神のことである。その姿はギリシャ・ローマ風の兜を被り、ユニオンジャックの描かれた盾と大海原を統べる海神ポセイドンのトライデントを持っている。
「ブリタニアは女性よ。それをいうなら、男のジョン・ブルの方でしょ」
〝ジョン・ブル〈John Bull〉〟も同じく、英国を擬人化した男性だ。
「うるうせえ! とにかく、その尊大な名前が小娘には分不相応だって言ってんだ。ああ、もういい。とんだ時間を食っちまったぜ。てめーの用はもうすんだだろ? とっとと帰りやがれ。オヤジ! さっきの続きだ! その情報ってのを早く教えろ!」
冷静に〝イマイチな例え〟の批判をされた刃神は、自分のミスを誤魔化すかのように怒鳴ると、再び主人に詰め寄った。
「あ…ああ、情報じゃったの。その、お前さんが気に入りそうな物というのはな…」
その凶悪な顔で睨まれ、ようやく先程の話に戻りそうになる主人だったが。
「あ、そうそう! あたしもついでに情報もらいに来たのよ!」
マリアンヌなる娘もまた話に首を突っ込んでくる。
「てめーまだ邪魔する気か⁉ こっちは重要なところで寸止めされて気が立ってんだっ!小娘はどっかにすっこんでろっ!」
「あああ、喧やかましい男ね! あたしだって、お宝情報を得るのが主目的でここに来てるのよ!そっちこそ邪魔しないで!」
「まあまあ、二人ともそう熱くならずに。どっちも同じ目的なんじゃから、この際、一緒に聞いてみてはどうじゃ? サムライの兄さん、お前さんも言い争いなんかしてる暇があったら、早く話が聞きたいじゃろう?」
どうにも相性が稀にみる悪さらしく、またしても言い争いを始めようとする彼らを見かねた老主人は、二人の間に分け入ってそう提案した。
「ん……まあ、早く聞きてえに決まってるけどよ……」
「あたしも、こんな無駄な時間これ以上かけたくはないけど……」
「よし。じゃあ、決まりじゃ。では、お二人さん静かにご清聴願うよ」
そして、また二人が何か言い出す前に速やかに語り始める。
「その物ってのはな……驚くなかれ、なんと!あの〝エクスカリバー〟なんじゃよ」
「…⁉」
主人のその言葉を聞いた瞬間、先程までいがみ合っていた刃神とマリアンヌは、仲良く二人揃って目を見開く。
「エクスカリバーって……あの、アーサー王のエクスカリバーか?」
いつになく唖然とした顔で刃神は聞き返す。
「ああ。そのアーサー王の持っていたという魔剣エクスカリバーじゃよ」
「そりゃ、どういった筋の情報だ⁉ 確かな話なのか? まさか、このキリストの剣・・・・・・・・みてえなもんじゃねえだろうな?」
さらに刃神は興奮気味に質問を重ねる。
「まあ、落ち着いて聞きなさいて。いや、さっきも言った通り秘密の情報でもなんでもないんじゃがな。実はその剣というのはトゥルブ家という先頃没落した貴族の家に代々伝わっていた品でな、今は借金の形かたに取られて、他のアーサー王伝来とされる品々や家屋敷ともども金貸しのデイビッド・アダムスの持ち物になっておる」
「なるほどな。貴族の伝世品か……なら、少なくとも最近造られたパチもんじゃあねえってわけだ。かの獅子心王リチャードも本物のエクスカリバー持ってるって豪語し、第三回十字軍の際、シチリアのタンクレアウスに奉げたって話だが、それと似たようなもんか」
「まあ、そんなとこじゃな。だが、それだけじゃなくての。このトゥルブ家というのが少々おもしろい伝承を持っておるんだな」
「おもしろい伝承?」
刃神は怪訝な顔でまたも聞き返す。
「ああ。このトゥルブ家というのはな、本当かどうかは定かでないが、ベディヴィエール卿の末裔を称していた家なんじゃよ。もしくはベディヴィア卿、またはベドウィル卿ともいうの」
「なんだと? あの、アーサー王の酌人――つまり、宮廷を取り仕切る高級官僚だったベディヴィエール卿か? カムランでの最後の戦いの後、倒れたアーサー王からエクスカリバーを託され、それを湖の姫に返したっていう、あの……」
「そう。そのベディヴィエール卿じゃ。それだけじゃないぞ? トゥルブ家の爵位はキャメルフォード男爵だが、その名が示す通り、それまで所有していた土地というのは一説にカムランの戦場と目されているコーンウォールのキャメルフォード付近にあるんじゃよ。なおかつ、その土地を手に入れた今の地主であるアダムスが独自に発掘調査をしたところ、その敷地内にある小高い丘から、五世紀後半のものと思われる城の遺跡が発見されておるんじゃ」
「ちょっと待て! んじゃあ、カムランの戦場ってばかりか、そこがキャメロットだとでも言うつもりか?」
刃神は思わぬ符合の連鎖に驚きの相をますます濃くして言った。
〝キャメロット〟というのは、伝説の中でアーサー王の宮廷があったとされる城の名前である。
「いや、そこまではわからんがな。他にもキャメロットの候補地はいろいろとあるしの……じゃが、こうまでいろいろ揃ってくると、少しは期待したくもなってくるってもんじゃろう?それに、そうなってくると…」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! あたしの方こそ、ちょっと待ってだわ!」
段々と調子に乗ってきた主人の饒舌を、今度はマリアンヌが慌てた様子で止める。
「二人とも、そんな実際にアーサー王がいたような口振りしてるけど、アーサー王って実在するかどうかもわからない人物なんでしょう? その上、その伝説上の王様が持ってた魔剣だなんて……どう考えたって、そんなの偽物以外の何物でもないでしょう?」
「ま、確かにアーサー王の実在は怪しまれておるし、現実にいたという確たる証拠も何もないがの……じゃが、逆にいなかったという証拠もこれまたないのじゃよ」
しかし、老主人は意味ありげな笑みをその顔に浮かべるとマリアンヌの主張に反論する。
「もし実際にいたとすれば、紀元五~六世紀――俗に〝アーサー王の時代〟と呼ばれておる時期に活躍し、サクソン人の侵略からこのブリテン島を守った人物と一般にはされておるが、その頃といえば中世暗黒時代。文献自体がものすごく少ない時代じゃからの。また、実在したという確たる・・・証拠はないと言ったが、それを臭わす史料ならば、いくらかは存在する。それなりの信憑性を持って実在説が唱えられているのもまた事実じゃ。現に英国人の多くは今もその実在を信じておるよ」
「それはまあ、確かにそういう実在説がいろいろあるのはあたしも知ってるけど、だからってさすがにエクスカリバーってのは……」
もう一度、そう主人の意見に反論を試みようとするマリアンヌだったが、またしてもその口を主人の言葉が遮った。
「いや、こちらの日本人の兄さんが定義するところの〝魔術武器マジック・ウェポン〟ということになればの、それでもう充分なのじゃよ。のう、兄さん」
「ああ、充分どころか十二分に条件クリアだぜ。よくわかってるじゃねえかよ、オヤジ」
同意を求める主人に、刃神はいたく満足げに頷く。
「またそれ⁉ さっきからなんなのよ、その魔術武器マジック・ウェポンって?」
二人を交互に見つめ、一人置いてけぼりをくっているマリアンヌは不満そうに訊く。
「フン。読んで字の如くだ。ま、もう一度説明するのは面倒だから、知りたきゃオヤジにでも聞きな。とにかく、俺の次の得物はそれに決まりだぜ。奇遇にもダヴィデの剣を手に入れたところだし、アーサー王関連の剣を揃えるってのも悪くねえ……ってことで、オヤジ。そいつのある場所を教えてくれ。今、どこにある?」
「明日からオープンする、そのトゥルブ家の元屋敷だった建物を改装した博物館に展示されるらしい。ついでに、さっき言った城遺跡の現地説明会というやつもあるようじゃよ。明日は土曜じゃしな」
そう答えながら、主人は先程読んでいた新聞を刃神に渡した。それを受け取り、紙面に目を落とすと、そこには主人の言っていた遺跡や企画展の記事と、その丘城ヒルフォートと思しき丘の白黒写真が小さく掲載されている。
「住所とアクセス方法も載っておるから、それを頼りに行くといい」
「おお、ありがとよ。んじゃあ、カムランの古戦場へ観光とでも洒落込むか……しかし、新聞に載るくれえの情報なのに、俺は全然その話知らなかったぜ?」
新聞記事を見ながらほくそ笑む刃神だったが、ふいに疑問を覚えて主人に尋ねる。
「そりゃあそうじゃろう。お前さんはこの国に来てまだ日が浅いこともあるが、トゥルブ家の話はそれほど世間に知られていなかったし、仮に知っていたとしても、マリアンヌ嬢ちゃんが言ったように普通は眉唾物としか思わんよ。じゃから、この業界でもこれまではまったく相手にされてこなかった。マリアンヌ嬢ちゃんもこの話聞くの初めてじゃろ?」
「え…ええ。あたしも今回、こっちに来たのは数日前だしね。それに、やっぱり聞いたとしても、取るに足らない情報としか思わないわ」
急に話を振られたマリアンヌは、少々びっくりしながらそう答える。
「じゃろう? それが今日のこの朝刊に、丘城遺跡の発掘記事とトゥルブ家の伝世品のことが載ったことによって、幾ばくかの信憑性と知名度が一気に上がったというわけじゃな」
「なるほどな。オヤジもこの新聞見て、ようやく気にかけるようになったってわけか……だが、そうなると、他にも狙う奴が出てくるかもしれねえな。こいつは早く仕事にかかった方が良さそうだ……おい! これは俺の得物だからな! 手え出すんじゃねえぞ!」
刃神はひとしきり独り言を呟いた後、マリアンヌの方を振り向くと念のためそう釘を刺した。
「そんな眉唾物、言われなくても手を出したりしないわよ。フランス人フランセーズとしては、アーサー王よりもシャルルマーニュの方が好みだしね」
対してマリアンヌは、やや拍子抜けなほど冷静な口調でその懸念を否定する。
シャルルマーニュ――ドイツではカール大帝と呼ばれるその人物は、アーサー王と同様、フランスやドイツで英雄視されている伝説的帝王である。ただし、こちらはアーサー王と違い、八世紀中頃~九世紀初め、ヨーロッパに一大帝国を築いたことが確かな人物なのだ。
「ウォーリー、他に何かいい情報はないの?」
「うーん。そうじゃのう……今のところはそれぐらいで、マリアンヌ嬢ちゃんが好きそうな話は入っておらんのう」
尋ねるマリアンヌに、主人はしばし唸り声を上げてから残念そうに答えた。
「そう……じゃ。あたしの用はこれで終わりね。今日は失礼するわ」
その返事を聞くと、彼女は妙にあっさりとした態度でこの場を立ち去ろうとする。
「おお。とっとと帰れ!」
「そうかい? もっとゆっくりしていけばいいのに……」
「いいえ。あたしもいろいろ用があるからね。じゃ、ウォーリー、また来るわ」
そして、追い出そうとする刃神にも、逆に引き留めようとする主人の言葉にも留まることなく、そのままくるりと踵を返して、早々に店の外へと出て行ってしまった。
「おし! これでようやく邪魔者がいなくなった……と、長居をしていてえところだが、俺も急がねえとならねえからな。これから準備して明日にでも下見に行ってみるとするぜ」
マリアンヌをご満悦な様子で送り出した刃神だったが、彼もすぐにそう言って二本の剣の入った袋を背負い、荷造りを始める。
「おお、そうかね。なら、ついでに遺跡の説明会とやらも見て来るといい。お前さんの話を聞く分には、そのエクスカリバーの〝魔力〟とやらを増す助けになるやもしれんしの」
「ああ。そのつもりだぜ。フン。どうやら俺の話をちゃんと理解したようだな。骨董屋のオヤジにしとくには惜しいクソジジイだぜ。そんじゃな、今度はかのアーサー王の愛剣を冥土の土産に見せに来てやるからよ」
最後にそんな悪態としか思えないような挨拶を残し、マリアンヌに続いて自分も店を後にしようとする刃神。
「おお! 言い忘れとったが、くれぐれも用心するんじゃぞ」
だが、その二本の剣がぶら下がる背中に、思い出したかのように主人が声をかけた。
「んん?」
その声に、なんのことだかよくわからぬといった顔で刃神は振り返る。
「いや、なに、年寄りの老婆心で言うことなんじゃがの。お前さんの魔術武器マジック・ウェポンの話を聞いている内になんだか気になってきてしまったのでな」
「気になる? ……何がだよ?」
「その、背中に背負っとるダヴィデの剣がじゃよ」
主人は急に鋭い眼差しになると、刃神の背の剣に焦点を合わせて語る。
「一般にはガラハッド卿が聖杯探究の旅の途中でソロモンの船に載っているのを見付けたことになっておるが、他の伝説などをみてみると、どうも双剣の騎士ベイリン卿が抜いたいの剣同一視しているような観もある。ベイリン卿の剣も本来はガラハッド卿のものとなるはずだったところを、ベイリン卿が優れた騎士だったために運悪く抜いてしまったものだし、ガラハッド卿はアーサー王と同じように岩に刺さった剣を抜いて自らの剣とするのだが、一説にこの剣は魔術師マーリンがベイリン卿から奪って岩に刺したことになっておる」
「……んまあ、確かに両方ともガラハッド卿の剣だからな。それに、どっちも〝選ばれた者しか持てない剣〟だしよ」
刃神は気のない様子で少し考えてから答える。
「それだけじゃない。ベイリン卿はその剣の呪いのために聖杯の城の漁人いさなとりの王にロンギヌスの槍で〝悲痛の一撃〟を加えてしまうのじゃが、これも一説に漁人の王の弟ガーロンを殺した際に、折れたベイリン卿の剣の刃が原因であるとされておる。そこへ持ってきてまた別の話では、漁人の王自身がソロモンの船にあった剣を抜こうとしたところ、槍で両腿を貫かれたという筋になっておるし、ウェールズの王ヴァルランが謎の船の中でダヴィデの剣を見付け、それでランボール王なる人物を殺したのを〝悲痛の一撃〟としていたりもするんじゃよ。いや、ガラハッド卿の祖父――即ち漁人の王はダヴィデの剣で〝悲痛の一撃〟を加えられたとはっきり言っている話もあるのじゃ」
「ほう……おもしれえな。確かにそう見ると、ダヴィデの剣とベイリン卿の剣、さらにガラハッド卿が岩から抜いた剣は同じ物のように思えてくるな」
「ま、これらの話は史実ではなく、ほぼすべてが創作の物語。作者の混同と見た方が正解なんじゃろうけどな……じゃが、二つの剣を携えたお前さんの姿を見ておるとな、どうにも双剣の騎士ベイリン卿が連想されてならんのじゃよ。あの、呪われた〝非道の騎士〟をの……」
「ベイリン卿……まだ円卓がない頃のアーサー王宮廷最強の騎士だな……すると何か?俺もそのベイリン卿みたく、剣の呪いを受けると?」
先程よりは多少興味を抱いた様子で刃神は訊く。
「うむ。選ばれし者でなかったベイリン卿は、その剣を抜いたばかりに良かれと思ったことがすべて裏目に出るという呪いを受け、ならぬ殺生を重ねた挙句、終いには最愛の弟ベイラン卿と殺し合う悲運に見舞われた。それにダヴィデの剣に書かれている文字―-〝我を抜く者は恥辱か生命の危機に瀕するであろう〟のこともある。お前さんも選ばれし者にしては、かなり強引に鞘から抜いておったからのう……」
そう語る主人は、いつの間にかいたく深刻な表情に変わっている。
「ハハッ! どうやら、ちょいと言霊ことだまが効き過ぎちまったようだな、オヤジ。だが、俺を甘く見てもらっちゃあ困るぜ。俺はいのかかった器を扱う魔術武器使いマジック・ウェポナーだ。扱いこそすれ、誰が武器の方にわれるよ。まあ、安心して俺の活躍を見てるんだな。そんじゃ、ちょっくらアーサー王の騎士よろしく冒険の旅に行ってくらあ」
しかし、刃神は愉快そうに笑って告げると、おどけた調子で緑男の骨董店グリーンマンズ・アンティークを後にするのだった。
カラン…。
独り残された老主人の耳に、ドアのベルの甲高い音がどこか淋しく鳴り響いた……。
To Be Continued…
A suivre…