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 Ⅷ 円卓の下に(2)

ほんの短く輝いた瞬間、キャメロットという名の場所があったことを忘れてはならない。

       アラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ロウ『キャメロット』より

挿絵(By みてみん)

 同日。イングランド南岸、ハンプシャー州・ウィンチェスター―。


 大聖堂を左手に見ながら目貫通り(ハイ・ストリート)を西に向かって行くと、道が二又に分かれる場所の南側に、大広間(グレート・ホール)という堅牢な石造りの建物がある……穏やかな昼下がり、今はなきウィンチェスター城の名残であるこの史跡を、十二名の奇妙な一団が訪れていた。


 奇妙と言っても、それは一目見ただけではわからない。外見は皆、どこにでもいるような服装であるし、この有名な観光地を訪れた小団体の旅行客のように見えなくもない。


 ただ、よくよく観察してみると、その一団を構成する人間の種類がバラバラなのだ。


 20代くらいの若者が主かと思えば、三十半ばに見える者やもっと上の中年の男性もいて、さらには中東出身者、牧師のような黒服を着た青年、大学生風の男の子、高校生と思しき女の子まで混じっている。大学のゼミ仲間のようでもないし、会社の慰安旅行といった風情でもない。


 では、何が彼らを一つの集団たらしめているのか?それが、最も彼らが奇妙である部分……即ち、彼らは自分達のことを〝円卓の騎士団〟だと認識している者達なのだ。


「……いつ見てもすばらしい。まさに我らが王と我々の精神を表しているようだ」


 彼らの内の一人、白いロングコートを羽織った金髪碧眼の端正な顔立ちの男性が、壁の上方に掛けられた巨大な〝円卓〟を見上げながら感嘆の声を漏らした。


 頭上高く広がる石造りの空間は教会の聖堂のようでもあり、そこに掛る直径約18フィート(約5・5メートル)の巨大円盤は、どこか祈りの対象ででもあるかのような神聖さをも感じさせる。


「だが、こいつは本物(・・)じゃなくて、十四世紀に作られたものなんだろ? おまけにヘンリー八世がテューダー朝のカラーである金と緑に塗り替えて、自分の顔でアーサー王の像まで描いている」


 感動している彼に、オリーブ色のミリタリー系ロングパーカをガタイのいい身体に羽織る黒髪単髪の青年がぶっきら棒に言った。


「それでも現在ある〝円卓〟の中では最も古い歴史と伝統を持つものだ。それにガウェイン卿、ウェールズ人の血を引くテューダー朝はアーサー王の子孫であることを自負している。夭折した息子にもアーサーと名付けているしな」


 金髪碧眼の男は、〝ガウェイン卿〟と呼んだその黒髪の人物の言葉をまるで気にかけることなく反論する。


「んじゃ、ランスロット卿。そんな気に入ってんなら、いっそのこと次はこいつをいただいちまおうぜ? なあ、ベディヴィエール卿、そうしねえか?」


 すると、今度は少し調子の軽い、フットボールクラブのジャージを着た長髪の若い男が、いやらしい笑みを浮かべながら彼らに尋ねた。


「いや、ラモラック卿。確かにランスロット卿の言う通り、本物の所在が明らかでない今、我らの目の前にあるこの円卓こそが最も我らに相応しいものではあるが、これまでの歴史を鑑みても、この円卓はここに置いておいて、こうして時折、見上げに来る方が趣きがあるというものだ。それに持って行くにしても、この大きさでは一苦労ではあるし、〝ティ・グウィディル〟にも飾る場所がない。近所にこのような良い置き場があるというのに、わざわざそこまですることもあるまい?」


 長髪の男の問いに、灰色のスーツにソフト帽を被った中年の紳士はそう答える。


「まあ、我らの念願であったエクスカリバーとアーサー王所縁のレガリアも取り戻したばかりだ。今はそれで満足するとしよう」


 周囲を行き交う観光客達は、ただの戯れか何かの冗談かと気に留めることもないが、もし真剣に言っているとすれば、とんでもない内容の話を彼らは語り合っている……いや、実際に彼らはここへ来る前にさらに恐ろしいことをしでかし、手を真っ赤な血に染めて、今、この場所に立っているのだ。


 そう……彼らは二日前の夜に旧トゥルブ家邸博物館からエクスカリバー及びその他アーサー王関連の品々を盗み出し、昨夜はディビッド・アダムスをその邸宅で斬殺して、本日、ここウィンチェスターにある彼ら新生円卓の騎士団の本拠地〝ティ・グウィディル〟へと盗んだ宝物を置きに来たのである。


 その後、全員揃ってアジトの近くにあるこの大広間(グレート・ホール)へと散歩に出たわけであるが、こうした場所に彼らの隠れ家があるのは偶然ではない。


 アーサー王の円卓がここにあるというのは勿論のこと、その他にも、ここはデーンヴァイキングの攻撃からブリテン島を守るという、アーサー王にも比肩する程の偉業を成し遂げたウェセックス王国の王・アルフレッド大王が、七王国を統一してイングランド初の都を置いた場所でもあり、そんな土地柄であるからこそ、彼らは本拠地を置く街として、ここウィンチェスターを選んだのである。


 ちなみに〝ティ・グウィディル〈Ty Gwydr〉〟というのは古いウェールズ語で〝ガラスの塔〟を意味する名前であり、伝説ではアーサー王を導き、彼を日に影に助けた魔術師マーリンの住んでいた場所だとされている。


「それにしても、ここまでよく頑張ってきましたねえ……」


 眼鏡をかけたビジネスマン風の男が、円卓を見上げながら感慨深げに言った。


「ああ。その通りだ、ユーウェイン卿。エクスカリバー奪還を果たすため、これまで我々は日々厳しい訓練を積んできた。騎士として必須の剣や(ランス)、馬の扱い方から、この現代という時代においても武勇を示せるよう、銃とバイクを使った戦いの技術まで……」


 ビジネスマンの言葉に、その隣に立つ褐色の肌をした中東系の青年も円卓を見上げながら答える。


「訓練だけじゃないぜ? パロミデス卿。資金調達のために悪徳な金貸しを襲ったり、他のアーサー王所縁の武器を求める冒険なんかもたくさんやった。あれはどれも、俺のハートを最高にゾクゾクさせてくれたぜ」


 革のジャンパーに膝の破れたジーンズを穿いた、ミュージシャンを彷彿とさせる少々癖毛がかった黒髪の男性も、中東系の青年の言を補足するようにして続ける。


「そして、ついに我々は念願であった我らが偉大なる王の聖剣を奪還することに成功した訳ですね」


 そんな皆の心情を代弁するかのように、牧師の黒服を着た若者が、やはり円卓を見上げながら満足げな微笑みを浮かべて話を締め括った。


「だが、王の証たるエクスカリバーも揃ったというのに、アーサー王はまだ現れない………ベディヴィエール卿、我らが王はいつになったら姿を現すのだ?」


 しかし、髑髏と交差した(スカル・アンド・クロスボーン)の描かれた黒いTシャツにミニスカート、耳には複数のピアスを嵌めたパンクな少女は、不服そうにそう言って灰色の中年紳士を問い質す。


「そうですわ。まだ、アーサー王は現れてくださりませんの?」


 その意見に同調し、女子高生くらいに見える深緑のセーターにチェックのスカートを穿いた少女も紳士の方を向いて同じように尋ねる。


「そう焦るな、モルドレッド卿。それからガヘリス卿。我らが偉大なる王を待ちわびるその気持ちわからんでもないが、ようやくエクスカリバーを手に入れ、王を迎える準備が整ったばかりだ。これからも〝マーリンの予言書〟に従い、円卓の騎士としての冒険を続けていけば、この現世に再誕なされたアーサー王は必ずや我らの目の前にそのお姿をお現しになるであろう。だから、そんなに気を急かず、その時をゆっくりと気長に待つのだ」


「んじゃあ、次の冒険は何をするんすか? マーリンの予言書にはなんて書いてあるんす?」

紳士の言葉にまだ納得いかぬ様子の少女達だったが、対して格子模様のセーターを着た朴訥な学生風の青年は、キラキラと目を輝かせて嬉しそうに尋ねる。


「そう。それですよ。僕達をここへ連れ出したのも、それについての話をするためだったんですよね?」


 同じく大学生のようだが、こちらは黒いジャケットを羽織った小洒落た感じのする若い男性も落ち着いた声で紳士に問う。


「うむ。そうだな。では、次なる冒険について話すとしよう……先程も言ったように、遺物の回収はこれで一区切りついた。資金も潤沢にある。今まで我らは真面目にやってきたからな。そこで、ここらで少々遊んでみるのも良いのではないか?というのが、今回のマーリンのご指示だ」


 おもむろに本題を語り始めた紳士に、てんでに円卓や他の場所へと目をやっていた者達も全員が彼の方を振り返る。


「即ち、今度の冒険はそんな遊び心を持って、とある民間伝承を模した愉快な悪戯を行うこととする」


「愉快な悪戯?」


 先程の小洒落た感じの若者が聞き返す。


 まばらな観光客の行き交う大広間(グレート・ホール)の真ん中で、周りに円を描くようにして立つ彼ら騎士達に、灰色の紳士は口元をニヤけさせると、ひどく愉しそうな顔をして告げた。


「そう……幽霊の狩猟をな――」


 そして、それより一週間後の深夜……。


 サマセット州のハンティング街道で、摩訶不可思議な光景が多くの人々によって目撃されることとなる。


 ――ヒヒィィーン…。


 暗く淋しい夜の田舎道をドライブしていた若いカップルは、ふと、前方から地鳴りのように響いてくる怪音と、どこか遠くで馬の嘶きのようなものがするのに気付いた。


「……ねえ、この音なに?」


「……さあ?なんか、馬の鳴き声みたいのもしたけど……」


 女の言葉に、運転席の男も首を傾げると、車の速度を落として前方の闇を確認してみる。


「特に何もないようだけど……」


 しかし、見えるのは街灯の明かりに照らされた道路の表面と、その光の届く範囲から外れ、先を見ることのできない漆黒の闇ばかりである。


「でも、なんか段々音大きくなってきてない?」


 助手席で同じように前方を注視する女が、不思議そうにそう尋ねたその時。


「…っ⁉」


 二人は、フロントガラスの向こう側の闇に奇妙なものを見たのである。


 先ず初めに彼らの目が捉えたのは、闇の中から浮かび上がってくる黒い馬の姿だった。その馬はこちらへ向って高速で駆けて来ており、近付くにつれて徐々にその全体像がはっきりしてる……すると、それは馬だけではなく、その馬の背に何者かが跨っているのも彼らは知ることとなる。


 闇の中で時折、チラチラと輝く銀色の兜……ヒラヒラと夜風に裾がたなびく、胴に羽織った白い陣羽織(サー・コート)……手にしたポールの天辺に付けられた三角旗(ペナント)も駆ける馬に合わせて風を巻いている……そう。馬に乗っているのは中世そのままの騎士だ!


 しかも、騎士を乗せた馬はそれ一頭だけではなかった。


 前方へ進む車と、こちらに向かって来る馬の距離が縮まるにつれて、一頭、また一頭と、闇の中から次々と馬が浮かび上がってくる……黒い馬も、栗毛の馬も、葦毛の馬もいる。


 皆、艶々とした毛色の良いサラブレッドだが、その背には同様に甲冑と陣羽織(サー・コート)で着飾った騎士達を乗せている……みるみる内にその数は、総勢十二騎にもなった。


 この奇怪な地鳴りの正体は、前方から疾走してくる騎士の一団によるものだったのである!


 キキーッ…!


 それがわかった瞬間、男はブレーキペダルを思いっきり踏み込み、車を急停車させる。


 しかし、そんな彼らなど眼中にないように騎士団の行軍は止まらない。停止した車の中から男女が見ていると、騎士達は車にぶつかる直前で左右へと二手に分かれ、車の両脇を悠然と駆け抜けて行く。


 よく見る丸みを帯びたものやバケツのようなものなど兜の形は様々で、陣羽織(サー・コート)の色も白だったり赤だったりと、それぞれに違っている。〝円卓〟の描かれた三角旗(ペナント)を持つ者がいるかと思えば、(ランス)や剣を掲げている者、弓やクロスボウを小脇に抱えている者なんかもいて、まるでお祭りのパレードか何かを見ているかの如くである。


 だが、その幻想的な時間は長くは続かず、二人がその非現実的な光景に見とれている刹那の内にも、騎士達は後方へと走り去り、再び真っ暗な闇の中へと溶けるように消えていった。


「………………」


 騎士も馬も見えなくなり、辺りが再び夜の静寂に包まれた後も、しばし彼らは騎士達の消えた後方の闇を固まったままの姿勢で見つめている。


「何……今の……?」


 二人はまるで夢か幻でも見ていたかのように、今、起こったばかりの出来事が果たして現実のものだったのかどうかも判別することができなかった……。

To Be Continued…

A suivre…

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