Ⅵ 真夜中の安宿会談(2)
ほんの短く輝いた瞬間、キャメロットという名の場所があったことを忘れてはならない。
アラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ロウ『キャメロット』より
その翌朝……。
警察やマスコミの者達に囲まれた旧トゥルブ家博物館の中に、マクシミリアン・フォン・クーデンホーフとジェニファー・オーモンドの姿はあった。
「これは……」
扉の取れた正面玄関から館内に入ったマクシミリアンは、ホールを見回して絶句する。
博物館の中は、昨日訪れた同じ建物とは思えないほどに変貌していた。
展示物が厳かに陳列されていたガラスケースは悉く粉砕され、辺りの床一面に無数の破片が散らばっている……天井の高いホールの壁は銃弾の痕が残らない所はなく、廊下に通じる左右のホール入り口付近には夥しい血痕と、遺体は既に片付けられたのであろう、白く縁取られた人の形が見受けられる……ここで戦争でもあったのか?と思ってしまうような、まさに惨憺たる有様である。
そんな廃墟と化した博物館の中をマクシミリアンとジェニファーは、声をかけた制服警官について奥の方へと歩いて行った。鑑識の仕事はもうほとんど終わっているようで、周りには現場を見て廻る刑事達の姿が鑑識の職員に混じって覗える。
「バードル警部、インターポールの方が参っております」
制服警官が、鑑識の一人と何か話し合っていた茶色いコートの中年男性に声をかけた。
「インターポール?」
その少し腹の出た大柄な警部は振り向くと、あからさまに「どうしてインターポールがここに?」といった顔をして訊き返す。
「ICPOの特別捜査官、マクシミリアン・フォン・クーデンホーフです」
「スコットランド・ヤードのジェニファー・オーモンドです」
その疑問に制服警官が答えるよりも早く、マクシミリアンとジェニファーは自分の名を名乗り、それぞれ彼に握手を求めた。
「私どもは文化財犯罪についての勉強会のため、昨日からこちらを訪れていたのですが、今朝、この事件の話を聞いて急遽お伺いした次第です」
そして、警部が口を開く前に、マクシミリアンはすぐさま来訪の意図を告げる。
「あ、ああ、ユネスコとの共同事業というやつですな。そういえば、そんなことを聞いたような……しかし…」
「無論、地元警察の方々のお邪魔をするつもりはありません。ただ、今回の事件はまさに私の専門とするところですので見ておかねばなりませんし、また、もし何かありましたら情報提供等でご協力できるのではないかと」
続けて、マクシミリアンはバードル警部の表情から不快感を汲み取ると、その口を遮って、縄張りを荒らす意思は毛頭ないことを彼に示した。
「それに実を言いますと、私とこちらのオーモンド刑事は昨日、偶然にもこちらの博物館ととなりの丘城の遺跡を見学に来ているのですよ」
「おお、そうでしたか……それはまた奇遇でしたな。いや、そういうことでしたら、こちらも何かお気付きの点についてお聞かせ願いたいところです」
先手を打って矢継ぎ早に繰り出されたマクシミリアンの言葉に、バードル警部の敵意もとりあえずは削がれたようである。
「……それで、被害の状況は?」
改めて周りの惨状を見渡し、マクシミリアンが尋ねた。
「まったくひどいもんですよ。こんな田舎じゃ滅多にない大事件だ。昨日、開館したばっかだってのに、一階・二階に展示されていた美術品は絵画や陶器類以外すべて奪われ、その時の銃撃戦で警備員が四人、それから、ここの三階に寝泊りしていた発掘調査の責任者が一人殺されています。もう一人いた助手という男も行方不明になってますね。ヤツら、短機関銃なんてもんまで持っていたようで、建物の中もこれ、この通り蜂の巣だ」
「なるほど。絵画と陶器類を持っていかなかったのはバイクで逃走したためですか……犯人は複数。それも10人前後の数で襲撃していますね」
警部の説明を聞いたマクシミリアンは、床に残る幾筋ものタイヤの跡を碧い目で追いながら呟く。
「……え、ええ。どうやらそのようですな。まったく、バイクに乗ったまま建物に突入するとは、なんとも乱暴なやつらです」
その観察眼と洞察力の鋭さに少々驚きつつ、バードル警部は答えた。
「ただ、三階にあった金庫の方へはまったく手をつけていません。まあ、それほどの額が入っていたわけじゃないですが……」
「ほう。それは興味深いですね……誰か目撃者は?」
「それが、今のところ誰もおらんのですよ。警備員は全員死んでますし、連絡を受けて地元の警官が到着した時には既にも抜けの殻だったようです。おまけにヤツら、監視カメラにも細工をしてあったようで。乱暴者の割には繊細な面もあるようですな……ああ、そういえば一人、殺された発掘調査責任者の助手という男が行方不明になっているようで、もしかしたら、この男が何か見ているかもしれません。もっとも賊に拉致されたとすれば既に命はないか、あるいは賊の仲間だったという可能性もありますがね」
「そうですか……では、犯行グループがどのような者達なのか、何か手掛りになるようなものは見付かっていないのですか?」
「細かいことは鑑識待ちですが、一つ、賊が故意に置いていったと思われるものがありました。ああ、まだそのままにしてありますので、よろしかったらどうぞこちらへ」
マクシミリアンのこの質問に、バードル警部は二人を促すと、中央の大階段を二階ホールの方へと向かう。
それについて二人も階段を上がって行くと、そこもやはり、昨日見た場所とは思えないくらい滅茶苦茶に破壊されていた。こちらのホール入口にも、赤黒い血痕と白い枠の人型が生々しく床に貼り付けられている。
「どういう意図なのかはよくわからんのですがね……」
二階ホールをそのまま真っ直ぐ正面に歩いて行ったフォルスター警部が、部屋の中央に位置する、ガラスの覆いがなくなった展示ケースを覗き込んで言った。
「それは確か、エクスカリバーとして伝わる剣が置かれていたケースですね」
歩を進めながらマクシミリアンは、昨日見た記憶の中の光景と、今、目の前にある変わり果てたこの景色とを照らし合わせる。
「関係者にも聞きましたが、どうやらそのようですな。で、賊どもはその剣と交換にこいつを残していったというわけです」
「これですか……」
追い着いたマクシミリアンとジェニファーがそこに見たのは、展示のための赤いシルクの布の中央に置かれた、トランプ大の一枚のカードだった。
そのカードの表には、緑と白の区画が放射状に配された円板のようなものが描かれており、その区画の一つには王様のような人物像が描かれている。
「これはウィンチェスター城の大広間に掛っている円卓の図ですね。アーサー王の円卓としてはよく知られた図柄だ。このカードはここのミュージアム・ショップで売られているものですか? 私は見た記憶がないのですが……」
構図はともかく〝カード〟という形状とその置かれたシチュエーションに、マクシミリアンはある別のカードのことを思い出しながら、バードル警部に尋ねる。
「わたしも憶えてないですね」
マクシミリアンの呟きに、ジェニファーも首を傾げながら賛同する。
「いえ、それが関係者に確認を取ったところ、こんなものは売っていないそうで……ですので賊がわざわざ持って来たものとしか考えられません。だが、これが一体、何を意味する物なのか、私にはさっぱり……」
「警察もしくは博物館の所有者へ宛てた何らかのメッセージなのか、それとも、何か自分達の存在を誇示する象徴なのか……」
「おお、そうだった! カードといえば、この下の床に散らばったガラス片の中に混じって、こんなものも落ちてました。これも売店の品でないか確認しなければなりませんが、発見時の状況からして、こっちは意図的に置かれたものではないようです。なので、ひょっとすると賊の落としていったものなのかも……」
円卓の描かれたカードを見つめ、考え込むマクシミリアンの傍らで、バードル警部は急に何かを思い出し、コートのポケットを弄りだす。
「ちょうどさっき、確認しようと手に持ってたとこだったんですよ……」
そして、警部は小さなビニール袋に入ったカードを取り出すと、「これだ、これだ」とマクシミリアンに手渡した。それも、やはりトランプほどの大きさの長方形をしたカードである。
「こちらもカードですか……」
そう呟き、その透明な小袋を受け取ったマクシミリアンだったが。
「これは…!」
そのカードに描かれているものを見た瞬間、彼は目を大きく見開き、いつになく表情を強張らせた。
そこには、先程、まさに彼が頭の中に思い浮かべた、青・白・赤のトリコロール柄とドラクロアの『自由の女神』のシルエットが描かれていたのだ。
「怪盗マリアンヌ………あの怪盗淑女がここにいたというのか⁉」
その下方に記された「Marianne, Dame-Cambrioleur」の署名を凝視し、マクシミリアンは譫言のように呟く。
「いや、だが、この状況は……」
「ん? ……どうかなさいましたか?」
彼のその変化に、バードル警部は訝しげな顔をして尋ねる。
「このカードは怪盗マリアンヌが自らの押し入った先に必ず残していく、彼女の犯行声明のようなものなのです」
「ええっ! ……では、お話に出ていたあの……でも、まさか、そんな偶然って……」
その言葉を聞き、バードル警部ではなくジェニファーの方が驚きの声を上げる。
「怪盗マリアンヌ?」
「ええ。そう名乗っている古美術品ばかりを狙う女盗賊です。実は私が英国に来たもう一つの目的には、この犯罪者がこちらに渡ったという情報を得て、英国警察の協力のもとに彼女を逮捕するという目論みもあったのです」
さらに怪訝な顔をして呟く警部に、マクシミリアンはカードに視線を落としたまま、心ここにあらずといった様子でそう説明した。
「なるほど。そのようなご事情がおありでしたか……偶然居合わせた場所でお目当ての賊にばったり出会うとは……それは確かに奇遇を通り越して、何か運命めいたものまで感じますな……どうも出来過ぎた話ではありますが、では、その女盗賊がこれを?」
「いや、それが妙なのです。マリアンヌは確かに火器の取り扱いにも慣れているようですが、好んで殺人は犯しませんし、これほど激しい銃撃戦を行うことも滅多にありません。彼女の手口はもっと巧妙といいますか、こんな力押しのやり口は今までに見せたことがないのです。それに、いつも単独で犯行を行っていて、今回のように徒党を組むような真似もすることは……」
惨憺たる辺りの状況を見回して尋ねるバードル警部に、マクシミリアンも弾痕痛々しい壁面に視線を這わせながら、彼にしては珍しく困惑の表情を浮かべて答える。
「マリアンヌ……お前はこの件にどう絡んでいると言うんだ……」
〝自由の女神〟のカードと現場を交互に見比べ、マクシミリアンは誰に言うとでもなく小さな声でぼそりと呟いた。
To Be Continued…
A suivre…




