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 Ⅰ 本物の魔術武器(マジック・ウェポン)(1)

 ほんの短く輝いた瞬間、キャメロットという名の場所があったことを忘れてはならない。

       アラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ロウ『キャメロット』より

挿絵(By みてみん)

 スローター・ブリッジに十二名の人影が見られた夜の前日午後。


ロンドン・ウエストエンド地区ピカデリー……。


 六つの大通りが合流し、夜には大きなネオンの広告看板が煌めく交差点ピカデリー・サーカス……イングランドの首都ロンドンで最も賑いを見せるこの歓楽街の中心から少し南西に行った辺り、セント・ジェームス教会や王立美術院(ロイヤル・アカデミー)が建つ界隈に緑男の骨董店(グリーンマンズ・アンティーク)」はある。


ピカデリーでも老舗の洋服店や煙草屋、紅茶店の並ぶハイソな街の片隅にひっそりと佇むその骨董屋(アンティーク・ショップ)石上刃神(いそのかみじんしん)は訪れていた。


 カラン…。


 表の喧噪などまるで感じさせない静かな店内に、客の到来を告げるドアに付けられた(ベル)の音が心地よく響く。


「いらっしゃい」


 その音に、カウンターで新聞を読んでいた店の主は気のない返事をして老眼鏡の隙間からそちらに視線を向ける。


すると、日本人にしては長身の身体に黒いロングコートを羽織り、頭にも同じく黒色のターバンを巻いた奇抜な服装(ファッション)が彼の目に映った。


「ああ、誰かと思ったら、サムライの兄さんか」


 刃神の姿を確認し、この骨董店の老主人ウォーリー・フォレストはそのカーネルサンダース人形のような顔に笑みを浮かべる。


「だから、日本人の男が全員サムライじゃねえって言ってんだろうが。いい加減、そのもうろくした頭に叩き込みな。ああ、ちなみに女もみんなゲイシャじゃねえからな」


 しかし、刃神の方は猛獣の如き危険な目をした顔をより一層凶悪にすると、白い口髭を生やした温和な初老の主人に悪態を吐く。


「じゃが、あんたはほれ、刀を帯びておる。やっぱりサムライじゃ……いや。背中に背負っとるからニンジャか?」


 確かに主人の言う通り、刃神は刀剣類の入っていると思しき細長い革の袋を背負っていた。しかも二つも……とはいえ、その独特の服装(ファッション)は侍や忍者といった類のものともまた違っている。


全身黒尽くめな上、異国情緒漂わせるターバンや両耳に着けられた小さな緑色の勾玉が下がるピアスは、どこか民俗的(フォークロア)な、シャーマンか魔術師を連想させるような風貌でもある。歳は二十代の後半ぐらいかと思われるが、その歳には不相応な、異様な威圧感がその身体からは滲み出している。


「別に刀持ってりゃ武士ってわけじゃねえ。それに今、俺の背中にあるのは両刃の剣(・・・・)だ。生憎、サムライが腰に差してる片刃の日本刀じゃねえんでな」


 刃神は再び悪態を吐きつつ、店内に所狭しと並ぶ骨董品には一切目をくれることなく、カウンターへと歩み寄った。


「ん? …ということは、そいつが今回の収獲(・・)かね?」


 サンダース人形は一瞬、瞳を鋭くすると、刃神の背負う革袋を凝視して尋ねる。


「ああ。情報は確かだったぜ。こいつがその、教えてもらったユダヤ人資産家んとこからいただいてきた〝ダヴィデの剣〟と〝キリストの剣〟だ」


 そう答え、ここへ来て初めて刃神は笑顔を作った。ただし、口元から鋭い八重歯を覗かせた、ひどく凶悪な笑みではあるが……。


「情報をもらった礼だ。オヤジにも拝ませてやるぜ」


 そして、刃神は背負っていた二つの革袋を下ろし、カウンターの上に置く。


「ほう。これがかの聖杯探究の物語に出てくるガラハッド卿が手に入れたというダヴィデの剣と、円卓の騎士ガウェイン卿が持っていたとされるキリストの剣か……」


 革袋の口紐を解き、中からそれぞれの物を取り出す刃神の手の動きを主人も興味津々な面持ちで見つめる……そのままの状態でしばらく待つと、カウンターの上には二本の古めかしい剣が姿を現した。


どちらも三〇インチ(約七六センチ)くらいのやや短めの直剣で、片方はヘブライ語らしき文字が記された蛇革製の鞘に納められており、もう一方は銀色をした細かい鎖で編まれた鞘に納まっている。また、蛇革製の鞘のものには柄尻の部分から麻製の垂布が下がっていた。


「どれどれ。それじゃ早速、失礼して、ちょいと拝見……」


 断りを入れ、老主人は二本の内の蛇革の鞘の方を手に取ると、顔を近付け、老眼鏡越しにその柄や鞘をまじまじと観察する。


「ふうむ……蛇革の鞘に大麻の垂布。まさにガラハッド卿の聖杯伝説で語られている〝ダヴィデの剣〟――またの名は〝奇妙な垂布の剣〟の記述通りじゃな。わし、ヘブライ語はあまり得意じゃないが、そいつも話の通り、どうやら〝最強の者がこの剣を振るうであろう〟と書いてあるようじゃ」


「フン。まさに最強の俺に相応しい代物だぜ」


 主人の感想に、刃神は俺様(・・)な態度で鼻を鳴らした。


「聖杯探究の物語では、パーシヴァル卿の妹の修道女ディンドラーネが垂布を自らの髪で編んだものに換えたと語られているが、これはダヴィデの息子のソロモン王の王妃が作ったという大麻製のもののままじゃな……どれ、身の方はどうじゃ?」


 主人はそう言って蛇革の鞘から引き抜こうと柄を握る右手に力を込めたが、剣はびくともしない。

「んん? ……固くて抜けんな。世の聖剣の理論(セオリー)通り、選ばれし者にしか抜けんのかのう?くぅ…」


 なおも右手に力を込め、顔を真っ赤にしたカーネルサンダース人形は冗談めかしに呟く。


「ああ。そいつは長年鞘に納まったままで置いとかれたせいか、少々錆びついてて抜け難いんだ。どら、ちょいと貸してみろ」


 そんな主人から剣を受け取ると、刃神もその柄をぎゅっと摑む。


「うぉりあっ!」


 そして、掛け声もろとも馬鹿力に任せて強引に引っこ抜いた。


「な。こうやって、抜けにくい時は気合入れて抜くんだ」


「うーむ……確かに、ある意味(・・・・)〝最強の者〟にしか振えぬ剣のようじゃの」


 剣を抜き、平然とした顔でそれを差し出す刃神に、主人は口元を引き攣らせて苦笑した。


「ま、それはそうと、剣身(ブレイド)の方にも〝我を抜く者は恥辱か生命の危機に瀕するであろう〟の文字がちゃんと書いてあるの」


 再び観察を始めた老主人は、若干錆の浮かんだ剣の表面を注視して言う。

見ると、肉厚な剣身の中央に掘られた幅の広い血抜き溝の中にも、血のように真っ赤な文字で鞘と同じくヘブライ語が記されている。


「で、どうなんだ? 時代はいつ頃のもんだ?」


 刃神がじれったそうに急かす。彼がこの剣を主人に見せたのは、どうやらそれを鑑定してもらいたかったためらしい。


「そうじゃな……さすがにソロモン王の頃の本物(・・)じゃないだろうが、かなり古いの……まだ鋼を用いず、鉄の剣身を肉厚にして強度を保とうとしている形状からすると、十一~十四世紀中頃までにヨーローッパで作られたロングソードのように見えるの。おそらくは十三世紀以降にフランスかどこかで作られたもんじゃろう」


「十三世紀?」


「ああ。アーサー王の騎士達による聖杯探究の物語が大流行した時代じゃからの。そして、この剣の持ち主ガラハッド卿は、一二一五年~一二二五年くらいに書かれた『流布本物語群(サイクル)』において、初めて聖杯探求の主人公として登場する」


「つまり、ガラハッド卿なくして、この剣も出てこねえってことか」


「その通り。ま、よりガラハッド卿がクローズアップされるのは十五世紀後半に書かれた、かのサー・トーマス・マロリーによる『アーサー王の死』からじゃがの。故に、それ以降ってこともあるが、剣の形状なんかからしても、その辺が妥当じゃろ。それに十二~十三世紀はイングランドとフランス北西部に跨るプランタジネット王朝及びその周辺の国々で、アーサー王伝説自体も非常に持て囃されていた時期じゃ。大方、その流行に乗って、どこぞの貴族が自慢するためにでも作ったんじゃろうて」


「なるほどな。十三世紀か……そいつはいいぜ。で、こっちのキリストの剣の方はどうだい?」


 刃神は老主人の回答に満足げに呟くと、今度はもう一本の剣の方を顎で指し示しながら訊いた。


「ん? こっちか? ちょっと待ってくれ……」


 主人はダヴィデの剣をなかなか入れづらい蛇革の鞘に苦労して納めると、今度は銀鎖の鞘を持つキリストの剣の方を手にする。


「この鞘や柄の形状からすると、確かにイエスが生きていた古代ローマ帝国時代の歩兵用のグラディウスか、もしくは騎兵用のスパタじゃな……長さからするとスパタの方か」


 ぶつぶつと語りながら、老主人は微かな金属音を立ててその剣を引き抜く。


「剣身もやはりグラディウスかスパタの典型的形状じゃな………が、新しいの」


「新しい? ……古代ローマの刀剣の特徴を持ってるんじゃねえのか?」


 片目を瞑り、顔の前に掲げた剣身を柄の方から眺めて答える老主人に、刃神は訝しげな皺を眉間に寄せて尋ねた。


「いや。そこが問題なんじゃよ。こいつはどうにもでき過ぎとる。遺跡からの出土品を基に復元したって感じじゃの。剣身の作りも新しい……こりゃ、早くても現代に入ってからのもんじゃな」


「そんなに新しいのか? ……ハァ…ダヴィデの剣の方は良かったが、そうとわかると、こっちのはなんだな……」


 先程は喜んでいた刃神も、こちらの鑑定結果にはかなり落ち込み、大きく溜息を吐いた。


「ま、伝説ではイエスが十四歳の時に造り、後に円卓の騎士のガウェイン卿のものになったという話じゃが、そんなもの実在するとは到底思えん。ダヴィデの剣にしてもそうじゃ。本物じゃないのは最初からわかりきっとることじゃよ」


「いや、ダヴィデの方は俺の求めるものとしちゃあ、本物(・・)だったんでいいんだけどよう。こっちのキリストの剣の方はどうにもなあ……」


 しかし、さも当然といわんばかりに諭す主人に対して、刃神は奇妙なことを言う。


「ん? 本物? ……いや、じゃから、そっちも紀元前十世紀頃のダヴィデの時代とは程遠い十三世紀以降のもんじゃと言っておるじゃろ?」


「いや、別に正真正銘ダヴィデ本人のもんじゃなくてもいいんだ。そこは問題じゃねえ……」

「んん? ますますわからんのう。時代の差こそあれ、ダヴィデの剣もキリストの剣も言ってみればどちらも偽物。どこに違いがあるんじゃ?まあ、偽物でも近代よりは十三世紀のものの方が魅力的なのはわかるが……いや、そもそも、お前さんが求めているものっていうのは一体なんなんじゃ?」


 よくわからぬことをブツブツ呟いている刃神に、主人はひどく訝しげな顔をして尋ねた。


「ああん? だから前にも言っただろ? 俺が求めてるのは魔術的な力を持った武器―魔術武器(マジック・ウェポン)〈Magic Weapon〉だってよ」


 意気消沈していた刃神は視線を上げ、ひどく面倒臭そうに答える。


「いや、それは確かに前にも聞いたが……それはつまり、C・S・ルイスの『ナルニア国物語』やJ・R・R・トールキンの『指輪物語』、または神話の英雄物語なんかに出てくる魔法の剣とか槍とか、そういったもんじゃろ? あとは魔術の儀式に用いる(ワンド)(カップ)(ソード)(ペンタクル)なんかの呪具とか……普通の武器とは違って超常的な力の宿った……」


「ん、まあ、簡単に言やあ、そうかな?」


「だとしたら、、そんなもの本当にこの世に存在するものなのかの?それこそ実在するとは思えんが……わしも長年こんな商売(・・・・・)やっとるが、例えそうした言い伝えや噂があったとしても、実際に魔法の力が宿っておるなんて代物には一度としてお目にかかったことはないからの」


「フン…わかってねえなあ」


 しかし、ひどく困惑した表情を見せる店の主人に、刃神はあっさりと言い切る。


「勿論、そんなおとぎ話に出てくるような魔法の武器が現実の世の中にあるわけねえじゃねえか」


「なぬ? いや、だって、それをお前さんは求めていると今、言って…」


「いや、だからさ。物理的―自然科学的に何か超常的な力があるなんてことはなくても、〝そうした言い伝えや噂がある〟ってとこが、重要なんだよ」


「はあ? さっきから何を言っておるのか、さっぱりわからんぞ?」


 不可解な刃神のコメントに、主人はやや苛立たしげに訊き返す。


「あのな、オヤジ。人間ってのは心の生き物だ。現実にはそうした力がなかったとしても、そう思い込んでりゃあ、それと変わりねえのさ。例えば今、ここに鞘から抜くと呪われるって云われてる剣があったとする……そしたらどうだ? オヤジ、あんたはそれを抜いてみるかい?」


「そうじゃな……強いて抜けといわれれば抜かないこともないが、好んで抜いてみる気にはならんのう」


 質問の意図がよくわからぬ主人だったが、とりあえず少し考えてから答えてみる。


「だろ? そこなんだよ。そうして呪いや魔力ってのは生まれるのさ。もう一つ例を挙げると、そうだな……こいつは少し魔法の武器からは離れちまうが、こんな実験をしたと思ってくれ。ど素人が作ったまったく同じ料理が二皿あるとして、そんなこと知らずに片方は素人が、もう一方はプロの料理人が作った料理だって教えられて食ったら、どっちが美味く感じると思う?」


「どっちがって……味もどちらとも一緒なんじゃろ?」


「ああ。まったく同じだ。だが、それを食う奴は片方はプロが、片方はトウシロウが作ったもんだと思い込んでる」


「うーん……実際にやってみんことにははっきりと言えんが……本当は味が一緒でも、プロが作ったと聞かされたものの方が先入観で美味く感じてしまうかもしれんのう」


 やはり、その質問がどう今の話に関連しているのか理解に苦しむ主人だったが、それでも仮想の実験を想像して、今度も律儀に答えてみる。


すると、それを聞いた刃神はどこか満足げに頷いて、こう言うのだった。


「な。さっきの呪いの剣と一緒だ。そういう物に纏わり付いてる情報ってのが、〝現実には存在しない力〟ってのをその物に与えるんだよ。これがつまり、言うなれば〝呪い〟や〝魔法の力〟ってやつだな。いや、そう思い込んでる奴にとっては、そうした力をその物が持ってるってのが現実なのさ」


「おお、なるほど……なんとなく、わしにもわかってきたぞ」


 ようやく言わんとしていることを理解し始めた主人に刃神はさらに続ける。


「それに人間の身体ってやつは、すべて自分の意識で動かしているわけじゃなく、実際にはその大部分を意識できない意識・・・・・・・・――即ち〝潜在意識〟が動かしてる。意識しなくても息したり、歩いたりできるのはそのためだ。内臓機能の調整なんかの生命維持に関わる自律神経を支配しているのも潜在意識だな。さらに本能、感情といった部分もこいつが司っている。だから、たとえ意識では信じていなかったとしても、潜在意識の方がそれを信じていたとすれば、身も心もそんな風に反応しちまうのさ。ちなみに、この潜在意識ってのはなかなか意識の思い通りにはなっちゃあくれねえ」


「わかったぞ! つまり、さっきの呪いの剣やプロの作ったと聞かされている料理のように、そう思い込んでいれば、それは現実にそうであるのと変わらない……それも、表面上は信じていなくても、心の奥底で少しでもそれを信じてしまっていれば……」


 俄かに老主人は得心し、思わず声を上げる。


「その通りだ。オヤジ、なかなか飲み込みがいいな。いくら呪いや魔法なんぞ信じちゃいないって意地張ってても、潜在意識が信じちまってる限り、摩訶不思議な魔法の力は発動しちまうってわけさ。ああ、そうだ。オヤジ、〝プラシーボ効果〟ってのを知ってるか?」


「ん? …ああ、あの小麦粉を医者が薬だって言って患者に飲ませると、まるでその小麦粉が本物の薬であるかのように効果が現れるっていうあれじゃろ?……おお!それはまさに今、言った…」


「そう。思い込み――暗示といってもいいな、そうした認識の仕方によって、〝この世界に存在する物〟ってのは、いとも簡単に変化しちまうって例だな。加えて言うと、人間…いや、すべての生物は絶対に本当の〝外世界〟ってのを見ることはできないらしい……」


「見ることができない?」


「つまりな、目や耳、鼻、口、皮膚などの五感から感じ取ってるこの世界の像ってのは、外から入ってくる刺激を一旦、電気信号に変え、それを脳の中で再構築して見ている仮想現実(バーチャル・リアリティ)なわけさ。だから〝呪いがかかってる〟だの〝魔法の力を秘めている〟だのといった伝承、俗信、噂なんかを持ってる物は、人が認識することのできる〝内世界〟の中においては、それが嘘だろうが本当だろうが、そんな変わりはねえわけさ」


「そうか。そういうことか……つまり、その魔術的な伝承を持った武器というのが…」


「ああ。俺が求めている〝魔術武器(マジック・ウェポン)〟だ。他にも呪物(フエティッシュ)や呪具、魔法具なんかといろいろ呼び方はあるがな。だから、たとえ自然科学的には実在しなかったとしても、魔法の武器ってのは〝現実に存在する〟のさ」


 充分にその真意を理解したらしい老主人に、刃神は口元を緩めて頷いた。


「なるほどのう……確かにそうした意味合いにおいては、魔法の剣も槍もあるかもしれんのう……」


 具体的な現象例を挙げて語る刃神の説明に、当初は混乱していた主人も今ではすっかり納得している。刃神、粗野で口の悪いその印象とは裏腹に、結構、説明上手だったりする。


「……ん? じゃが、待てよ? さっき、お前さんはダヴィデの剣の方は本物じゃが、キリストの剣の方は駄目だとか言って嘆いておったな? 実際には両方とも偽物じゃが、今の理論からすれば、どちらもお前さんの求めるところの〝本物〟ってことになりはしないのかのう? 一体、どこがどう違うんじゃ?」


 しかし、主人はまた新たな疑問に思い当たり、再び刃神に尋ねる。


「それにもう、お前さんはそれが偽物であるという事実を知っておる。しかも、わしの詳しい鑑定結果の説明も聞いて、おそらく潜在意識の底からも信じてはおるまい。ならば、どちらも既にその魔術武器(マジック・ウェポン)とやらとしては機能してないのではないかの?」


「ん? ……ああ、そいつはな。そう〝信じられていた時間〟の問題だ」


 だが、刃神は何も自分の話に矛盾はないというように、今度も言い淀むことなくすんなりと答える。


「確かにオヤジの言う通り、俺は鑑定結果を聞いて、それが正真正銘、紀元前一〇世紀にダヴィデ王が持ってた剣じゃねえってことを知っている。それも、心の底から納得してな……だが、その半面、さっきのオヤジの話によって、それが早ければ十三世紀の頃から〝ダヴィデの剣として信じられてきた物〟だってことも真実として認識したわけだ」


「まあ、古くからそう信じられてきた物ではあるじゃろうの……」


「ダヴィデの持ち物ってだけじゃねえ。アーサー王の聖杯伝説じゃあ、聖杯の騎士ガラハッド卿のものとして長年信じられてきた聖剣だ。だから、そうした多くの者達によって信じられ、伝えられてきた物としては〝本物〟なんだよ。そして、そんな長時間、大多数の人間が纏わり付かせてきた情報ってのに俺の潜在意識もどこかで信じちまうわけさ……こいつはそんじゃそこらにはない、〝何か特別なものを持った剣〟なんだってな」


「…………じゃあ、キリストの剣の方は……」


 刃神の言葉を理解しているのかいないのか、老主人は少し黙した後に呟くように尋ねる。


「対してこっちのキリストの剣の方は、オヤジの話でごく最近造られたパチもんだってわかってる。そこまで新しいと、さすがにな……ま、つーことで、ダヴィデの剣の方は俺の望む魔術武器(マジック・ウェポン)だが、キリストの剣の方はそうじゃねえってわけだ。まあ、こいつも魔術の儀式に使う呪具みたいに聖別すりゃあ、そうした心に暗示をかける情報を付与することもできなくはねえが、やっぱり自然に伝承ができあがってきたもんにはかなわねえ」


「なるほどのう……なんとなくお前さんの求めているものがどんな物かはわかったよ……して、なぜ、そんな物を求めとるんじゃ? 蒐集家(コレクター)か? それとも、そうしたマニアに売るためか? 売るんじゃったら、わしんとこでも良い値で買ってやるぞ?」


 どうやら凡そのところを理解したらしい主人は、続けて今度はちょっと商売っ気を出して、そんな質問を彼に投げかけてみる。


「バカ野郎。せっかく厳しい警備を破ってかっぱらってきた苦労の品だ。誰がそう簡単に売るかよ」


 すると、刃神は主人をバカ呼ばわりした揚句、これまたよくわからないことを言い出す。


「ま、蒐集家ってのは間違いじゃねえけどな。だが、俺はただ蒐集するだけじゃねえ。こいつらを〝実際に使ってやる〟のさ」


「使う?」


「ああ。魔術武器(マジック・ウェポン)ってのは当然のことながら武器(・・)だ。鑑賞用でも美術品でもねえ。使ってなんぼのもんよ。だから、不本意にも飾られたり、蔵ん中に閉じ込められちまったりしてるこいつらを救い出し、こいつらの本望通りに俺が使ってやるのさ」


 そう嘯きながら、刃神は鞘に納まったままのダヴィデの剣の柄を持ち、自分の身体の前にゆっくりと持ち上げる。


「さっきも言ったように、こいつらが持ってる魔力――即ち付与された情報が俺の潜在意識に暗示をかけ、その潜在意識が筋肉や感覚器官に影響を与え、あたかも本当に魔法の力を持った道具であるかのように俺に扱わせるのさ。それに、こいつは魔術武器(マジック・ウェポン)を持つ者ばかりのことじゃねえ。それを突き付けられた相手にとっても、その情報を信じている限りそれは現実に〝魔術武器〟となる。例えばこんな話を知ってるか? 実は熱くもなんともねえ鉄の棒を、それが真っ赤に焼けた鉄の棒だと暗示をかけて押し付けると、それに触れた相手の身体は本当に高温を持った物体だと思って火傷しちまうそうだ」


「ああ、それもどこかで聞いたことあるような……」


「これもプラシーボ効果と同じだ。相手も潜在意識が〝現実だと信じる〟通りに心も身体も反応しちまうのさ。つまり、俺は本当に神話やファンタジーの中の英雄のように、魔法の武器で相手をぶちのめすことができるってわけだ……」


 長々と語る刃神の手の中の剣は、いつの間にか、その刃を納めた鞘の切先を主人の鼻面に突き付けている。


「ゴクリ……」


 その切先から伝わってくる異様な殺気に、主人は思わず喉を鳴らす……そして、先程から論理的ではあるが、ものすごく怪しげな理論を展開するこの異国の男に、本気で生命の危機を感じ始めていた。


 と、次の瞬間。


 カチャ…!


 剣身と鍔や鞘口の金具が擦れ合う金属音が目の前で響く。


「ひっ……」


 思わず主人は小さな叫び声とともに老眼鏡の中の目を瞑った。


 ……しかし、想像していたように血飛沫が上がるでも、身体のどこかに痛みを感じるでもない。恐る恐る目を開けてみると、どうやらそれは刃神が鞘を引き、自分の肩に担いだための音だったらしい。


「ま、とは言っても、別に切り裂きジャックみたく無益な殺生をするのは趣味じゃねえから安心しな」

 右肩に蛇革の鞘を担いだ刃神は、主人の様子を楽しむかのように虚無的(ニヒル)な笑みを口元に浮かべている。


「ふぅ……」


 その言葉を聞き、額に冷や汗を浮かべる主人は胸を撫で下ろした。


「……つまり、お前さんはただの蒐集家でもなければ、チンケな盗人でもなく、言うなれば魔法使いの剣士ってわけじゃな?」


「ま、そんなところかな。ただ、剣以外のもんも使うから、そうだな……〝魔術武器使い(マジック・ウェポナー)〟なんて言葉の方がいいかもしれねえがな」


「なるほどの……で、その魔術武器使い(マジック・ウェポナー)さんが今日はなんの御用かな?わざわざその成果品を見せに来ただけじゃあるまい?」


 寿命が縮む思いをさせられながらも気を取り直した老主人は、やけに遠回りをしてしまったが、本来、店に来た客へ初にめかけるべき言葉をようやくに口にした。


「ん? ああ、そうだった。忘れてたぜ。ほら、こいつはそのユダヤ人資産家んとこからついでにもらってきた貴金属類だ。どうだ?こっちなら売るぜ?」


 刃神も思い出したかのようにそう言うと、懐から重たそうな革の小袋を取り出しカウンターに置く。


「………………」


 そんな刃神を、主人は「なんだかんだ言って、やっぱりただのコソ泥か」というような眼差しでしばし見つめる。


「な、なんだよその目は? 俺だって生身の人間だ。生きてくにはいろいろと金が必要なんだよ!それに、遠慮してほんの一部しか持ってこなかったんだから、近年稀に見る良心的な泥棒ってもんだぜ!」


 主人の視線に耐えかねた刃神は、慌ててものすごく身勝手な言い訳をする。


「……ま、わしも商売じゃから構わんがな。どれ……そうじゃな、まあ、全部で四千七百ポンドってとこかの。特注品(オードメイド)ではないようじゃから値は張らんが、その分、すぐにでも捌けるじゃろう」


 しかし、盗品と知りながらも主人は革袋の口紐を解くと、中から取り出した金・銀製の首飾り(ネックレス)やら指輪(リング)やらを公然と値踏みしている……そう。この店はただの骨董店ではない。ここは、そうした盗品の売買をも扱う、その筋では有名な店だったりもするのだ。


「おし! 売ったぜ。こういったもんの相場はよくわからねえが、ま、それだけ貰えりゃあ、買い叩かれてたとしても文句は言わねえぜ」


「買い叩くとは失礼じゃな。こう見えても、わしはこの業界じゃ正直者で名が通っておるんじゃぞ?」

 主人も刃神に負けず劣らず、自分の罪を棚に上げて胸を張る。


「で、これだけでいいのか?良かったらその、お望みの品じゃなかったらしいキリストの剣の方も買い取るぞ?」


「いや、こいつもローマ時代のスパタの真剣レプリカとしてはそれなりの造りみてえだからな。一応、護身用に頂いとくぜ……あ! っていうかオヤジ! てめえ、こいつを本物のキリストの剣と偽って、高値で売ろうと考えてたな? ったく、抜け目のねえ狸オヤジだぜ」


 主人の申し出に刃神は二本の剣を袋に納めながらそう答えると、「さすがだな」というようないやらしい目付きで狸オヤ…否、主人を見つめた。


「いや、じゃから、わしは正直者で通っておると言っておるじゃろう?」


「んなことよりもオヤジ。今日、俺がここに来た目的はそれだけじゃねえ。情報だ! なんか、またいい情報があったら教えてくれ!」


 根も葉もない疑いに抗議する主人だが、刃神はそれを完全に無視して勝手に話を進める。

「情報? ……つまり、また今回のその剣のように、お前さんがいうところの魔術武器(マジック・ウェポン)の所有者に関する情報がほしいということじゃな?なんだ、一仕事終えたばかりだというのにもう次の仕事を始めるつもりかね?」


 請われた主人は若干、呆れたように目を見開く。


この表向きは骨董屋――その実、古美術品の盗品ブローカーである緑男の骨董店(グリーンマンズ・アンティーク)にはもう一つの商売がある……それは、その筋の者達が欲しがる〝お宝〟に関する情報を彼らに売ることだ。


「ああ。そのつもりだぜ。英国に来てからってもの、まだこの剣だけしか手に入れてねえんでな。まだまだ真面目に仕事をしねえといけねえ」


「うーん……まあ、ないでもないがな。しかし、そういうことならば、何もわしから情報を得んでも大英博物館(ブリティッシュ・ミューゼアム)なぞに行ってみてはどうじゃ? あそこなら、そうした物が少なからずあるじゃろう? ブルームズベリーだからここからすぐだし」 


「大英博物館ってなあ……簡単に言ってくれるが、相手は天下の大英博だぞ? あそこの収蔵庫にどんだけの物があると思ってんだ? 七百万点ってある収蔵品の中からお目当てのもんを探し出した頃にゃあ、すっかり夜が明けちまってるぜ。いや、一晩や二晩なんてもんじゃなく、余裕で一月ぐれえかかっちまわあ。それにあれクラスの警備だと、さすがの俺様にも少々酷ってもんだからな」


 情報を教える代わりにそんな提案をしてみる主人だったが、刃神はそれに反論する。


「そうか……それじゃ、こいつはちょいと英国国民としては不謹慎じゃし、ほんとに盗まれたら困るが、王室の持っとる〝クルタナ〟とか? あれこそまさに聖剣(・・)と呼べるものじゃと思うがな?」


「フン。ほんとに不謹慎な紳士だな……まあ、確かにクルタナは魅力的ではあるが、そっちの警備も国家レベルだし、もし仮にそんなもん盗んじまった日にゃあ、それこそ女王陛下の国民の皆さんに嫌われちまわあ。そいつは俺様の美学に合わねえ。やっぱ、物ってのはあるべき場所になくちゃあな。それにクルタナは剣ではあっても武器じゃあねえ(・・・・・・・)


 〝クルタナ〟とは、英国王室に代々伝わる剣で戴冠式などでも用いられる王権の象徴である。現在の物はピューリタン革命で失われた後、チャールズ二世の代に作り直されたものであるが、伝承によるとオリジナルはフランスの伝説的英雄・ローランの持つ名剣〝デュランダル〟やシャルルマーニュの剣〝ジュワユーズ〟と同じ材料、同じ製法で鍛えられたものだと云われている。


ただし、剣とはいってもその切先はなく、別名〝慈悲の剣〟と呼ばれるように、戦うための武器ではない、平和の象徴としての剣なのだ。


「うーむ……いろいろと贅沢じゃのう」


 あれこれと文句を付ける刃神に、主人は眉をへの字にして呟く。


「いや、贅沢とかそういう問題じゃねえだろ……」


 そんな主人に対して刃神の方も、目を細めてツッコミを入れた。


「ま、大体の所はわかった。よし! それじゃあ、お前さんが欲しがりそうな物の話が一つあるから、そいつを教えてやろう。まあ、今の魔術武器(マジック・ウェポン)の話を聞くまでは眉唾物のとるにたらんネタじゃと思っていたんじゃがのう……」


 刃神の要求に不平を洩らず主人だったが、それでもようやく何か情報をくれる気になったようである。

「なんだ、ちゃんとあるんじゃねえかよ。だったら、もったいぶらずに早く教えろって。金ならちゃんと払うからよ」


「いや、こいつは別に秘密情報でもなんでもないから金はいいわい。っていうのもじゃな、その物っていうのは…」


 と、そこまで店主が言いかけた時のことである……。

To Be Continued…

A suivre…

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