Ⅴ 夜の博物館(ナイトミューゼアム)での邂逅(3)
ほんの短く輝いた瞬間、キャメロットという名の場所があったことを忘れてはならない。
アラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ロウ『キャメロット』より
――ブウゥゥゥゥン…!
静まり返った夜の空気を震わし、何かエンジンの唸るような低い響きが、各々の耳に聞こえてきた。
「…?」
「あん?」
加えて床を伝ってくる微かな振動に、マリアンヌと刃神は口論をやめ、音のする方向――一階玄関の方へと顔を向ける。
と、次の瞬間。
ガシャァァァァーン…!
突然、玄関のドアが内側に吹き飛び、何かが建物内へ突っ込んで来たのである。
「なんだ?」
「なんなの?」
……ブウゥン、ブン、ブウゥン…!
謎の爆音はさらにエンジンを吹かしつつ、飛び込んだその勢いのままに大階段を駆け上がって来る。そして、僅か数秒で階段を登り切ると、その加速と傾斜を利用して二階ホールの高い天井目がけ跳び上がった。
「な…⁉」
「…⁉」
突然、目の前の空間に現れたそれを見て、二人はその顔を硬直させる。
それは一台の白いオフロード用バイクだった……だが、二人が顔を強張らせたのは、バイクが博物館に突っ込んできたという、ありえない珍事に驚いたばかりが原因ではない。それよりも彼女達の目を釘付けにしたのは、そのバイクを駆っていた搭乗者の方である。
バイクに跨っていたは、なんと、甲冑に身を包んだ騎士だったのだ!
薄闇に浮かぶ鈍い銀色の鎧を胴に着け、可動式のバイザーと上部顎当で顔を完全に覆う〝クローズ・ヘルム〟型の兜を被り、両の手には籠手、脚にも金属製の膝当、さらに左肩には白地に赤い斜めのストライプが入ったアイロン型の盾―ヒーター・シールドを下げている……乗っているのが馬ではなくバイクというだけで、その姿はまさに古の時代の騎士そのままである。
「騎士?」
目を疑うその光景に、まるで夢か幻でも見ているような顔をしてマリアンヌは呟く。
ブウゥゥゥン…!
だが、一瞬の後、バイクの騎士は美しい寄木模様を見せるホールの床へ見事着地すると、手にした槍ならぬ短機関銃〝MP5〟を構え、その銃口を二人の方へと向ける。
「い…⁉」
「ヤベっ…!」
現実的なその武器に、マリアンヌと刃神は咄嗟に左右へと別れ、展示ケースの前から飛び退ける。
ダダダッ…!
その刹那、短機関銃から無数の銃弾が轟音とともに射出され、展示ケースのガラスを粉微塵に粉砕した。
ブウン…。
さらに騎士はバイクを走らせ、ガラスの覆いがなくなった展示ケースの前で急停止させると、そこに横臥するエクスカリバーを兜の覗き穴越しに見下ろす。
「危っねえなあ……野郎、俺様のエクスカリバーに傷でも付いたらどうするつもりだ!」
「あたしのお宝になんてことするのよ!」
各々、近くの展示ケースの陰に隠れた二人は、ともに自分の身の心配よりもガラス片の中に埋まるエクスカリバーとその見事な鞘の方を心配する。
しかし、そんな彼らの声が聞こえているのかいないのか、騎士は二人を気にかけることなく、そのエクスカリバーへと籠手を嵌めた手を伸ばす。
「あっ! おいコラ! それは俺のもんだぞ!」
「ああ! あたしのお宝を横取りする気っ⁉」
その行為に刃神とマリアンヌは抗議の声を上げ、慌てて物陰から飛び出そうとするのだったが…。
ブウゥンゥンゥン…ブゥゥゥゥン…!
それを邪魔するかのように、さらにもう一台、扉の破壊された玄関からバイクが館内に侵入して来た。
いや、一台ばかりではない。それに続いて二台、三台、四台…と、次々にバイクの騎士達が突入して来る……終いには、最初のものを含めて、その数計十二騎にもなっていた。
その内の何台かは最初のものと同じく階段を二階へと駆け上り、また他のものはそこまでの技術がないのか、それとも何か他の意図があってなのか、一階のホールで急停止する。
各々、甲冑とヒーター・シールドによって武装してはいるが、兜はバケツ形をしたただ被るだけの〝ヘルム〟だったり、「V」字の覗き穴と後頭部にスカート状のネック・ガードを持つ〝サーリット〟だったり、野球帽のような庇の付いた〝バーゴネット〟だったりと様々で、盾に描かれた紋様もそれぞれ異なっている。また、色も銀ばかりでなく、中には全身黒一色の甲冑を身に纏っている者なんかもいたりする。
「おいおいおい、まだいんのかよ……」
「何? 一体、なんの騒ぎなの?」
これは何かのお祭りか、仮装パーティーかと錯覚してしまいそうなその騒動に、刃神とマリアンヌは再び気を削がれて動きを止める。
と、その隙をついて、二番手で二階ホールへと到達したバイクの騎士―今度は〝アーメット〟と呼ばれる鼻の尖ったバイザー付き兜と、赤地に黄色で五芒星の描かれた盾を着けた者が、二人を敵と認識して短機関銃を放ってきた。
ダラララララッ…!
「うおっ…!」
「キャっ…!」
二人はもう一度、物影へと飛び込み、目標を外した弾は木製の床を穿り返す。
「チッ。ったく、容赦なしかよ……が、どうやら盗人から宝を守る正義の騎士ってわけでもなさそうだな」
「なんだか変な格好してるけど、やっぱり同業者ってやつ? ハァ…なんで今夜はこんなにもかち合っちゃうのよ、もう……」
そうしてマリアンヌ達が展示台の陰から様子を覗っている内にも、騎士達は各々バイクから降り、散開して一階と二階の展示物をそれぞれに集め始めている。どうやら一階ホールにいる〝クローズ・ヘルム〟を被った騎士の一人が、手で合図を送って皆を指揮しているらしい。
その指示に従い、各所でケースのガラスが割られ、丘城の遺跡で発掘された金銀細工の出土品やトゥルブ家伝来のアーサー王の品々が彼らの手にした袋の中へと次々に放り込まれていく……無論、一番の目玉商品であるエクスカリバーも、最初に現れた紅白ストライプ盾の騎士によって豪華なその鞘へと納められ、既にバイクの荷台へと積まれている。
そして、刃神の隠れる〝伝アーサー王の王笏〟が飾られた展示ケースと、マリアンヌのいる〝伝アーサー王の王冠〟が置かれた展示ケースへも、例外なく彼らの手は迫って来た。
刃神の方へは紅白ストライプ盾の騎士が、マリアンヌの方は五芒星盾の騎士が、いずれも短機関銃を構えてゆっくりと歩み寄って来る。
ジャリ…。
床に散らばったガラス片を踏みしめる音が、段々と双方へ近付く。
「チッ……」
「………」
展示ケースの裏で身構える二人に、それぞれ緊張が走る。
だが、その緊迫した空気を破ったのは、まったく別方向から聞こえてきた声だった。
「こ、これは一体、なんの騒ぎじゃ?」
その予期せぬ声のした方向に、皆の視線が向けられる。
すると、正面から見て右側廊下に通じるホール入口に立っていたのは、カーキ色の作業着に眼鏡をかけた、ずんぐりむっくりの男――ハンコック博士だった。
彼はこのとんでもない有様を見渡して、眼鏡の奥の目を白黒させている。
また、その後ろには、やはり驚きの表情を浮かべたアルフレッド・ターナーの姿も見られる。彼らは扉の吹き飛ぶ音を聞いて、警備員よりも早く駆け着けたのである。
……だが、その行為はけして賢明なものとは言えなかった。
ダララララッ…!
ハンコック達の姿を目にした五芒星盾の騎士が、彼ら目がけて短機関銃をぶっ放したのである。
「ごはっ…!」
連射された弾丸はハンコックの大きな腹に荒々しい斜めの線を描き、破裂したシャツの穴からは真っ赤な血が勢いよく迸る。
「は、博士っ!」
反射的に壁の裏へと身を隠し、からくも被弾を免れたアルフレッドは、まさかの事態に慌てて血塗れのハンコックへとしがみ付く。
「博士っ! …ドクター・ハンコックっ!」
だが、無数に刻まれた傷からは夥しい血液が溢れ出し、最早、助かる見込みのないのは一目瞭然である。
「……なんてこった」
もうじき骸と呼ばれることとなる仕事仲間を前に、アルフレッドは頭のソフト帽を押さえ、血の気を失った顔でそう、ぽつりと呟いた。
「おい! なんの騒ぎだ⁉」
「お前ら何をしている⁉」
ちょうどそんなところへ、今度は三階に常駐している警備員達が、騒ぎを聞き付け二階ホールへと姿を現す。
ダラララララッ!
すると、五芒星盾の騎士は、駆け付けた警備員達にも容赦なく銃弾をお見舞いする。
「伏せろっ!」
だが、今度の相手はハンコックのような素人と違い、この博物館のオーナー・アダムスの雇っている、こうした暴漢相手が仕事のプロの警備員…というより、裏社会の用心棒達だ。彼らは壁際に身を潜めると、短機関銃の乱射を見事にやり過ごした。
「一体、何者なんだ?どうして警報が鳴らなかった⁉」
「構わん。射殺しろ!」
…パン! ……パン…!
そして、警備員達も脇のホルスターから拳銃を引き抜き、五芒星盾と紅白ストライプ盾の騎士相手に応戦を始める。
「――貴様ら! そこを動くな!」
バーンッ…!
「くそっ! 撃ってきやがったぞ!」
パン! ……パン! …パン…!
また、二階へ向かった者とは別に一階ホールを見に行った警備員もいたが、やはりこちらでも騎士達の攻撃に遭い、警備員側もそれに応戦する。こっちでは短機関銃の他に散弾銃を持った騎士もいるようだ。
こうして、瞬く間に一・二階のホールは銃撃戦の舞台となった。
とはいえ、警備員が一・二階にそれぞれ二人づつの四人に対し、騎士達は上に五人、下に七人の計十二人だ。それに拳銃しか持たぬ警備員と騎士達とでは火力に差があり過ぎる。警備側が持ち堪えられるのも時間の問題であろう。
…バーンッ! ……ダララララ…!
騎士達は盾でその身を庇いつつ、手を抜くことなく警備側に銃弾を撃ち込んでいく。
「飛び道具にバイクたあ、なんともご立派な騎士道だぜ……騎士だったら騎士らしく、正々堂々、剣で来いってんだよ!」
一方、そんな銃声と硝煙が充満する薄暗いホールの中、刃神は不意にそう叫ぶや、背中のダヴィデの剣を強引に引き抜き、無謀にも展示ケースの陰から躍り出た。
警備員に気を取られていた紅白ストライプ盾の騎士がそれに気付き、刃神目がけて再び発砲する。
ダララッ…!
だが、刃神は天井高く跳躍してそれを避けると、そのまま上空より騎士へと斬りかかる。
「…⁉」
ガギィィン!
次の瞬間、大上段から振り下ろされた刃神の剣は、反射的に頭を庇った騎士のサブ・マシンガンを真っ二つに粉砕していた。
「ハン! …ダヴィデの剣……なかなかいい切れ味してんじゃねえか」
意表を突かれ、銃を落として立ち尽くす騎士を前に、刃神は手に持つ古めかしい剣を眺めながら不敵な笑みを浮かべて呟く。
「ダヴィデの剣? ……貴様、それはまことダヴィデの剣なのか?」
ところが、予期せぬことには、その独り言を拾って唐突に騎士が口を開いたのである。
「ああん? ……ああ。こいつは正真正銘、俺様が某ユダヤ人資産家んとこからいただいてきたダヴィデの剣だが……そんなら、なんだってんだよ?」
刃神は不審な面持ちで騎士を睨みつつ、それでも彼の質問にはちゃんと答えて問い返す。
「そうか。ダヴィデの剣を先に奪ったのは貴様か……それは本来、我らのもの。返してもらおうか」
「はあ? 何ふざけたことぬかしてんだ、コラ。大体、てめえら一体何者だ?人様にものを頼む前に、先ずは自分の氏素性を名乗るってえのが、騎士道精神に則った行為ってもんじゃねえのか?」
当然、その聞き捨てならぬ物言いに難色を示す刃神だったが、期待もせずに言い放ったその戯言に、またしても騎士は思わぬ返事を返すのだった。
「それも道理だな……我が名はアーサー王の円卓の騎士が一人、湖のサー・ランスロット!そのダヴィデの剣は、かつて我が息子サー・ガラハッドが〝聖杯の探求〟のために手にしていた剣。そして、これからの新たな冒険のためにも必要な剣だ。さあ、ご理解いただけたのなら返してもらいたい!」
喧噪に包まれたホールの一角で、騎士はクローズ・ヘルムの中からくぐもった声で高らかに名乗りを上げる。しかし、それは普通に聞いたら、どう考えたって人をおちょくっているようにしか思えない。
「サー・ランスロットだあ? ……ケッ! 騎士物語の主人公とは恐れ入ったぜ。上等じゃねえか。んなら騎士らしく、その腕でこいつを奪ってみるんだな、ええ、ランスロットさんよおっ!」
刃神はカチンと来た様子で、だが、どこか愉快そうに口元を歪ませると、その瞳に狂気を宿して剣先を騎士に向ける。
「よかろう。その勝負、受けて立とう。何者かは知らぬが黒衣の剣士よ」
その挑発を受け、〝ランスロット〟を名乗る騎士も腰に帯びていた剣をすらりと抜き放つ。その身形同様、まさに中世暗黒時代の騎士が持っていそうな典型的なロング・ソードである。
「ハハッ! こいつぁ、おもしろいことになってきやがったぜっ!」
ギィィィーン…!
愉しそうに叫び、再度斬りかかった刃神の剣と自称ランスロットの剣が、周囲の薄闇に眩い火花を散らした――。
「――短機関銃相手に剣で斬りかかるなんて、やっぱり頭がどうかしてたのね……」
一方、マリアンヌの方はというと、身を隠した展示ケースの影から、嬉々としてだんびら(・・・・)を振り回す刃神のことを呆れた様子で眺めていた。
「でも、こっちもいい加減、こんなとこに隠れたままじゃいられないわね……ハア…こんなことなら、もっと大きな玩具を持ってくるんだったわ」
彼女はそう独り言を呟くと、しゃがんだ態勢のまま長いスカートの丈をたくし上げる。そして、両の太腿のガーターベルトに着けたホルスターから二丁の自動式拳銃を素早く引き抜き、警備員と交戦中の五芒星盾の騎士目がけて躊躇せず引鉄を引いたのだった。
パ、パンッ…!
「うぐ…!」
彼女愛用の拳銃〝ベレッタM8000クーガー〟と〝ワルサーP5〟から発せられた二発の弾丸は、的を外さず騎士の胴鎧の正面に見事、命中していた。
「いくら頑丈な板金鎧でも、さすがに9ミリパラベラム弾には勝てなかったみたいね……」
構えた拳銃の先から二筋の煙を上げ、マリアンヌは不敵な笑みをその顔に浮かべる。
「……え?」
しかし、一体どうしたことだろう? 二発も銃弾を食らったはずなのに、五芒星盾の騎士は倒れることなく、それどころか、彼女の方へ短機関銃の銃口を向けたのである。
ダラララララッ…!
「キャッ!」
直後、騎士は間髪入れずに弾を放ってくる。マリアンヌは辛うじて身体を展示台の陰に隠し、なんとかそれをやり過ごした。
「……ひょっとして、それ、ボディ・アーマー? ……しかも、プレート入りの……」
現代の拳銃の弾が命中しても騎士が倒れなかったその理由……それは騎士の身に着けている鎧が中世の甲冑ではなく、近代化した軍隊で今日使用されている〝ボディ・アーマー〟…即ち、ケブラーやアラミド繊維などで作られた防弾ベストだからである。それも、まったく効いていないところを見ると、おそらくは金属かセラミック製のプレートを差し込んで、小銃弾でも貫けぬほどに強化したものであろう。
そう思い至り、マリアンヌがこっそりと注視してみると、どうやらそうしたボディ・アーマーをわざわざ銀色に塗って中世の鎧風に見せているようだ。
「短機関銃にボディ・アーマーなんて、騎士のくせにちょっと近代化し過ぎじゃない? この分だと兜も防弾処理されてそうね……まったく、嫌んなっちゃうわね」
隠れながらマリアンヌは、その可愛らしい眉をハの字にして大きく溜息を吐く。
「よし……」
それでも銃を握った両拳を肩まで上げて身構えると、マリアンヌは気合いを入れて、展示台の裏から飛び出した。
「うおりゃあっ!」
パン! パン! パン! パン…!
そして、彼女は『マ●リクス』並に宙を側転しながら、向かって来る五芒星盾の騎士目がけて二丁拳銃を連射する。
ガ、ガン…!
だが、今度は彼女に気付いているため、騎士は盾を構えて全弾回避する。
ダラララララララッ…!
さらに続け様、9ミリパラメラム弾のめり込んだ盾を引っ込めると、着地したマリアンヌ目がけて短機関銃を再び放った。
その攻撃に、ハンド・スプリング、宙返り、バック転、さらには壁を蹴って空中へと飛翔して、先刻このホールに姿を見せた時のようなアクロバティクな動きでマリアンヌは回避行動をとる……それはまるで曲芸を見ているかの如くだが、高速で連射される短機関銃の弾も彼女の千変万化の動きを捉えることはできないようだ。
「淑女に向かって短機関銃使うだなんて……まったく、騎士にあるまじき行為ですわ」
パン! パン…!
逃げるばかりでなく、マリアンヌの方も隙を見付けては軽口を叩きつつ反撃する。
カチ…カチ…。
「くそっ! 弾切れか……なんて、女なんだ……」
そうこうする内にとうとう弾を撃ち尽くし、五芒星盾の騎士は苛立たしげに呟きながら、短機関銃の弾槽を取り替えるために外した――。
――ギン! …ガギン! …ギィィン…!
対して、そんな銃撃戦が行われているとなりでは、刃神とランスロット卿を名乗る騎士とがお互いの剣を激しく交え続けていた。
腕は刃神の方が多少上らしく、徐々に彼が責め立てる側に回り始めている。
「ハハ! なかなかやるじゃねえか、ええ? ランスロットさんよう!」
間断なく剣を振いながら、刃神は自称ランスロットに話しかける。
「だが、ただの剣じゃあ、今の俺様には敵わないぜ? 古くよりこの剣に纏わり付けられてきた〝ダヴィデの剣〟としての歴史が、この一撃一撃をより一層、鋭いものにしてくれているからなっ!」
ガイィィィーン…!
そう断るや、これまで以上に重く鋭い一撃を刃神は騎士に浴びせた。
「ぐっ……」
自称ランスロットの騎士は、なんとかその一撃を己がロング・ソードで受け止める。
ギリギリギリ…。
「フン。よく受け止めたな。褒めてやるぜ……んん?」
だが、そんな上から目線な発言をする刃神が、そのまま力押しに押し付けたダヴィデの剣の刃先をふと見ると、相手の剣の刃がこちらの剣の刃にめり込んでいる。
「なっ…⁉」
いや、そればかりではない。よくよく見てみれば、所々で刃毀れまでしているではないか!無論、これまでにはまったく見憶えのない傷である。
気付いた刃神は慌ててダヴィデの剣を引く。このまま無暗に力押しすれば、そこから折れてしまう危険性もあるからだ。
「なんだこりゃあ⁉ こいつは確かに古いもんだが、そんな軟な造りじゃなかったはずだぞ? それがこんなになるとは……てめえ、一体、どんな硬え剣使ってんだ⁉」
刃神は顔色を変え、ダヴィデの剣と自称ランスロットの剣を交互に見つめながら叫ぶ。
「フフッ…ようやく気付いたか」
すると、刃神のその問いに、クローズ・ヘルムの中からくぐもった声が答えた。
「別に驚くことはない。その剣が聖杯伝説で語られる〝ダヴィデの剣〟であると同様、この剣もアーサー王伝説にその名を留める名剣――〝アロンダイト〈Arondight〉〟なのだからな」
「あろんだいと? ……何っ⁉ アロンダイトだあ⁉」
僅かに考える時間を置いて、刃神はさらに驚きの声を上げる。
「アロンダイトって、あの、ランスロット卿の愛剣で、えらく刃毀れし難いっていうあれか?……なるほどな。それならこっちが刃毀れしたのも納得いくぜ。いや、俺も手に入れようと思ってたんだが、一足違いで盗まれちまった後でな……っていうか、ちょっと待てよ? てことは、前の持ち主んとこから先に盗み出したのはてめえらか⁉」
「盗んだとは人聞きの悪い……これは前世よりの我が愛剣。正統な持ち主の元へ返してもらったまでのことだ」
刃毀れの原因に納得するも、思わぬ世間の狭さにまたも驚かされている刃神に対し、自称ランスロットは冗談なのか本気なのか、そんな返事を返した。
「ヘン! 何が前世だ! 冗談ぬかすのはてめえの勝手だがな、本当ならそのアロンダイトも俺様のものになるはずだったんだ! 痛え目に遭いたくなかったら、エクスカリバーともどもそいつもこっちに渡しな!」
「それはこちらの台詞。ダヴィデの剣の正当な所有者は我らの同志であるガラハッド卿だ。返すのは貴様の方であろう。それに大人しく返さねば、その剣、折れてしまうぞ?」
「うっ……」
その警告に、傷付いて哀れな姿になってしまったダヴィデの剣を見つめながら、刃神は言葉を詰まらせる。
「確かに……こいつだけでやり合うのは危険ではあるな……しゃあねえ、ちょいと心許ねえが、キリストの剣も使わせてもらうとするぜ!」
そう叫ぶと刃神は、背負っていたもう一つの剣――キリストの剣(完全に贋物)も勢いよく引き抜いた。
「キリストの剣?」
それを聞き、自称ランスロットはまたしても訝しげに呟く。
「ああ、そうだ。どうせ、こいつも自分達のもんだから返せってんだろ?だが、さらさらくれてやるつもりはねえんで、無駄なこと言うのはやめときな」
「返せ? ……フフフ。誰がそんなものいるか」
しかし、なぜか愉快そうに肩を揺らすと、今度はこえれまでと逆の意味で、予想を裏切る答えを彼は返すのだった。
「なんだと?」
訝しげにランスロットを睨み、刃神は尋ねる。
「そのキリストの剣は真っ赤な偽物であろう? そのようなものはいらん」
「……ど、どうして、そんなことが言えんだよ?」
思わず本当のことを言われ、僅かに動揺を見せる刃神だが、それでも素知らぬ振りをして訊き返す。
「フッ…教えてやろう。伝説ではイエスが14の歳に造った剣が後にガウェイン卿の剣になったと、古代ケルトの鍛冶神ゴブナの変化した者であろうガバンが言っている。イエスが剣を造るとは信じ難い話であるし、恐らくは後世の挿話であろうが、ガウェイン卿の剣といったら〝ガラティーン〈Gallatin〉〟だ。つまり、この二つは同じ一つの剣である可能性が高い。そして、そのガラティーンの本物は今、あそこで闘っているガウェイン卿の腰に下がっているのだからな」
そう答えた自称ランスロットは、手にしたアロンダイトの先で、向こうでマリアンヌと銃を撃ち合っている五芒星盾の騎士の方を指し示した。
「ガウェイン卿? ……っていうか、ガラティーンだと⁉」
刃神は、またしても驚きの声を上げさせられる。
「てめえら、ガラティーンまで手に入れてやがったか⁉ ……他人の目ぇ付けてたもんに端から手ぇ出しやがって……誰が俺様の獲物にちょっかい出していいって言ったコラ!」
「何度も言うが、これらは本来、我ら円卓の騎士団のものだ。貴様の許可を得る必要などない」
毒づく刃神に自称ランスロットはまるで臆することなく、落ち着いた声で平然と言って退ける。
「ケッ! またそれか。てめえらの妄想はいい加減聞き飽きたぜ……だが、よくよく考えてみりゃあ、こいつあ、、むしろツイてたかも知れねえな。ここでてめらをぶちのめせば、一気にアーサー王関連の剣が三本も手に入るって寸法だ」
二度にわたる獲物の横取りと、人をおちょくっているとしか思えないその態度に怒り心頭の刃神であるが、不意に不敵な笑みを口元に浮かべると、それでもその目には殺気を宿して二振の剣を構え直す。
「双剣か……おもしろい。二本の剣…それも、一本は本来、ガラハッド卿の持つべき剣を携え、その粗野で凶暴な性格……まさに呪われた双剣の騎士・ベイリン卿だな」
「フン。知り合いのクソオヤジにもそう言われたぜ。ま、サー・ランスロットの相手としちゃあ、うってつけだな」
彼の姿にそんな連想をして身構えるランスロットに、刃神も愉快そうに返す。
「では、第二ラウンド、行くとするか……」
「ああ……そんじゃあ、行くぜえっ!」
ギィィィィーン…!
次の瞬間、刃神の二本の剣と、ランスロットの剣と盾とが激しくぶつかり合い、大きな金属音をホールに反響させた。
「作戦完了ーっ! 全員、撤収だっ!」
だが、ここで彼らの闘いには水が注される……皆に指示を出していた頭目と思しき騎士が、一階ホールでそう声を張り上げたのである。
「ランスロット卿、ガウェイン卿、貴殿らもそこまでだ!引き上げるぞ!」
続くその言葉に、刃神と剣を交えていた自称ランスロットも飛び退いて間合いを取る。
「時間切れか……この勝負、今度相見える時までのお預けだ、双剣の騎士よ」
「ああん?」
また、マリアンヌと銃撃戦を繰り広げていた五芒星盾の騎士―ガウェイン卿と呼ばれた者も、一階ホールの方を気にして、不意にその動きを止める。
「チッ…やむを得んな……」
「えっ? 何……」
気が付くと、いつの間にかすべての銃声は止み、博物館の中はやけに静かになっていた。
ブゥゥゥゥン…!
その静寂を再び破り、それぞれに騎士の駆る、奪った収蔵品を満載したバイクが一階ホールから正面玄関を通って夜の闇へと走り出して行く。
同じく二階に上がって来ていた騎士達も、バイクに飛び乗ると階段を駆け下り、先に出た仲間の後を追って行く。
刃神とマリアンヌが最初に隠れた展示ケース内の〝王笏〟と〝王冠〟、さらにもう一つのレガリアである〝宝珠〟も、いつの間にやら彼らの手によって回収され、今や走り去るバイクの荷台に括り付けられた袋の中だ。
そして、ランスロット卿を名乗る騎士、ガウェイン卿と呼ばれた騎士も刃神達から離れ、アイドリング状態だった自身のバイクへと素早く跨った。
「あっ、コラ! 俺のエクスカリバー返せ!」
エクスカリバーを積んだバイクを発進させようとする自称ランスロットに、そう叫びながら刃神は飛びかかろうとする。
ダラララッ…!
「うっ…!」
が、それを援護するかのようにガウェインの騎士が短機関銃を彼の足元目がけて放ち、刃神はその足を止められてしまう。
「ちょっと待ちなさい! それはあたしのお宝よ!」
ダララララッ…!
「キャッ!」
代って駆け寄ろうとしたマリアンヌだったが、彼女も威嚇射撃を受け、その場で慌てて立ち止まる。
…ブゥン! …ブゥゥゥゥゥーン…!
そうしてできた僅かな隙を突き、最後に残っていたその二人の騎士も、エクスカリバーともども猛スピードで階段を駆け下りて行った。
「ちっくしょおーっ! 待ちやがれっ! ゴラッ!」
それでも追おうと刃神は階段の縁まで走ったが、その時にはもう、彼らの姿は屋外の闇の中に消え、遠ざかるバイクのエンジン音だけが虚しく後に尾を引いている。
「………………」
残された刃神とマリアンヌは、呆然と立ち尽くし辺りを見回す……。
嵐が過ぎ去ったかのように静寂を取り戻したそこには、ここは戦場かと見紛うばかりの惨憺たる光景が広がっていた。
瀟洒な造りをしていた元貴族のお屋敷内は、壁という壁が蜂の巣のように無数の弾痕で抉られ、床には割られた展示ケースのガラス片と、まだ熱を帯びた大量の薬莢が散らばっている。
この静けさから容易に想像はついたが、一、二階の廊下の入口には、何発もの銃弾を浴びせられた警備員四名の遺体が、真っ赤な血溜りを作って転がっていた。
「何……なんなのよ、一体? ……ねえ、あいつら一体なんなの⁉」
刃神の傍らまで来たマリアンヌが、いつになく困惑した顔で彼に食いつく。
「俺が知るかっ! 聞きてえのはこっちの方だっ!」
同様に訊かれてわかるはずがない刃神も、苛立たしげに思わず声を荒げる。
「クソっ! やられたぜ……どこのどいつだか知らねえが、俺様のエクスカリバーを横取りなんぞしやがって……」
「あ、あのう……」
そんなところへ、申し訳なさそうに声をかけるもう一人の人物がいた。
「…⁉」
その声に驚き振り向いた刃神とマリアンヌは、それぞれに剣と銃を声のした方向へと向ける。
「あ、ああ! ちょ、ちょっと待ってください! 怪しいもんじゃないですから……というか、本当は怪しいんですけど……」
剣先と銃口を突き付けられた人物は、慌てて両手をバタバタと振り、二人に物騒な真似はしないでもらうよう、必死に訴える。
「私、ここの遺跡の発掘調査をしてる者でして……」
それは、独り物影に隠れていて助かったアルフレッド・ターナーだった。
「ん? ……ああ、そういえば、昼間、あのなんとかいう博士と一緒に遺跡でも見かけたような……」
アルフレッドの顔をまじまじと見つめたマリアンヌは、記憶を辿ってなんとなくその顔を思い出す。
「そうか。連れの方は殺られちまったようだが、てめえはくたばってなかったか……」
刃神も先程見た光景を思い浮かべ、アルフレッドの蒼白な顔を眺めながら呟いた。
「ええ。なんとかおかげさまで……で、お訊きしたいんですが、今のやつらは一体、何者です?」
アルフレッドは頭を掻きながら苦笑いをしてみせると、不意に真面目な顔に戻って刃神達に尋ねる。
「だから、俺が知るわけねえだろっ! こっちだってなあ、いきなり、あんな騎士野郎にお宝横取りされて、何がなんだかさっぱりだっつんだ」
「そうよ! なんなのあれ? なんかの宣伝⁉ それともパレードかなんか⁉」
「え? 横取り? ……あ、そう言われてみれば、あなた達は一体……えっ? もしかして、あなた達も……盗賊さん?」
狂犬のように吠える刃神と、お前が言うかというような奇抜な衣装をしたマリアンヌの顔を見比べ、アルフレッドがようやくそこに思い至ったその時、どこか遠くから風に乗ってパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
「チッ…警察か。警備員が呼んでいやがったな……」
その音に耳を澄まし、刃神は苦々しげに呟く。
「このままここに長居してると、いただくもんもいただいてねえのに濡れ衣着せられちまうな……とりあえず、ここは早々に退散した方がよさそうだ」
それから二本の剣を背負った鞘に納めると、早々に扉の壊れた正面玄関の方へと階段を下り始める。
「ええ。そうみたいね……」
それに続き、マリアンヌもすたすたと足早に彼の後を追って行く。
「あ! ちょ、ちょっと、お二人さん…!」
そんな二人の背中に手を伸ばし、アルフレッドも思わずその後に続いたが、階段を真ん中くらいまで下りた所で、急に立ち止まって後を振り返った。
「ハンコック博士……」
見上げた二階の廊下に寝かせてあるハンコックの遺体を気にかけ、しばし、アルフレッドはその場で足を止める。
そして、心残りをふっ切るかのように前を向き直ると、刃神達を追って再び駆け出した。
To Be Continued…
A suivre…




