Ⅲ 嘘から出た史実(3)
ほんの短く輝いた瞬間、キャメロットという名の場所があったことを忘れてはならない。
アラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ロウ『キャメロット』より
「では、問題だ。もしアーサー王という人物が歴史上実在したとすれば、それは一体、いつ頃の人間だったと思うかね?」
アダムスは悪戯っぽい眼差しを向けて、再びアルフレッドに尋ねる。
「え? いつ頃の人かっすか? う~ん……そりゃ、騎士達の話ですから、やっぱり中世なんでしょうね?」
唐突に始まったアーサー王の講義に困惑しつつも、アルフレッドは漠然と抱いていたイメージからそう答える。
「随分と大雑把な答えだな。確かに中世ではあるが、その中でもごく早初期、紀元5~6世紀と一般にはされている。それより多少以前や以後に設定する者もいるがな。いずれにしろ、おそらく君が思い描いているような甲冑を着けた騎士達が闊歩していた中世ではない。それよりももっと前――このブリテン島がまだローマ帝国の影響下にあり、サクソン人やピクト人、スコット人などの蛮族の脅威に晒されていた時代だ」
「あ、そうなんすか?俺はてっきりキリスト教と騎士道全開なバリバリ中世の人かと」
「そう思っている者も多いかもしれんな。だが、実際は五~六世紀だ。それに対して〝アーサー〟なる英雄の名が初めて文字として現れるのは、紀元600年頃にブリトン人の吟唱詩人アネイリンによって書かれたとする『ア・ゴドズィン』においてとなる」
「ごどずぃん?」
「スコットランドで最も古い詩だ。ゴドズィン族の族長ミニゾク率いるブリトン人の軍団がイングランド軍に掃討される様を描いた挽歌なのだが、その中で斃れたブリトン人兵士グアウルズルをブリテンで最も有名な戦士アーサーに例えている――〝彼はアーサーに及ばぬものの、砦の城壁の上の真っ黒なカラスを養った〟とな。カラスを養ったというのは、カラスが食べる敵兵の死体を作った―つまり、敵を倒したということだが、この一節は当時、北ブリテンの人々にアーサーの名が良く知られていた証拠と見ることができる」
語りながら、アダムスは左手の壁際に据えられた大きな本棚へと近付き、分厚い何かのファイルを手に取って話を続ける。
「しかし、これを収めた最古の写本は十三世紀の『アネイリンの書』という本で、その言葉使いからは10世紀…早くても九世紀より古いものとは考えられない。仮に事件直後に書き留められたものだとしても、アーサーの記述は後に書き加えられた可能性もある」
「つまり、600年頃というのは怪しいと……」
「ああ、そういうことだ。ただしな、この前後――6~7世紀にかけて〝アーサー〟という名を付けられた人物が、突然、幾人も史料の中に登場し始めている。〝596年、ダルリアダ国の王アダン・マック・ガブランの息子アーサーが亡くなる〟とか、〝625年、ビクイールの息子なるアーサー〟とかいうようにな。ブリトン人だけでなく、アイルランドのスコット人においてもだ。つまりは当時の人々にこの名前が好まれていたということだが、それはそれ以前に誰か同名の偉大な人物が存在したためなのかもしれない」
「そいつが、実在のアーサー王ではないか? ということで……」
「かもしれない…というだけの話だがな。同じように7世紀のアネイリン作とされる『マルナ・ド・キンズィラン』――即ち〝キンズィランの嘆き〟という詩にも、キンズィランの弟達が〝屈強なアーサーの仔犬達、堅牢な城砦〟であるというようにアーサーの名が出てくるが、こちらも『ア・ゴドズィン』と同様に本当に7世紀のものかは疑わしい。それに、これらは皆〝アーサー〟の名を例えに使っているに過ぎん……では、アーサー本人に関する記述が登場する最古のものはというと、『アナレス・カンブリアエ』――〝ウェールズ年代記〟と呼ばれるものになる」
「それは、いつの、誰の書いたもので?」
当然のことながら、まるで聞き憶えのないその書名に、机に戻って腰かけるアダムスに対してアルフレッドは尋ねる。
「作者は不明だ。成立年代もはっきりしてはおらず、最後が957年ウェールズ王ロドリ・アブ・ヒウェル・ザアの死去で終わっていることから、確かに言えるのはそれ以降に書かれたということだけだ。現存する最古の英語写本も1100年頃のものだしな。古文献研究家は八世紀後半から記述された可能性を否定できないとは言っているが、それでもアーサーの時代より数世紀は経っている。もっとも、北ブリテンに関する記述はより以前に作られた年代記を修正したものらしく、中には6世紀後半の記載もあるが、これも本当にその当時書かれたものかはわからない」
「んじゃあ、そいつも信用ならない史料ってことっすね?」
「まあ、アーサーと同時代に生きた人間が書いたものではないということだ。ただ、この年代記で重要なのは次のアーサーが参加した二つの戦いの記述だ。ごく簡単な記述で、アーサーの名はそれしか出てこないのだが……つまり〝518年、バドンの戦い――アーサーが三日三晩に渡って肩の上にわれらが主イエス・キリストの十字架を背負い、ブリトン人の軍が勝者となった〟と〝539年、カムランの戦い――アーサーとメドラウトが死亡した〟というものだ。ちなみに〝メドラウト〟というのは、コーンウォール語風の〝モルドレッド〟という名前だな」
「モルドレッド……って、アーサー王に謀反を起こして、最後はアーサー王自身とガチで遣り合う人物っすよね? じゃ、そこら辺の話はその頃からあるんすね」
アルフレッドはつたない記憶ながらも、そのことに気付いて講師に尋ねる。
「ただし、ここではアーサーの敵とも味方とも書かれてはいないがな。ただ一緒にその戦いで死んだというだけだ……それよりももっと重要なのは、その前の〝バドンの戦い〟または〝ベイトン山の戦い〟と呼ばれるものが、正真正銘、6世紀初頭に書かれた史料にも出てくるということだ」
「つまり、史実だってことっすか?」
「ああ、そうだ。それはギルダスというイングランド人の聖職者が書いた『ブリテン衰亡記』というものなのだが、その中でギルダスは、自分の生まれた年にバトンの戦いが起こったとしている。『ウェールズ年代記』の年は信用ならんし、こちらにも具体的年代の記載がないので確かなことは言えんが、ギルダスの生没年などから考えると430~530年頃までの間にあったものらしい。そして、この戦いではローマ系ブリトン人のアンブロシウス・アウレリアヌスがブリトン軍の指揮を取り、サクソン人を撃退したとギルダスは書いている」
「え? アンブロ……なんですって? アーサー王じゃないんすか? さっきのなんとか年代記ではアーサーがそんなことしたって言ってましたが……いや、ってことは、もしかして、そのアンブロなんとかさんが実在のアーサー王のモデルとか?」
「ああ、そういう説もある。ただ、伝説の中ではアーサー本人ではなく、その伯父ということになっているがな。ま、その人物については少し置いとくとして、『ウェールズ年代記』の次に、より詳しいアーサーの業績について書かれた史料として登場するのが『ヒストリア・ブリトヌム』――即ち〝ブリトン人の歴史〟だ」
「これまた、まんまの題名っすねえ」
「歴史書だからな。こいつは8世紀後半にグウィネズの大主教の弟子ネンニウスがウェールズに伝わっていた詩をもとに書いたということになっているが、この中にブリテンの王達とともにアーサーが戦った、第1戦のグレン河口~第12戦のバドンに渡る12回の戦いについての記載があり、そのすべてにおいてアーサーは勝利をおさめたと記している」
「さすが、伝説的王様。歴戦の勇者っすねえ」
「フッ、王様か……確かに今は〝王〟とされているが、ここまで話を聞いてきて何か気付かないかね?」
いつもの軽い調子でアルフレッドが叩いた無駄口に、アダムスはなぜか感慨深げに問いかける。
「え? ……いや、特に……」
「今までに上げた史料では、どれもアーサーを〝王などとは呼んでいない〟ということだ」
「ん? ……ああ、そう言われてみれば……」
「今の『ヒストリア・ブリトヌム』がアーサーの地位についても触れているが、そこでは王ではなく〝ドゥクス・ベロルム〟であるとしている。それに対して、古代ローマ帝国の領土であった当時のブリテンには、これに似た名のローマの正式な官職として〝ドゥクス・ブリタニアルム――ブリテン伯爵〟というハドリアヌスの壁に駐留する辺境守備隊の指揮官が実際にいた」
「どぅくす? ……ハドリアヌスの壁っていうと、あのカーライルとかに今も残ってる、だだっ広い草原にどこまでも石積みが続いてるヤツっすよね?」
「ああ、そうだ。皇帝ハドリアヌスが蛮族の侵入を防ぐためにブリテン島を横断して築いた長大な防壁のことだ。そのブリテン伯爵の他にも、北西海岸駐屯軍を指揮する〝コメス・リトリス・サクソニキ――サクソン海岸伯爵〟と野戦車の指揮官である〝コメス・ブリタニアルム〟というポストが当時は存在していたし、ネンニウスのいう実在のアーサーがそれら三つの軍司令官の内のどれかであった可能性はある。つまりブリトン人の王ではなく、ローマの将軍だな」
「え、じゃあ、アーサー王…いや、アーサー将軍か? …は、ローマ人なんすか? なんか、イメージ違っちゃうなあ」
「まあな。だが、そう考えると、ローマ帝国軍には〝カタブラクタリ〟もしくは〝クリバナリ〟という槍を持った重装騎兵がいたので、これが後の〝円卓の騎士団〟のような話になっていったとも推察できる。現にブリテン島にもその部隊がいくつか駐留していたという記録が残っているしな」
「え、それじゃ、円卓の騎士までいるんすか⁉ ……となると、ローマの将軍って話もなんだかありのような……」
最初はあまり興味なさそうに聞いていたアルフレッドであるが、いつの間にやらすっかりアダムスの語る話に飲み込まれている。アダムスの話術が巧みなのか? それとも、やはりアーサー王伝説には、それほどまでに人を惹き付ける魅力があるのだろうか?
「ただ、サクソン人と戦った5世紀にブリトン側がその重装騎兵を用いていたかどうかは不明だ……とはいえ、一般にアーサー王がいたとされる頃のブリテン島は、それまでのローマ帝国の統治が終焉を迎えようとしていた時代であり、まだなおブリテンに残るローマ人や土着した者の子孫がいた。それよりももう少し前に時代を設定すれば、正式なローマの執政官や今言ったような軍の司令官なんかもいる」
「つまり、その頃の軍を指揮できるような権力者となれば、むしろローマ人の方がしっくりくると」
「そう考える方が自然だな。特に軍の司令官ともなれば、侵入する蛮族からローマ化したブリトン人達を守るために戦ったのだから、まさしくアーサー王の人物像に重なるというものだ。さらにそうした司令官の中でも、最近、最も注目を集めているのがルキウス・アルトリウス・カストゥスだな」
「るきうす? ……名前からしてローマ人に違いなさそうっすが……どういったお方で?」
どうやら最近、注目の的らしいが、まるで聞いたことのないラテン系の名前にアルフレッドは小首を傾げて聞き返す。
「ルキウス・アルトリウス・カストゥス……140~200年頃の、やはりローマ人の重装騎兵隊の長官だった人物だ。クロアチアで発見された棺桶の碑文によると、アルトリウス一族出身の軍人でユデア、マケドニア、ブリテン、北ブルターニュのアルモニカなどで軍の指揮を執っていたらしい。ブリテンでどんな地位についていたかは不明だが、アルモニカで軍を去る時に騎兵軍団の指揮官であったことだけは確かだ」
「騎兵の指揮官っすかぁ……うーん、確かに職歴的にはぴったり当てはまる人みたいっすが、それなら別にそのルキウスさんじゃなくたって、ブリテンにいたことのある指揮官だったら誰でもいいんじゃないんすか? それとも、もっと何か、その人だけを特別視する理由ってのがあるとか?」
「ああ、その通りだ。それもとびっきりのやつがな。フッ…ここからが、この説のおもしろいところだぞ?」
なんだか決定力不足に思えるその人物にアルフレッドは疑問を呈するが、アダムスはなぜか愉しげに口元を歪め、さらに説明を続ける。
「ブリテン駐留中、ルキウスは北部で……おそらくはさっき出てきたハドリアヌスの壁の警備に付いていたらしいのだが、同じ頃――175年に、サルマティア人の重装騎兵部隊5500名が北の国境に派遣され、ブレメテナクム・ウェテラノルム――今のランカシア州・リブチェスターにあった小さな騎兵隊の要塞近くに住みついたことが碑文からわかっているのだ」
「さるまた? ……その、さるまたの騎兵隊が何か関係してるんすか?」
「サルマティア人――南ウクライナ辺りにいたイラン系遊牧民だ。〝サルマティア・コネクション〟といってな、このルキウスが指揮していた可能性の高いブリテン島駐在のサルマティア人部隊の民族伝承と、どういうわけかアーサー王伝説が似通っているのだよ」
「似通っている?」
「ああ、とてもよく似ている。そもそもはこのサルマティアの重装騎兵が中世騎士の原型になったという学説の研究から始まったことなんだがな、その中でサルマティア人の一部族の末裔であるオセット人の伝える物語と、いわゆるアーサー王伝説で語られる物語との間に奇妙な類似点のあることがわかってきた……即ち〝ナルト〟と呼ばれる英雄達の一団―とりわけ〝バトラス〟という指揮官を巡っての話とのな」
「ナルト? ……騎士……ああ、似てますね」
そのゴロ合わせに、アルフレッドはなんだか妙に納得した。
「んじゃ、そのナルトがもしかしたら後の円卓の騎士の話になったかもしれない……と」
「そういうことだ。その上、そのバトラスという指揮官はアーサーと同じような魔剣も持っていて、やはり死の直前に海へ投げ戻すんだ。それもエクスカリバーを湖に返すよう言われたベディヴィエールと同様、ナルト達が海に投げ入れたと嘘を吐くと、何の奇跡も起きていないことを理由にバトラスはその嘘を見抜き、ナルト達は仕方なく今度は本当に剣を海に投げ込むという筋まで一緒ときている」
「あ、エクスカリバーって最後、湖に捨てちゃうんでしたっけ? ……へぇ~……ああ、そいつは確かに似てるっすね……うん、似ている……」
アーサー王伝説の筋をあまりよく知らないアルフレッドは、天井を見上げて、ちゃんとわかってんだかわかってないんだか、よくわからない生返事を返す
「捨てるのではなく、エクスカリバーを授けた湖の妖精に返すのだがな。それだけではなく、その他にもオセット人の伝説にはアーサー王の冒険や聖杯物語と類似するような話がいくつもあるとのことだ」
「うーん……ってことはですよ、つまり、そのバトラスって人とアーサー王共通のモデルがルキウスさんで、その話を彼が指揮していたサルマティア人の子孫達が言い伝えてきた……と、こういうわけですか?」
「あるいは、そのサルマティア人の語り継いでいた伝説が元となり、バトラスがルキウスに取って変わったと考えることもできる……いずれにしろ、もしも本当にルキウスがアーサー王だったらの話だがな」
「……ん? でもっすよ。仮にそうだとしても〝アーサー〟って名前はどっから出てきたんです? ルキウスにしろバトラスにしろ、全然アーサーと違うじゃないっすか? 一文字すら合ってやしない……いや、それにさっき、ルキウスさんは140~200年頃の人って言いましたよね?歴史上のアーサー王のいた5、6世紀とじゃ、時代も全然ズレてるような……」
ルキウス説に納得しかけたアルフレッドだったが、さすがに詐欺師なんかをやってるだけあって、意外とちゃっかりそんな問題点に気付くとアダムスに尋ねる。
「ああ、そのことか……バトラスについてはわからんが、ルキウスは〝アルトリウス〟という氏族名の方だ。昔〝アルトリウス〈Artorius〉〟という名の傑出したローマ人がいたために、後の――つまり5、6世紀のブリトン人やスコット人達が彼にあやかろうと、この名をそれぞれの言語に合わせて男児に付けた―それが〝アーサー〈Arthur〉〟だという考えだな。ほら、さっき話した〝アーサー〟の名が突然、流行り出したというあれだ」
「ああ、そういえば、最初の方にそんなこと言ってましたっけ」
「当時、こうしたローマ名を地元の言葉に直すことはよく見られたらしい。ちなみに〝アルトリウス〟の名を持つローマ人でブリテンと関係あるのはこのルキウスしかいない。それから時代が違うという問題だが、この実在したローマの将軍を土台にして、そこへ後のサクソン人との戦いで活躍した英雄達の話も集合されていった結果、〝アーサー王〟という伝説的人物ができあがったのだと考えれば一応の説明はつく。例えば、アンブロシウス・アウレリアヌスとかな」
「ああ、あの、なんとかの戦いのアーサー王の叔父さんっすね……なるほど、モデルは一人じゃないってことか……つまり、ごっちゃになったってわけっすね?」
アダムスの挙げた名に数分前の話を思い出しつつ、アルフレッドはアーサー王のモデル複合説をそんな簡潔な言葉でざっくりまとめた。
「フン…ずいぶんと大雑把な言い方だな。が、簡単に言えばそんなとこだ。それにルキウス単独にしても、彼の事績がアーサーのそれと似ていることは確かだろう。サクソン人ではないにしろ、蛮族の侵入からブリテンを守る軍を指揮していたばかりでなく、兵を率いて海峡を渡り、ブルターニュで暴動を鎮圧してもいるしな。同じように伝説のアーサー王も大陸に攻め込んでガリア――つまりフランスでローマ皇帝と戦っている。ま、こちらの場合は相手が皇帝だから、どっちが暴動だかわからんがな」
「え、アーサー王さんって大陸にまで攻め込んでるんですか? そいつも初耳です」
「あくまで伝説の上でだがな。ああ、そういえば、このアーサー王がローマを侵略したという話のためか、実際に〝最後の西のローマ皇帝〟だったとするものもあるな」
「ローマ皇帝? ……いや、いくらなんでも、それはないでしょう」
新たに出てきたまた突拍子もない話に、アルフレッドは胡散臭そうな顔の前で手をひらひらと振って見せる。
「皇帝といっても、5世紀のブリテン島出身者で、帝位を僭称した者達をモデルに考えての説だ」
「僭称? ……つまり、自分で勝手に皇帝名乗っちゃった人ってことっすか?」
「そうだ。中でもコンスタンティヌス三世はガリアに遠征して地位を確立し、息子コンスタンスにカエサルの称号まで与えているが、将軍ゲロンティウスをスペインに派遣した際、裏切られて蛮族を叛乱させられたところなんかはモルドレッドの謀反と似ていなくもない。4世紀末のテオドシウス伯爵の副官マグヌス・マクシムスという人物も〝西の皇帝〟を宣言してガリアに攻め入り、若き皇帝グラティアヌスを敗って、西ドイツのトリーアに宮廷を定めている」
「へえ…ブリテンにそんな人達もいたんすねえ……それを考えると、その皇帝説ってのも、あながち根拠のない話じゃないのか……」
「さらにこれは正真正銘の皇帝だが、キリスト教を国教化した4世紀初めのコンスタンティヌス一世も、最初はブリテン遠征中の軍隊によって正帝と宣告されているな。ま、さすがにローマ皇帝というのは少々飛躍し過ぎの観があるが、そうした説もあるということだ。この他にも、やはりブリトン人の王だったとする説などがそれなりの根拠を持っていくつか語られているが……ま、今日のところはこの辺にしておこう……」
そう言うと、アダムスは長々と続けていた講義を不意に締めくくり、手に持つアーサー王関連の資料を集めた分厚いファイルをパタンと閉じて、書斎机の上へと置いた。
「どうだね? ターナー君。こうしてみると、アーサー王所縁の品が本当に存在していたとしても、それほどおかしなことではないと思わんかね?」
そして、机の上で両の手を組み、アダムスはアルフレッドの方へ視線を向けて尋ねる。
「ええ、今の話を聞くと、確かにアーサー王さん……もしくはそのモデルとなった人が実際にいたんじゃないかと思うようになってきましたよ……んにしても、アダムスさん、なんか、ものすごくアーサー王に関して詳しいっすね?」
その問いに、アルフレッドはそう答えると、この外見的にはマフィアの親分であるが、なんだか歴史学者並に知識のある人物を感心したように見つめ返した。
「ああ。私も英国人……こう見えて一応はアーサリアンなのでな。で、ターナー君。私の依頼した仕事を引き受けてくれる気になったかな?」
それにアダムスは少し誇らしげな様子で笑みを浮かべると、改めて依頼に対する返答をアルフレッドに求める。〝アーサリアン〟というのはアーサー王伝説ファン、アーサー王マニアのことである。
「ええ……あ、いや、まだなんとも……」
だが、アルフレッドは明確な答えを避け、曖昧な台詞を口にする。
確かにアダムスの話を聞いて、〝アーサー王〟やその遺物の実在がそれほど荒唐無稽なものではないとわかったし、当のアダムスを初め、どうやらこの〝アーサー王〟というブランドに対する人々の人気がかなりのものであることも再認識した。これならば、その無茶としか思えないようなアダムスの企みも不可能ではないのかもしれない……。
しかし、どうにもこの仕事を引き受けるには、今一つ何か気乗りのしないものをアルフレッドは感じていたのだ。何か、良くなものを感じる詐欺師の感とでもいおうか……彼にとって、この〝気の乗る、乗らない〟は、仕事を引き受けるか否かを決めるのに重要な判断材料なのである。
そうした心持ちのアルフレッドに、ビジネスライクな口調でアダムスが言う。
「ダメならば仕方ない。その場合は他を当たるが、もし引き受けてくれれば、50万ポンド払おう」
「ご、50万ポンド⁉」
破格の報酬金額に、煮え切らぬ態度をとっていたアルフレッドの目が大きく見開かれる。
「必要経費は別に請求してくれて構わん。なんならUSドルで払ってもいいぞ? ただし、この仕事が成功したらだ。成功すれば、エクスカリバーやアーサー王関連品は青天井の値段が付くだろうからな。それにトゥルブ家の屋敷や土地なども付加価値を付けて売ることができる。いいビジネスだ……まあ、無理にとは言わん。ダメなら断ってくれていい」
「いえ! 快く引き受けさせていただきます!」
気が乗るか、乗らないかという曖昧な感情よりも遥かに優先される判断材料――報酬額の高さに、アルフレッドは即効、色良い返事を口にしていた――。
To Be Continued…
A suivre…




