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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ホラー

呪いの指輪

作者: しのぶ
掲載日:2015/11/08

 それは俺がシリアに行った時のことだった。

 その頃のシリアはまだ治安が保たれていて、観光に行くこともできた。お土産を買おうと思って、市場を歩いていたところ、一人で露店を出している女が目についた。俺は、何となく心ひかれて、そちらに足を向けた。


 彼女は、黒地に、縁に白いギザギザ模様のついた、ガラビーヤと呼ばれるアラブの民族衣装を着て、やはり黒いスカーフを被っていた。彼女は、目を上げて俺を見ると、笑って言った。


「いらっしゃい」


 そこで気づいたけれど、彼女は、見た目は若いのに、髪は白髪だった。

 テーブルに並べられた、指輪や腕輪や首飾りを見ていると、端の方に、紐で吊るされた指輪が目についた。ラインが二本入っただけの、シンプルな銀の指輪だ。俺は言った。


「この指輪はいくら?」


「あら、お客さん、お目が高いわね。それはアッバース朝の時代から伝わってるって噂の指輪よ。

……でも、私だったら、その指輪は買わないわね」


「どうして?高いんですか?」


「いえ、そうじゃないわ。でもね、その指輪は曰く付きの指輪なのよ。“呪いの指輪”だと、そう言われているわ」


「へえ、どんな呪いなんですか?」


「さあ、私も前の持ち主から譲り受けたものだから、詳しくは知らないのだけど、何でも、捨てても捨てても、持ち主のもとに戻ってくる指輪らしいわ」


「面白そうじゃないですか。買いますよ」


「あらありがとう。じゃ、ついでにこの首飾りも買っていかない?」


「いや、それはいいです」


 こうして、俺はその指輪を買ったのだけど、日本に帰って来て、机の引き出しに入れて置いたら、いつの間にか無くなっていた。何だ、捨てても戻ってくるどころか、自分からいなくなりやがったと思っていたが、そのうち、指輪のことなどは忘れてしまった。




 それから、俺はあの男に出会ったのだった。


 その日、俺は仕事帰りに、車を走らせていた。疲れていたし、眠かったが、もちろんよそ見したりはしない。運転者の義務を守っていた。

 歩道のほうから、一人の女が歩いてくるのが見えた。俺が通りすぎてから、道路を横切ろうというのだろう。俺はそのまま車を走らせた。


 突然、彼女は何かにつまづいて、倒れた。そして、歩道を越えて、俺の車の前に転がった。急ブレーキを踏んだが、間に合わなかった。

 俺の車が、骨を砕き、肉を潰す感触が、車越しに伝わってきた。嫌な音がして、血が飛び跳ねた。


「嘘だろ……」


 俺は車から降りて、呆然と、車の下の、手足のねじ曲がった死体と、広がっていく血を眺めていた。誰かの悲鳴が聞こえ、人々が集まって来た。


 彼女の夫だという男と、俺は法廷で出会った。彼は、俺の運転が不注意だったと、俺を訴えたのだ。

 彼は真面目で直情径行そうな、しかしどことなく、情緒不安定そうな男で、法廷でも時々取り乱しては涙を流し、彼女を返してくれ、と訴えた。

 俺は彼に同情したけれど、俺の方でも人生が掛かっているのだから、負ける訳にはいかない。俺はちゃんと運転者の義務を果たしていたのだ。俺は弁護士と協力して法廷で闘い、無事に無罪を勝ち取った。


 無罪になったとはいえ、人を轢き殺してしまったという意識は、その後も俺に重くのしかかって来た。あのねじ曲がった手足と、血だまりとが、目に焼き付いて離れなかった。

 どうして俺は、あの時あの場所で、車を走らせていたいたのだろうか。そして彼女がつまづいて……あの完璧な、まるで狙ったかのようなタイミングで。

 あと五秒、あと五秒でも時間がずれていたら、あんな事故は起こらなかったのに……。敗訴した後の、夫の姿を思い出した。彼は明らかに、納得してはいなかった。それもそうだろう。こんなによくできた事故が起こるなんて、俺だって、自分の事でなければ、信じないだろう。


 玄関のチャイムが鳴った。

 俺は考え事をやめて、玄関に出て、扉を開けた。しかし誰もいない。何だ、いたずらか?と思った時、突然扉の影から、一人の男が飛び出して来た。


 それはあの、俺がその妻を轢き殺した男だった。彼は刃渡り15cmくらいのナイフを持っていて、真っ直ぐ俺に突きかかって来た。


「うおっ!」


 俺はとっさにかわした。服が裂け、皮膚が切れた。


「待ってくれ!話を……」


 俺は相手のナイフを握った手を掴んで、取っ組み合った。男はすごい力で、ナイフをねじ込もうとしてくる。ナイフが顔をかすめ、頬が切れて血が滲んだ。本気だ。本気で俺を殺そうとしている!


「うおおおお!」


 俺は男の足を払った。男は仰向けに倒れ、力が緩んだ。俺はナイフを奪い取り、男の胸に突き刺した。

 刃が、硬い心臓を貫く感触がした。男はかっと目を見開き、俺を見つめた。何か言おうとしたが、血が溢れ出して、言葉にはならなかった。男は、俺を見据えたまま、息絶えた。


 血が溢れ出して、床に血だまりが広がって行った。俺は荒い息をついて、壁に寄りかかり、床にしゃがみ込んだ。


「どうして……どうしてこんな事に……」


 死体を前にして、俺は途方にくれた。これをどうしたらいいのだろう。どうしてこんな事に……。ああ、あの日、あの時、あの場所で車を走らせてさえいなければ……。その時、どこからか声がした。


『困っているようだな』


 俺は辺りを見回したが、誰もいなかった。


『見回しても無駄だ。俺の姿は人には見えないのだ』


 何だこれは、俺は頭がおかしくなったのか?


『覚えていないか?お前が昔買ったあの指輪のことを。俺は、その指輪に封じ込められていた魔神だ』


「魔神……?」


『指輪を買ってくれたお礼に、お前に恩返しがしたい。お前は今、後悔しているのだろう?あの日からやり直せたらと、そう思っているのだろう?』


「そうだが……」


『ならば、やり直させてやろう。時を巻き戻して、あの日の前からやり直させてやる』


「そんなことができるのか?いや、その前に、何か代償を払えとか言うんじゃないだろうな?」


『代償などは無い。ただ願えばいいのだ』


「そんな馬鹿な……」


 俺は混乱した。事故と、あの男と、ナイフと、死体と、魔神と……どこまで信用できる?これは現実なのか?俺はどうなってしまったんだ?


 だがその時、下の方から、誰かが階段を上がって来る音が聞こえた。まずい。俺はとっさに言った。


「助けてくれ!」




 気がつくと、俺は自分の部屋の、ベッドの上に横たわっていた。


 目覚まし時計のアラームが鳴る音が聞こえた。朝のようだ。何だったんだ、さっきのは?夢?いや、まさか……。

 目覚まし時計のアラームを止めて、俺は気づいた。目覚まし時計の表示は、○月×日。

 まさに、あの呪わしい事故があった日の、1日前だった。


「おい、魔神?」


 俺は呼んだが、答えはない。テレビをつけてみると、ニュースをやっていた。


『おはようございます。○月×日、今日のニュースをお伝えします……』


「これは……現実なのか……?」


 俺は部屋を見回し、窓を開けて外の景色を見回し、それから実家に電話をかけた。


「もしもし、母さん?今日って、何年の何月何日だっけ?」


「あ?何言ってんだい。□年の、○月×日に決まってるだろ」


「本当に?」


「本当だよ。あんた、どうしたんだい?何か事件でもあったのかい?」


「い、いや何でもないよ。ありがとう」


 俺は電話を切った。電話の表示も、やはり○月×日だ。


「本当だ……本当にやり直せるんだ」


 俺はまだ信じきれないまま、嬉しくなった。呪いの指輪どころじゃない。祝福の指輪じゃないか。いやそれとも、あの事故自体が夢だったのだろうか?もしそうなら、どんなに良いことか!


 さてその日になって、俺は車を使わず、電車で通勤した。無事に仕事を終え、無事に家に帰ってきた俺は、平穏さの有り難みを噛みしめながら、ベランダに出て、鉢植えに水をやった。


 その時、俺が向こうを向いたはずみに、肘が鉢植えに当たった。そしてなんと、鉢植えをとめていた紐が、古くなっていたのか、ちぎれて、鉢植えは二階から、下に落ちていった。


 下で、鉢植えが割れる音と、悲鳴が聞こえた。俺は身を乗り出して下を見た。


「嘘……だろ……?」


 下では、鉢植えに頭を割られて、子供が頭から血を流して倒れていた。誰かの悲鳴が聞こえた。人々が集まって来た。

 子供の父親らしき男が駆け寄ってきて、子供にとりすがり、何か呼び掛けていた。子供は答えない。死んでいるらしい。男はふと、顔を上げてこちらを見た。


 俺は戦慄した。


 それはあの、俺がその妻を轢き殺した男だった。



 その後は、また同じことが起こった。俺は法廷で無罪を勝ち取った後、自宅に詰めていた。

 俺はもしあの男がやって来ても、扉を開けないつもりだった。しかし、あの男は、バットを持って、窓を破って入って来た。俺は逃げて追い詰められ、台所に来たところで、置いてあった包丁が目に入った。俺は包丁を掴んで、投げた。包丁は吸い込まれるように、あの男の目に突き刺さり、男は倒れて、動かなくなった。


 俺は、死体を前にして、思った。


「こんなはずじゃなかった。嫌だ…こんなはずでは…」




 気がつくと、俺はまた自分の部屋のベッドに横たわっていた。

目覚まし時計のアラームが鳴った。表示を見る。○月×日。やはり、あの日の前だ。


 俺は、その日、仮病を使って会社を休んだ。もちろん、鉢植えは処分して、ベランダに出ることもなかった。

 しかし夕方になって、食料が無いことに気がついた。俺は少し迷ったが、歩いて行ける距離でもあるし、食料品を買い出しに、歩いて出掛けた。

 食料品を買って、家に帰る道すがら、角を曲がると、急ブレーキの音がして、車が真っ直ぐこちらに突っ込んでくるのが見えた。


 俺はかわすことができず、そのまま轢かれた。骨が砕け、手足がねじ曲がって、死にかけている俺の目に、車の運転手が降りてきて、こちらに駆け寄ってくるのが見えた。


「大丈夫ですか!?しっかりして下さい!

ああ……私は、何てことを!!」


 聞き覚えのある声だった。まさか……と思って見ると、それはやはりあの、俺がその妻を轢き殺した男だった。

 駄目だ……こんなはずじゃない……。




 それから俺は、何度も時を巻き戻してやり直した。しかしどういうわけか、何度やっても、俺は必ずあの男とぶち当たって、殺したり、殺されたりするのだった。

 あの男の子供を轢き殺してしまうこともあったし、駅で電車を待っている間に、あの男とぶつかって、線路に落としたり、落とされたりすることもあった。

 一度などは、俺が路上で通り魔に襲われ、通りかかったあの男が、俺をかばって替わりに殺されることもあった。やはりあの男、情緒不安定ではあっても、根は良いやつらしい。


 しかしいずれにせよ、どうしても、殺したり殺されたりする運命を変えることはできなかった。

 一度は、もう殺される前に自殺しようかとも思ったが、それでは結局、あの男のために殺されていることには変わりないと思って、やめた。

 またある時は、先手を打って相手を殺しに行こうかとも思ったが、それでは結局、最初の結末と変わらないのだ。


 そんなある日、久しく聞いていなかった、あの声が聞こえてきた。


『おいお前、もう諦めたらどうだ?』


「お前……指輪の魔神か……」


『どうやらお前は、その運命を首に結びつけられているものと見える。

お前は、自分が努力すれば、その運命を回避できると思っているのだろうが、それは違う。

お前が努力したか、しなかったか。誠実だったか、不誠実だったか。善意を持っていたか、悪意を持っていたか。そういった事は一切関係なく、お前はあの男とぶち当たって、殺すか殺されるかするように決まっているんだよ。

始めから結末は決まっていて、どんな道をたどろうとも、結局はそこに行き着くようになってるんだ。予定調和ってやつさ。それはちょうど、輪のようなものだ。どこから始めても、結局は同じ道をたどり、同じところに行き着く』


「お前……まさか……」


 俺はわなないた。


「始めから、何もかも分かった上で……」


『おいおい、俺のせいにしようってのか?こうなったのはな、始めからそれに気づかなかった、お前が悪いのだぞ。つまりは、お前が愚か者で、欲が深かったから、こういうことになったのだ。

ま、お前があの指輪を買わなかったら、あるいはこんなことにはならなかったかも知れないがな。だがそれこそ、どう足掻いても、今更取り返しのつかないことだがな』



 そしてまた、その日がやって来た。

 あの男は、ナイフを構えて、叫んで言った。


「親の仇だ!」


「ああ……今回は親だったっけ?まあ、覚えてないけど」


「な、何だと!?あれだけのことをやっておいて、覚えてないだと!?許さない!絶対に許さない!!」


 男は激昂して、突きかかって来た。


「さて、殺すか」


 俺はゴルフクラブを手に取って、呟いた。


 問題は、計画性があったように見えてはならないことだ。そうでないと、正当防衛にならないかも知れないからな。

 どのみち避けられない結末なら、一番マシな結末を選びたいものだ。でもそれなら、やっぱり前回か、前々回のほうが良かったかなあ。


 そんなことを考えながら、俺は気だるい気持ちで、あの男の頭を叩き潰した。

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― 新着の感想 ―
[一言]  繰り返しても繰り返しても同じ決着をみる。まさに世にも不思議な物語でした。  呪いの指輪を買ったことが、問題の発端なのか、また、そんなことは無関係で人の運命は決められた方向へ終息するという…
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