嘘つきは後悔の始まり
人間は誰しも嘘をつく。
偽り、騙し、欺く。
嘘をついたことが無い人はいないだろう。
偽ったことが無い人はいないだろう。
騙したことが無い人はいないだろう。
欺いたことが無い人はいないだろう。
人は自分の私利私欲のために相手を騙し欺き、対価を手に入れる。
そんな醜い生き物だ。
全ての人がそうとは言わないけれど、ほぼ全ての人がそうまでして己の欲求を満たそうと躍起になる。
けれど彼らは嘘をついているとはこれっぽっちも思ってはいない。気付いたときには、嘘をついていた、そんな所である。
俺だってそうだ。嘘をつき相手を陥れ、自己保身のために相手を蹴落とした。
嘘をついてまでも失いたく無いものがあったのだから。その結果があの嘘と見合っていたのかと考えてはいたが、いつしか俺は考えるのを放棄したーーーー
ーーーー朝のホームルームを終えると一時間目が始まるまでに10分ほど時間がある。生徒たちは廊下にある各々のロッカーから次の授業に使う教材を取り出す。そして盗難防止のために鍵をしめ、教室に戻り空いたほんの数分で友達と駄弁る。俺も同様にロッカーまで行き教材を取り鍵をしめ教室に戻るのだが、ここからが違う。俺には駄弁る相手がいないということで、代わりにハブられている。
ハブられるだけならまだしも、俺が不在になった途端に俺の所有物にイタズラをされるという、悲惨な状態まである。
「またか……」
俺は小声で呟くと、小さく息を吐く。
そう、ここ私立恵方学園にはいじめがあるのである。主に俺に対してなのだが、まあ他にもいるのだろう。
教室の端に座ってるあの子だってそうだ。読んでる本が破られたり髪を引っ張られている。
けれど、けれど笑っている。何も言わずにただ顔だけは笑って見せている。自分から行動に移さずに、誰かからの助けを求めようとしてる。
俺レベルとなるとこの程度対したことはない。
例えば、筆箱を捨てられる。例えば、靴を隠される。例えば、机に落書きされる。
こんな物理的なイタズラぐらいで物怖じてどうする。そりゃ、辛くて逃げ出したくもなるだろうけど、じっと何もしないなんて可笑しい。
『いじめられてる奴にも非はある』
というが、その通りである。原因はどうあれいじめに対して抵抗しないのは自分の弱さである。
まあ俺も抵抗しないから説得力はないけれど。けれど今の俺は全てを見限っている。だから自分の今の行動は頷けるのだ。
因みに俺は今、筆箱を捨てられ、机に落書きされているよ。
俺はそれを適切に対処し、席についた。その間僅か5分。もういじめられのプロフェッショナルと言っても過言ではないね。
今日の授業は滞りなく終え放課後となった。ちゃっちゃと支度をして教室から出ようとするが、背後から不意に声をかけられる。
「おい。あいじん。ちょっと金貸してくんねぇか?これからゲーセンいくっけ」
そう言ったのは、この学園を暴力によって支配している社会不適合の男、部刷和央とその傘下。
また来たか。どうしよ。てかあいじん言うな。愛に人と書いてあいとだ。
お前の愛人とか気持ち悪。生憎そっちの趣味は無いんだよ。
「今日は、お金を持ち合わせてなくて。ごめん……」
視線を斜め下辺りにやり、弱冠震え声で話す。クラスの連中と言えば巻き込まれないよう見て見ぬふりを貫いている。
「あ?おい。お前ら鞄確認しろ」
部刷が言うと、傘下達が俺の鞄を強引に奪い、中を確認する。
奥の方に隠していた財布を奪われてしまった。
「……」
何も抵抗できずに呆然と眺める。
かかった。
「へっへっへ。いくらだ?ん?」
傘下の一人が中を確認すると財布には一円も、カードすらも入っていない。残念無念。そう何度もお金を渡してたまるかよ。
「ちっ。ホントに持ってねぇのかよ」
その傘下は財布を投げ捨て、言葉の通り見事ごみ箱にシュートされる。
「明日は持ってこい。今日の分も合わせて3万だ」
言うと部刷は別れの挨拶がてら俺の腹部に強烈な拳を入れ、教室を後にする。その仲間達もそれに習えど俺の体のどこかに一撃くれる。その後、通りすぎる生徒一人一人に目付きの悪い目で睨みながら歩いて去っていく。
痛いな。超痛い。
三万か……払うか馬鹿。
俺はぶたれたとこを擦りながら、鞄を拾い上げ肩にかけ、ごみ箱から筆箱を救出する。
ここでワンポイントアドバイス。この場合、大抵のいじめられてる奴はいじめッ子がいなくなると小さな声でぶつくさと何やら呟いて、居た堪れない気持ちでいっぱいになる。端から見れば惨めなのだ。いじめられッ子は惨めだ可愛そうだと思われるのが一番辛い。何もしてくれないのに、同情されるのが許せないんだ。
だからここは何も言わずに平静を装って、この一連の動作をこなすのが良いでしょう。
そうすれば多少はそう思われないだろう。
以上、ワンポイントアドバイスでした。
何て事を考えながら歩き始める。どこかからの哀れみの視線とは違う何かの視線を遮るように後ろ手で教室の扉を閉めた。
教室を出ると目の前にこの学園の女教師が腕を組み、仁王立ちしている。髪の毛は可愛らしくショートボブだがどこか男らしい。けれど一般的には美人と称されるぐらいの顔立ちであった。だが体育教師であり、生徒が関わりたくないランキング一位の強者だ。俺も同様関わりたく無いと思い視線を合わせまいと心掛け通りすぎる。
が、 どこか優しい声音で俺の歩を止める。
「ちょっと君。いいかな?まだ教室にあいじん君なる人はいるかい?」
あいじん君はもういないね。そもそもあいじん君何ていないし。
「はぁ。居ないと思いますけど」
振り返り様に返答するが、相手の眼とは合わせたくなく視線を下げる。
「そうか。じゃあ君。そのあいじん君に明日の放課後、生徒指導室の私、森山のところに来るよう伝えてくれるかな?」
そういうのは人に頼まないで下さいよ。体育教師の頼みだと断れないじゃないですか。
「拒否権はどうせないですもんね。はは……」
軽く苦笑いを見せてやると、向こうは口角を上げすぐに言葉を返す。
「よくわかっているじゃないか。では頼んだよ。え~と……」
言葉を詰まらせるが俺はその続きを察し呟く。流石の先生でも俺の名を知らないとは、結構有名だと思ってたのにな。体育の担当あなたですよ。
「愛人です」
言うと、先生はこちらに向かって歩き出し、通りすぎ様に俺の肩にポンと手をおき呟く。
「では頼んだよ愛人君」
かっこいい。大抵の体育教師は説教の時だけはやたらと大声で叫ぶし、頼み事も上から目線だ。
説教の時は知らんが、この人は人間としてはかなり出来ているのだと、この会話だけで理解できた。
名前を知らなかったのは何とも言えないけれど。
「あ、はい」
軽く答えると、森山先生は微笑しカツカツと廊下を歩いていく。
あいじん君に伝える、ね。ドンマイだな。あいじん君。
生徒指導室に呼び出されるってだいたい説教だからね。あのノックして、扉を開けると厳つい先生方全員が振り返るから恐いんだよね。マジ足がすくむし。
「ふぅ。あれ?あいじん君って俺じゃん……」
誰もいない廊下で俺は小さく呟く。
ふと教室を振り返るとまだまだ人がいるようで騒がしい。
進級して間のない、高校二年の春。初々しさはもうどこかに吹き飛び、放課後の教室は賑やかだ。クラスは部刷達がいなくなると、活気に満ち溢れる。ついでに俺がいないと不穏な空気がなくなる。クラスの輪を乱しているのは、間違いなく部刷達と俺なのである。不穏分子と不良分子が相乗効果を発揮して最強出力を生み出し平穏分子の輪を乱す。
けれどこれは平穏分子では抗うことは敵わない。平和を望むから。
平和を望むからこそ、無駄な争いをせず、相手の顔色を伺って、空気を読んで、適切な行動をとろうとする。
皆が一致団結していじめを公認さえすれば、それが正しいかのように事が運ばれる。そういう空気が、そういう流れが、暗黙の了解としてそうさせる。
だから俺がいじめられてさえいればこのクラスは平和でいられる。
偽りの平和でいられる。
そういうことなのだろう