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王太子リヒト


 日の光が届かない、深く薄暗いかび臭い石作りの個室に、一人の少年はいた。薄汚れた軋む簡易ベットの上で、虚ろな眼差しの少年は、希望の見えない明日に絶望していた。

(俺は……死ぬのか)

 窓もランプもない部屋の唯一の光りは、鉄格子の向こう側にぼんやりと灯る蝋燭の光りのみ。近くに人の気配はなく、隙間風の音と、時折足元を横切る小動物の鳴き声が響くだけ。

 少年は手枷と足枷を付けられており、枷は重い鉄の球に鎖で繋がれていた。少し手を動かそうものなら、暴れた時に出来た手首の痣が痛み、顔を歪める。

 深い深い息を吐き、蝋燭の明かりが映る天井を見上げ、此処に放り込まれる間での記憶を思い出す。




「号外号外! 国王暗殺! 暗殺したのは王太子! リヒト王太子!」

 人々が賑わう広場で、大声を上げ紙切れを投げる情報屋。情報屋の声に通行人は足を、働いている者達は仕事の手を止め慌てて落ちている紙を拾う。そこには『国王暗殺! リヒト王太子によって国王は毒殺されたもよう』

「なんて馬鹿なことを!」  

「信じられん」

「リヒト様が何故?」

 驚きで何も言えぬ者。怒りで怒鳴る者。呆れ返る者。人々の反応は様々だが、殆どの人がその記事を信じた。噂は尾鰭が付き次第に国中へと広がっていく。

 『今すぐにでも国王になりたいが為に王を暗殺。自分以外の王位継承権を持つ者全てを殺そうと企てていた所を大臣に見つかり捕われる』

 あまりに愚挙。いくら王太子とはいえ、これだけ噂が広まれば極刑は免れないかもしれない。中には奴隷に身分を落とし、死ぬまで辛い強制労働をさせろという声も上がっている。

 判決が下るまでの間、リヒトは地下牢に幽閉されることとなった。


 何度自分ではないと証言しただろうか。

 しかし大臣は耳を貸さず、身に覚えのない証拠が次々と出て来る始末。王の周りで不審な動きをしていた目撃証言。王を殺す為に使った毒薬を入手する為のルート。あまつさえ、書いてもいない暗殺計画書がリヒトの部屋から見つけ出される。執筆鑑定もされ、リヒトが書いた物とされた。

 リヒトを支持していた貴族や有力者達も流石に庇えきれず、とうとう見放したのだった。

(俺ではないのにっ)

 ろくな食事も与えられず、少し窶れた顔になっていたものの、リヒトの瞳には憎しみの火が灯る。自分が暗殺していないことは、自分が1番よくわかっていること。ならば誰かが自分に罪を着せようとしているのだ。国王が死に、王太子の自分が死んで得する者。

 最初に浮かんだのは、自分の次に王位継承権を持つ義理の弟、アレグレである。アレグレは正室の子供であり、昔から何かとリヒトに敵対心を持っていた。

 この国の王制は身分に関係なく、1番最初に生まれた子供が次の王になると決められている。身分の低い側室が先に子供を産み、後から正室が子を産んだとしとも、最初に生まれた子が王なのだ。

 リヒトの母は貴族階級の末端、男爵家の娘だった。側室の美貌と心優しさに国王は酷く執着し、毎晩のように側室の寝室へと足を運ぶ程寵愛していたのだった。当然、正室や他の側室からの嫉みは深く、出産後も悪質な嫌がらせが続く。何時しか心の病に侵され、耐え切れなくなった側室は、城の1番高い塔から身を投げたのだった。幼いリヒトを残して。


 側室を亡くした悲しみは深く、他の側室達が慰めようとするも、王の心の中には誰も入れなかった。

 大きくなるにつれて側室に似ていくリヒト。亡き愛した女の面影を見るのが辛く、王はリヒトと距離を置くようになった。そして甘えたの次男を可愛がるようになり、此処で派閥が大きく2つに別れてしまう。

 古き仕来たりに従い、最初に生まれたリヒトが次代の王へと望む、長い歴史を持つ重鎮達の派閥。王が選んだ者こそが次の王に相応しいと訴える、力を付け始めている新しい貴族達の派閥。一触即発。内乱が起きてもおかしくない程に、2つの派閥の亀裂は深くなっていった。

 そんな時にこの暗殺事件。明らかに犯人はアレグレ側の奴だろうと、リヒトは睨む。しかしもう一人の人物が頭を過ぎり、眉間の皺を深くさせる。


 神を崇め、人々に道と救いの手を差し延べる教会。王と同等の権力を持つ、教皇である。この国が出来た頃から、王族と教会の啀み合いは途切れることはない。表立っての争いはないものの、権力争いの根は王位継承よりも深く歪み、薄汚れたものであった。この争いの原因はリヒトもよく知らされてはいない。ただ解っているのは、教皇が国王軍を狙っているという話を耳にしただけ。神に使え、無益な争いを嫌う教会が武力を望む等とおかしな話で、当然国王は許すはずもなく教皇の願いを拒否し続けている。

 痺れを切らした教皇が、暗殺を企てたというなら頷ける話で。そしてその罪をリヒトに着せた理由もわかっていた。 

(余程誘いに乗らなかったのが気に食わなかったのか)

 教皇はリヒトが次の王に立った暁には、是非教会に手を貸して欲しいと持ち掛けてきたのだ。如何に教会の教えが素晴らしいか、神の為に人は生きるべきであり巨大な力は人を滅ぼすだけにしかならず、軍は神の下で統一されるべきだと。勿論リヒトはこの話を断った。軍は国の物で民を護る為にある。神にではなく、国民の為にあるのだと思いその考えを教皇に伝えた。すると教皇は怒りに顔を歪め、

「神の尊さも解らぬ者に王が務まるか。神の裁きが下るだろう」

 等と吠え、リヒトを敵視するようになったのだった。

(俺を殺して、アレグレに擦り寄るつもりか。愚かだな)

 まんまと罠に嵌まった自分がもっとも愚かだと嘲笑い、もうすぐ来るであろう自分の刑を下す者を待つしかない日々。

 思い返せば敵ばかりの王宮。いくら王位第一継承者だとはいえ、身分が低い為に他の貴族からは見下されていた。幼い頃から暗殺や毒殺を狙っての刺客はあり、数少ない味方が懸命に守っていてくれた。その恩を返す為真っ直ぐに突き進んでいたつもりが、甘かったのだ。

 もっと周りに注意しなければならなかった、もっともっと……リヒトの悔やみは止まらない。もっと早く気付くべきだったと。今更気付いても遅く、深い溜息を付きながら空になった食器を眺める。

 1日2食。味気無いスープと堅いパンの食事を終える度、煤で汚れたシーツに印を付ける。この牢屋に閉じ込められてから早10日。一体いつまで此処に閉じ込められなければならないのか。冷たい石壁にもたれ掛かり、ぼんやりと牢の外を眺めていると、小さな音が響いた。

 石作りの地下牢に高く響く靴音は、食事の時間以外に聞くのは始めてで、やっと来たのだとまた溜息。救いの者ではない。全ての終わりを告げる音なのだと、リヒトは解っていた。

 現れたのは一人の近衛兵。王の紋章が刻まれている鎧を纏ったその兵士は、かつてはリヒトに剣を教えた事があった人物。

「協議会の決定より、前王太子リヒト様は死刑との判決を下された。これより2日後、王都中央広場において公開処刑を行う事が決定された」

 冷たく低い声で告げられた言葉が耳に残る。王殺し。当然の判決だとリヒトは思う。わかっていたが、もしかしたら疑いが晴れるのではないかと、僅かな希望も捨て切れずにいたのだ。しかしその希望も砕かれ、その瞳には最早憎しみの火もなく、リヒトは力なく笑う。

(此処までか)

 最早どうにもならない。協議会の判決が覆される事はない事を知っている分、心が冷めていくのがわかる。絶望。そう、リヒトの心は絶望に染まる。

「……何か異論はないのか」

「異論?おかしな事を聞くものだ。協議会の決定は覆されないのは御前も知っているはず。何を言おうが俺は2日後には死ぬのだ」 死への恐怖など微塵も感じさせず、薄汚れた囚人服を着て質素なベットに座ろうとも、王族特有の気品を纏うその姿に近衛兵は息を呑む。

「何故っ! 何故このような愚かな事をなさったのですか!?」

 鉄格子を掴み声をあげる。王殺しなのど重罪。王太子がその罪の重さを解らないはずがなく、どうしても納得出来なかったのだ。

「……何もしなくてもいずれ王の座に座れるというのに、この俺がそんな愚かな事をすると思うか?」

「!?」

 鉄格子を掴んでいた手に更に力を込め、やはりと小さく呟く。

「濡れ衣なのですね」

「もうどうにもならん。真実はどうであれ、俺は罪人。潔くこの運命を受け入れる。俺は……王の器ではなかった」

「そんなっ、そんなことは」

 天井を見上げ力なく話すリヒトに、自分の不甲斐無さを感じられずにはいられなかった。幼い頃から剣を教えていた自分は、リヒトの性格を知っていたはずなのに。王殺しなどと馬鹿げた事をするような人ではないと、誰かに嵌められたのだと。俯き苦虫を潰したような顔で悔やむ近衛兵。

 王の器ではない? では誰にその器があるというのだろうか。敵だらけの王宮に臆する事なく自分を磨き、精進してきた忍耐強さ。周囲の意見を聞き分け、自分の判断を下せる決断力。少し冷酷だと噂されるが、伝える事が不器用なだけで心根の優しい方だと近衛兵はわかっていたし、王に相応しいのはリヒトしかいないと思っていた。だのに現実は何と愚かなのか。

 俯いていた近衛兵に近寄り、

「幼少の頃より剣を教えて頂きありがとうございました、我が師よ。全てを無駄にしてしまう事をどうかお許し下さい。そして師から教わった事は忘れません。どうか次の王と共にこの国を護って下さい」

 見上げれば、昔のような穏やかな笑みで見つめられていた。何時からこの笑顔を見れなくなったのだろうか。自分の弱みを見せず、壁を作り続けてきたリヒト。皮肉な事に、今の現状がその壁を壊したのだ。  

「俺は……貴方に、御仕えしたかった」

 力なくうなだれ崩れ落ちる姿に、渇いた笑いを漏らす。

「勿体ない言葉だ。国一の剣豪、レオパルドにそう言われるのは名誉だな……泣くな、男の涙は見苦しいぞ?」

 理不尽な判決に憤怒する事も泣きわめく事もせず、ただ今にも消えてしまいそうな笑顔で見詰めるその姿を、国王直属近衛兵隊長、レオパルド・フリッツは生涯忘れないだろう。



 

心機一転し、今までとジャンルが違う物を書いてみようと思いました。

長い目で見てくださると嬉しいです。

此処まで閲覧して頂きありがとうございました。

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