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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第七章 俺の周りを飛んでいた彼女について。
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つ『あなたはまだ、何も知らない』 前編

 二○一三年、一月一日。火曜日。

 ……寒い。

 布団からはみ出た顔を覆うように掛け布団を掛け直し、俺は手探りでエアコンのリモコンを探した。どうでもいいけど、エアコンのリモコンって酷く言い辛いな。口に出している訳でもないのに、惚けた頭でそんな事を考える。

 昨日、雨降ってたからか。それにしたって寒すぎる……。ここは部屋の中だぞ。今、何度だよ。

 最低気温はマイナスに達するギリギリ手前、二度を通過したところ。そりゃあ、寒い訳だ。


「純ー、入るよー?」


 廊下側から杏月の声が聞こえる。……もしかして、あれか。新年明けましておめでとう的な事をやろうって言うのか。

 冗談じゃないよ。年越し蕎麦も食べてないのに、新年明けた時だけ福茶に御節と餅で乾杯ですか。

 昼過ぎて五度くらいまで上がってきたら、起きてやってもいい。

 ガチャリ、と扉が開く音が聞こえた。


「……あ、まだ寝てる」


 そりゃ寝てるさ。どうしてお前は起きてるんだよ。熊だって冬眠している時期だぞ。


「ほらー、さっさと起きなさいよー」


 ――はっ!? まさかこれは、掛け布団を剥ぎ取られる展開か!?

 両手と両足で布団をカバーし、全力で拒否。俺は杏月の攻撃を逃れようとした。

 せめてエアコンがまともに機能するまでは、寝ていたい……。


「……寒いの?」


 俺は無言で頷いた。


「……ふーん?」


 杏月の小悪魔で楽しそうな声音が耳に入ってきた。

 やばい。これは間違いなく、布団を剥ぎ取られるアレだ。絶対に取られないよう、死守しなければ……。

 負けるものか。ここは布団の最終防衛戦。二十分間守り切れば俺の勝ちというわけだ。

 杏月の手が布団に掛かった。


「よいしょっと」


 ……あれ? 布団は剥がされない。代わりに、俺の背中側から潜り込んでくるものがあった。手を腹に回され、抱き締められ――

 這い回っ――!?


「ぎゃはははは!! ちょっ、やめ、ふはっはははは!!」

「ほれほれほれ!! これでもまだ起きないと申すか!!」


 腹の底から沸き上がる痙攣と、唐突に訪れた皮膚を強く刺激する指の感触に、俺は身悶えした。

 妹が布団を剥がす典型的なパターンを予想していただけに、全く防御出来ていなかった身体が悲鳴を上げる。

 俺は叫ぶように言った。


「分かった、起きる、起きるから!!」

「よいではないか、よいではないか!!」


 良くねーよ!!

 先程まで大事に掴んでいた布団を惜しげも無く蹴り飛ばし、俺はどうにか杏月から逃れようともがく。身を捩らせて、杏月を通り越し――バランスを崩して、ベッドから落ちた。


「がふんっ!!」


 顔から落ちたため、世にも間抜けな声が俺の口から漏れる。

 とにかく、これで杏月からは逃れ――

 ……背中に付いて来ていた。


「あはははは!! ごめっ、ギブ、ギブギブ!!」

「大丈夫、痛いのは最初だけよー」

「あはは……ふっ、……くひっ、……や、やめて。ちょっと、も、無理……」


 限界が訪れ、俺の脳から興奮物質が溢れ出す。既に耐えることはできない程にくすぐられ続けた俺は、陸に上げた魚のように断続的に身体を痙攣させた。

 酸欠で脳の働きが鈍る。窒息死しそうな程に苦しい。


「はー。純、可愛いー」

「……!? ……!!」


 声にならない声は、一体誰のものだろうか。俺の意識は遠く彼方へと飛んで行った。

 ……あれ。これ、意外と気持ち良いかも……

 そして。


「お前はいつも悪ふざけが過ぎるわ!!」

「ごめんなさい」


 三分後に杏月に頬を叩かれて意識が戻り、着替え終わった俺は、杏月にたっぷり三十分ほど説教をくれてやった。杏月は始めから謝る気だったようで、俺が目覚めると同時に土下座していた。

 本当、こいつは頭が良いのかバカなのか分からん。


「ほんと、正月から何してくれてんだよ」

「ごめんなさい。もう、します」

「するのかよ!! 日本語おかしいわ!!」


 ため息を付いて、立ち上がった。杏月も土下座に飽きたようで、顔を上げる。……やっぱり笑顔じゃないか。仕方ないな、もう。

 カーテンを開けて、太陽の光を浴びる。窓を開くと、冷たい空気が部屋の中に入ってきた。

 ……おお、寒い。

 何考えてんだ、一月って。二月もおかしいけど、この寒さは人を殺しに掛かっているぞ。


「そういえば、りっちゃん達が初詣に行こうって。朝に電話掛かってきたよ」


 ――初詣か。

 ふと、俺は窓を開いたままでキンと冷えた空気の事を忘れた。吐く息の白さに、悠久とも思える時間を思い返す。


「杏月」

「ん?」

「……瑠璃がおかしくなって、どれくらいになる?」


 杏月はきっと、寂しそうな顔をしているだろう。


「半年くらい、過ぎたかな」


 背後から聞こえてくる声は、どことなく悲痛さを感じさせた。俺はその声を聞いて、それが幻想でないことを再確認する。確かに起きた、現実だった。決して、俺の妄想なんかではない。

 ふと、背中に触れる感触があった。細い指はしっとりと、俺の背中を擦った。


「大丈夫、純。元気出して。きっと、元に戻るよ」

「――ああ」


 一年前。二○一二年、五月二十日。忘れもしない、俺の十八の誕生日だ。

 瑠璃は交通事故に遭って、記憶喪失になった。日常生活は可能らしいが、親の名前も忘れてしまったようで、失語症も合併しているらしい。俺にはそれがどれだけ酷い症状なのか分からないが、強く頭を打ってしまったのだろう、と医者は言っていたそうだ。

 青木瑠璃。

 ――俺の、彼女。

 年が明けてしまった。瑠璃が言い出した十月の学園祭で行う予定だったドラマも、結局撮影する事も出来ずにここまで来てしまった。色々な策を考案し、実行したが、瑠璃が記憶を取り戻す事も、ショックから立ち直る事もなかった。

 杏月は俺の肩に頭を預けた。杏月も同じように、突如として外れてしまった瑠璃の事を考えているのだろうか。

 たった一度の事故が人生を狂わせる事など、世界中の統計から見ればざらにある事なのかもしれない。それでも、毎年訪れる真冬の冷たさは、何が起ころうと肌を刺すというのに。

 それは、俺に時の流れを感じさせる。


「親父は?」

「まだ、戻って来られないって。電話は掛かってきているみたいだけど」

「そか」

「ママが下で御節作ってるよ。早く降りたほうがいいかも」


 俺は頷いて、部屋を出る。廊下に出ると、足の裏を襲う冷たさに顔を顰めた。

 だが、いつか長い冬は終わりを告げ、いつかは春が訪れる。

 卒業すれば学校が代わり、周りを取り巻く人間が代わり、俺の生活は大きな転機を迎えるだろう。

 立花や越後谷、君麻呂やレイラも、それぞれの目標に向けて歩き出すのかもしれない。

 ――ただ一人、瑠璃を置いて。



 ◆



 待ち合わせ場所に到着すると、いつも通りというか、時間前に到着している立花を発見した。まだ、こちらには気付いていないようだ。

 手を挙げて、軽く振った。振り袖を着ている立花はいつものオレンジ色の髪の毛を綺麗にまとめ、あれは……カンザシ、とか言ったか? 髪飾りを頭に装備していた。

 手を振りながら、俺は立花に近付く。……ちっとも気付く気配がないな。強く何かを警戒しているような……


「明けましておめでとう」


 ふと、肩が叩かれた。俺は振り返って、顔を確認し――頬を突付く、硬い指の感触を覚えた。

 ……痛い。


「……えち」


 越後谷司。

 名前を呼ぶ前に、手のひらで口を塞がれた。越後谷は楽しそうに、人差し指を自身の口元に当てる。黙ってろ、ってか。

 ……見れば、既に杏月は行動を制限されているようで、頭に疑問符を浮かべて越後谷を見ていた。

 何を考えているのだろう。

 越後谷はこちらに気付いていない立花に後ろから迫って――ああそうか、越後谷が来るとしたら、俺達とは反対方向――駅側な訳だ。それで、あんなにも駅側ばかりを警戒しているのか。

 ……じゃあ、どうして越後谷は俺達の後ろから現れたのだろう。


「立花」

「――――はっ!?」


 ……後ろから、抱き付いた。なんて大胆な。最早お馴染みの事とはいえ、相変わらずこの様子には慣れない。

 美濃部立花と言えば、元は俺のことを好きな娘だった訳で――いつの事だろうか。もう、一年以上前の話になるだろう。

 とっくにそんな出来事は通り過ぎて思い出になっている。だというのに、俺は立花とはっきりとした『友人』関係を結んだのは、つい最近の出来事のような気がしているのだ。

 だから越後谷のこの行動も、何故か目新しく思えるのだろう。


「明けましておめでとう。俺が居なくて寂しかったか?」

「んなっ、んなっ、んなわけないでしょ!! はなせ!!」

「よく似合ってるぞ、晴れ着」

「わっ。……や、やめてよ」


 あー。仲良いね、二人共。

 越後谷からの熱烈なアプローチを受けて、最近少し立花の様子が変わってきているような気がするのは、俺だけだろうか。

 越後谷が立花の腹に腕を回して、眉をひそめた。その表情、さながら名探偵のようである。


「――――少し太った。一キロ」

「ふがああ――!? なっ、なんでそんな事分かっ――――」

「おい、餅の食い過ぎだぞ。あれは小さな見た目だが、安倍川餅やあんころ餅にすると一個二百キロ程度はあってだな」

「だまれだまれだまれ!! 死ね死ね死ね!!」


 ……もしかして、俺の気のせいだろうか。

 振り返って越後谷を殴ろうとするが、ひらりとそれをかわす越後谷。余裕たっぷりの不敵な笑みを見て、立花が更に逆上する。


「避けるな――!!」


 ああ、まだ君麻呂とレイラが来てないんだぞ。行くなよ。少し止めようとしたが、もう勝手にやらせておけばいいと提案するもう一人の自分が居て、声を掛ける事を阻害した。

 杏月がいつものギャルな格好で、去っていく立花と越後谷を見て苦笑した。


「新年早々、平和ね……」


 ほんとだよ。


「そういえば、杏月は着ないのか。晴れ着」

「え? めんどくさいじゃん、着付けとか」

「……いやあ。まあな……」


 杏月ってこう、年頃の乙女が憧れるものとか、そういうものに一切の興味を示さないのだ。悪いとは言わないけれど、そこには若干の寂しさもある。

 セミロングの茶髪は相変わらずサラサラだし、身だしなみが適当という訳でも無いのだが。杏月は大きく欠伸をして、腕を上げて身体を伸ばしていた。


「あーあ。年末年始は株も為替も休場だし、やる事なくて暇よね」

「……お前、少しは学生らしいことをしろよ」


 杏月も、変わらないな。朝もネットの経済新聞を見て、コーヒーを飲むだけだったし……お前は出社前のお父さんか。


「おお、二人共。あけおめー」


 気楽なテンションで、葉加瀬君麻呂が俺達に声を掛けた。いつもの明るい茶髪で、今日は茶色のダッフルコートに身を包んでいる。取って付けたような格好を除いては、君麻呂はいつも落ち着いた雰囲気の格好だ。


「明けましておめでとうございます」

「今年もよろしくお願いします」


 お決まりの挨拶をかわして、俺達は頭を下げ合う。何だかんだ、軽くて落ち着いていて、乗るべき所は乗ってくれるという、良い友人に発展した俺達である。

 これが初登場時は妹の葉加瀬春子ちゃんのためとはいえ、狂人のような雰囲気で俺に迫ってきたのだから驚きだ。

 今を思うと、あの時はよくあんな態度で人前に出られたな、とは思う。ドラマの話がまだ出ていた時だから、去年の始めほどだろうか。

 君麻呂とも、それなりに長い付き合いになってきた。


「今日は髪、染めて来なかったんだな」


 俺が言うと、君麻呂は前髪を気にしているようだった。


「あー。やろうと思ってたんだけどなー。こないだ染めようとしたら、なんか白髪の数がヤバい事になっててなー」

「……お前、それ染め過ぎだぞ。将来ハゲるぞ」

「えっ!? 染め過ぎるとハゲるの!?」

「いや、どこまでダメージを与えたらハゲるかとか、そういうのは分からんけどさ……」


 途端に慌てて、君麻呂は頭を押さえていた。奇妙な動きをしながら慌てる様は、なんともおかしい。過去の影響からなのか、未だにテンションが上がると動作がおかしくなることは君麻呂らしさを際立たせている。

 杏月が君麻呂の頭をよく観察して、驚いたような顔をした。


「あ、十円ハゲ」

「ギャ――!?」


 君麻呂のキモ面白い顔を久々に見た。


「……冗談よ」

「ししし心臓に悪いだろうが!! 上段っていうのはノーマルガードも屈みガードも出来る攻撃の事を言うんだよ!! つまり不意打ち不可!!」


 何の話をしているんだか。

 新年早々、どこからか激しいエンジン音が聞こえてくる。黒塗りの車が予想通りにドリフト走行で現れると、それは俺達の目の前で停止した。

 車のドアを開いて、金髪碧眼の縦ロール娘――じゃない、今日は桃色の振り袖を着て髪をアップにした娘が登場した。


「――ごきげんよう、皆さん」


 いつもの三倍くらいは優雅な雰囲気が滲み出ている。レイラも、性格さえ大人しければ十分美人の領域に入るんだがな。

 性格さえ大人しければ。


「……おお」


 君麻呂が頬を染めて、感嘆の呟きを漏らした。レイラはその様子に満足したのか、俺の下に歩いて来て――何故、俺の下に。

 俺の目の前に立つと、扇子を広げて身体をしならせる。なんかそれっぽいポーズを取った。


「ジュン! 新年ハッピー・ニュー・イヤーですわ!」

「明けましておめでとう。どうでもいいけどそれ、『新年』被ってんぞ」


 あと、お辞儀くらいしろ。

 レイラは辺りを見回して、誰かを探しているようだった。越後谷と立花かな。……と思ったら、君麻呂を前にして大袈裟に驚いた表情を見せた。

 君麻呂がレイラの行動に、首を傾げる。


「……何?」

「いいえ。庶民すぎて見えませんでしたわ」

「新年早々突っ込み難いボケだな!!」


 越後谷と立花が戻って来れば、これで全員揃う事になるか。

 今日も騒がしくなりそうだ。


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