表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第六章 俺と青木瑠璃について。
96/134

つ『Metamorphose』 後編

 ドン、と大きな音がした。祭の太鼓、などというレベルのものではない。例えるなら、物凄く近くに落ちた雷の音のような――……

 俺と瑠璃は抱き合った姿勢のまま巨大な音に気付いて、音源へと顔を向けた。

 夜はまだ長い。空の向こう側に雲が見える。目立つ明かりは無いはずだった。――通常ならば、そうだった。

 だが、そこには確かな光があった。

 ――姉さんの、マンション?

 光の柱のようなものが、天井に向かって伸びている――爆発、したのか? まるでそれは、太い稲妻のようだ。

 光が目に入るのは音よりも速く、遅れて音は俺達の耳に届いた。

 キン、とマイクのハウリングのような音がした。その音量に、思わず耳を塞いだ。それは雄叫びか、あるいは絶叫か。

 なんだ――何が起こっているんだ!?


「……な、何!? これは……」


 耳を塞いでいたので分からなかったが、きっと瑠璃はそんな事を言った。

 地響きがあった。立っていられなくなり、俺と瑠璃は公園の地面に膝をついた。天空へと伸びる巨大な光の柱は暗雲を裂き、宇宙へと向かっていく。

 その光の柱の中に、一瞬だけ影のようなものを確認する事ができた。

 一瞬だけ見えた影は、しかしその距離をみるみるうちに縮める。俺の目には、影がどんどんと大きくなっているように見えた。

 ――こちらに、向かって来る? 光の柱が逆光になっているんだ。

 あれは――――


「――姉さん!?」


 隕石のような速度で、公園に『落ちて』来た。その衝撃は凄まじく、俺と瑠璃は公園の地面を派手に転がる。頭を打たないように、両手で頭を抱えるのがやっとだった。

 体勢を崩した俺は、目の前に広がる脅威に慌てて膝を付き、バランスを整えた。

 長い黒髪。真っ白な肌。その身には何も纏ってはいない。人の顔をしているが、目つきはまるで昆虫か何かのようだ。

 その恐ろしい表情に、俺は身を硬直させてしまった。

 いつか見た黒い翼を広げ、姉さんは真っ赤な瞳を光らせて、俺を見ている。

 口が開いた。


「ぐっ――――!?」


 この音、姉さんから発されている音か!!

 奇声どころではなく、最早それは超音波だ。鼓膜が破けそうな程に強く、耳を塞いでいても聞こえてくる。

 堪らず、その場に突っ伏した。

 こんな状況では、身動きなんて取れる筈がない。


「……ふーっ……ふーっ……」


 奇声が止むと、俺は耳を塞いでいた両手を、ゆっくりと耳から離した。

 荒い、息遣いが聞こえる。姉さんは四つん這いの姿勢のまま、俺に向かってゆっくりと、近付いて来た。

 あまりに、普通じゃない。俺は喉を鳴らして、姉さんを見た。


「……姉さん? 姉さん、なのか?」


 黒い髪、黒い翼と真っ白な肌のコントラストが、目に痛い。

 姉さんは、真っ赤な涙を流している。這うように、近付いていた。その姿に、俺はあることに気付いた。

 随分と、衰弱している。少し気を抜けばその場に倒れてしまうような、張り詰めた空気を感じる。

 何がなんでも俺に触れなければならないと、必死でいるかのようだった。

 ――また、殺されるのか。

 俺は、目を固く閉じた。


「そこまでです!!」


 光の柱と同じ色の小さな球体がいくつか、どこからか飛んで来た。

 それらは姉さんの周りを取り囲み、互いを線で結ぶように光の筋を放つ。電気が流れるような音がして、球体はやがて線に、そして図形を描いていく。

 瞬く間に、三角形状の檻を形成した。丁度、中に姉さんが閉じ込められたような格好になっていた。

 明らかに、人間的な能力ではなかった。姉さんは構わず、その檻に手を触れる――


「――――あがああああ!?」


 絶叫して、姉さんは檻から手を離した。

 電流……か?

 姉さんは痺れを感じたようで、檻から手を離してその場に突っ伏した。……いや、それだけじゃない。姉さんの背中から伸びていた黒い翼は力を失い、ぐったりと地面に垂れた。

 目を背けたくなるほどに悲痛な姿で、そして、目が離せない。

 ――その翼がやがて萎びるように潤いを失い、そして――もがれた。

 もがれた翼の部分から、真っ赤な血が流れていく。それは姉さんの伏せている地面に、赤い水溜りを作っていった。

 これは、何なんだ……?

 俺は今、一体――何を、見ているんだ。


「純、くん……」


 姉さんが、俺の名前を呼ぶ。

 俺は指の一本でさえ動かす事が出来ず、その幻想的な光景に見入っていた。

 巨大な黒い翼が、まるで花が散るかのように、無数の羽根になっていく。無数の羽根は宙を舞い、やがて光の粒になって消えていく。

 吐き気を感じて、左手で口元を覆った。

 鳥肌が立つ程にグロテスクで、気持ちが悪い。

 ――なのに。

 どうしてこんなに、綺麗だと思うんだろう――――


「姉さん!! 大丈夫か!? 姉さん!!」


 俺は、何を、喋っているのだろうか。

 自分が何をしようとしているのか、自分にも分からない。

 俺の声は今、届いているのか。

 それとも、苦痛に喘ぐその内側では、何者の声も聞こえてはいないのだろうか。


「どうして……?」


 姉さんが、俺に問い掛ける。

 どうしてだろう。

 姉さんが、元に戻っていく。黒い翼は消え、黒い髪はやがて亜麻色に。白い肌はボロボロに傷付き、乾燥し、血が垂れ、地面に突っ伏した姉さん。

 幻想的な光景の筈なのに、それは驚異的なリアリティを持っていた。

 ぞわりと、足の下から頭の天辺に向けて寒気を覚える。それは恐怖であり、そして悲しみに似ていた。

 唯一つ、分かる事がある。

 姉さんが死に逝く瞬間を、俺は今、見ているんだ。


「――結局、抵抗するのですね。……あなたは」


 俺の目の前に、降りて来る人影があった。

 姉さんとは対照的な白い翼を持ち、金色の髪を長く伸ばしていた。

 シルク・ラシュタール・エレナ。

 ちらりと見えた横顔は姉さんに険相な眼差しを向けていた。そこの光の檻も、彼女が作ったものだろうか。

 悲しみと、覚悟を感じた。


「いや。――お願い、シルク。まだ、終わりたくない」

「卒業までに、あなた以外の恋人を見付けること。……皮肉なものですね。こんな、結末になるなんて」


 ――何かがおかしいとは、思っていた。

 姉さんの呪縛が解ける方法が、俺と別の恋人を引き合わせる事だ、ということ。

 何の事はない。初めから、全てはおかしかったんだ。

『俺と姉さんが幸せになるために現世へと引き合わされたなら、そんなルールが設けられる筈がない』ということに。

 気付かなかったんだ。

 提示された情報に従うしか、俺に出来ることは無かったから。


「今のあなたなら、私でも、どうとでもなる」


 ――シルク・ラシュタール・エレナは、嘘を吐いていたのか?


「いや……だって、これじゃあ何も解決してない。純くんを、助けられない……」


 姉さんの悲痛な訴えに、シルク・ラシュタール・エレナが歯を食いしばった。

 どうして、そこまで苦しい顔をして、姉さんを攻撃するのだろうか。

 いや。違う。……シルク・ラシュタール・エレナは、嘘なんて言っていない。

 彼女も苦しい。……純粋な想いを受け取らない事ほど、辛い事はない。

 ならば、何故――……

 ――そうか。それは、因果か。


「幸せの形は……あなたが決めることではありません」


 シルク・ラシュタール・エレナは光の檻を操作した。その中にいる姉さんが、やがて淡く光り、透明になっていく。

 ――まさか、消えるのか?

 いや、ちょっと待ってくれよ。これで終わりには、できないよ。

 まだ姉さんと、ちゃんと話してないんだよ。


「姉さん!!」


 向かおうとする俺を、シルク・ラシュタール・エレナが制する。姉さんと同じように、光の檻の中に閉じ込められた。

 姉さんは涙をいっぱいに溜めて、悲痛な表情で俺を見ている。

 ――そんな。

 消えていく。

 まるで、先程の光の粒と同じ末路を辿るかのように。


「おい!! 待てよ!! 俺も行く!!」

「……純さん。あなたには、現世を生きる役割があります。それは許されません」


 俺はシルク・ラシュタール・エレナの創る、光の檻に手を掛けた。


「がっ――!?」


 瞬間、とてつもない痛みに顔を顰めた。

 焼けるように、熱い。痺れるような感覚もある。途切れるような感覚もある。まるで、現世の痛みを凝縮して閉じ込めているかのような――……

 くそ。

 俺は手を離し、叫んだ。


「知るかよ!! 俺が恋人を見付けたら、姉さんを助けてくれるんだろ!? 助けてくれよ!!」


 ――ああ。

 姉さんが、消えてしまう。

 元々、この世界に存在してはいけないモノだったとでも、言うのか?

 掟破り。

 分かってるさ。

 だからって、こんな最後は。

 許してなるものか――――!!


「――お姉さんは、今、救われていますよ?」


 最後にシルク・ラシュタール・エレナがそんな事を言って――……

 台風のような、あるいはノイズのような、耳障りな音が煩い。

 ああ。

 姉さんは完璧だ。

 姉さんの良い所は、いくらでも思い付く。

 髪の毛は爽やかさ重視で肩甲骨まであるストレートヘアを亜麻色に染めていて、清潔感がある。

 派手すぎないメイクも、ちょっと若い雰囲気の童顔もいい。

 会社からも人気で、交際希望者は結構居るらしい。

 まだ、ある。

 スポーツはバドミントンをずっとやっていて、激しく動く事にも慣れている。今でも日々の鍛錬は欠かさないし、二週間に一度は短大のサークルにOB兼講師として教えに行っている。

 仕事もいい。大手企業の事務職で、ただのOLには出来ない仕事をいくつもやっている。まだ二十一とは思えないほどの仕事ぶりで、いくつも賞を貰っているらしい。

 まだ、ある。

 料理も得意だ。姉さんが作る晩飯はいつも最高級。外で食べるよりも美味いと遊びに来た誰もが言う。そのために遊びに来る男も居るくらいだ。

 茶道もできるし、袴の着付けもできる。柔道の大会で優勝した事もある。短大では経営学部を卒業していて、金にも強い。

 コンピュータも得意だ。プログラミング言語だかなんだか言うものを使って、なんとかっていうネットの機械? を複数管理していたこともある。


 まだ、まだ、いくらでも。

 姉さんは、ひとだ。極普通の、人間だ。

 少なくとも、俺にとっては。

 姉であり、理想の人間であり、俺の目標であり、そして――


 ――――姉さんは、消えた。


「……おい」


 俺と姉さんを取り囲んでいたものが、音もなく消える。

 ノイズのような音は消え、静寂が訪れた。


「嘘だろ?」


 ――もう、この場所には俺しかいない。

 瑠璃は糸が切れたかのように、眠っていた。

 シルク・ラシュタール・エレナは穏やかな笑みを浮かべて――俺を見ていた。

 俺は立ち上がる。

 立ち上がり、そして―ーシルク・ラシュタール・エレナと、向き合った。

 こいつも、神なのだから。


「――姉さんを人間に戻す方法はないのか!!」


 ありったけの力を込めて、叫んだ。


「ありません」


 ――吐き捨てるように、そう言われた。


「『徳』さえ無くなれば、人に戻るんだろ!? 蓄積されるなら、失う事だって可能なはずだ!!」

「それだけの問題ではありません」

「じゃあ、他に何が――――」


 ――因果か。

 規則か。ルールか。それが、宿命だからか。カルマだからか。

 それが、何だ。


「『ノーネーム』を、出せ!! このまま取り込まれるなんて、許さないからな!!」

「……あらら。誰が、そんな事まで教えてしまったんでしょう」


 俺は、シルク・ラシュタール・エレナの胸倉を掴んだ。

 これをどうにか出来るとしたら、こいつしか居ないんだ。

 今ここでこいつを逃してしまったら、もう俺がこの件に関わる事は出来なくなってしまうかもしれない。

 ――絶対に、それは駄目だ。


「天界でもどこでもいい!! 俺を連れて行け!!」


 シルク・ラシュタール・エレナは、ただ俺を見ている。


「――姉さんは、俺が助ける!!」


 まるで、憐れだと言われているかのようだ。


「……生きとし生けるものには、全てその『存在』があります。『存在』がないものから、『存在』があるものへと変化する。ならば、『存在』があるものはいつか、『存在』がないものに変化しなければなりません」

「知るかよ!!」

「それが、『因果』です」

「んな難しいこと、分からねえよ!!」


 シルク・ラシュタール・エレナは――神は、俺の頭を掴んだ。

 何故か、今この瞬間に、俺がこれから何をされるのかということが、理解出来てしまった。


「……おい、やめろ」


 目を見開いて、声を掛ける。

 まるで聞こえなかったかのように、神はただ、従う。

 ――『因果』に。


「タイルズ・リッケルドゥイン・ブラックオニキス・ティアードメサイア・ラッツ・リチャード・レオナルド・ローウェン・ジュン。あなたがこの時間に得た事は、すべて夢、幻です。多少死期は早まってしまいましたが、因果は元に戻りました」

「やめろ!!」


 ――――ああ。

 消えていく。俺の中から、『姉さん』が消えていく。

 初めから、そんなものは居なかった。生まれてからずっと、俺は『姉さん』に出会うことはなかった。

 記憶は、書き換わっていく。砂時計を逆回しにするように、俺の時間が戻っていく。そうして、新しいものに塗り替えられる。

 因果を、修正する。

 ルールを、確かに守られる、ルールへ。

 あの時も、あの時も、あの時も――――



「やめろ――――――!!」



ここまでのご読了、ありがとうございます。第六章はこれで終了となります。

さて、ここまでは予定通り。ここからが難しい……

宜しければ、次章もお付き合い頂けると幸いです。


第七章は 4/25 25:00~より開始です。

何度も失敗して、ストックを持っておく事の大切さに気付いたらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ