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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第六章 俺と青木瑠璃について。
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つ『混沌の呪縛から青木瑠璃を解き放て』 後編

 廊下はほとんど一本道で、どこまでも続いている。古い旅館のようだ。屋敷はあまりに広いため、廊下の奥が見えなかった。

 ……それにしたって、外から見た時、こんなに長く続いている印象だっただろうか。少し気になったが、今は瑠璃奪還が先だ。


「居たぞ!!」


 咄嗟に後ろを振り返ると、スーツ姿の男達は既に俺達を特定し、後ろから追い掛けて来ていた。レイラと君麻呂は入口付近で戦っている。ということは、当然中にも追っ手が来るか。

 越後谷は分かっていたかのように、その場に立花を降ろした。


「よし、美濃部。お前の出番だ」


 そう言って、そのまま走り出す。……いやいや。一体どうした。

 立花が一瞬こちらを向いて――泣いていた。全力で。


「……越後谷、うらむ」

「後でな!!」


 気にもしていない越後谷が、笑いながらその場から離れた。……ええ。いいのかよ。

 スーツ姿の男達が、銃口を立花に向けた。立花は喉を鳴らして――遂に、その黒いコートの下を曝け出した――

 ――チャイナドレス?


「こっ、こっ、こ――こから先は、通しません!!」


 越後谷はポケットから携帯電話を取り出して――チャイナドレス姿の立花を、何枚か撮影した。


「撮るな――!!」


 すかさず、後ろから罵声が飛んで来る。何事も無かったかのように越後谷は携帯電話をポケットに戻すと、走る速度を上げた。


「立花も戦うのか」

「実は太腿の部分に手榴弾を仕込んである。胸元にはセミオートの拳銃を仕込んだ。戦いの準備は万端だ」

「……チャイナは?」

「趣味だ」


 ……もう、本当に祭どころの騒ぎではなかった。立花も可哀想に。

 廊下の向こう側に、鋼鉄の扉が見えてきた――真ん中から開く形式で頑丈な見た目であり、まるで牢獄へと続く扉のようだった。少なくとも、和式の家には似合わない。いや、そもそも一般家庭には普通、無いものだ。

 越後谷は腰に挿してあるナイフを取り出し、右手に構えた。鋭い眼光を扉に向け、姿勢を低くして更に走る速度を速める。

 この先に、瑠璃が居るのだろうか。他の部屋の扉とは違い、ここだけが異質な空気を纏っていた。

 そろそろ俺も、戦う準備をしなければならないか。青木善仁と戦うのか――前に一度試した時は、ボロボロにやられてしまったが。

 今回は少し、作戦を考えなければならない。


「突っ込むぞ、穂苅!!」

「りょーかい」


 俺は越後谷の後ろに陣取った。弾丸のように突っ込んでいく越後谷は廊下を右脚で強く蹴り、走る速度を飛距離に変えて低く跳躍した。

 ……あんなナイフで鉄の扉が斬れる訳ないじゃん。


「――――閃っ!!」


 気合の入った掛け声と共に、越後谷が鋼鉄の扉にナイフを入れる――いやおかしいだろ!! 何でもアリか!!

 砂埃と共に、越後谷は中へと侵入した。俺も続いて、穴の空いた鋼鉄の扉に突っ込む。

 ……レイラのバズーカもそうだったけど、最早これは『徳』なんかの領域ではなさそうだけど……一体、何がどうなっているんだ。

 その煙のような砂埃に、思わず目を瞑った。

 視界は暗い。――だが、明確な光の存在を感じて、俺はゆっくりと目を開いた。


「初めは、微かな共通点を持った『人間』だった。瑠璃は目的を持たず、興味を持たず、人と触れる事はない子供だった」


 声が、聞こえる。

 それは俺達に語り掛けるようにゆったりと眠た気で、重い言葉だった。耳の奥から脳の下部へと下りて行き、俺の本能を刺激する。


「……ちっ。現れやがったな」


 越後谷が舌打ちをして、前を見た。俺も越後谷の視線に合わせて、その人物を確認した。

 半透明で青白い光を放つ半円形のドームのようなものに、瑠璃が閉じ込められている。

 その瞳に光は灯っていない。ただ決められた言葉に従うかのように、そのドームの中に瑠璃は座っていた。

 ぴくりとも動くことはない。

 辺りは洞窟であり、岩に囲まれていた。だが、不思議と地面の感覚はない。石の上に立っているにも関わらず、固くも柔らかくもないのだ。

 ……何かが、おかしい。

 それに気付いた時、俺はとんでもない思い違いをしていた事に、気が付いた。


「その弱々しい『魂』の欠片を、さも普通の人間のように見えるまで、慎重に、時には大きなリスクを背負い、育ててきたのだ」


 まだ、気付いていない。

 越後谷も、立花も、レイラも君麻呂も、気付いていない。

 半透明のドームの目の前に立つ青木善仁は柔道着によく似た服装で、帯を締めていた。


「その生命の重みが、お前達に分かるか?」


 ここが何処なのかが朧気にだが、分かった。そして、目の前に居る青木善仁という人物が一体どういう存在なのかも、少しだけ把握できたような気がする。

 確認がてら、俺は携帯電話を開いた。そして、目的のものを確認する。

 ――やっぱり。

 携帯電話を閉じて、前を向いた。

 いつからだろう。何かがおかしい事には、薄々感付いてはいた。

 問題は、タイミングだ。

 それさえ分かれば、先手が取れる。


「……瑠璃は、そこにいるのか」


 俺が問い掛けると、青木善仁は首を振った。俺の目を見て、気付いたのだろう。ふと笑みを浮かべると、構えた。


「聡明な理解力だ。――やはり、恭一郎の息子なだけある」


 俺と親父の何が似ているかと言われれば、似ている要素など一つも感じられないが。


「瑠璃はここにいるが、ここにはいない。元々、『此処』には居なかった。――そうだろう?」


 そう言うと、青木善仁は笑みを浮かべた。

 根拠はない。原因も分からない。だが、感覚だけがあった。

 ――だって、いつからか杏月が居なくなったんだ。

 携帯電話はずっと、圏外になっていた。

 だから。


「そこまでですわ!!」


 後ろから、声が掛かる。俺と越後谷が振り返ると、そこにはバズーカを構えたレイラ、相変わらずマイクを片手にしている君麻呂、チャイナドレス姿の立花が現れた。

 青木善仁の表情が、少しだけ険相な面構えに変わった。


「……モブは、それなりに用意したつもりだが?」


 青木善仁の言葉に、レイラは余裕たっぷりの笑みで胸を張り、縦ロールを撫でた。


「事もあろうに、このわたくしに『たかが』モブの相手をさせるとは――二階堂財閥も舐められたものですわね」


 君麻呂が青木善仁を指差して、慌ただしく叫んだ。


「なんかスーツの奴等、霧みたいに消えちまったぞ。一体ありゃ何なんだよ!」


 立花は純粋に、ドームの内側に居る瑠璃を心配していた。


「瑠璃……」


 越後谷は急に目を見開いて、後ろに居る三人を確認した。それぞれの格好を見て、越後谷は頬から汗を垂らした。そうして、自分の服装を確認する。


「……いや、待て。そうか」


 ――越後谷も、気付いた。相変わらず、事態の変化に対する観察眼が鋭い。

 良かった。俺だけの違和感ではなかった、ということだ。

 越後谷は俺に頷いてナイフを構えると、青木善仁に一直線に向かっていった。

 拳を構えた青木善仁が、飛び掛かった越後谷に対応する。越後谷が何を考えているのか、手に取るように分かった。彼の言う通りというか、越後谷では青木善仁には敵わないのだろう。それは実際の世界でもそうであり、関係が逆転することは当分ない。

 だから、俺はタイミングを待った。


「積年の恨み!! 晴らせて貰うぞ!!」

「やってみろ!!」


 越後谷の台詞に合わせて、俺は駆け出した。青木善仁と越後谷の直線上に並び、青木善仁から俺が見えないように。

 青木善仁の拳と、越後谷司のナイフが衝突する。

 強い衝撃を感じて、俺は僅かにスピードを緩めた。だが、負けじと足を前に出す。


「行け!! 穂苅!!」

「むっ!?」


 青木善仁の目には、越後谷の後ろから突然俺が現れたように見えただろう。

 俺は青木善仁の横をすり抜け、青白く光るドームへと手を伸ばした。

 瑠璃色に光る、ドームへと。


「――――瑠璃!!」


 ドームに触れる。

 ぴちゃん、と音を立てた。それは水のように鮮やかに形を変え、俺の右手を受け入れた。

 波紋が広がる。

 あるいはそれは、僅かな意識の欠片だった。時を止め、過去も現在も未来も遠く及ばない空間に、俺を誘う。

 瑠璃は感情の無い瞳で、俺を見る。


「純!! こっち!!」


 どこからか、杏月の声が聞こえた。

 すう、と意識が遠のいた――……



 ◆



 どこまでも続く地平線に、終わりは見えない。空も大地も白いのに、その空間が二つに分かれている事が確認できた。

 いや。真っ白なように見えて、その世界は僅かに区切られているのだ。何もない空間に一つ、灰色の線が引かれた時のように。

 ぼやけて、淡い。

 意識は落ち着いている。水を掛けられた後のように無感情で、冷静だった。ふわりとした意識の中に、感覚を覚えることはない。

 目の前に居る、ひどく懐かしい男が、俺を見ている。


「――よくここまで辿り着いたね、純くん」


 ああ、まったく我ながら、大したもんだ。

 何度も繰り返す時の中で、俺は自分の『徳』を向上させていった。自分の事に関する影響しかないのかと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。

 俺はため息を付いて、目の前の男――ああ、相変わらずの茶髪で、歳を感じさせない異様な若さで、人を苛立たせる茶目っ気たっぷり、余裕綽々の笑顔でいる男――穂苅恭一郎を見据えた。


「さて、問題です。今のはなんでしょう?」


 恭一郎は人差し指を立てて、俺に小首を傾げた。俺はため息を付いて、それに答える。


「……時を戻す事が可能なら、『今』ではない時空間を作ることだって、不可能じゃないはずだ」

「さすがだ、我が息子よ」


 なんで、親父にそんな事ができる。

 そもそも、こいつの存在は理解し難いものだった。何故か色々な権力を持っていて、知識に厚く、まるでいつもタイミングを測ったかのように現れ、色々な物事を見てもいないのに把握している男。

 穂苅恭一郎。

 青木善仁だって、親父の存在を知っていたから現れたのだろう。本当の青木善仁がどのような存在なのかは、俺には分からないけれど――もしかしたら、あの空間に居た青木善仁が本物だという可能性もあるけれど。


「ただし、『現在』という因果に触れないような空間というと、そこまで大きな事は出来ないんだけどね。さっきみたいなサイズのものが僕の限度かな」

「……杏月は」

「とっくに気付いて、青木善仁の家に到着する手前で離脱したよ。流石フィリシア、理解が早いね」


 ……それで、途中から唐突に居なくなったのか。


「どうして、こんな事ができるんだ。……というか、あんた一体何モンなんだよ」

「んー。その質問には、答えられないんだな。残念ながら僕も純くんと同じ、反逆を起こした側なもんでね」


 ……ちっ。楽しそうに言いやがって。

 しかし、俺と同じ……って、どういうことだ?

 恭一郎は両手を広げると、辺りを見回した。


「ここは、どこだと思う?」

「知るかよ」

「怒んない、怒んない。……ここは、時間に縛られない空間。名前のない空間とも言うかな。ここに純くんを連れて来たのは、因果に抗うためには、純くんにこの場所を知って貰わないといけなかったから」

「……因果に、抗う?」

「もうシルクちゃんから聞いてると思うけど、お姉ちゃんは前世では、純くんと結ばれる予定だったんだ。その意識を持ち続けたまま、現世に降臨したお姉ちゃん――と言えば、掟破りなのは分かるよね」


 恭一郎の言葉に、俺は頷いた。にっこりと笑って、恭一郎は続ける。


「じゃあ、その因果、つまりルールとやらを作っているのは誰か、ということなんだけど――残念ながら、これは誰でもないんだな」

「親父。冗談言ってる場合じゃなくて」

「冗談じゃないよ。本当に、誰でもないんだ」


 相変わらず、難し過ぎてちっとも頭に入って来ない。……何の説明なのだろうか。

 恭一郎は俺を指差した。


「純くん。君は誰だい?」


 ……どういう質問だよ、それは。


「……穂苅、純」

「じゃあ、僕は?」

「……穂苅、恭一郎?」

「そうだね。じゃあ、神様には『神様』という固有名称がある、という認識でいいかな?」


 ……要領を得ないな。本当に一体、どういう質問だよ。

 第一、時間に縛られない空間って言っても、外の世界では一体何が起きているのか――いや。時間に縛られないということは、外の世界ではまだ何も起きていない可能性だって、あるのか?

 おいおい。もう、俺なんかが理解できる世界を超えているんだけど……。

 俺が辺りを見回していると、恭一郎は口の端を吊り上げた。

 いつもの、表情だ。


「――じゃあ、『神様』の上には、誰が居ると思う?」


 ……えっ?

 シルク・ラシュタール・エレナの言葉から、神様は複数居るらしき事はなんとなく把握できていた。でも神様よりも上の存在なんて、考えたことはなかった。


「上……って言われても、そりゃあ、それこそルールとか、因果とか、そういうモンなんじゃ……」

「おお! 当ったりー。すごいね、純くん」


 すごいと言われても。何も解決なんかしてないぞ。

 俺が頭に疑問符を浮かべている事に気付いて、恭一郎が上を指さした。

 釣られて、指の先を見上げる。

 ただ、真っ白な空間が続いていた。


「名前があるものには、『存在』がある。純くん。君が戦わないといけない、抗わないといけないのは、それより上の存在。『名前がないもの』を捕まえることだよ」

「……名前が、ないもの?」

「あえて呼び名を付けるとするなら、『ノーネーム』って僕は呼んでる。あるいは、『大いなる意思』とかね」


 恭一郎は今、俺に貴重なヒントを与えている。

 ――咄嗟に、そう思った。


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