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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第六章 俺と青木瑠璃について。
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つ『混沌の呪縛から青木瑠璃を解き放て』 前編

 十月十六日、火曜日。午前三時過ぎ。

 夜明け前の風は凍える程寒く、秋の服装では耐えられない程だった。レイラが登場して車の中に入るまで、越後谷を除く全員が震えながら両手を擦っていた。

 颯爽と現れて、いつもの優雅な決めポーズを見せるレイラの車に俺達は無心で乗り込み、車は発進する。各々が抱えている役割を再確認して、一同は青木瑠璃の隠れ家へと向かっていた。

 なお、瑠璃が実家に居ないということは、幼馴染である越後谷が直々に家の扉をノックし、確認したらしい。部屋の電気は消えていて、中に人の気配も無かったそうだ。決定的だったのは、いつも止まっている筈の高級なセダンが、駐車場に無かったことだという。

 その上で自宅の電話を鳴らすも出ないとあらば、確かに様子はおかしい。居ないと考えた方が自然なのかもしれない。

 そして、今。

 ――俺は、大変な危機に直面していた。


『宣戦布告してきただァ!?』


 瑠璃が実家に居ないことを確認した越後谷は、その場で瑠璃の携帯電話にコール。出た青木善仁に、越後谷はこう言い放ったそうだ。


『今日の午前三時に、青木瑠璃を取り戻す。――覚悟しとけ』


 曇り続きだった空は晴れ、月明かりが待ち合わせ場所に到着した俺達を包み込んでいた――――

 ――いや、ドラマの見過ぎだから!!


「越後谷隊長。コースAからBに変更。ルートを変更し、南から侵入する形を取りますわ」


 助手席に座ったレイラはサングラスを掛け、何やら運転席の男に説明をしながら、後ろの越後谷に声を掛けた。杏月は相変わらず、ノートパソコンを広げて操作していた。

 よく、この高速で走っている状況でパソコンなんか使えるな。


「なーるほど。一度、交通事故で柵が壊された経歴があるのね。レイラ、南からなら都合が良いわ。道路の角から三十メートル先の壁を狙って」


 杏月がキーボードを操作し、レイラに道案内をした。普段はセミロングの茶髪をツインテールにしているか、ツーサイドアップにしているか、そのままおろしているかだが――邪魔になるからだろう、今日は後ろで結いている。

 いつもの鞄以外に、腰に下げたポーチのようなものに何が入っているのか、俺は怖くて聞けない。


「了解ですわ。隊長、指示を」


 いつから越後谷は隊長になった。

 越後谷は助手席の後ろの列、中央に陣取り、大きく股を開いて腕を組んで座っていた。普段の通りの黒い服だが、今日はロングコートのようなものを羽織っている。

 まるでマントのようで、さながらそれは漆黒の騎士のようだ。

 越後谷はクールな笑みを浮かべて、目つきを鋭くさせた。


「――――やれ」


 やれ、じゃねえよ!!


「越後谷!! お前本当に、これがどういう事なのか分かってるんだよなァ!? 面白半分で済まされる事じゃないんだぞ!!」

「なんだよ穂苅。祭に水を差すな」

「祭じゃねえよ!!」


 俺が越後谷の胸倉を掴むが、越後谷は相変わらずの無表情で、俺とは目を合わせない。

 例の何を考えているのかさっぱり分からない、ミミズが這ったような目をして、ぽつりと呟いた。


「じゃあ、瑠璃が明日の学園祭に出られなくても良いのか」


 ……うっ。


「穂苅、多少派手な事をやっているように見えるが、俺達は一致団結して瑠璃を『家庭』の魔の手から救い出そうとしているんだ。――そう。これは言わば、茨の道――通らなければいけない試練の道なんだよ」


 ……そ、そうか? まあ確かに、瑠璃を学園祭に出すためには、何れにしても青木父をどうにかしなければいけないという状況にはなっているが……。

 そのためには、青木父を出し抜いて瑠璃を攫ったほうが手っ取り早い――

 越後谷はようやく俺と目を合わせたかと思うと、イケメン三割増しといった表情でニヒルな笑みを浮かべた。


「――な? 腹括れよ」


 俺は胸倉を掴んで揺さぶっていた手を止めた。

 ……仕方ない。確かに、ここは越後谷の言う通りに


「って騙されるか――い!! 話し合いの方向に持って行くべきだっただろうが――!!」

「ちっ」


 結局、越後谷が瑠璃の両親に嫌われていて、越後谷も瑠璃の両親が嫌いだったから、互いの反発に火が点いただけである。瑠璃が今の俺達の状況を知ったら、なんと言うだろう……

 よく見たら、こいつもナイフみたいなものをベルトに装着していた。

 残虐な笑みを浮かべて、越後谷は口の端を吊り上げた。


「クソジジイには、瑠璃を連れ回して散々殴られ続けて来たからな。今日こそ反撃の狼煙を上げるぜ……!!」


 ……殺る気満々だった。


「純、任せろよ。瑠璃ちゃんの親父さんに会う所までは、スムーズに行くと思うぜ。俺様の活躍によってなァ!!」


 君麻呂は金髪に緑の混じったような複雑な髪色で、ワックスを使って髪の毛を立てていた。その姿、さがなら夜道を彷徨うロックバンドのようである。

 ギターを持っているのは、本当に真似事をしているからなのかどうなのか。


「……今更だけど、その格好はかなり外していると思うぞ」

「んなことねーよ!! これがナウなヤングにバカ受けな超今時スタイルだっつーの!!」


 もう、ナウもヤングも今時使われてる言葉じゃないよ。分かってると思うけど。


「純。もう、止めようよ。私達は黙って後ろで見ていよう……」


 立花は既に、完全な諦めモードだった。

 そういえば、立花は全身を多い隠すような丈の長いコートを羽織っていた。真冬に着るようなもの、しかも可愛い物が好きな立花の所有物では無いと思える、黒いコートだった。……あれ? 黒いコート?

 夜道に目立たなかったからあまり気にしていなかったけど、この格好は……


「……立花? そういえばその服、どうしたんだ?」


 立花は目尻に涙しながら、自虐的な笑みを浮かべた。


「聞かないで……」


 なるほど。越後谷に何かされたな。そういえば、トランクには越後谷の手によって大きな荷物が積まれていた。

 主犯・越後谷とはいえ、俺達もただでは済まないだろう。

 どうなってしまうんだ、この状況……胃が痛い。


「そういえば、結局付いて来たんだな、立花」

「だって、越後谷が何するか分からないじゃない……。最後に謝るの、大体私か瑠璃になるから……」


 なるほど。救済処置か。俺も、越後谷主体で悪乗りを始めるとここまで酷いことになるとは思っていなかった。

 ふと、越後谷の携帯電話が鳴った。越後谷は電話の主を見ると、顔色を変えた。

 電話を通話状態にすると、スピーカーモードに変更した。


『――越後谷司』


 ……この声は。


「よう、クソジジイ。大人しく瑠璃を学校に戻す用意はできたか?」

『瑠璃は転校させる。既に学習上は問題ない。今の学校に居ると、悪影響を及ぼしそうだからな』

「ほう――なら、覚悟しとけ。お前の馬鹿にしている瑠璃の友達とやらが、どれだけ優秀なのか思い知らせてやる」


 どれだけアホかを思い知らせる結果になりそうだが。


『ふん。瑠璃は屋敷の一番奥に居る。どうしてもと言うなら、力尽くでやってみろ。……できるものならな』


 ノリノリだ――!?

 青木父、越後谷の突撃に結構ノリノリだ――――!!

 同時に、俺の携帯電話も鳴った。……何だよ、こんな時に。……あれ? 知らない番号だ。

 俺は電話を取った。


「……もしもし?」

『あ、もしもし純くん? なんか面白い事になってるねー』


 聞き覚えのある、軽い調子の声が聞こえてきた。

 ……親父?


「知ってんの!? だったら止めてくれよ!! 親父、瑠璃の父さんと知り合いなんだろ!?」

『あっはっは!! いーのいーの、いつかは通る道だから。練習だと思って、一回善仁と戦ってみー』


 ……何言ってんだ?


「いやちょっと、全然意味が分からないんだけどさ!!」


 いつかは通る道って……俺が誰かと戦う、ということか? それにしたって、今回はやり過ぎ――普通の感度じゃない。間辺慎太郎や君麻呂が所属していたバスケ部の連中とは、訳が違う。

 それこそ、暴走した姉さんと戦うかのような――……


『お姉ちゃんが居なくても、ちゃんとやりなさい』


 ――その言葉を聞いた時、頭の中で何か、不思議な感覚のようなものが繋がった。

 この救出、茶番なんかじゃない。……わざと、なのかもしれないと。青木善仁と穂苅恭一郎の間は繋がっている。今回の一件も、もしかしたら俺と姉さんに関わる事なのかもしれない。

 青木善仁は、俺の前で『徳』の話をし、親父の話をした。それがもし、親父の――穂苅恭一郎の、知っている事だとしたら。


『そういえば、伝言を任されていたんだったね。なんて言ってた?』

「……うちの娘を妙なことに巻き込むな、……だったかな」

『あっはっは!! ……じゃあ、こう伝えといて』


 瑠璃の父さんは、俺が穂苅恭一郎の息子だと気付いた時に驚いていた。その時にきっと、青木善仁自ら、親父に連絡しているはずだ。

 前にも、きっと『徳』絡みの出来事があったんだろう。


『やーなこった!!』


 そうして、電話は切られた。

 越後谷は主に話し合いとか話し合いとか、色々な問題点をスルーして突撃に向かったけれど、もしかしたら手っ取り早かったのかもしれないな。この分だと、青木善仁と話し合いをしたところで、結局同じ事になっていたのかもしれない。

 どの道――力尽くで瑠璃を連れ出すしか無いのなら、そうするべきなのだろうか。

 あれきり、姉さんから連絡も来ない。

 ――ぐ、と携帯電話を握り締めた。


「着きますわよ!! 全員、衝突に備えてくださいまし!!」


 レイラが叫んだ。杏月がノートパソコンを閉じ、君麻呂がギターを仕舞った。立花がシートベルトを握り締めた。

 越後谷は笑みを浮かべたままだ。


「黒子!! オーバー!!」

「承知しました、お嬢様!!」


 黒子とか呼ばれてるのかよ、運転手――――


「うわあっ!!」「きゃあ!!」


 ――衝撃は一瞬。しかし、強大。

 門の右側にアクセル全開で激突した俺達は、壁を抉るように破壊し、中へと侵入した。黒いセダンは玩具の車か何かのようにスピンし、咄嗟に運転手がブレーキを踏む。

 瞬間、屋敷に響き渡るように、サイレンの音が鳴った。そこかしこに設置された赤いランプが点灯し、光はランプを中心にして回転を始めた。

 始まって、しまった。


「行くぞ、お前等!!」


 越後谷の掛け声で、俺達は次々に車から降りた。どこからか大勢のスーツ姿の男が現れ、俺達に銃口を向けた――


「動くな!!」

「お前達が侵入する事は、既に旦那様から聞いている!!」


 拡声器だろうか、大きな声でそんな言葉が聞こえてくる。俺達が先へ進めば、こいつらは迷わず発砲するのだろうか。

 ――いや。死ぬだろ、これ。


「目には目を、ですわ!!」


 レイラがトランクを開けて、大きな包を開いた――バズーカ砲!? 何でそんなもの持ってるんだよ!! 構えると、躊躇わずにぶちかます。

 派手な轟音と共に弾は飛び、スーツ姿の男達は吹き飛んだ。


「死にはしないから、ご安心くださいまし」


 ……いやいや。そんなバカな。


「ほい、純。これ付けろ」

「……え?」


 君麻呂から渡されたそれは――耳栓? 見ると、他のメンバーにも同じように渡されているようだった。

 既に越後谷は立花を背負って走り出している。……立花を背負って? やばい。俺も後に続かないといけないのか。車を盾にして、レイラはバズーカを撃ち続けている。

 ……今まさに、俺達は戦争をしていた。


「よっしゃー!! 行け、純!! ここは俺ちゃんに任せろ!!」


 車の両サイドに置かれたのは――巨大なスピーカー? 君麻呂は車の上に登ると、マイクを片手に。すう、と大きく息を吸い込んだ。

 ――あ。何をするのか、分かった。一刻も早く、ここから離れなきゃ。耳栓を付けて、俺も走り出した。

 スーツ姿の男達は、車の上に派手に立った男に注意が向いたようだった。

 君麻呂に銃口が向けられる――すう、と息を吸い込んだのが一瞬だけ見えた。


「――アロハッ!! ――オエエエエエエ!!」


 耳栓越しにも聞こえたのだから、大した音だった。

 君麻呂の発した強大なアロハオエ爆撃によって、スーツ姿の男達が耳を塞ぐ。その一瞬を付いて、俺と越後谷、そして立花が男達のガードを潜り抜けた。

 君麻呂は叫び続けているため、連中が俺達に気を取られる事はない。

 ……あれ? 越後谷って、こんなに速かったか?

 確かマラソンの時は、これ程ではなかったような……。今回は立花を背負っているし……

 俺が不思議に思った事に気が付いたのか、越後谷はにやりと笑った。


「おそらくだが、お前に関わった奴、今全員ブースト掛かってるぜ」


 ……そうなのか。確かに越後谷も、時を戻していく中で一度死んでいるしな。

 あれ? その法則で行くと、立花なんて結構すごい事になっているのでは……

 立花は越後谷の背中で、目を閉じて何かをぶつぶつと呟いていた。


「私は関係ない私は関係ない私は関係ない……」


 現実逃避か!!



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