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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第一章 俺が姉さんの束縛から逃れるという件について。
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つ『その姉さんは安全か』 後編

 慌てて、俺は背中を向けた。すると、どうしてもケーキが視界に入ってくる。


「わっ。――うあっ、純さん、こっち見ないでくださいよ」

「無茶言うな!!」


 小声でぼそぼそと呟いて、俺はその場を誤魔化した。ケーキはおろおろと隠れる場所を探していたが、最終的には出て行く事にしたのか、浴槽の扉からその姿を消した。

 そして、扉は閉められた。

 ……すかさず、俺も出れば良かった。背後でシャワーを浴びる音が聞こえる。結局、入って来たのか。

 湯の中は特別高い温度ではないのに、のぼせそうだ。


「もうっ。ダメじゃない、シャワー出しっ放しにしちゃ」

「ら、乱入して来ないでって、言ったじゃん」


 姉さんは俺の抗議を無視して、鼻歌を歌いながらシャワーを浴びている。先程の神様のように、俺も消えて無くなってしまいたい。

 ……この人、俺に襲われるとか、そういう事は考えないんだろうか。……考えないか。俺にそこまでの度胸が無いことくらい、とうに見抜かれているだろう。

 背中を向けていると、姉さんに背中を押された。前にずらされると、自然と浴槽の縁と背中の間に隙間が生まれる。

 そこに何かが入る音が。白い腕が視界に入ってくる。ふわりと、背中に柔らか――

 ――――いやいやいやいや!!


「ねえ、誰と話してたの?」

「えっ……えと、いやあ、気のせいじゃないかな」

「……むー」


 納得が行かないようで、姉さんは背中に自慢のそれを押し付けてきた。だから彼女も出来た事がない童貞の俺に、そういうことを気軽にするなと言っているのに。

 まして、風呂だ。当然の如く、二人とも全裸だった。その意識が、俺の羞恥心をさらに加速させる。

 ケーキは出て行ってしまったし、神様は消えてしまった。今、この室内に俺達は、二人きり。

 姉さんは暴走していない――いや、ある意味では暴走しているかもしれないが。普通だ。ということは、色仕掛けが来るということで。

 ……うわああ。


「……んふ、心拍数、上がってきたねえー?」

「だ、誰のせいだよっ……」


 俺の反応を楽しむかのように、姉さんは小悪魔な笑みを浮かべる。

 ぞくぞくと、湧き上がる羞恥心でどうにかなりそうだ。


「あの、出て行って、くれないかな」

「い・や・でーす。一緒に入るために入ったんだもの」


 可愛くお断りされてしまった。

 浴槽に長く浸かっていたせいか、あるいは熱のせいか、この危険な状態――ある意味では魔力に満ちた空間から出るための、都合の良い言い訳を思い付く事ができなかった。

 姉さんは執拗に、俺の顔のパーツをいじっている。うざったいのか心地良いのか分からない感覚に思考があやふやになり、感度は湯と同化する。

 全身を隙間なく、姉さんに抱き締められているような錯覚を覚える。


「ねえ、どうしちゃったの? 昨日とは別人みたいだよ」


 ――バレている? いや、いくらなんでも時間の巻き戻りを勘繰るのは不可能か。姉さんにとっては、今日はただの五月二十日なんだし。

 一瞬驚いて、彼岸へと飛び立ちかけた本能以外の意識を手繰り寄せ、俺は間抜けに開いていた口を閉じた。


「今日、せっかくの引っ越しデーなのに。純くん、すごく疲れたみたいな顔してるよ」


 そりゃあ、俺は三回目だからな。疲れもするよ。本当はそう言ってしまいたいが、勿論その言葉を口にすることはできない。巻き戻った時空の彼方に忘れ物をした。その記憶を持っているのは、俺だけなのだから。

 壊れてしまった姉さんと、そうではない姉さん。二人の姉さんの間で、解答を導き出さなければならないのだと。

 もう一度、これまでの流れを整理する必要があるのかもしれない。


「……ごめん。ちょっと、意外と疲れてたかも」

「引っ越しで?」

「うん」

「……そっか」


 その時だった。


「ぶふっ!! ちょ、まっ!!」


 全身が硬直して、俺は風呂場で浴槽の中だというのに、冷や汗を流した。姉さんは何喰わぬ顔で、俺の脇に手を伸ばし――いや、風呂場でくすぐりは!!

 ちょっとそれは、いくらなんでも、やってはいけないと、思、ふわああ――っ!!


「あー、純くん可愛い!! 悶えてる所が最高に可愛い」


 しまった。考え事をしていたせいで、今がいかに危険な状態なのかということを認識せずにいた。姉さんは隙あらば俺に手を出そうとしている訳で、俺は気を抜いてはいけなかったのに。

 姉さんの現状をケーキから、そして神様から聞いてしまったせいで、今まで俺の中で決定的だった『家族・キョウダイ』という意識が薄れてしまっているのだ。

 それは俺の心のガードを緩め、姉さんに責めるきっかけを与える。

 分かっていたつもりなのだが。


「ねっ、姉、さん。コーヒー、どうなった?」

「んー? 出ればすぐに飲めるように、お湯は沸かしておいたよー」

「は、あっ! じゃあ、出て飲もうよ」

「ちょっと待って、もう少しだけ……」


 俺は溺れそうなんだが!?


「はーい、おしまい」


 ……と思ったら、ようやく満足したらしい。

 姉さんは手を止めて、再び俺を抱き締めた。


「ね、今日は朝まで抱き締めてあげるから、安心して眠っていいのよ?」

「バッ……ここ、風呂だからっ……」


 耳元で姉さんの朗らかな声が聞こえる。どうやら、今度は疲れた俺を癒やす段階ということらしい。これが実の姉でなければ大変魅力的なシチュエーションなのだが。

 ……段々と、実の姉、などというステータスはどうでもいいのではないかと思えてくる。やめろ。本能がそう言っているだけだ。俺の本意では――……

 あれ? 本意って、結局突き詰めると本能になるのか? 段々頭が痺れてきて、わりと耐えられないような。

 ――何故か、俺は急速に意識が遠のいていった。

 そうか、ここは風呂だった。言わずもがな、心拍数と体温が上がれば、長時間湯に浸かれば、いくら湯の温度はそこまで高く無いとはいえ、何れはのぼせ上がってしまう。

 気分が良いのか悪いのか、まるで自分の身体に神様の翼が生えたかのような、


「……あれ? 純くん? ……純くん?」


 そのような感覚を、俺は体験していた――……



 ◆



 目が覚めると、そこはベッドの上だった。

 朝日が眩しい。雨戸も閉めずに眠ってしまったのだろうか。昨日の夜の事を、すっかり覚えていない。どうしたのだったか。

 ……そうだ。風呂に入って、神様と話して、姉さんが乱入してきて。

 ――昨日。

 思い出しただけで、身体が熱を持ち始める。恐怖とは別の意味で、忘れられない記憶になりそうだ。

 あまり姉さんに心配など掛けた事がなかったから(危ない気がしていた)、癒やすという大義名分でそこまでエスカレートするとは考えていなかった。

 俺はいつも通り起きようとして――――


「ふっ……!?」


 何気なく欠伸をしようとして、慌ててそれを押し殺した。

 すぐ目の前に、姉さんの桃色の唇があった。俺は姉さんの腕と足に包み込まれていて、俺も姉さんも服を着て――無いだろう、この感触は。

 えっ!? うわっ、うわあっ。

 外側の動きを殺しつつも、内側でパニックになる俺だった。

 どうして? 六時には、姉さんはもう起きている筈じゃ……時計を確認する。いつもと変わらず、六時五分だ。

 昨日あの後、一体何があったんだっけ……?


「……ん……」


 いけない、起きてしまう。そう思い、身体を硬直させた。いや、起こしていいのか……? 完璧な姉さんに遅刻などという汚名を着せてしまっていいのか? ……まあ常習犯と違い、上司にもそこまで怒られはしないだろうが。

 眠っていたからか、俺も姉さんに抱き付く格好になっていた。

 あれ? ……ということは、昨日から今朝まで俺達は抱き合って……

 ……駄目だ、頭から湯気が。

 もう、何も頭が働かない。俺は何も考えなかった。俺は何も知らない。

 そうだ、何も知らない事にしよう。眠っていた事に。

 二度寝しようと、目を閉じた。


「んっ。……ねえ、吸ってえ」


 ――眠れるか!!

 寝言の中でも扇情的な発言をしている姉さんは、微かに身を捩らせた。そのせいで、今まで気にしないことにしていた、俺が手を回しているアンダーバストから腰骨までのラインを意識してしまう。

 すべすべしていて、触っているだけでも分かる程に美しい曲線を描いている。

 加えて俺の鎖骨の辺りには、我々一般男子高校生の誰もが羨む、揉みたくて、触りたいものが、

 無し無し!! 考えるな俺!!

 ……ちょっとだけなら、撫でてみても、大丈夫かな。寝てるし……


「……んあっ」


 え、えろい……

 俺は生唾を飲み込んだ。

 意識して触らないようにしてきたが、あまりにその身体つきは、男のそれとは違う。


「ん……いい……」


 駄目だ!! 恋愛初心者にはハードルが高過ぎる!!

 心臓の鼓動が速くなり、既に口から飛び出そうだ。どうして朝っぱらの六時五分から、不健全な保健体育の授業をしなければならないのだ。

 いや、男の整理欲求的にはむしろ、健全とも言える……駄目だ、朝だからなのか既に頭が働いていない。

 そうだ、昨日は風呂場でのぼせたのだった。同じ事を布団の中で繰り返しかねない。

 ふと、姉さんの口が動いた。


「ローウェン……ロー! ……もっ、と……」


 ――誰だ?

 瞬間的に、覚醒した。姉さんの淫靡な魔力に引き摺り込まれそうになっていたが、ようやく肌を撫でる手の動きを止めることに成功した。

 姉さんの顔を見た。頬は上気していて、一目見ただけでは淫夢を見ているかのような反応の仕方だが……俺は、姉さんの声に耳を傾け、一字一句聞き取り漏らすまいと耳をすました。

 肉付きが良く、かつ決して太くない腿を擦り合わせている。


「一度だけで……いい……」


 なるほど。

 察するにこれは、神様も消すことが出来なかった、姉さんの過去の記憶ではないだろうか。いつも六時きっかりに起きる姉さんが朝寝坊をしている所など、今までに見たことは無かった。これは、貴重な体験とも言える。

 もしかしたら、この中に姉さんを諦めさせるための回答が転がっているかもしれない。

 絶対に、起こしてはいけない。


「ロー……くん……」


 慎重に……


「純くん……ふへ、ふへへ……」


 ……ん?


「もうっ……おっぱいがいいの? 純くんはえっちだなあ……ふへへ、ほら、お姉ちゃんは純くんのものだよ」

「姉さん。起きて、姉さん。六時。六時過ぎた」


 俺は姉さんを起こした。

 目を開いた姉さんは、まるで寝惚けた様子もなく起き上がる。ぎょっとして、俺は思わず姉さんを凝視してしまった。掛け布団がはだけると、プロポーションの取れた姉さんの裸体が目の前に広がる。

 慌てて俺は目を逸らす。健康な男子高校生として、反応せずにはいられない。

 姉さんはそのまま、ベッドを出ようとして――


「あっ」


 足がもつれたらしく、盛大にベッドから落ちた。壁に頭を激突させた時のような、鈍い音が床から聞こえる。……痛そうだ。

 だがすぐに飛び起きると、姉さんは俺に振り返った。


「寝惚けてた!!」


 ……寝惚けてたのか。


「今、何時!?」

「……六時、十分」


 別に、大騒ぎするような時間ではない。だが姉さんはすぐにクローゼット下の引き出しからエプロンを取り出し、……裸体の上に巻き付けると、部屋を出て行った。

 数秒の間の後、今度はお玉を持って戻って来る。

 爽やかな笑顔で、姉さんは言った。


「あ、純くん、おはよー」


 何がしたいのか、俺にはさっぱり理解ができなかった。

 つまり、あれだ。おそらく、姉さんは二日目の朝は、こうやって俺を裸エプロンで起こす事を始めから目論んでいたということか。一回目からそうだったのだろうか。最早、三ヶ月以上前の事なので覚えていない……。

 俺は欠伸を噛み殺しながら、聞いた。


「……っていう、シナリオ?」


 姉さんは悔しそうに、頷く。

 その様子に少し俺は可笑しくなって、笑ってしまった。


「なっ……なによー!!」


 頬を膨らませて怒る姉さんが余計に微笑ましくて、俺は裸のまま笑う。

 姉さんに殺された事は、姉さんの本意ではなさそうだということが、なんとなく分かった。きっとそれは、前世の何らかの記憶を引き金にして起こる、トラウマのようなモノなのだろう。

 普段こんなに色ボケに平和ボケにと引っ張りだこな姉さんが、自らの意思で狂人のような態度を取るとは考え難い。

 少なくとも、前世の問題が関わっている事は間違いがない。

 それなら姉さんはきっと、俺のことを諦めることで正気を取り戻す事が出来るはずだ。

 いつまでも全裸のままで居るのも気が引けたので、俺はクローゼットの下の引き出しから下着と着替えを出し、着替えた。

 そういえば二回目もそうだったが、気が付くといつも、ダンボールの中にある着替えやら何やらは引っ越し直後に整備されている。

 改めて、姉さんの素早さを確認した。


「えー……着ちゃうのおー……?」

「そりゃ、学校行くからね……」


 そうと決まれば、まずは姉さんを病む方向に暴走させずに、逃げ切る手段を発見しなければ。

 何もかも不明だったがために後ろを向いていた意識が、ある程度の情報を得て少し前に向いたようだった。


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