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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第六章 俺と青木瑠璃について。
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つ『他人事に触れた罪の意識を償うか』 後編


 賢そうな眉が、瑠璃とよく似ている。見たところ、上流貴族といった様子だが――懐から、懐中時計を取り出した。父親はため息を付くと、瑠璃の下に向かって歩いた。

 ――俺には、目もくれない。


「夜遊びをして良いと、教えた覚えはないが?」


 怯えたように瑠璃が一瞬体制を崩す。だが、すぐに持ち直して瑠璃は父親を睨み付けた。


「夜遊びをしちゃ駄目とも、言われた覚えはないけど」


 面食らったようで、父親は目を丸くした。この状況で瑠璃から反撃が来るとは思っていなかったのだろう。

 瑠璃は俺の後ろに隠れるでもなく、胸を張って父親と対峙した。彼は何も言わないが、余裕のある態度で瑠璃を見据えている――恐ろしい圧迫を感じた。巨大な岩石を背中に背負っている時のように、俺は地面に張り付いて動けなくなった。

 俺を見ている訳ではないのに――……すごいな。恐ろしい程の眼力だが、瑠璃は戦っていた。


「橙子が泳がせてやれと言うから、放っておいたんだがな。……どうやら、それは間違いだったらしい」

「よく、勝手に決め付けられるわね。今の私のことも、何も知らないくせに」


 芸術は、教養にしかならない。どうやら、瑠璃はそう言われたらしいが。

 この様子を見れば、そう言われた事も頷ける。瑠璃が学級委員長なんかを、率先してやっていることも――教育パパみたいなもんか。うちの親父とはえらい違いだよ。

 だが、法の番人のように堅牢で、頑丈な態度だ。


「いや。お前は成功していない」


 瑠璃の瞳孔が、大きくなった。

 おいおい。……このオッサン、何モンだよ。杖突いて立ってるだけなのに、殺気にも似た気迫を感じるぞ。

 そりゃあ、瑠璃も説得なんか出来なかった筈だ。


「……知らないのね。とっくに仕事も決まってる」


 ――瑠璃は冷や汗をしながら、それでも嘘を吐いた。

 あるいは、それは自分自身を肯定するための、最後の悪足掻きだったのかもしれない。


「お前の受けた会社と学校は、全て追跡してある。お前はまだ、成功とは程遠い立場にいる」


 その言葉には瑠璃だけでなく、俺も驚いた。

 ……おいおい。このオッサン、どうかしてんぞ。怖いよ、このレベルは。

 瑠璃は悪戯を叱られた子犬のように俯いた。それは即ち、父親の言葉を肯定した事に他ならなかった。

 今さっきまで俺に弱音を吐いていたくらいだから、そのダメージはかなり大きなものだっただろう。


「……気持ち悪い。そんな事ばっかりしてるから、娘が家を飛び出すのよ」

「親の心子知らず、だな。お前は何も分かっていない」


 父親は真っ直ぐに歩いて、瑠璃の腕を掴んだ。瑠璃はそれを振り払おうとするが、強く掴まれた腕は離れる事はない。


「いや!! 離してよ!!」

「もう、良いだろう。『大人ごっこ』は終わりだ。このままではお前は、ろくな大人になることはない」


 瑠璃は抵抗するも、引っ張られていく――……

 今の俺なら、この一見弱そうに見えて、絶対に内側は筋骨隆々な青木父にも、負ける事は無いんだろうが――……

 ……良いのかなあ。俺、そんな事して。

 しかしこのオッサン、一度も俺の方を見ないな。過保護だからなのか、俺が悪い友達だと認定されているからなのか。

 何れにしても、現在既に会話になっていないこの状況では、家に連れて行かれたとしても――まともな会話は、望めないだろう。せいぜい、瑠璃が強引に言い包められるのが落ちだ。

 ……やれやれ。


「本物の大人になるには、『反抗期』を終えなければいかん」


 俺は、青木父の腕を掴んだ。


「――まあ、ちょっと待ってくださいよ」


 その腕を掴む力を、ぐい、と強くする。……まあ、こんなモノだろうか。

 真剣な眼差しで、青木父を見詰めた。

 ひとまず、この手を離させる――……


「何だね、君は」


 ――あれ?

 おかしいな。俺、君麻呂を虐めていたバスケ部の奴等から携帯電話を奪った時よりも強く、力を入れているんだけど……決して瑠璃を掴む腕は離れる事なく、ぴくりとも動かない。

 もう少し、力を強めないと……


「……初めまして。穂苅純と申します。瑠璃の友人です」

「そうか。申し訳ないが、君と瑠璃はもう二度と会うことはない」


 おいおい、大概おかしいぞこのオッサン!

 俺、もう腕を折る程度には、力を入れて――……

 やばい。力を入れ過ぎて、手が震えてきた。


「……まあまあ、そう言わないでくださいよ。瑠璃の話を聞いてやるのも、良いんじゃないですか」

「夜遊びをする言い訳に、益のある理由があるとも思えんが?」


 ……くっそ、マジで、これは、やばい。

 俺の中の警報が、けたたましく音を立てている。このオッサンはやばい。常軌を逸脱している。何で、顔色一つ変えねえんだ。

 鷹のような鋭い視線が、苦い顔をしている俺に突き刺さる。

 ……よく見たら、こいつ身長百九十オーバーか。自分の能力が常人以上に跳ね上がっているから、全く気にしていなかった。


「――ふむ」


 ふむ、じゃねえよ。涼しい顔しやがっ――――

 刹那、俺は強大な衝撃を感じて、公園の壁に身体を激突させていた。


「純君!!」


 ――肺から、強制的に息が吐き出される。後から来る強烈な痛みに、為す術もなく地面に突っ伏した。幸いにも怪我はないようで、俺はモロに激突した左腕を抑えて、ゆらりと立ち上がった。

 やばい。唇、切れてる。

 背中を確認すると、木で作られた柵はしっかりと折れていた。

 冗談だろ……


「やはり、普通の人間ではないようだな?」


 いや、俺じゃないよ。普通の人間じゃないのは間違いなくアンタの方だよ。

 本能的に、俺は危機を感じていた。地面を蹴り、青木父の後ろを取るように、全力で走る。

 ――景色が、スローに見える。

 黒いワゴンから瑠璃と越後谷を救出した時のように、俺は今の俺が出す事のできる最高速度で動いた。

 瑠璃の瞬きでさえも、捉える事ができる。それは俺の目には、ゆっくりと見えた。

 とにかく、この場は瑠璃と青木父を引き剥がさないと。

 落ち着いてから、話でも何でもすれば良い。でも、今は駄目だ。お互いに話ができるような状況じゃない。

 背後を取った。青木父は、まだ振り返ってもいない。地面を蹴って、今度は青木父に突撃する方向で駆け出す。

 怪我をさせないためには、足元を狙うべきだ。


「――らあああっ!!」


 スライディングをするように、足から低姿勢で青木父にローキックを放った。


「血気盛んだな」


 なっ……

 青木父はこちらも見ずに、ローキックを放った俺の足を高く蹴り上げた。俺はバランスを崩して、宙を舞った。

 高く舞い上がった足を、左手で強く掴まれた。

 じろりと、振り返り際に睨み付けられる。


「――どういう事情があるのか知らないが、『徳』如きで調子に乗るな」


 ……ああ、そういうこと。関係者の方でしたか。

 そりゃ強い筈だ――……

 稲妻のような振動と共に、俺は再び公園の端に向かって投げ付けられていた。

 鉄棒に、脳天から激突する。鉄棒はゴムか何かのようにひしゃげ、俺は勢いを失って地面に落ちた。

 視界は揺らぎ、頭上で星が飛んた。


「じっ……!?」


 瑠璃が息を呑んで、俺の様子を見ていた。……いや、これで瑠璃にも、俺が普通の人間じゃないことがバレちゃったか。

 頭から血を出しているが、それ以外に外傷は見られない。心臓を突いて殺された前回よりも、更に強くなっているのだろうか。

 どちらかと言うと、意識した瞬間に身体能力が上がる代物みたいだけど――意識していれば、これだけの能力だ。大した飛躍である。

 それでも、このオッサンには到底敵いそうもないけど……

 ……くそ。頭がクラクラして、立ち上がる事もままならない。


「神から『徳』を与えられたか? そんなもの、何の役にも立たんぞ」

「……悪いけど、こりゃ自前でしてね。そういう裏技っぽいのじゃないんですよ。……ところで、おじさんはどういう経緯でその話を知ったんですか?」

「話す必要はない」


 まいったな。なんか、抵抗できるビジョンが一つも浮かばないぞ。

 何だろう。この人、どうして天界の知識を持っているんだろうか。明らかに規格外だ。人間界では、俺と姉さんにしか関わってこない問題だと思っていたのに。

 第一、どうしてこんなに強いんだ、この人? やっぱり、『徳』とかいうやつだろうか。それにしちゃ、役に立たないとか言ってるし……

 不意に、青木父は俺を見て、顔色を変えた。


「――いや。まさか――あの穂苅、か? 恭一郎の息子、か?」


 ……親父?


「……確かに親父は穂苅恭一郎ですけど、……それが、何か?」


 俺が聞くと、青木父は思わずといった様子で笑った。夜の公園に、笑い声が響き渡る。

 何で? ……親父が、何か関係あるのか? 天界の話なんて、一度も聞いたこと無いけど……

 いや、そういえば分かったような事をいくつも言っているし……あの親父だ。関わりが無いとも言い切れないが……


「血は争えないな」


 いや、ちょっと自己完結しないでくださいよお父さん。俺は謎ばかりで、そろそろオーバーヒートしそうだよ。

 本当に? 親父が天界と関係……あるのか?

 その前に、この人は一体どういうポジションなんだよ。

 青木父は瑠璃の手を引いて、俺に初めて、笑顔を向けた。


「恭一郎に伝えておけ。青木善仁ぜんじから伝言だ。『うちの娘を妙なことに巻き込むな』とな」


 いや、妙なことって。そもそも、親父は何にも関係無い予定なんですが……

 予定というか、関係無いだろう。俺は姉さんとの関係が問題でケーキと出会う事になったし、天界に関わったのは姉さんが原因だ。間違っても親父じゃあ……

 ……くそ。何なんだ、これは。


「勝手に完結して去るなよ、クソジジイ」


 ――そう言ったのは、俺ではなかった。

 公園の入り口に、腕を組んで立っている男が居た。金髪は月明かりに反射して光ったように見え、白い肌と対照的にその姿は闇に霞んで見える。黒い服ばかり着ているせいだ。

 ジャラジャラとした金属の腕輪を鳴らし、越後谷司は青木父を睨み付けた。


「――越後谷司か。なるほど、道理で瑠璃が悪い方に転んで行くわけだ」

「何か隠してると思ったら、そういう事かよ。ジジイもまた、『時を戻した』ってことか?」


 ――えっ?

 何で、越後谷がそれを……知ってる、んだ?

 依然として越後谷はクールなままで、青木父を見ていた。

 青木父は鼻を鳴らすと、瑠璃の腕を引いて公園を出る。


「行くぞ、瑠璃」


 瑠璃は事態に困惑している様子だったが――そのまま、公園から去って行った。

 去り際に、悲しそうな表情が見えた。

 俺だって、何が起こっているのかなんて分からない。

 足音はやがて、暗闇に紛れて聞こえなくなる――……

 ……何だか良く分からないが、上手いことやられてしまったのだろうか。


「大丈夫か、穂苅」


 越後谷が駆け寄って来た。俺はどうにか立ち上がり、汚れた服を払った。


「ごめん、越後谷。来てたのか」

「かなり強い力で叩き付けられたのに、切り傷ひとつで済んでるんだな」


 ――瞬間、心臓を鷲掴みにされたような気がして、俺はその場で硬直した。越後谷は冷たい瞳で、俺を見下ろしている。

 どうしよう。こんな所を見られるとは、思っていなかった。……というか、青木父の存在が完全に予定外だ。

 結局のところ、瑠璃も連れて行かれてしまったし……


「越後谷、さっきはどうして――」

「屋上で、葉加瀬と話していただろ。――やっぱり、俺の予想は当たっていた。お前は時を戻す事で、繰り返し訪れる都合の悪い未来を変えている」


 君麻呂と?

 ……屋上で?

 俺は、咄嗟に十日の出来事を思い出した。

 あの時確か、美濃部が屋上から飛び出すように出て行って――……

 ――まさか。


「車より速く走るようになったのも、昔からじゃないな。レイラを海に落としたのも、理由があってそうしただろ」


 居たのか。

 あの、場所に。

 屋上だから、誰も居ないと決め付けていた。……もしも隠れていたとしたら。

 俺、あの時、君麻呂と何を話した?


『やっぱ、聞かないと落ち着かなくてさ。聞かないつもりだったんだけど……あー、どうして時が戻るんだよ。どうしてお前が死ぬと時が戻るんだ』


 ――そうだ。君麻呂が、そう言った。

 その言葉が越後谷の予想と相まって、ほぼ全ての出来事の本質を話してしまっていた。

 俺はごくりと喉を鳴らして、越後谷の瞳を見た。まるで自分だけが仲間外れにされたと不満を持っているかのように、越後谷は不機嫌そうな顔をしていた。


「もう、言い逃れ出来ないぞ。――話せよ、穂苅」


 ……むしろ、君麻呂の方がイレギュラーなんだけどなあ。


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