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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第六章 俺と青木瑠璃について。
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つ『虚言と真実は未来を見通すか』 後編

 レイラは満足したのか俺の腕を放し、君麻呂に向かって優雅に歩いて行った。その歩行があまりに優雅なためか、君麻呂が少しだけ萎縮する。


「キミマロ」

「お、おう。どした?」

「行く所も無いのでしょう? 卒業したら、わたくしの所においでなさいな」


 君麻呂がぽかんとした顔で、レイラを見ていた。俺だって、急にこんな事を言われたらこんな顔をするんじゃないかと思う。


「……はあ?」

「もう、広めの部屋は確保してありますわ。はいこれ、合鍵ですわ。卒業まではお父様が使うので、勝手に行かないように」


 この瞬間、葉加瀬君麻呂の人生が大きく変わった。……なんて、他人事である。

 いや、例えば俺もある日突然、海外に行くから付いて来い! と言われたら、きっと困っただろうな。まして、相手がレイラでは。

 まあ、君麻呂にとっては本望ではないだろうか。


「あと、今週の土日からあなたの家は二階堂のグループが保有しているマンションに引っ越しになりますから。引っ越しの準備をしておくように。費用は二階堂のグループに持たせますので、今のうちに勉強と貯金をしておくこと。……よろしくて?」

「ちょ、ちょっと待てよ。急にそんな事言われても困るって。第一、お前何やるんだよ」


 言うだけ言って、レイラは優雅に背を向けた。急な展開だなあ……。何の知らせもなく勝手に進める辺りが、非常にレイラらしい。大方、経済学がどうのとかいうのも、君麻呂を今の状況から救うために、だろうか。

 レイラは不敵な笑みを浮かべて、目線だけを君麻呂に向けた。


「営業コンサルタント――ですわ」


 レイラは兎も角、君麻呂にできんのかよ、そんな仕事。

 どう見ても、コンビニでアルバイトしてるイメージしかない――いや、それは言い過ぎか。すまん、君麻呂。

 嵐のように現れたお嬢様は、やはり嵐のように去って行くのだった。


「おい、ちょっと!! ちゃんと話しろって!!」


 それを追い掛ける、熱血三枚目――葉加瀬君麻呂。

 瑠璃が目尻の涙を拭って、最早どうしようもないと言わんばかりの顔で苦笑した。


「撮影……」


 確かに、これでメンバーのほぼ全てが居なくなってしまった事になる。これでは、撮影もへったくれもない。


「ま、まあ。最後のシーン以外は終わってるし」

「……まあ。リテイクしなければね」


 ふと、廊下の陰に杏月が現れた。杏月はじっと、こちらを見ている。杏月にはずっと、カメラを担当して貰っていたが――……この状況では、杏月が来てくれてもどうしようもない。

 瑠璃はまだ、杏月の登場に気付いていないようだ。

 ……あ、引っ込んだ。

 どうやら、帰ることに決めたらしい。

 ……俺も帰ろう。


「どうする? 純君」

「……まあ、どうするも何も。今日は帰るしか……無いんじゃないかなあ」

「だよねー……」


 ガラガラの教室を、瑠璃は見回して言った。良いのか、本番一週間前でこの状況。あまり芳しくない事は、俺にだって分かる。

 でもまあ、何をどうする事も出来ないし。

 俺と瑠璃は、鞄を背負った。



 ◆



 ところで、瑠璃と二人で帰るなんてことは、ここ最近は一度も無かったわけで。大体の場合、瑠璃の隣には越後谷か美濃部が居るし、俺の隣には君麻呂か杏月が居る事が多かった。

 まだそれなりに暖かい空気を感じながら、俺と瑠璃は並木道を歩いた。


「うーん、なんだかもう卒業まで近い気がするね」


 瑠璃はうんと伸びをしながら、そんな事を言った。俺は頷いて、学生鞄を見詰める。

 俺も姉さんのように、学生を卒業する日が来るんだ。そうして、仕事をするようになる。

 この学園に入って、卒業学年になってようやく、俺にも友達と呼べるものができた。そう考えると、少しだけ感慨深い想いがあった。

 皆、バラバラの人生を歩んでいくんだ。


「そうだね。瑠璃は進路、どうするんだっけ?」

「私は一応、仕事をするつもり。大学行くお金なんてないし……純君は?」

「俺は――……一応、大学の試験は通過してる、けど」


 まだ、行くかどうかは決まってない。入学金を締め切りギリギリまで伸ばしているのだ。

 素直に学校に進めば良いのかもしれないけれど――……

 俺にとっては近い未来の出来事より、遠い過去の出来事の方が今は重要だ、という問題があった。

 そういえば、姉さん問題を解決したとしても、俺にはその先の人生があるんだよな。

 本当は、そこから先のことも考えておかなければいけないのだけど。


「学園祭が終わったら、私達もあんまり、集まることなくなるね」

「まあ、各自卒業に向けて頑張るっていう時間があるからなあ」


 そうか、そういう事もあった。

 せっかく五月から仲良くなった美濃部や越後谷、そして瑠璃とも、今後はあまり会わなくなる日が続くかもしれない。

 少しだけ寂しいような、そうでもないような。


「純君はさ」

「んー?」

「りっちゃんのこと、どう思ってる?」

「――美濃部のこと?」


 ふと、瑠璃は立ち止まった。俺が振り返ると、瑠璃はぎこちなく笑って、俺の目を見据えた。

 夕日に半分だけ染まった表情は深く、儚げだった。それはどこか、罪悪感を覚えているように見えて、俺は疑問を覚えた。

 いや、本当は気付きたくなかっただけなのかもしれない。


「りっちゃんはね、純君のことが、好きだよ」


 知っている。

 あるいは、『そうだった』。ここ最近の美濃部が、どことなく俺に距離を置き始めている事も、直感的にだが気付いていた。

 そして、俺はそれを止めようとしていない事も。


「私、りっちゃんと純君を、応援するよ」


 ――という、肩書き。

 青木瑠璃と美濃部立花の間には、俺なんかには理解のしようもない絆が固く結ばれている。いつも二人で行動してきた事がはっきりと分かるほど、瑠璃と美濃部の距離は近かった。

 あまりに近過ぎて、見えなくなってしまった出来事もあるのだろう。

 人が目を合わせるとき、他の部位は見えなくなってしまうように。


「……ん」


 どう反応して良いのか分からず、俺は浅く頷いた。

 ちくちくと居心地が悪くなったのは、俺だけなのか。あるいは、瑠璃もだろうか。


「ねえ、ちょっとだけ、どこかに寄って行かない?」


 瑠璃はそう言って、俺の手を引いた。


 世間は少しずつ、来たるクリスマスに向けてイルミネーションを仕込み始めていた。もうそんな季節かと思う事と同時に、まだ気が早過ぎるだろうと思いもする。日中はジャケットを着るには早い気温で、まだ帰り掛けの学生の多くはワイシャツのみで歩いていた。

 大通りを瑠璃は歩いて、俺はその後ろを付いて行く。街の様々なものに目移りしていく中、瑠璃は目を光らせて、たい焼きの店に向かっていた。

 ……あれ? あれって、杏月が前に紹介していた――たい焼きの店じゃないか。

 程なくして、瑠璃が俺の所に戻ってくる。


「バナナとイチゴ、どっちがいい?」


 どっちもゲテモノ!?


「んー……じゃあ、バナナ」

「はいっ」


 手渡されたそれを、受け取った。……たい焼きに、バナナ。新しい。クレープじゃあるまいし……

 表の看板が可愛らしいので、おそらくは瑠璃のような、帰り掛けの女生徒、女学生をターゲットにした店なのだろうか。

 いや、それにしてもバナナは……。

 覚悟して、一口かじった。


「あれ、これは意外と……」

「どう?」

「うまい……かも」


 熱々のカスタードクリームの中に、焼きバナナのようにとろけるバナナが入っていた。これはこれでアリかもしれない。純粋なたい焼き好きはこういうの、怒りそうだけどなあ。


「ひとくち貰ってもいい?」

「ん、いいよ」


 差し出された状態のまま、俺のたい焼きに瑠璃がかぶりつく。……おお。これは所謂。いや、あえて口に出すようなものでもないけれど。

 瑠璃はお返しとばかりに、自分の持っているたい焼きを俺に差し出した。


「こっちはね、たい焼きアイス。イチゴとバニラアイスが入ってるんだよ」


 なるほど、こっちは焼いた後に流し込むんだな。たい焼きの口からなんか出てるんだが……。最近は、こういうのが人気なのかな……

 ぶっちゃけ、あまり食べる気分にはならない見た目だった。

 でもまあ、一応差し出されたものだ。一口、食べてみる。

 ……うん、予想なんてしていなかったけど、予想通りというかなんというか。


「うん、美味しいんじゃない?」

「見た目が可愛いよね!」


 可愛いか……?

 ふと、瑠璃が足を止めた。目線の先が気になって、俺も顔を上げる。巨大なスクリーンでは、特殊なエフェクトを使ったファンタジー映画の予告が映っていた。

 ああ、魔法とか特殊能力ものの海外映画は流行る事が多いけど、あれはどう見ても流行りそうにないな……などと、内心では思う。

 瑠璃はその映画の予告を、食い入るように見詰めていた。

 なんだ……?


「瑠璃?」


 声を掛けると、瑠璃は思い出したように俺の顔を見て、あはは、と苦笑した。


「何でもない。行こっか」


 ……どこかに行くのか? 帰るなら、帰ろうかって言うよな。

 聞く間もなく、瑠璃は歩き出した。……何だか今日、変だな。気になりつつも、俺は後を追う。

 越後谷と美濃部の件だろうか? それとも、卒業関係で何か問題があるのだろうか。ドラマ制作の件……? 思いつくことはそれなりにあるが、はっきりとした内容は出て来ない。

 ただ、今日の瑠璃はいつもと何かが違う。

 すぐに近くのゲームセンターを指差して、瑠璃は言った。


「あ、これ知ってる。最近流行ってるんだよ」


 瑠璃が指差したのは、クレーンゲームの景品。……なんか、ティッシュ箱から奇妙な生命体がはみ出ていた。

 ……なんだろう、これは。一昔前の、英語学習番組に出て来そうな見た目をしているが……


「可愛いよねー!!」


 いや、これは可愛くないだろ幻想だよ! どちらかと言うと気持ち悪い部類だよ!

 瑠璃が目を輝かせて言うので、俺はなんとも難しい顔をして、曖昧に頷いた。

 可愛いのか……? これが最近の流行りなのか……?


「ちょっと、試してみようかな」


 瑠璃はポケットから財布を取り出して、両替しに行った。その瞬間、俺は気付いた。


「よーし、一回で取っちゃうよー!!」


 そうか。瑠璃がこういう事に散財する光景なんて、一度も見たことがないから、変に見えるんだ。

 瑠璃の生活はいつもぎりぎりで、合宿の時だって結構苦労していたように見えた。一体どういう事情でそうなったのかは分からないけれど、日々バイトをして、どうにか生きるために必要な資金を稼いでいたように思える。

 それが、何を思い立ってゲーセンなんて……


「……あれ」


 当然、素人では一回で取る事などできない。瑠璃がクレーンゲームをやっている所なんて見たことないし、まあそんなものだろう。


「うーん、もう一回!」

「瑠璃。あんま金使うと、良くないんじゃ……」


 俺がそう言うと、瑠璃はにやりと笑って、言った。


「ふふふ。実は、貯金があるのですよ」

「貯金?」

「そう。そんなに多くないんだけど、コツコツ貯めてたんだー」


 ……そのコツコツ貯めてた金、ここで散財して、良いのか? 気になったが、俺が言うような問題でもなかった。



 ◆



 一頻り遊んで、瑠璃は満足したようだった。俺も久しぶりに、ゲーセンやカラオケをあちこち回った。気が付くともう時刻は二十一時を回っていて、辺りは帰り掛けのサラリーマンが忙しなく歩いていた。

 カラオケボックスを出ると、瑠璃はうん、と伸びをした。俺は後ろから、その様子を眺める。


「うーん、ひっさびさに遊んだー!」

「満足?」

「満足だよー! 純君は?」

「あはは、俺も楽しかったよ」


 しかし、学園帰りなんかから遊んでしまったから、もう結構な時間だな。夕食はもう終わってしまっているだろう。

 瑠璃が満足したなら、良かった、と思う。

 だが、瑠璃は笑顔のままで、街を指差した。


「ねえ、晩御飯、どこかで食べていかない?」


 ――何がどうして、そんな気持ちになったのだろうか。

 瑠璃は俺の手を引いて、夜の街をまだ遊び回ろうとしていた。俺は気になって、瑠璃の腕を引いて自分に引き寄せた。

 ふわり、と黒いポニーテールが揺れた。


「――瑠璃、どうしたんだよ。何かあったの?」


 あっけらかんとした顔で、瑠璃は言う。


「……何が?」


 ただ、ストレスを解消したかっただけ、なのか?

 いや、それにしたって。勘違いなら、瑠璃の気を悪くさせてしまうだけかもしれない。たまにはそんな日だってあるんじゃないか? いや、それでもこれは――……

 頭の中でぐるぐると、思考は駆け巡った。

 いっそ――


「いや、なんか今日、無理してるように、見えたから」


 ――言って、しまった。

 言ってしまって、良かったのだろうか?

 瞬間、瑠璃の表情が固まった。


「あ、いや……」


 どうしよう。

 瑠璃の表情が、読めない。

 数秒の沈黙があり――……

 瑠璃は笑顔を貼り付けたまま、俺から離れた。


「……ごめんね。随分遅くまで、連れ回しちゃって。迷惑だったかな」


 ふと――


「……別に、俺も楽しかったし。気にしてないよ」

「よく考えたら、家にご飯くらいあるよね。……私、ちゃんと家に帰るね」


 何故だろうか。

 その笑顔が、泣いているように見えた。

 表面上はさっぱりとした笑顔を浮かべているようで、どこかその笑顔が、泣いているように見えた。

 その異様な雰囲気に、俺は眉をひそめた。


「ばいばい」


 そして、瑠璃は言う。


「シスコン」



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