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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第一章 俺が姉さんの束縛から逃れるという件について。
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つ『その姉さんは安全か』 前編

 改めて回想してみると、『二回目』の姉さんについて、様子の変化が明らかに異様である事に気付いた。まるで何かをきっかけにして俺を疑い始めたかのように、姉さんは鋭く俺の一挙一動を観察している。

 先生に捕まったから、と嘘を付いた事について……か? あのタイミングから様子はおかしくなっていたが。

 原因はどうあれ、俺が少し遅くなった事には変わりはない。

 だが、姉さんが校門前で俺を待つケースは別段珍しくもない訳だし、たったあれだけで暴走を始めるのは何かがおかしい。

 一回目と二回目の共通点……青木瑠璃が絡んだことだろうか。もしもそうだとするなら、姉さんは相当な嗅覚の持ち主だ。

 背筋が寒くなる。……案外、これが一番当たっているのかもしれない。

 ベッドにうつ伏せに寝転がってから、かれこれ三十分は姉さんについて考えていた。ふと時計を見ると、五月二十日の二十二時だった。


「……なあ、ケーキ。本当に時間、戻るんだな」


 俺は枕の上で逆正座している、小さな神の使いに話し掛けた。桃色の髪とユニコーンのような角を持つ彼女は、特に何を喋るでもなく俺の様子を伺っている。

 まるでカラーコンタクトでも入れているかのような、鮮やかなエメラルドグリーンの瞳がくりくりと動いて俺を凝視している。


「ええ。神様が決めたことですから」


 実際に二度目が起きている事を見てしまうと、もう信じるしかないのだが。

 結局、姉さんに何を話し掛けられても上の空の返事しかしていないせいか、姉さんは俺を心配するばかりで、ふざけた態度を取ることがなくなった。

 姉さんに殺された記憶がトラウマになり、姉さんと普通に接することが出来なくなりそうだ。

 なんて考えていたら、背中に重みを感じた。肩甲骨の辺りにビーチボールのような弾力性のある感触が。もう、何を言う事もないが。

 視界に艶やかな亜麻色の髪が見える。俺は呆けた思考のままでそれを眺めていたが、耳朶を咥えられた。


「ひっ」


 思わず、声が漏れる。まるで人の耳をキャンディーみたいに……思いがけぬ攻撃に、考えていた内容が羽根を生やして飛んで行く。


「……うあっ……ちょ、やめ……」

「んっ。……べろべろー」


 わざと声に出す辺りが、姉さんらしい。普段されない行動に、電流が走るような刺激が脳に訪れる。背中から香る匂いに、頭がクラクラとした。

 ……うつ伏せでいるのが辛くなってきた。


「純くん、起きて」

「寝てないって!」

「ううん。起きてー」


 起きるってそっちの意味かよ! ツッコミを入れる暇もなく、姉さんの声は耳から下へと降りて行った。

 変な声を漏らさないように必死で耐えていたが、姉さんはうつ伏せになっている俺の腹の下に手を入れて、何やら触り始めた。ベッドじゃなけりゃ、手を入れる事なんて出来なかっただろうに……

 そもそも姉さんが居る時間に考え事なんてしているから、こういうことになるのだ。


「お風呂沸いたよ」

「わっ、わっ……かった、入るっ……くすぐったいから」

「へへー、やらしい顔しちゃって。純くんは可愛いなあ」


 くすぐったいと言っているだろうに。

 あまりの刺激に耐えられず、横向きに倒れて姉さんの呪縛から逃れる。背中に乗っていた姉さんは、俺の突然の行動に驚いたようだった。

 はあはあと、俺と姉さんの浅い呼吸の音だけが聞こえた。後は、時計を刻む秒針の音――……。俺は動く事はなく、姉さんも何も言わず、俺を抱き締めていた。


「ねえ、純くん、どうしたの? ずっと怖いカオしてる」


 ……俺は答えない。答えられる筈もない。

 相談できる内容だったら、とっくに姉さんには相談している気がする。


「話してくれないと、お姉ちゃん寂しいよ」


 そっと、姉さんは俺の頭を撫でた。

 ――――どうだろうか。

 これが、普通な状態の姉さんだ。普段の姉さんはとてもではないが、俺に攻撃など出来ないような存在だ。俺の事となると頭がおかしい程にベタ甘で、目に入れても痛くない、を実際にやりそうな存在である。

 何がきっかけになっているのだろう。


「お姉ちゃんはね、純くんに幸せでいて欲しいのよ。そのためなら、何でもするからね」


 俺は姉さんの手を離れ、ベッドから立ち上がった。暴走した姉さんの恐ろしい記憶と、普段の姉さんの優しい記憶が混ざって、どうしたらいいのか訳が分からない。

 ……少し考える時間が必要だ。


「……姉さん、少し考え事がしたい。……から、風呂には乱入して来ないで」


 姉さんは透き通るような瞳で俺を見詰めた。そして、穏やかに微笑んで頷いた。


「――――わかった。コーヒー淹れて、待ってるね」


 普通だ。

 何の問題も感じられないほどに。



 ◆



 給料の良い姉さんのお陰というのか、風呂は二人暮らしにしては有り得ないほど広い。

 滴る水の音が、俺の気持ちを落ち着けた。時間が戻るという事を視野に入れなければ――殺されてから、まだ二十四時間と経っていないのだ。混乱して当然。今は、とにかく冷静になる必要がある。

 浴槽に浸かって縁に身体を預けると、俺は溜め息を付いた。

 ケーキが小さな身体をシャワーに潜らせるようにして、身体を洗っている。ラブシーンが駄目とか言っておいて、俺の前で裸になる事には抵抗が無いのか。

 まあ、こんなに小さい身体じゃフィギュアか何かにしか見えないので、特別どうという気持ちになることはないが。


「……それにしても、お前の姿は見えないのに、物体に干渉は出来るんだな」

「あ、すいません。ちょっとだけ語弊がありました」


 ケーキは髪の毛の泡を流しながら、俺を見た。


「正確に言うと、私のことは皆さん、見えない訳ではありません。『見ようとしない』んです。だから、ここに居ると言われれば気付きますが、私から干渉しない限り、皆さんは私の事を気にする、という事ができません」


 ……ふむ、なるほどね。他の人にとっては、ケーキは盲点に居るような存在、ということか。存在していない訳じゃあないんだな。

 ケーキは俺の視線を感じて、頬を赤らめた。


「……あ、あの、あんまり見ないでください」

「んな事言ったって」

「これだけ声が響くなら、見なくたって会話はできますでしょうっ」


 仕方ない。俺はケーキに背を向けて、浴槽の壁を見た。ファンタジー世界の妖精が湯浴みをしているみたいで、少し興味深いシーンではあったのだが。

 ……別に変な想像をしたい訳じゃない。純粋に興味があるだけだ。

 そういえば、どうして俺が先に相手を見付けないと神様が動いてくれないのか、ケーキからまだ回答を貰っていなかったな。あの時は神様に確認して貰ったけど、すぐに電話を切ってしまったし。――そういえば、あのやり取りも巻き戻ってしまったのか。


 ――と、考えていた時の事だった。


 シャンパンのコルクを勢い良く抜いた時のような、『ポン!』という小気味好い音と共に、金色に輝く煙のようなものが、手品か何かのように空中に現れた。何が起きたのか分からず、俺もケーキも驚いてそちらを見てしまった。

 煙はもうもうと風呂場に巻き起こり、やがて湯気と同化して消えると、そこに人が現れた。

 ……いや、人、ではない。

 人間の発色では不可能と思えるほどに輝く金色の長髪、白人よりも白い肌、コバルトブルーの瞳を持ち、姉さんと同じくらいにはプロポーションの取れた、あまりに完全な美しさ。ケーキよりも位の高そうな、純白の衣装。

 何よりも印象的だったのは、彼女の背中に生えた、ケーキとはまた種類の違う、純白の鳥のような翼だった。

 頭の上に漂う髪と同色の輪が、異様な存在感を主張していた。

 彼女は空中に座り欠伸をしながら、うん、と右腕で伸びをした。


「んー、お待たせしました。ケーキ、ワン切りはー、良くないですよー?」


 ……なんだか、話し方がえらい間延びする人だった。


「神様!!」


 ――――神様!?

 彼女から見たら俺はきっと、凄い形相で凝視していたのだろう。俺の顔を見ると、目を丸くしていた。あまりの衝撃に、顎が外れたかのように間抜けな表情をしてしまった。

 彼女はにこりと笑うと、両手の人差し指で自身の頬を突付いた。


「はじめましてー。神でーす。シルク・ラシュタール・エレナといいまーす」


 自己紹介!?

 どうでもいいが、話し方がすごく腹が立つ。


「それでー、どうして私は呼び出されたのかしらー?」


 ケーキはぱたぱたと妖精の羽を動かし、自称神様の顔の前まで飛んで行った。

 金髪の天使(?)と桃色の髪の妖精(?)……が、会話をしている。夢でも見ているような光景だ。


「そうだ、そうでした。もう、遅いですよ神様! 今までどこに行ってらしたんですか!」

「ごめんなさい、二百時間くらい、寝てましたー」

「寝てたんですか!?」

「そのあとー、スーパーマ○オブラザーズに、集中してたわー」

「こっちは緊急なんですよ!! 遊ばないでください!!」


 ……この漫才コンビのような二人に、俺の運命が任せられているのか……?

 欠片も納得ができない……

 ケーキは矢継ぎ早に捲し立てるように、自称神様に話した。


「私では把握し切れていない事があるので、こちらの穂苅純さんに、事情を説明していただきたく!」

「ポカリ純……?」

「穂苅純さんです!!」


 自称神様は、ぼんやりとした顔で俺を見た。

 そして――数秒の間があった。

 彼女が何を考えているのか分からず、俺はただ黙って待っているしかない。


「ああ、そういうことなんですねー」


 何を考えていたんだ……? なんか、テンポが……

 自称神様は――もう神様でいいや――神様は、浴槽の隙間に飛び込むように動いた。水の跳ねる音が――……しない。どうやら、こちらはケーキと違って実体を持たないようだ。身体も濡れていない。

 神様は全裸の俺に向かい合うように、正座した。恥ずかしくて顔も見られない。


「なんでしょうー?」

「……え、いや……あの……すいませんが、さっきの位置に戻って頂けませんか」

「いえ、やはり話す時は向かい合う格好でないと」


 何故そこに拘るんだろう。広い風呂とはいえ、声が響くのだから距離は関係ない。もう少し、ケーキのように羞恥心を持って頂きたいものだが。

 そもそも、実態のない身体に距離も何も無いかもしれないが。

 俺は体育座りをしてどうにか身体を隠し、口まで浴槽に浸かった。口から漏れる息のせいで、ボコボコと音がする。

 落ち着け。これは人ではない。人ではないのだから、恥ずかしがる必要はない。


「……あの、ケーキ……さん、から、俺は高校卒業まで殺されても死ななくなるので、その間に相手を見付けろと、言われたのですが」

「ああー、そうでしたねー」


 ……ゆるい。


「どうして、俺が先に相手を見付けないといけないのかと、思いまして」

「ん――……」


 問い掛けると、神様は下唇の辺りに人差し指を添えて、あさっての方向を見て考えていた。

 ……沈黙が訪れた。風呂場の壁に掛けられた時計だけが粛々と秒針を動かし、時を刻んでいた。

 ケーキがシャワーを止めて、神様を見詰める……

 時間を測った。

 十秒経過した。

 何を考えているんだろうか。


「そうでしたー。お姉さんはー、今、普通の人間ではなくなってしまっているのですよー」


 ……テンポが。

 目を閉じて、人知れず涙を流したい気持ちをぐっと堪えて、俺は苦笑した。


「本来ならば、前世のお姉さんが死んだときー、お姉さんは『神の使い』になる予定、だったのですよー」

「ケーキのような立場に、ってこと……?」

「ええ、そうですよー。ところが、お姉さんの情がひどく強かったために、お姉さんは神の使いになり切れず、現世に戻ることになったのですー」


 神様は苦笑していた。


「そのため、前世の影響を完全に消すことができないままに、お姉さんは産まれてしまいましてー。ケーキがご面倒事をお掛けしたせいで貴方が死んでしまいー、これはあんまりだということでー」

「復活して、どうにかできるように?」

「ですー。貴方に事情を説明して、協力をして貰おうと。一度でいいので、お姉さんに諦めて貰わないとー、もう私達にもどうすることもできない領域に、達してしまうのですよー」


 ……なんとなく、話が見えてきた。

 つまり、姉さんは神様――もしかしたら複数居るのかもしれないが――とにかく、彼女らの力を持ってしても解決出来ない程の情念を抱えて現世に誕生してしまった、言わば怨霊みたいなもの、ということか。

 なんて面倒なことに……

 ということは姉さんの暴走にも、前世の記憶が深く影響している可能性はあるな。


「どうすることもできない状態、って、どういう状態なんですか」

「ん――……」


 ……段々、苛々してきた。

 瞬間、扉が開く。霞か何かのようにそこにいた神様は消え、ケーキは俺の背中に隠れた。扉が開いて、俺はその向こうの存在を凝視してしまった。

 ――――わっ。


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