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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第四章 俺が予想も出来なかった二階堂レイラの問題について。
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つ『ノットイコールは紅色の薔薇を語れるか』 後編

「あっ!! ああ!! 今回からドラマのため、親睦を深めるためにねっ!! うん、ちょっと呼び方変えただけだから、ね!! 安心して!! ね!!」


 誰にでもはっきりと分かる態度で、どうにか隠そうと試みる瑠璃。

 美濃部は柔らかく笑い、頷いた。


「……うん。気にしないよ」


 瑠璃は未だ、どうにか話を逸らそうと努力しているようで、一生懸命瞳を左右に動かしていた。既に越後谷は起きていて、部屋の隅で携帯電話を操作しながらこちらの様子を伺っていた。

 そんな事より、俺は湧き上がった唐突な疑問を拭えずに、その場に固まってしまった。瑠璃と美濃部は俺の様子には気付かず、お互いを見詰めている。

 これで、本当に解決、できたのか?

 ……何か、変じゃないか?


「……はっ!? や、ちょっと、純さんっ……なんて、なんって掴み方をしてるんですかああ!!」


 ようやくケーキが目を覚まし、俺の手から逃れた。俺の表情を確認すると、怒りを一瞬にして鎮めたようだった。


「……あ、そうだ、そう、りっちゃん。また、あの香水借りてもいい?」

「ああ、ジョー・マローンのやつ?」

「そうそう。実はちょっと、親戚の結婚式に行かなくちゃいけなかったりして」

「やっぱり、レッドローズの香りは良いよね。私も好きなんだー」


 ――変だ。

 扉が開き、君麻呂とレイラが現れる。レイラが現れるタイミングが前と違うのは、夜中にレイラと別れた時間が違うから――いや、そんな事はどうでもいい。俺は今、何を思い付いた。


「おはよー。……やべー、まだ眠くね? なんか二日目なのに、すげえ疲れてる感じが……」

「ジュン、ごきげんよう。わたくしの愛しい人」


 現れたレイラは、前と同じ真っ赤なドレスにイルカの髪飾り――俺の予定通りだ。何もおかしい所なんてない。

 いや、おかしい。

 決定的におかしい部分が一つだけあった。

 地下道で、変貌した姉さんに襲われた時。俺は姉さんの鼻を潰すため、赤いハイビスカスの髪飾りを手に取り、姉さんに向かった。

 ――それなら、どうしてあの時、ハイビスカスの髪飾りに反応しなかったんだ?


「さあ、ジュン!! 今日は二人でデートをするのでしたわね!! わたくしを案内してくださいまし!!」


 越後谷がレイラの態度を、観察するような瞳で見ている。

 そうだよ。ハイビスカスの香りと俺がキーワードなら、後ろから迫った段階で姉さんに気付かれない訳が無いんじゃ……?

 俺の腕に抱き付いたレイラからは、華やかな香りがする。……香水の、香りだ。

 待て、待て待て待て。全く意識なんてしていなかったけど、この香り、どこかで……

 ハンカチ。

 青木瑠璃。

 美濃部立花。

 レッドローズ。

 ――目を見開いた。


「というわけで、ツカサ・エチゴヤ、貴方は眼中にありませんわ。さあジュン、私と一緒に――」


 階段を降りる音が聞こえてくる。

 リビングに居るのは、俺、瑠璃、越後谷、美濃部、君麻呂、レイラ。

 残るのは、たった二人、姉さんか杏月のどちらかで、

 ――――やばい!!


「君麻呂!!」


 俺は君麻呂に向かい、君麻呂の肩を掴んだ。唐突な俺の剣幕に、瑠璃と美濃部がぎょっとして俺を見る。俺はレイラに腕を掴まれたまま、君麻呂の目を見た。


「なっ……なんだよ。どうした、急に。寝惚けてんのか?」

「赤い薔薇の花言葉って何だ!?」

「はあ? 赤い薔薇?」

「そうだ!! 急げ!! 今すぐ答えろ!!」


 君麻呂は目を泳がせていた。階段の方から足音が近付いて来る。

 どっちだ。

 姉さんか、杏月か。

 急げ。

 急げよ!!


「えっと、赤が『灼熱の恋』、紅色が――」


 シルク・ラシュタール・エレナが残したキーワードは、『恋焦がれる詩の香』じゃない。


「確か、『死ぬほど恋い焦がれています』」


 ――『恋焦がれる死の香』だ。

 赤い花に関するものすべて、じゃない。薔薇の香り限定だ。

 ――なんてふざけた勘違いをしていたんだ、俺は!!


「ありがとう」


 俺は君麻呂の手を離し、レイラの腕を引いて窓へと向かった。

 階段を降りてきたのは――姉さん。

 俺は窓を開く。


「あれ? 純くん?」

「ちょっと――ジュン!? どうしましたの!?」


 裸足のまま、外へと出た。姉さんが俺に気付く前に、窓を閉める。

 まだ、平気だ。姉さんは暴走していない。だが、俺の方に向かってくる。

 姉さんの鼻は、よく利く。

 隠すだけじゃ駄目だ。洗い流さなきゃ。

 どこで――――

 俺はレイラの手を引き、走り出した。


「レイラ、香水、どこに付けた!?」

「えっ!? な、なんですの、本当に――」

「良いから!! どこに付けたんだよ!!」

「……む、胸元、ですけど……」


 何でそんな所に付けるんだよ馬鹿か!? 夏場だからか!?

 どこまで考えてその部位なのかは分からないが、道理で香りが強い筈だ。姉さんを狂わせるのには、十分だろう。

 くそ。手首なら、海に突っ込むだけで良かったのに!!

 窓が開いて、姉さんが顔を出す――――

 ――――うおおおおおお!!


「えっ!? ――えええええっ!?」


 俺はレイラを担ぎ上げ、海に向かって全力ダッシュ。そのまま、レイラを海に放り投げた。

 続いて、俺も服のまま海に飛び込む。

 夏場の朝方、車通りもほとんどない静かな場所に、水飛沫の音が響き渡った。


「純くん!?」


 姉さんが俺の奇行に気付き、大慌てで駆け寄ってくる。

 香水なんて、水に浸けてしまえばすぐに流れ落ちるはずだ。

 レイラは呆然として、何が起こったのか理解できていないようだった。水中で俺はレイラの身体を抱きかかえ、水面へと出る。立ち上がってしまえば、大した水位ではない。

 俺は念の為、レイラの胸元の香りを確認した。

 消えてる、よなあ……


「ひっ!?」


 ……ごめん、レイラ。ちょっとこれは、どうしようもなくてね。

 姉さんが駆け寄って来て、砂浜と海の境目で立ち止まった。


「純くん……だ、大丈夫!?」


 俺はそっと、姉さんの様子を確認する――……

 特に、豹変する様子も、倒れる様子もない。

 ――――正解、だったか?

 いや、正直言うとよく分からないが。少なくとも、姉さんが暴走していない事だけは、確かなようだ。

 全身からどっと力が抜けてしまい、俺はレイラに倒れ込んだ。


「じっ、ジュン!? ……こ、……こんな」


 レイラはぱくぱくと口を動かし、絶句していた。


「――――ふえっ」


 あ、しまった。やばい。泣く。

 レイラの事が、完全に意識から抜けていた。

 失いかけた意識を再び戻し、俺はレイラに――どうしよう、なんて言い訳すればいいんだ。レイラは目尻に涙をいっぱいに溜めて、今にも爆発しそうな様子だった。

 これは間違いなく百パーセント、俺が悪い。どうしよう。

 人生で一度も人を海に投げ込んだことがないので、どうして良いのか分からない。

 当たり前だった。


「――さんっ。純さんっ」


 ……おや? ケーキが目の前で、ぶんぶんと手を振っている。そのオーバーリアクションな神の使いに目線を向けた。

 何か、両腕を交差するように動かしている。……何? これ。……あ、ハグ?

 ……え、まじで? この場で、ハグ?

 姉さんだけではなく、他の皆も集まって来ているこの状況で?


「ひっ、ひどいですわっ。お父様がくれた、大切なドレスなのに……」


 え、ええい、ままよ!!


「えっ!?」


 俺はレイラの腰に手を伸ばし、ぐい、とその身体を引き寄せた。ケーキが俺の耳元に寄ってきて、俺に耳打ちする。

 うわあ、海水で張り付いた服の感触が、妙にいやらしい……何をする気なんだ、ケーキ……


「純さん、私の言葉に合わせてください」


 だ、大丈夫なのか!? この状況でケーキなんかに頼ってしまって、本当に良いのか、俺!? 一生後悔する事になりそうじゃないか!?

 レイラはひとまず泣き止んだが、俺が何を言い出すものかと混乱している様子だった。

 嫌な予感は拭えないが、他に方法も思い付かない!!


「いいじゃねえか。ドレスのイチマイやニマイでガタガタさわぐんじゃねえ」

「良いじゃねえか。ドレスの一枚や二枚でガタガタ騒ぐんじゃねえ――」


 っておおい!! 何を言っているんだお前は!! いや、俺は!!

 別に何も格好良くないよ!! ただの悪い奴じゃん、俺!!


「一枚や二枚!? か、勝手な事を言ってくれますわね!!」


 当然だが、レイラが怒る。こんな事を言ってしまったらもう、切り返す方法が何も思い付かない。

 姉さんに殺されるでもなく、俺の人生はここで終わったんじゃ……


「ケショウやコウスイにたよるな。おれはスガオのままのオンナがすきだ」

「……けっ、化粧や香水に、頼るな。お、俺は、素顔のままの女が好き、だ」


 海に浸かり、レイラを抱き締めたままで、そう言う俺。ふと見れば、瑠璃や美濃部も顔を真っ赤にして、俺とレイラの様子を見詰めている。

 君麻呂が何故か、うんうん、と頷いて、真剣に俺の事を見ていた。やめろよ。これは勉強になんかならないぞ。

 越後谷は俺が狂気に触れたと思う事にしたのか、見なかった事にして別荘へと戻って行く。

 杏月は――『何言っちゃってんのコイツ』みたいな顔をしている。

 姉さんはさっぱり意味が分かっていない。頭に疑問符を浮かべていた。

 言われたレイラはというと――瞬間、頬を沸騰させて、頭から湯気を出した。


「……は、はい。……分かりました、わ」


 え? 納得すんの?

 それでいいの? お父様から貰った、大事なドレスなんじゃないの?


「やっぱり、ワイルドな殿方に女性は惹かれるものですよねー」


 そうなの? ……ケーキ、お前もこれに納得するタイプなの?


「そうですわね、やっぱりデートだからといって、過剰に着飾るのは逆効果ですわね! 面倒を掛けましたわ、ジュン。出直して来ますので、待って頂けます?」

「……あ、ああ」


 レイラは俺の耳元に唇を寄せて、小声で呟いた。


「お父様が言っていましたわ。女性は殿方を支えるためにあるのであって、決して着飾って隣に居るだけの人形ではないと」


 ああー。

 あ、そう。お父様の教えを知らずに受け継いだ訳ね、俺は。まあね、そうだよね。着飾る事が全てではないよね。

 ……なにそれ。

 勇み足で別荘へと戻って行くレイラを見ながら、俺は誰にも聞こえないよう、ケーキに小声で呟いた。


「知ってたのか? ケーキ」

「いいえ。人形みたいに掴まれたので、お返しのつもりでした」


 俺はケーキを殴った。



 ◆



 結局、それ以降は特に何の問題もなく。ほとんど練習もできなかったが、ドラマのための合宿は幕を閉じた。

 正直、ただ遊んでいただけだったりするが。まあ、読み合わせとかしたし。良いんじゃないかな。

 一体越後谷に何をされるのかと思ったけれど、ほとんど遊んでいたからか、何をされることもなかった。いつ爆弾が投下されるのかと、ハラハラしていたのだけど――……

 越後谷に限って、忘れてるという事は無いよな。……何を考えているんだろうか。

 さて、帰りの車に乗っている一同だが。別荘があまりに居心地が良かったので、帰りの車で眠ってしまう一同、という光景を眺める事は出来なかった。……代わりに、


「ジュン!! はい、ポッキーですわ。あーん」


 ……もう一人、面倒な奴が増えた。

 運転席から姉さんが、チラチラとこちらを見ながら運転していた。危ないので、運転中のよそ見はやめてください。


「純くん。……お姉ちゃん、純くんを信じてるから」

「心配しなくても、別に何もないよ」


 そんなに、べったりと引っ付かれる程に好感度を上げてしまっただろうか。俺は姉さんが暴走しないように気を遣っていただけなのだけど……ああ、杏月の視線が痛い。というか、杏月も胸を押し付けないで欲しい。


「純。……なんで、増えてんの」

「気にするな。不可抗力だ」


 助手席を外れ、一つ後ろの席の中央に座らされた俺。左にレイラ、右に杏月を添え、まさに両手に花――……


「瑠璃、帰りにうち寄ってく? 香水、渡そうか」

「……うん、……うーん、やっぱり、やめとくわ」

「……まあ、あれを見ちゃったら、ねえ」

「でしょ?」


 さらに一つ後ろの席では、瑠璃と美濃部がそんな話をしていた。

 両手どころの騒ぎではなかった。持ち切れないよ。誰か半分持ってくれ。

 その隣では、君麻呂が何やらぶつぶつと呟いていた――……


「なるほど。まず興味を自分に移して、その後に俺に……グレードダウン作戦か。純、実はすげえ策略家じゃね。当然ながら俺ちゃんも思い付いてたけど、実行に移すとかマジパなくね――グッジョブ!」


 いや君麻呂、多分これはお前にとってあんまりグッジョブじゃないよ考え直そうよ。後、その俺に対する無類の信頼もいらないよ。別に俺、お前とレイラの間の関係とか正直どうでもいいし。


「穂苅」


 助手席から越後谷がこちらを見ずに、俺に声を掛けた。


「――おめでとう」

「お前がな!」


 さて越後谷にとっては厄介事が一つ減って万々歳、といった所ではないだろうか。……代わりに俺へ厄介事が押し付けられているんだが。

 赤信号に入った瞬間、姉さんがレイラに向かって振り返った。相当ストレス溜まってる顔だな、これは……


「もうやめてよ!! 純くんはモノじゃないんです!!」

「なんですの、姉。黙って運転を続けていなさいな」

「ふ、ふーん。そんな頼りない胸を押し付けたって、いつも私に抱き締められてる純くんは反応しませんよー。ねー?」


 いや、そんな事は正直どーでもいい。


「あら、そうかしら? その『無駄』な駄肉を誇示する『牛』如きに、わたくしの美しさは理解できなくてよ?」

「無駄っ……だ、駄肉……ふええ、純くんっ!!」


 もう、誰かなんとかしてくれ。

 どうしようもなく、俺は膝の上に座っているケーキを見た。ケーキは俺の腹に身体を預け、すやすやと寝息を立てている。

 ――あれ?

 俺は右手を広げて、ケーキと見比べた。

 そうか……何かがおかしいとは思っていたけれど。ケーキの身体……大きく、なってるんだ。

 透き通るように透明だった妖精のような羽根も、少しだけ黒っぽくなっているし……


「ん? どしたの、純?」

「いや……なんでもない」


 大丈夫なのか、こいつ……?



ここまでのご読了、ありがとうございます。この話をもって、第四章を締め括りたいと思います。

この長い話をよくぞここまで……感謝、感謝です。

第五章は更新をストップせず、このまま突っ込む予定です。

稚拙ながら、お付き合い頂ければ幸甚です。


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