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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第四章 俺が予想も出来なかった二階堂レイラの問題について。
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つ『淡い恋の詩は胸に届くか』 前編

 俺は美濃部を安全な場所に移動すると、そっと寝かせた。青木さんと越後谷がどこに居るか、まだ分からないが――……俺はひとまず、瓦礫の上から歩道の上、レイラの居場所まで戻った。

 木の陰から出てきた君麻呂は全力で俺達の所まで走って来た。


「二階堂もか。良かった、二人共、無事で……」


 普段のおちゃらけた様子はどこにもない。どうやら、本気で恐怖しているようだった。……当たり前か、今まで自分達が居た別荘が一瞬にして荒野になってしまったのだから。


「キミマロ・ハカセ、一体何があったんですの?」

「何がも何も、わっかんねえよ……純が姉貴連れて林に行ったのを追い掛けていったら見失って、うろうろしてたら別荘が吹き飛んだんだ」


 あの場に、君麻呂も追い掛けてきていたのか。それで、姉さんの攻撃を逃れたんだな。


「なんか、でっかい鳥みたいなのが林から飛んで行くし、何がどうなっちまったんだ……」

「君麻呂、青木さんと越後谷は?」

「分かんねえ……けど、多分別荘が吹き飛んだから、まだ下に……」


 俺は再度、崩壊した別荘を見た。

 ……まだ生きている可能性は、何パーセントくらいだろうか。美濃部は少なくとも、息絶えていた――……仮に救い出したとして、また姉さんはここに現れるだろう。そうすれば、結局は殺されてしまうかもしれない。

 強く歯を食いしばると、俺は自分に言い聞かせた。

 必ず時は戻る。……大丈夫だ。これ以上、被害は出させない。

 何にしても、君麻呂が生きていて助かった。

 気持ちを落ち着かせるように、君麻呂の肩を掴んだ。恐怖に怯えていた君麻呂が、俺の眼差しを見て思考を停止させる。


「君麻呂。落ち着いて、聞いて欲しい。全員、助かる方法がある」

「は、はあ? お前、ついにどうかしちまったのか……? お前も見ただろ、もう少なくとも一人は」

「事情を説明している暇はない。今から、俺の質問に答えて欲しい」


 君麻呂は眉根を寄せた。俺が適当な事を言っているのではないと気付いたのだろう。

 ……姉さんは、一体どれくらいの時間でここに辿り着くだろうか。先程までの追い掛けて来る速度とまるで一致しない、空白の時間。俺にとっては都合が良いが、ある意味では不気味とも取れる。

 もしも姉さんが、何らかの問題で既に死亡していたら――……

 背筋が寒くなった。


「……『恋』に関係する花言葉を、ありったけ教えてくれ」


 君麻呂にとっては、理由が理解できない質問であることは、重々承知だ。それでも、俺は何も言わず、君麻呂にその情報を聞いた。

 時が戻る事について、君麻呂に話している時間はない。何より、こいつは一度ケーキを目視で確認する事ができた存在だ。

 それを考えると、この場で俺の状態について説明することは、時を戻した後にもリスクになる可能性があった。

 もしも、君麻呂がこの日の事を覚えていたら。……分からないが、可能性はゼロとは言い切れないのではないか。


「ええ? だから、そんなもんは沢山あって……そうだ、特に赤い花に多いな。赤いチューリップは『愛の告白』だし、赤いカーネーションは『純粋な愛情』だし、赤いアネモネは『恋の苦しみ』だし……」


 ――赤い花?

 そうか、花の色によってある程度、花言葉の種類も決まってきたりするのか。情熱的な花……待てよ、今日、どこかで赤い花を見たような……


「……赤い、ハイビスカス。……君麻呂、赤いハイビスカスは?」

「ああ、さっき二階堂が……確か、『常に新しい恋』とかだったような」


 姉さんは赤いハイビスカスを見て、暴走した……?

 見たからなのか? あのハイビスカスは作り物で、髪飾りだ。そんなものを見ただけで暴走するなら過去に何度も暴走している筈だし、赤い花なんてそこら中にある。

 ハイビスカス限定なら、まだ分からなくもないが……いや、女の子と一緒に居るという条件はあるか。それを考えると、これまでに暴走しなかった説明は、一応付くと言えば付く。

 あの様子からして、杏月は規格外なんだろうし……

 いや、でもなあ。


「レイラ。あの髪飾り、どこで?」

「去年の誕生日プレゼントにお母様から頂いたのですわ。まだ日の浅いもので……」


 花が咲いているような場所に、滅多に行かないからなあ。まして、他の女の子となんて尚更。いや、一度も行ったことはない。

 いや。そうか。

 青木さんがハンカチを返しに来た日と、美濃部とデートした日。あの日は、別に花畑で姉さんと遭遇した訳でもなければ、花束を買って家に帰った訳でもない。花なんて買った事無いし、そうすると……


「――香りだ」


 不意に頭の中に、ある一つの『回答』が浮かび上がった。

 俺の言葉に、君麻呂とレイラが怪訝な表情になり、俺を見る。


「……え?」

「恋焦がれる詩の、香りだ。『しのか』は、『詩の香』つまり、恋焦がれる詩を謳った花のこと。その香りだ」


 ――そうか。

 だから、俺とレイラが一緒に居た時に、始めて姉さんに変化が訪れたんだ。


「ありがとう。……二人はここに居てくれ。俺は離れる」


 返事も聞かず、俺は駆け出した。今この場で姉さんと鉢合わせるのは、無駄な犠牲者を増やす事に繋がる。


「おい、純!? どこ行くんだよ!!」


 大丈夫。姉さんなら、何れ俺の下に現れるはずだ。

 恋焦がれる花の香。だから姉さんが暴走する時と、暴走しない時があった。その違いに、今まで気付かなかった。

 二回の美濃部のデートについて。一緒にエレベーターに乗った時、思えば一回目は華やかな香水の香りがした。なのに、二回目の美濃部からは、特に変わった香りはしなかった。

 美濃部がデートに慣れ、態度を変えてきたからだ。

 ハンカチを返しに来た青木さんだって、香水を使っていた可能性はある。カラオケの時も――……

 全ての辻褄が合う。

 良かった。花言葉に関係するものでなければ、特定は困難だった。

 シルク・ラシュタール・エレナに少しだけ、感謝をした。

 今度は俺が、姉さんに会う番だ。



 ◆



 午後、二十三時五十分。

 俺は悲鳴を上げる全身をどうにか動かし、海沿いの道を全力で走っていた。

 別荘には居なかった。駅前は探した。水族館も見た。地下道は、気が付けば人が通る事は出来なくなっていた。

 ――姉さんが、見付からない。

 一体どうしてしまったのだろうか。通行人に聞いてみたりもしたが、有力な情報は得られなかった。既に警察は動いていて、地下道は完全封鎖。あまり事情聴取していると警察に事情を聞かれそうだったので、俺はただ姉さんが通った道を探した。

 よもや、俺を探していないという事は無いだろう。

 ならば、すれ違ったのだ。

 姉さんがまだ翼で飛んでいるとしたら、俺は地上を、姉さんは空を移動している。姉さんに俺が見付けられないという事は無いと思うが、考えられるとしたらそれしか無い。

 もしもまだ鼻が潰れているとしたら、俺が見付からない可能性もある。


「……純さん、後十分で、日付が変わります」

「ああ、分かってる」


 いくら身体強化されていると言っても、全力で三時間も四時間も走れば、息は上がるし、酸欠も起こす。俺は膝に手をつき、額の汗を腕で拭った。

 何かがおかしいとは、思っていた。

 あの状態の姉さんが、鼻に刺激を感じたくらいでいつまでも立ち止まっているとは思えないし、探し始めれば俺の居場所などすぐに分かるものだと。

 だが、現実には姉さんは俺の前に現れなかった。


「……神様は、十二時間は隠せると、言っていたよな」

「は、はい」

「それなら日付が変わっても、三十分はある、んだよな」


 シルク・ラシュタール・エレナは昼の十二時三十分に、残り十二時間と言った。……この状況で、正確な時間を指定しないということも無いだろうと思う。


「え、ええ。確かにそう言っていましたが……純さん、今日を過ぎてしまったら、戻るのは八月四日……」


 分かっている。だけど八月三日には大したイベントも無かったし、俺の計画に影響はしないだろうと思うのだ。

 それよりも、今この場で時間内に姉さんを見付けられない事の方が、遥かに問題だ。


「いい。悪いけど、ケーキも協力してくれ」

「先程から見てはいますが……どうして、居ないのでしょう」


 どうして、居ないんだ。

 姉さんの身に、何かあったのか。警察如きであの姉さんが止まるとも、思えないが。

 分厚いコンクリートを破壊するような状態だ。拳銃の弾など効きはしないだろう。

 なら、何があったんだろうか。


「……とにかくもう一度、別荘に行ってみるしかないな」

「そう、ですね」


 強く息を吐き出し、俺は自分に活を入れた。さあ、もうひと踏ん張りだ。

 俺は右足を蹴って、再び走り出す――……


「――――えっ?」


 つもりが、その場に崩れ落ちた。

 強烈な筋肉痛にでも掛かったかのように、全身が痛んで動く事が出来ない。

 何だ?

 ……まさか、身体を酷使し過ぎて、今更反動でも来たというのだろうか。


「純さん!? 大丈夫ですか!?」


 ケーキが不安そうに俺を見るが、小さな身体で俺を持ち上げる事はできない。

 ――冗談だろ。

 今日一日を戻さなければいけない。それはもう、俺一人の問題ではないんだ。今日をやり直さなければ、この奇妙奇天烈な事故が現実になってしまう。

 それだけではなく、姉さんは天界に連れて行かれるかもしれないし、俺もどうにかされそうだ。今日一日で、死人は山のように出ているだろう。シルク・ラシュタール・エレナと、ケーキの身も危うい。

 どうにか身体を起こし、俺は立ち上がった。

 暴走の原因は、ほぼ特定完了に近い。

 後は、時を戻すだけなんだ。

 走ることは叶わず、俺は覚束ない足取りで歩き出した。


「……ケーキ、今、何時だ」

「十二時、五分です」


 後二十五分。……もう、無理じゃないか?

 死にたくない時に限って姉さんは俺を殺そうとし、死にたい時に限って姉さんは居ない。

 まるで、本心では俺を殺したくないと言っているかのようだ。

 俺は立ち止まり、海を見た。

 苦笑すると、ケーキが何事かと驚いて俺を見る。


「なんかさ、いつも時を戻す前って、苦労するよな」

「純さん!? 今、そんな事を言っている場合では――……」


 俺は歩き、砂浜に出た。ケーキが慌てて、俺に付いて来る。


「大丈夫だ、ケーキ」


 ざあ、と波の音がした。

 全身が痛い。色々なものを失ったし、既に靴もぼろぼろだ。

 砂浜に出た俺は、夜の海に不自然に立っているその人に、声を掛けた。

 ケーキが驚いて、目を見開いた。


「おかえり、姉さん」


 どれだけ暴れたのか。全身傷だらけで、衣類も無くなってしまっていた。長い亜麻色の髪はそれでも美しく、月明かりに反射して、海と同じように青白く光って見えた。

 腰まで海に浸かっている姉さんは、まるで女神のようだ。


「――へへ。ただいま、純くん」


 姉さんは、戦っていたのか。

 自分の中の何かと、たった一人で。

 俺は姉さんに向かって歩いた。左腕が折れているのか、不自然な方向に曲がったその腕から、おびただしい量の血が流れている。

 遠目にも、痛々しい。

 黙って、ただ姉さんを抱き締めた。


「ごめんね、今は、ちょっと」

「良いよ。姉さんは、そのままでいい」


 姉さんは、悪くない。

 俺達の過去には何かがあって、それが俺達の関係をこんなにも、醜く歪めてしまった。その『過去』の正体すら分からないのに、姉さんは俺を殺す衝動に溺れ、俺は姉さんから逃げている。

 ――こんなのは、間違ってる。

 許される事じゃない。

 どういう訳か、自分が悔しくなった。


「お願い。純くん、私を、殺して」


 姉さんの涙が、海と溶け合っていく。

 長い亜麻色の髪は海に浸かり、ゆらゆらと揺らめいている。

 抱き締めた白い素肌は、震えていた。


「姉さんっ……!!」

「分かんないよ。……頭の中、ぐちゃぐちゃで、もう、どうしていいのか、……私、ね、人、殺しちゃった。……いっぱい、いっぱい、殺しちゃったよ」


 姉さんが、泣いている。

 あの、気丈で、優しくて、俺に手を出す事以外は全て完璧だった姉さんが。


「怖かったね。――大丈夫だよ、姉さん。俺がついてる。――何があっても、一緒だから」


 そうして、いつか姉さんが俺に向かって言ったような事を、俺は口にした。

 その昔、同じような事があった。姉さんは幼い頃から何があっても泣かなかったが、自分が他人を傷付けてしまったと知った時だけは泣いていた。その優しい姉さんが、俺を殺そうなどと考えている事そのものが異常であると、どうして気付けなかったのか。

 姉さんには本人も理解できない運命がある。

 そして、俺にも。


「姉さん、死ぬ時は、一緒だ」


 不意に力が抜けたのか、姉さんが海に崩れる。俺は慌てて、その身体を支えた。

 涙に濡れた姉さんの表情が、少しだけ緩んだ。


「……へへ」


 甘ったれな表情で、笑う。

 そして、姉さんの折れた左腕が『動き』、

 俺の腹を、貫いた。


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