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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第四章 俺が予想も出来なかった二階堂レイラの問題について。
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つ『紅い華やかな瞳に真実は隠れるか』 後編

 水族館に入ると、ある程度奥まった場所まで俺達は走った。ここに隠れている事はいずれ感付かれる可能性があるが、すぐに追ってくる事は出来ないはずだ。

 やがて、休憩できる場所まで辿り着く。俺の息も上がっていて、杏月は堪らずに膝をついた。


「ちょ、ちょっと、休憩しよ……」


 俺はレイラを椅子に座らせ、自身も腰を下ろした。姉さんの鼻は刺激によってそれなりに麻痺している筈だ。もしも鼻で追い掛けているのだとしたら、当分は追って来られないだろう。

 それ以外の理由で俺の居場所が特定されているのだとしたら、それはもう仕方がないと割り切るしかない……だが、姉さんは俺の攻撃に少なからずダメージを受けているようだった。

 どの道、しばらく移動は難しそうだ。ここは、姉さんが追跡出来ない事に期待するしか無いのではないだろうか。


「……あー、こんなに走ったの久しぶりだなあ」


 杏月が辛そうにぼやいて、背もたれに寄り掛かった。俺は自販機からいくつか飲み物を買って、杏月とレイラに提供する。

 確かに、窓はなく密閉されていて独特の匂いがあり、追跡には時間の掛かりそうな場所だ。今更ながら、映画館という選択肢もあったな、と思い付いた。

 慌てている時ほど、アイデアというものは出難い。それを考えると、あの場でレイラが水族館という発想をしたのは大したものだ。


「でも、水族館に『こいこがれるしのか』のヒントがあるとも、思えませんわね……今、午後の三時ですわ」


 レイラが言いながら、時計を確認した。十五時か。何だかんだ、走ったり止まったり戦ったりしながら、二時間半程の時を過ごした事になる。

 問題解決まで、後九時間半。

 もうじき、日が落ちる。そうなれば、少しは逃げ易くなるだろうか。……夏の日は長い。十九時になってもまだ明るい事もあるから、まだ期待してはいけない時間だ。

 そもそも、姉さんが鼻で追い掛けてきているなら、あまり日差しに意味はない可能性もあるしな……。

 出来れば、水族館から出て情報を集めたいのだが。


「ねえ、純。あの意味不明な文字列があいつの暴走と関係してるって、どうして思うの?」

「……前回も、似たような事があったんだ。どうしても時を戻さないといけない事があって――どうしようも無くなった時、この文字列に助けられた」

「意味が、把握できたということ?」

「まあ、そんな所だな」


 杏月は呼吸を整えると、テーブルを挟んで俺の向かい側に座る。俺が手渡した缶のプルタブを開けた。

 俺もジュースを飲むと、少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。


「じゃあ、前回は何だったの?」


 ……やはり、そこから紐解いていくしかないだろうか。シルク・ラシュタール・エレナの残したヒントを解決するに当たり、全く手掛かりも何も無いのでは、お話にならない。

 かといって、また今回のヒントも花言葉に関係していると決めつけるのは、俺にとっては少し難しい問題となる。

 おそらく、シルク・ラシュタール・エレナが今の状態を隠していられるのが十二時間。なら時を戻してからは、もう失敗は出来ないということになる。

 失敗してしまった時に姉さんや俺がどうなるのか、それは分からないが――何れにしても、避けたい事態だ。


「『くろみのくわ』だ。平仮名で書いてあって、同じように問題を読み解いた。『くろみのくわ』は、黒実の桑の花のことだった。その花言葉が、解決のヒントに繋がっていた」

「……ふーん。なるほどね。ってことは、『こいこがれるしのか』も」

「いや、たまたま花言葉だったという可能性もあるんだ。それを考えると、決め付けるのは良くないかと思って」


 俺がそう言うと、杏月は目を丸くした。……どうしたんだ? 俺の考えに何か、落ち度があるのだろうか。


「『こいこがれるしのか』って、さっきの感じからすると、恋に関係する何かよね?」

「……まあ、そうだとは思う。恋焦がれるなんとか……で、『しのか』が何か、って所なんだろうけど」

「恋って言ったら、やっぱり花言葉じゃないの?」

「君麻呂が花言葉に詳しいんだけど、恋に関係する花言葉って沢山あるらしいんだよ。そんなもの、ヒントにするかと思ってさ」

「だから、『しのか』なんじゃないの?」


 ……だから?

 俺は意味が分からず、首を傾げた。レイラが頭に豆電球が点いたように閃いた顔をして、両手を顔の前で合わせた。


「恋プラス、『しのか』の花言葉、という事ですわね。それなら、ある程度絞る事ができるかも」


 杏月はレイラに頷いた。少しだけ得意気に、レイラが笑みを浮かべる。

 ……そうか。恋に関係する何かは沢山あるから、花言葉ではないと思っていたけれど。逆の考え方もあるんだ。だからこそ、『しのか』を合わせる事で、何かの花が浮かび上がる――……


「……でも、じゃあ『しのか』って何だろう」

「そこなんだよねー……」


 しのか。……うーん。たった三文字なのに、これ程難しいとは……

 そういえば、『くろみのくわ』は黒実の桑の花、という意味だったよな。何かの言葉を繋げる事で、言葉になったり……

 しのか……恋焦がれる、死のうか? いや、これはシュールすぎる。意味が分からないし……

 ……あ、そうか。俺は携帯電話を取り出した。


「純? どうしたの?」

「君麻呂を呼ぼう。考えるより、聞いた方が早いかもしれない」


 君麻呂の電話番号……あった。花言葉について詳しい君麻呂の方が、俺達よりもヒントを得やすいだろう。

 何度かコールを繰り返した。俺と杏月とレイラ、それに姉さんも居ない状況で、あの別荘が今どうなっているのかは分からないが……

 ……駄目だ、出ない。


「そういえば、今日の予定は一体どうなってしまったのかしら。不安ですわ……」


 一度電話を切り、青木さんの携帯電話にコールした。……青木さんも、出ないのか?

 もしかしたら、海に入っているとか……あるかもしれないな。泳がない美濃部なら、電話に出るはずだ。

 今度は美濃部にコールした。


「……純、大丈夫?」


 ――なんで?

 どうして、美濃部も出ないんだ……?

 あの後一体、何があったんだ? 暴走した姉さんをその場に放置してはいけなかった――……いや、今更そんな事を言っても遅い。それに、あの場ではどうする事も出来なかった。

 今日一日の間であれば、どこで死んだとしても八月三日の朝に戻る。シルク・ラシュタール・エレナは俺に、十二時間の猶予を与えた。ならば、姉さんが暴走している今日の夜までは俺の時間だ。

 ……どうしよう。

 姉さんの鼻が潰れている事を信じて、一度別荘に戻るべきだろうか。


「レイラ、ここから別荘まで、どれくらい掛かると思う?」

「……車で三十分、くらいだと思いますわ。結構、逃げて来ましたから」


 一番近場のタクシー乗り場は駅前。ここから駅前まで、人の足で十五分くらいだ。……しかしあの場所にもう一度戻るのは、文字通り自殺行為とも言える。

 ……ならば、ここにタクシーを呼ぶか。


「杏月、タクシー呼べるか?」

「呼べると思うよ。ちょっと待ってて」


 杏月は携帯電話を耳に当てた。……君麻呂さえ居れば、恋に関係する花言葉の中から正解を探す事だって可能かもしれない。

 どうにか、連絡を取りたい。


「……ダメ。繋がらないわ」


 混んでいるのだろうか。……いや、まだ昼過ぎだ。タクシーが頻繁に使われるような時間じゃない。

 もしかして、駅前……地下道が粉砕されるような状況だ、もしかしたら地獄絵図と化しているかもしれない。今この瞬間にも、姉さんが暴れている可能性はある。

 なら――走るしかないじゃないか。

 俺は立ち上がり、靴紐を結び直した。


「純、まさか、走って行くつもり?」

「ああ。もう、それしか手段がないだろ」

「駄目ですわ! 姉に見付かってしまいますわよ!」

「レイラ、走って行ったら、どのくらい掛かる」


 唐突に奇妙な質問をされて、レイラが難しい顔をした。


「車で三十分……たぶん一時間は掛かりますわよ。ジュン、そんな事より、どうにかして車を呼んだ方が」

「今は、車もあまり信用できないんだ。道路が潰れていて走れない可能性もあるし、そもそもタクシーが来ない可能性もある」


 別荘までの道のりは、俺には分からない。今まで通り、レイラを背負って行くしか無いか。

 今までの俺には、到底無理な運動量だったが。不思議と、今はやれる気がした。一時間走ることくらいなら、余裕のように思えていたのだ。

 ケーキが俺の頭から胸へと移動し、シャツの中に潜った。


「お姉さんは時が経つにつれて、我を忘れていく可能性があります。……十二時間とはいえ、あまり長い時間を過ごしてはいけないと思います」

「……どうしてだ? ……レイラ、背負って行くから、別荘までの道のりを教えてくれ」

「わ、分かりましたわ」


 俺はレイラの手を取り、立ち上がらせた。


「仮に悪霊のようになってしまったら、純さんを殺してもなお、生き続けている可能性があるかもです」


 ――えっ。

 そ、そうか。俺の時が戻る条件は、俺が死んだ後で、姉さんが後を追って心中すること。仮に姉さんが自我を無くして死ぬ事を止めてしまったら、もう俺は時間を戻す事が出来ないのか。

 ……それって、結構……いや、かなりやばい状態、なんじゃないか? 地下道で出会った姉さんは、既に本来の姿を完全に無くし、杏月にも手を出そうとしていた。

 何れにしても、さっさとケリを付けるに越したことはないか。


「待って! ……せめて、日が落ちてからにしようよ」

「杏月。ケーキも言ってたろ、急がないと」

「それで見付かったら、今までの苦労がパアでしょ。大丈夫、その点については問題ないと思う」


 ……どうして?

 俺は頭に疑問符を浮かべて杏月を見た。レイラも意味が分かっていないようだったが、杏月は少し面白く無さそうに言った。


「……あいつが純の事を好きなのは、本物の気持ちだと思う、から。自我を無くして純を傷付けたり、しないよ。多分」


 その言葉に根拠は無かったが、何故か妙な説得力があった。



 ◆



 午後、八時。結局完全な日没を待っていたら、そんな時間になってしまった。俺は杏月と別れ、別荘までの道のりをレイラを背負い、走っていた。

 姉さんとはあれきり出会していない。どこに居るのか想像もできないけれど。

 改めて、タクシーを使わなくて良かったと思う。姉さんが飛んだ後なのか、暴れた後なのか、コンクリートは所々割れていたりめり込んでいたりして、まともに車が走る事は出来ない状態になっていた。

 俺はというと、背中にレイラが居るというのに、額に汗する事もなく走っていた。何かがおかしい事は確かだったが、今は俺の身体能力の強化については感謝の一言だ。


「ジュン、そこを右ですわ」

「ああ、分かった」


 去り際の杏月の言葉を、思い出す。


『じゃあ、杏月はここに居てくれ。特に問題が無ければ、今日一日を終えること無く時は戻る筈だ』

『……ん、分かった。……なんか、変な感じだね。今日の経験を無くすっていうのは』


 少しだけ寂しそうな顔をして、杏月は俺を抱き締めていた。

 俺が杏月に真実を話した記憶は、残る。

 だが、杏月は俺に掛けられた使命を忘れ、時を戻す。

 そんな事実から、俺がどこか遠くに行ってしまうと思ったのかもしれない。


『ねえ、純。……時が戻った後で、私に本当のこと、話してくれない? そしたら、今私がこうしていることも、思い出すかもしれないでしょ』


 少しだけ悩んだが、俺は言った。


『……それは、できないよ』


 もしも話してしまえば、杏月にも危害が及ぶ。もしかしたら、天界から何か罰を受けるかもしれない。俺だけではなく、杏月も。


『そりゃ、そうか』


 杏月も分かっていたようで、特に怒る様子もなかった。俺から離れると、杏月は微笑んだ。


『それじゃ、行ってらっしゃい』


 八月五日。これから失われる日の、俺と杏月の最後のやり取りだった。

 まだ、問題は一切解決していない。結局『こいこがれるしのか』の正体を解き明かすには至らず、考える要素も無いので保留になってしまっている。

 君麻呂にヒントが無ければ、もうお手上げだ。花言葉でなかったとしたら、そもそも――……

 もしもこれが三回目のヒントで、うち二回が花言葉に関係していたとしたら、考える事も少なかったのかもしれないが。

 そして――……


「……なんですの、これ」


 レイラが蒼白になって、俺から降りる。

 辿り着いた別荘は、林の方から衝撃波でも受けたかのように、砂浜に向かって吹き飛ばされていた。

 広い別荘はただの瓦礫の山になっていた。

 俺達の荷物も、この瓦礫の中。

 いや、それだけではない。もしかしたら――……


「……青木さん!!」


 俺は別荘の近くまで駆け寄り、辺りに向かって叫んだ。


「越後谷!!」


 あまりに、無残な光景だった。

 もしもこの下に皆が居たら。

 ――底知れない恐怖が押し寄せてくる。


「誰か居ないか――!? 穂苅だ、穂苅純だ!! 居たら出てきてくれ!!」


 転びそうになりながら、俺は瓦礫の上を歩く。レイラは素足だったため、その場から動けずにいた。ただ俺は、周囲に向かって叫んだ。


「美濃部――!! きみま……」


 ――何か、柔らかいものを踏んだ気がした。

 右足を避け、ただの木材と化した壁を気合いで起こした。

 ガタン、と音がして、下に居たそれを、俺は確認した。


「……みの、べ」


 別荘が崩れる事に巻き込まれたのか、木材が身体に突き刺さり、動かなくなっている美濃部の姿がそこにはあった。

 俺は左の手首に指を這わせ、脈を確認する。

 ……何も、反応しなかった。


「リッカ・ミノベ!? ジュン、そ、そこに居ますの!? 戻って来てくださいまし!!」


 俺は下に居る美濃部の身体を起こし、瓦礫の山から救い出した。

 美濃部は恐怖に顔を引き攣らせた状態のままで、全身から血を流していた。

 遠目にも分かったのだろう、レイラがしゃくり上げるような声を出して、口元を押さえた。


「――ごめん」


 美濃部は口を開かない。彼女が死んでいる所を見るのは、これで二度目だった。

 記憶は、完全に消去される訳ではなかった。本人の中で繋がらない、あるいは夢のような出来事として、うっすらと残る。

 もしかしたら、今後の美濃部に恐怖を植え付ける事があるかもしれない。

 言葉にできない悔しさが全身を駆け巡り、俺は震えた。

 ただ、美濃部を抱き締める。

 不意に、物音がした。俺は顔を上げて、音のした方を振り返った。

 現れた人影に、目を見開いた。


「……純? ……純か!?」


 林の中から現れたのは、葉加瀬君麻呂だった。



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