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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第四章 俺が予想も出来なかった二階堂レイラの問題について。
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つ『原因と結果に法則はあるか』 後編

 杏月は至って真剣な様子で、俺の回答を待っている。その言葉に俺は驚いてしまい、言葉を失っていた。

 レイラがそそくさと、杏月のための席を空ける。杏月はレイラを一瞥すると、鼻を鳴らして空いた席に座った。腕を組んだ体勢のまま、微動だにしない。

 何回目、ときたか。


「……いや、俺は」

「三回以上は確実に死んでる。一回目は間辺慎太郎の時。二回目は駅の事故の時。純の中に何が起こってるのか分からなかったけど、様子が変だったってことは分かってるから」


 ……本当に、よく見ている。俺も時間が無かったし、隠す余裕も無かったという事があるが――……問題を解決しなければならないのに、自分自身の知識が自然に入手されたものだと偽装する事は非常に難しい。

 ならば、これも仕方がない展開なのかもしれない。


「今、六回目だ。俺は五回死んでる」


 ――痛い。

 杏月は俺の頭を殴ると、向かい側から席を回って俺の隣に来た。上目遣いに見詰められると、流石に俺も動揺してしまう。


「なんで、相談しないの?」

「なんでって、そりゃあ」

「分かってる。……何も言わないで」


 俺の肩に、重みが加わった。杏月は目を閉じて、俺の体温を感じているように見えた。

 向かい側で呆然と見ていたレイラが、驚きに声を漏らした。


「痛かったんでしょ?」

「……別に。大したことないよ」


 俺は、嘘を付いた。

 文字通り身を切るような痛みであったことは、抗いようもない事実だ。すうと気が遠くなっていく感覚も、もしかしたらこのまま目覚める事はないのかもしれないという恐怖も、何回死んでも忘れたり、慣れる事ができずにいる。

 杏月は俺の嘘に気付いていたのかどうなのか、目を閉じたままでいた。その様子がどこか、祈るような格好に見えたのは、何故だろうか。

 手を組んだ訳でも、祈りの言葉を捧げた訳でもないのに。


「私達に話したのは、また死ぬからなのね?」


 俺は、何も答えない。

 時を戻せば、杏月やレイラの中から、俺が話してきた記憶が消える。

 うっすらと覚えていたり、現実世界の事と認識しない可能性もあるが、完全に覚えている事はなかった。だから、中身だけでなく姿までも『暴走』を始めた姉さんが居る以上、俺が誰に話さない理由もない。

 ……杏月を除いては。


「……バカ」

「すまん」

「……いい。分かってるから」


 杏月は俺の首に腕を回し、愛おしそうに俺の耳に口付けた。それが悲観的になっているが故に、という事が分かっていたので、俺は何も言わずにいた。

 ただ、向かい側でレイラだけが杏月の行為に顔を赤くして、何やらぶつぶつと呟いていた。

 杏月はむっとして、レイラを見た。


「……何よ。文句ある?」

「は、破廉恥ですわ! わ、わたくしの目の前で」

「関係無いでしょ、そんなの」

「ええっ……」


 気迫もあって、レイラが完全に言い負かされる格好になっていた。

 ……くそ、杏月に聞かれる予定ではなかった。レイラや他の人間ならば、出会った頻度の少なさから、姉さんと俺の関係性を特定する事は出来ないだろう。仮にうっすらと時を戻す前の記憶が残っていたとしても、関係性が無い以上は夢で終わる事だろうと思う。

 特に二階堂レイラのような、関係性の薄い人間であれば。

 だが、杏月は駄目だ。杏月は姉さんの奇行を嫌というほど見ている上、本人も対立している。滅多な事が無い限り、それが何か大事に繋がるということは無いはずだが……それでも、リスクは避けたい。

 杏月が姉さんと俺の真実を思い出した瞬間、毎度時を戻すなんてことは出来ない。


「純。……教えてくれて、ありがとう」


 いや、ちょっと待てよ。俺は杏月に今、何を教えた? レイラに聞かれているものだと割り切って、時が戻るタイミングについても話をしてしまったんじゃないか。

 仮に杏月がこれから八月七日の夜まで俺を拘束してしまえば、あるいは俺が姉さんと接触する機会を作らせなければ、この出来事はそのまま『真実』に早変わりだ。

 二度と時を戻す事が出来ず、俺は窮地に陥る――……

 馬鹿か、俺は。声が違う事に気付いておけよ。人を前にして、考え事なんてしているから……

 もっとちゃんと、周りを見ていれば。


「私は、何をすればいい?」

「……え?」

「時が戻るまで、手伝えば良いんでしょ?」


 ――杏月は、嘘を言っている様子はない。


「協力して、くれるのか?」

「……もしも今日をやり直すんだとしたら、後二日以内に純が死なないといけないんでしょ。あいつ、すごい顔、してた」


 あいつとは、姉さんのことだ。

 レイラの後を付けて――あるいは、始めから。杏月は姉さんの変化を、横で見ていたのかもしれない。

 別人のようになってしまい、元の優しさも気丈さも見えなくなってしまった、まるで亡霊のような、悪霊のような姉さんの姿を。

 胸の辺りが詰まるような感覚を覚えて、俺は気分が悪くなった。


「そ、そうしたら、今すぐにでも、あの姉のところへ戻れば良いのでは?」

「それじゃあ駄目だ。姉さんが暴走した原因をどうにかして見付けないと、また同じ事が起こる」

「わたくしが居なければ良いんでしょう? 事情さえ知っていれば、わたくしはジュンに近付きませんわ」

「駄目だ」


 レイラは、この問題の本質を全く理解していない。


「もしも八月三日の朝に戻ったとして、レイラが俺と接触する機会なんかいくらでもある。俺は時を戻した後、お前にこの事情を話すつもりはない」

「なっ……!? そんな事を言っている場合ではないでしょう!! わたくし、他の人に言いふらす程バカではありませんわ!!」

「仮に話したとしても、現場を見ていないレイラさんは信じないでしょう」


 レイラの言葉には、ケーキが答えた。レイラが言葉に詰まり、気まずそうに目を逸らす。


「神様がお出になりません。おそらく、今回の出来事をもみ消すために悪戦苦闘しているものと考えます。……お姉さんは、元『神の使い』。人間ではない部分が見付かれば、天界はもう黙っていません」


 ――そうか。

 姉さんはどんな形であれ、前世の記憶を保持したまま、この世に生まれてしまっている。前世の記憶を持っていた人間、なんて稀にニュースでやる事があるけれど、今回の件で姉さんが確実に、何らかのパワーを持っている事が明確になってしまった。

 そんなもの、人間界にあって良い筈がない。それが天界の、ケーキの落ち度であるとするなら、尚更――……ケーキ、大丈夫なのか? 事がバレたら、俺の未来云々以前に酷い処分を受けそうだ。

 だとするならシルク・ラシュタール・エレナは今、今回の問題を隠すために動いているのかもしれない。


「ところで、あんたは何なの?」

「あ、穂苅杏月さん。初めまして、私はケーキと申します。お姉さんと純さんの問題を解決するため、天界から来ました」


 ケーキが杏月に、テーブルの上で頭を下げた。その様子を見て、レイラが額を指で揉んでいた。


「もう、全然付いて行けませんわ……」


 ふと、ケーキの携帯電話が鳴った。慌ててケーキは、それに出ようとした。

 俺はケーキの携帯電話を奪って、巨大化したそれを耳に当てる。


「俺だ」

『あらー、ケーキ、そこにいますかー?』


 ――俺が出たというのに、シルク・ラシュタール・エレナはケーキが出たことにしている。

 落ち着け。頭を使うんだ。

 冷静に考えて、口で言わずに俺の携帯電話にヒントを残していくような状況で、はっきりとした言葉が来るわけがない。

 少しの間の後、シルク・ラシュタール・エレナは言った。


『……これからお部屋で寝ようと思うのでー、十二時間は席を外しますねー。貴女はしっかりと、穂苅純の監視をしていてくださいー。あ、一応夏休みなので言っておきますが、あまり遠くに行ってはいけませんよ。……いえ、私の管轄から外れるとか、そういう事ではありませんが。監視する私の苦労が増えますのでー……ええ、よろしくお願いしますー』


 そうして、電話は切られた。

 やたらと間延びした声だったのは、何も影響が出ていないというカモフラージュのように思えてならない。

 十二時間、か。流石にシルク・ラシュタール・エレナはこの状況を監視しているだろう。


「……十二時間以内に、問題を解決してください。ただし、結界の外、つまり別荘から離れてはいけません……そう、言われているように感じました」

「奇遇だな。俺もだ」


 珍しく、ケーキが鋭い事を言ってくる。

 俺は現在の時刻を確認した。……丁度、昼の十二時三十分を回った所だ。意外と長い時間、話していたみたいだ――……それでも、ファミリーレストランの中は人が増える様子もない。……あまり、人気のない場所なのかな。

 十二時間以内。ということは、今日の零時三十分までに時を戻さなければいけない、ということになる。

 ……いや、待て。問題を解決するまでの時間、だったよな。ということは、時を戻す時間も含めて十二時間以内、ということか?

『こいこがれるしのか』を解き明かして、姉さんに殺され、復活して姉さんが暴走しない事を確認するまでの猶予が十二時間?


「十二時間以内に、時を戻すってこと?」

「いや、解決するまでに十二時間だ。……そう考えると、かなり厳しい」


 杏月はケーキを鋭い視線で見た。ケーキがびくんと、身体を硬直させた。


「ケーキ、聞きたいんだけど。あいつに黒い翼が生えてここに居るの、多分あんた達にとっては良い事じゃないわよね?」

「……は、はい。おそらく、神様はこの街を他の神様から見えないようにして、事件を無かったことにしようとしているのだと、思われます」

「もしもバレたら、責任を取るのは誰?」

「そ、それは勿論、私……そして、最終的にはお姉さんの問題を公にしてしまった、私の神様に責任が行きます」

「なるほど。なら、当然隠すわよね」


 流れるように、杏月は俺を見た。……俺にも、何か質問があるのか?


「純。あいつがあんな風にならない方法、あるの?」

「……分からないが、可能性はある。その神様とやらが残していった、ヒントみたいなものがある」

「私にも、見せて」


 俺は携帯電話を開き、目的のテキストファイルを開いた。下にスクロールさせていくと、丁度朝に発見した謎の文字が見える。杏月はそれを凝視し、レイラは頭に疑問符を浮かべていた。

 ……どちらかと言うと、レイラにちゃんと見て欲しい、という思いはあるのだが。


「……何、これ?」

「本来、時を戻す事は、そう簡単にやって良い事じゃないんだ。まして、俺達の目的で自殺したりなんていうのは、ご法度なんだよ」

「……元々、純の目的っていうのは、何だったの?」

「俺の目的は、姉さんに殺される前に、別の彼女を作ること。そうしなければ、俺はいつか姉さんに殺される。でも、姉さんに殺される以外の方法でも、時は戻る。そんな時、このテキストファイルにヒントが付くんだ」

「ふーん……なんとなく、話が見えてきた」


 杏月は俺の携帯電話を奪うと、内容を自分の携帯電話にメモしているようだった。


「――じゃあ純は、あいつに、何度も殺されてきたのね」


 その質問には、俺は答える事は出来なかった。だが、杏月は俺の沈黙を肯定だと受け取ったのか、目を閉じて何かを考えているようだった。携帯電話を俺に返すと、杏月は黙って立ち上がる。

 どこか、身体に力が入っているように見えた。


「ほんと、バカ」


 その言葉は、姉さんに向けての言葉だったのだろうか。それとも、殺され続けた俺に対しての言葉だったのだろうか。もしかしたら、杏月自身に向けての言葉かもしれない。

 この呪われた関係を解決するためには、俺は早く他の恋人を作らなければならない。それなのに、俺は杏月のアプローチを断り続けている。……その矛盾に、杏月は気付いてしまったのかもしれない。

 でも、適当な気持ちで誰かと付き合うなんてことは、俺には出来ない。まして、それが自分の妹とあらば。

 杏月は顔を上げた。

 今度は、笑顔だった。


「――行こ、純。早いとこ解決して、私の記憶を無くしてよ」


 杏月は俺の手を取る。

 ――いつも、杏月は無条件に俺の協力をしてくれる。全力で、俺を助けてくれる。

 どうして俺は――何に引っ掛かりを感じて、杏月のアプローチを拒んでいるのだろうか。

 そんな事を、少しだけ考えた。


「ちょっ……ちょっと待ってくださいまし! わたくしはどうすれば……」

「え? ここに居れば? 私らが失敗したら、電話で呼んであげるわよ。……勿論、その時には何が起こってるか分からないけど」


 その言葉にレイラはカチンと来たようで、すぐに席を立つと、杏月の目の前まで詰め寄った。


「役立たずみたいに言わないでくださいます?」

「役立たずじゃん。今のやり取りで、何も分からなかったんでしょ?」

「……妹。貴女、わたくしの事バカにしてますわね?」

「バカじゃん」


 うわあ……杏月、お前それはちょっと言い過ぎ……

 レイラが顔を真っ赤にして、杏月を目一杯睨みつけた。……駄目だ、この組み合わせは杏月の圧倒的優位だ。レイラの力では、杏月に敵う事は絶対にないと言える。

 だが、レイラは杏月を見下ろすように指差して、言った。

 身長差があるから、見た目はレイラの方が強そうだが。


「わたくしもっ!! 行きますわ!! 良いですかジュン・ホカリ、姉の秘密を解き明かすのはわたくしですからね!! こんな、こんな、小娘に、負けてたまるもんですか!!」


 ……まあ、俺もレイラにきっかけが有りそうだから、協力はして欲しいけどさ。

 今のやり取りを眺めていると、少し厳しい感じがするよなあ……。全く会話に付いて行けていないし……

 レイラを見ていた杏月が、更に先――店の奥を見た。そして、顔色を変える。

 瞬間、窓ガラスが割れる音がした。


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