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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第四章 俺が予想も出来なかった二階堂レイラの問題について。
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つ『原因と結果に法則はあるか』 前編

 唐突に発生した意味の分からない事態に、全員唖然として硬直した。


「純さん!! お姉さんを、人の居ない場所に運んでください!!」


 ケーキが叫ぶ。俺は慌ててケーキに頷き、姉さんを抱き上げた。青木さんが真っ先に手伝おうとしたが、俺は首を振って青木さんの協力を拒む。

 静かに、その手は引かれた。

 今は、ケーキの言う通りにするしかない。


「大丈夫」


 俺はたった一言、青木さんに伝えて、二階の階段を上がろうとして――

 誰も来ない事を期待するなら、裏手の林まで向かった方が良いだろうか。

 方向転換し、玄関口の扉を開いて外へと出た。

 別荘から離れていくにつれて、姉さんの呼吸が復活した。俺は思わず安堵してしまったが、それでも離れ続ける。

 離れたからなのか、時間が経ったからなのか、それは分からない。でも風邪も引かない姉さんが急に倒れる事なんて、これまでになかった。

 林を進んで行くと、丁度良い場所に切り株を発見した。

 俺は姉さんを切り株へと降ろした。


「……どうなったんだ、ケーキ」

「分かりません。……でも、強力なパワーを感じます」

「パワー?」

「内側と外側で、ひしめき合っているような……。と、とにかく神様に連絡しないと……!!」


 ケーキは胸元から携帯電話を取り出した。程なくしてそれは巨大化し、慌ててケーキはシルク・ラシュタール・エレナに電話を掛ける。

 姉さんの肩を揺らすと、姉さんは徐ろに目を開いた。

 ――良かった。

 一時はどうなる事かと。


「……純、くん?」

「大丈夫? 姉さん。……倒れたんだよ」


 姉さんは起き上がり、自身の額を抑えた。頭痛だろうか? 肩で呼吸をしながら、俺から目を逸らした。急に何かの発作が起きたような、そんな様子だった。

 ケーキが携帯電話の画面を再度見て、悔しそうにしていた。


「駄目です、繋がりません……!! 神様、どうしてしまったのでしょう……」


 来ないのか。おそらく、今は監視をしていないのだろう。こんな時に、異例の事態が発生するなんて。

 場合によっては、救急車を――


「『神様』……?」


 空気が固まった。俺もケーキも目を丸くして、その場に立ち尽くした。

 姉さんが起き上がる。ゆらりと動いて立ち上がる様はどことなく恐ろしげで、俺はケーキに身体を向けたまま、顔だけを振り返って姉さんを見た。

 赤銅の瞳が、大きく見開かれている。そこにいつもの姉さんの姿はない。何故だろうか。狂気に満ちているように思えた。

 それにどことなく、光っているような――……

 その目は真っ直ぐに、ケーキを見ている。

 戦慄した身体の筋が、張ってしまって言う事を聞かない。

 ――見えて、いるのか!?


「えっ……!? そ、そんな……!!」


 ケーキが姉さんを見て、唇を震わせて怯えた。

 姉さんの表情が、歪んでいく。ケーキに向かって歩き――……そして、ケーキの首元を右手で掴み、そのまま大樹の側面に叩き付けた。


「あっぐ……!!」


 ケーキが咳き込む余裕もなく、苦痛に呻いた。

 何だよこれ。……一体、何がどうなっているんだ。姉さんはまた、暴走を始めているのか……!? だとしたら、どうして姉さんにケーキが見えているんだ。

 今までに、こんな事は一度も――無かった。

 言葉にならない言葉が、俺の口から漏れた。


「会わせて。……会いたいの。会いたいのよ。私、憎い。いいえ、はい。この世界の全てが憎いわ。彼を悲しませるような世界なんて、私にはひとつもいらない」


 何を、言っているんだ。


「やめろ、姉さん!!」


 俺は姉さんの肩を掴んだ。姉さんの亜麻色の髪が揺れ、光る赤銅の瞳が俺を見て――……赤銅どころの赤みではない。透き通るような赤――真紅だ。亜麻色の髪はみるみるうちに黒く染まり、姉さんの瞳の色は真紅に染まっていた。

 ぞっとして、俺は掴んだ肩を離す。姉さんから二、三歩、後退った。

 姉さんが、ケーキを離す。俺に身体を向け、耐えられなくなったのか、両手を地に突いた。

 姉さんの背中が――肩甲骨の辺りだろうか。異様な、動き方をしている。

 なんだよ。

 ――なんだよ、これ。


「ロー……ローウェン……。目を覚まして……。貴方は今、騙されているの……。わた、し――アアアアア!!」


 俺は呼吸をすることを忘れ、姉さんの変化をただ、見ていた。

 盛り上がった肩甲骨がついにシャツを突き破り、肌以外の何かが顔を出す。地鳴りのような音がして、俺は思わず両耳を塞いだ。

 姉さんが吠えているのか――!? 鼓膜が破れそうだ……!!

 ケーキ。何してるんだ。頼む、目を覚ましてくれ。

 涙をぐっと堪えて、現状をどうにか把握しようと頭が動く。だが健闘も虚しく、恐怖の感情に押し潰されていく。

 こんなもの、俺の手には負えないって!!


「――――い、ま、たす、け」


 咆哮が止んで、俺は目を開いた。

 姉さんの顔を確認する。――いや、もう、ここに居るのは姉さんじゃない。別の誰かだ。すっかり面影は無くなり、漆黒の髪は好き放題に伸びていた。

 破れた服が落ち、姉さんは四つん這いの姿勢で俺を見詰める。

 こんなにも恐ろしいのに、どうして懐かしい気がするのだろう。俺まで、気が狂ってしまったのだろうか。

 俺は、透明の涙を流した。

 姉さんは、血のような色の涙を流していた。


「――壊さなきゃ。ねえ、壊さなきゃね。全部、壊さなきゃ。欠片も残さないほどにぐちゃぐちゃにしないと、姿がバレちゃう」


 姉さんが、俺に向かって跳躍する。獣のように、飛び掛かった。

 為す術もなく、俺は姉さんに首根っこを捕まれ、地面に押し倒される。後頭部が樹の根に当たり、瞬間的に意識が飛んだ。

 空は晴れていて穏やかな空気さえ流れているのに、なんてアンバランスな光景だろうか。

 全てが黒かった。

 姉さんの髪の色も、光の影になった顔も、真紅の瞳の奥も。

 そして、姉さんの肩甲骨から伸びる、真っ黒い何かも。

 頭の上に浮かんでいる、輪っかも。


「大丈夫。どんな時も、一緒だよ。私が守るかうぁっ……!!」


 姉さんが再び、苦痛に顔を歪ませた。黒かった髪色は少しだけ元の姉さんの髪色に近付き、姉さんは俺を離して自身の身体を抱いた。

 その隙に、俺はどうにか身体を起こした。


「なっ……やめて……何、これ。かっ……身体が……バラバラになってく……みたい」


 ――正気を、取り戻したのか!?


「姉さん!!」


 俺は姉さんを呼び、がたがたと震える姉さんに駆け寄った。姉さんはそれを、左手で制した。


「……純くん」


 たった一つ、印象に残ったものがあるとすれば。

 その時の姉さんは、いつも見せる逞しさや凛々しさが欠片も感じられない、頼りない子犬のような双眸で俺を見ていた。

 ――姉さん。


「逃げて」


 ただ、歯を食い縛った。

 ガサガサと物音がして、林の向こう側から現れる人影があった。俺は姉さんから視線を移し、その人影を目視で確認する。

 枝に服を引っ掛ける事を恐れながら、金髪の娘が顔を出した。


「こ、こんな所まで来ましたの……? ジュン、姉は――」


 ――二階堂レイラ!?

 俺は駆け出し、地面に倒れているケーキを拾い上げる。そのまま、レイラの手を掴んだ。理由も分からずに居るレイラは、俺の突飛な行動に驚いて、奥に居る姉さんをしっかりと確認しようとした。

 そこに姉さんが居ない事に、レイラは驚く。そして、奥にあるモノを見ようとした。

 レイラがはっきりと確認をするよりも早く、俺はレイラの手を引いた。


「来い、レイラ!!」

「な、なんですの!? あれは……」

「うるせえ!! 良いから来い!!」


 レイラは奥に居る姉さんを気に掛けながら、俺に従った。



 ◆



 昼になる頃には気持ちも落ち着いてきて、果たして姉さんの身に何があったのか、分析を始められるようになった。

 ケーキも目を覚まし、俺はレイラを連れて、別荘を大きく離れた駅前のファミリーレストランへと辿り着いていた。途中でタクシーを拾う事が出来たのは、不幸中の幸いと言えただろう。

 駅前にはタクシー乗り場もあるので、そこまで気を煩わせることなく別荘まで戻る事もできる。

 今は、姉さんに追われない事が重要だ。

 俺はアイスコーヒーを一気に飲み干した。


「……そろそろ、何があったのか説明していただけるかしら」


 レイラが疑問に疑問を重ねたような、胡乱な表情で俺を見た。そんな風に睨まれたって、俺にも何が起きたのかはいまいち断定できていない。

 しかし、姉さんの背中に生えた、あの奇妙なモノ。……あれは、どう見ても『翼』だった。

 シルク・ラシュタール・エレナが持っていた純白の翼とは対照的な、真っ黒い翼。

 それを考えると、おかしな点が一つ出て来る。


『本来ならば、前世のお姉さんが死んだときー、お姉さんは『神の使い』になる予定、だったのですよー』


 過去にシルク・ラシュタール・エレナがそう言っていた事を信じるとするなら、もしも姉さんに羽根が生えるとしても、それはケーキのような妖精の羽根なのではないだろうか。

 あの翼は、どうしたって神様と同じもの――……

 だけど、姉さんの翼は黒かった。

 まだ昼には早過ぎるからか、近くに他の客は居ない。店内に居るのはウエイトレスと、カウンターに居るサラリーマン、喫煙席で話している中年の男性二人。

 ――よし。


「ケーキ。『神の使い』ってのは、皆お前と同じように、妖精みたいな姿をしているもんなのか?」

「えっ……」


 俺は、レイラの居る前でケーキに話し掛ける事に決めた。レイラが目を丸くして、テーブルの上で俺に提供された水を吸っているケーキを見る。

 ケーキは俺の突飛な行動に、思わずといった様子で水を吹き出した。


「ぶふっ!? ……じゅ、純さん!? 何考えてるんですか!?」

「いや、いい。時を戻す。――レイラも見たろ、俺の奥に居る、変な翼の生えた生き物」

「……え、ええ」

「あれは、姉さんだ」


 ガタン、と音がして、レイラが手にしていたコーヒーカップを倒した。中に入っていたコーヒーがテーブルに広がり、レイラは慌てて紙ナプキンを手にする。

 どうせ死ぬつもりなら、レイラに黙っていても仕方がない。どうせ黙っていても、レイラはいつか姉さんの変貌に気付く。

 あの場所に避難したのは、俺と姉さんの二人だけなのだから。


「わ、訳が分かりませんわ……。わたくしが見たのは、黒い髪の女ですもの……」

「それが姉さんだ。化け物に変わっちまった」

「ちょ、ちょっと待ってくださいまし。あまり変な冗談を言うのは……」


 冗談ではない。俺はそれを伝えるように、レイラの目を真っ直ぐに見据えた。動揺していたレイラは俺の視線に気付き、気まずそうに視線を逸らし、溜め息をついた。

 何故、姉さんに変化があったのか。何がきっかけなのか。それを見つけ出さない事には、この合宿を乗り切る事は不可能だろう。

 姉さんに殺されるよりも早く、情報を集めるしかない。

 ならば、今はレイラに協力をさせる事が第一だ。


「……冗談を言う雰囲気でも、無さそうですわね。……あの姉は、危険ですの?」

「俺も見たことがない。だが、間違いなく俺を殺しに来るということは分かる」

「ホラー映画を見ているんじゃ、ありませんのよ……」


 姉さんは一度倒れ、次に目を覚ました時には様子がおかしくなっていた。ケーキはそれを、『内側と外側でひしめき合っているようなパワー』と言った。おそらく予想する所では、姉さんの中で常識的な部分と狂気の部分が戦っていたのではないかと思う。

 だから、俺は逃げる事ができたのだ。


「それで、ケーキ? 『神の使い』ってのは――」

「……普通は私くらいのサイズです。あの時のお姉さんのように、翼を持っているものではありません」

「そうか。じゃあ、少なくとも姉さんは、現段階では『神の使い』ではないんだな」


 ケーキが重苦しい表情で頷いた。そう、あれは『神の使い』ではない。ならばあれは『堕天した神様』か、あるいは天使か。そんな所だろう。

 天使などというものに会ったことはないが、何れにしても今までに見たことのない存在だということだ。

 本来、姉さんは神の使いになる予定だった。それが現世の何らかの影響によって変化したのか、あるいはシルク・ラシュタール・エレナが嘘を付いていたのか、どちらかだ。


「姉さんは、レイラが来るまでは普通だった」

「なっ……!? わたくしのせいだと言いますの!?」

「お前のせいだとは言ってねーよ。レイラに何かのきっかけがあるんじゃないかって思っただけだ」

「そ、そんな事を言われても、わたくしにはさっぱり未知で分かり兼ねますわっ!!」


 レイラが頬を膨らませて、そっぽを向いた。協力してくれればとは思ったが、あまり戦力にはならないかもしれない……。

 しかし、今回の件についてはレイラがトリガーになっているということで、間違いは無さそうなんだよな。起きた瞬間の姉さんはまだ普通だったし、杏月と張り合う余裕もあった。

 あの時、何かが起きたんだ。

 ……待てよ? 前にも同じ事が起きたような……


「ねえ、『時を戻す』ってことは、純は時間を遡る事が出来るの?」


 そうだ。前にも似たような事、あったぞ。意図せずに姉さんが暴走してしまった時。一番初めの頃に。


「……そうだよ。俺が死んだ後で姉さんが追い掛けて死ぬと、時が戻る。今時を戻すと、八月三日、金曜日の朝に戻る」

「ふーん。そっかあ、なるほどねー。そういう事だったんだ」


 ……あれ? 目の前のレイラは、口を開いていない。

 俺は声のする方を向いて、そして――開いた口が、塞がらなくなった。


「なんかおかしいとは思ってた。……何でそういう事、私に相談しないのよ」


 あ、杏月!?

 ――何で、ここに?

 もしかして、レイラの後を付けていたのか? 杏月は黒い肩の出たワンピースを着て、腕を組んで俺を見下ろしていた。その表情はどこか不機嫌で、薄目を開けて俺を睨み付けている。

 レイラだけが全く付いて行けないといった様子で、俺と杏月を交互に見ていた。

 杏月はテーブルに右手を突いて、腰に手を当てて俺の顔を覗き込んだ。


「じゃあ、聞くけど。あんた今――『何回目』なの?」


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