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ヤンデレ姉さんに○されたら考えるべき10のこと  作者: くらげマシンガン
▼第四章 俺が予想も出来なかった二階堂レイラの問題について。
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つ『その死に価値は生まれるか』 後編

 八月五日、日曜日。

 結局朝方になるまで寝られなかった俺は、朝日に気付いて目を覚ました。視界を見回すと、姉さんと杏月が見える。

 ……結局、ほとんど眠っていない。起き上がると、俺は寝不足な頭を振り払って伸びをした。まあ、旅行……もとい合宿の朝なんて、こんなものだろう。

 ケーキが俺の胸から転がり落ちた。いつの間に胸の上に。


「ふぎゃっ」


 ケーキだけは、声を出しても誰に気付かれることもない。

 姉さんは気持ち良さそうに眠っているし、杏月もすやすやと眠っている。今、何時だ? 携帯電話を開いて、時間を確認した。八時か……まあ、いいか。あまりに眠かったら後で昼寝でもすることにしよう。

 あ、そうだ。


「……あ、おはようございます、純さん」

「ケーキ、おはよ」

「……何してるんですか?」


 携帯電話の、例のテキストファイルを開いた。前回、時を戻した時のことを、記録するのを忘れていた。事件が解決すると、こういった事はどうにも頭から抜けてしまうものだ。

 今更ながら、思い出せて良かった。

 七月九日、月曜日。急行列車に巻き込まれて死亡。

 さらにその下に、重要な事を書き記した。

『姉さんに殺される事は、鍵になっていない。俺が死んだ後で姉さんが後を追い掛けて死ぬ事が、時が戻る事の条件』

 俺は、姉さんに殺されなくても良かった。それは、俺がこの問題を解き明かす上での重要なヒントになっていると思う。

 ……くろみのくわ、か。俺は何気なくテキストファイルをスクロールし、その文字列を探した。


「……あれ」


 その文字列は、見付からなかった。代わりに俺は、別の文字列がそこに記述されていることを確認する。

 そこには、『こいこがれるしのか』と記述してあった。

 ケーキが驚いて、目を丸くした。


「恋……恋焦がれる……しのか? しのかって……何だ?」


 やっぱり、これはシルク・ラシュタール・エレナが俺に残したメッセージで間違いない。『くろみのくわ』を解き明かした俺に、次のヒントが現れたのだと思う。

 そういえば、君麻呂の一件きり彼女も俺の前に姿を見せない。何かがあったのだろうか……悪い事でないと良いんだけど。

 こんなヒントを残していく位だから、彼女にもそれなりのリスクが発生しているのではないか。

 もしも、直接会うことを禁じられていたら。

 そう考えると、少しだけ申し訳なく思えてくる。

 しかし……しのか? 何だろう。また花言葉の関係だろうか。だとしても、やはり平仮名だけではなんとも……。


「……何でしょう、これは」

「また、ヒントみたいだけど」

「でも、まだ何も起きていないのに」


 ケーキが言った。確かに、まだ何も起きていない。全員生きているし、至って平和だ。

 それはつまり、これから何かが起こる、という事を示しているのだろうか。そう考えると、気が重いが――……何れにしても、前回同様この『こいこがれるしのか』が何らかの解決に繋がるという事で、間違いはなさそうだ。

 俺はそっとテキストファイルを閉じて、携帯電話を隅に置いた。

 着替えよう。


「ん……おはよ、純くん」

「おはよう、姉さん」

「早いね……」


 丁度着替え終わる頃、姉さんが目を覚ました。

 いつもの姉さんの方が、ずっと早いが。姉さんが起き上がると、浴衣の隙間から胸元が見えた。……気にするな。家族だ。

 姉さんはうんと伸びをした。


「そうだ、姉さん。今日から暫く、二階堂と付き合ってる振りをするけど、気にしないで」


 一応、言っておかなければならないだろう。姉さんは意味が分からなかったのだろう、何度か瞬きをして、頭に疑問符を浮かべた。


「越後谷とのアレでね。……ちょっと、協力をお願いされてるんだ」


 そう言うと姉さんが、ああー、と頷く。昨日までのゴタゴタは姉さんもよく知っているからだろう、姉さんは苦笑して浴衣を脱い――ぶふっ。

 慌てて、姉さんから背を向ける。何でいきなり着替え始めるんだよ!!


「そうなんだ。大変だね、純くんも」

「……まあ、ほとぼりが冷めたら落ち着くと思ってるんだけどね」

「すごいからなー、熱烈なアタックがー」


 ふと背を向けた俺に、後ろからしなだれ掛かってくる何かがあった。……何かって、一つしか無いのだけれど。すぐ近くで漏れる吐息に、俺の身体が固まる。

 あんたも大概、熱烈なアタックがすごいよ。

 ……俺も薄着だから、分かる。これは、何も着ていない。脱いだ身体をそのまま押し付けた格好だ……胸が。ブラジャーしてないのかよ。

 背中から回される手は、どこまで行っても素肌だった。

 やばいな。寝起きという事もあって、まだ頭が働いていない。


「……姉さん? ……別に、何もないから、さ」

「ううん、嫉妬してる訳じゃないのよ。でも、今日は暫く純くんと一緒に居られないのかー、と思って」


 ……充電か。そういう事か。

 そんな事をしなくても、家ではいつも俺と一緒に居るじゃないか。バッテリーの有効時間、短すぎるだろう。姉さんは俺の首筋に鼻を当てて、何度も深呼吸をしていた。

 幸せそうに、姉さんは微笑んだ。


「ね、姉さん。もう、いい?」

「んー、あと五分だけー」

「あと五分って。寝坊してるんじゃ、無いんだからさ」

「似たようなものよー? 純くんも充電……する?」


 姉さんの悪戯っぽい声が聞こえた。首から回された腕が、俺の胸を撫で……こ、これは。滑らかな白い指が、身体の感覚を研ぎ澄ませるようにそっと動いた。

 耳元で言葉にならないような何かを呟かれていたが――ふと、その耳に柔らかい感触が伝わる。

 噛ま――


「ふああっ!?」

「……へへへ。杏月が起きちゃうから、静かにねー」


 た、耐えられない……!!

 ――と思っていたら、姉さんの動きが止まった。何だ……? 俺は後ろを振り返り、その現状を把握した。

 杏月が枕を片手に握り締めて、俺と姉さんの様子を見下ろしている。……どうやら、とっくに起きて立ち上がっていたらしい。

 姉さんの表情が、固まっていった。


「……べ、別に、良いでしょ? 個人の自由でしょ?」


 姉さんが、何だかよく分からない事を言っている。

 杏月は少し、目尻に涙を浮かべ――そこまでかよ。俺の前に回って、屈んだ。同時に、姉さんに向かって枕を投げ付ける。


「そうね」

「きゃっ!」


 後ろで姉さんの悲鳴が聞こえ――うおっ!?

 杏月は真正面から堂々と、俺にキスしてきた。首に手を回され、執拗に俺を狙う。……いや、ちょっと。朝っぱらから何してんだよ。まだ寝ぼけてるんじゃないのか。


「あ、ちょっと!!」

「んー、おうくひびるはあふぁひのものー」


 もう唇は私のもの、だろうか。後ろの姉さんに視線を向けて、杏月が口を付けたまま喋る。いやいや。

 背中から姉さんが抱き付いて来て、俺の耳を食べ……いやいやいや!!

 前から後ろから抱き付かれ、身動きが取れなくなってしまった。意地になっているのか、頑なに杏月も姉さんも俺から離れようとしないし――


「朝ごはんの準備ができましたよー」


 ノックの音がした。

 寝ていると決め打ちされたのか、ほぼ同時に扉が開く。


「じゃじゃーん!! 今日は私とりっちゃんで、朝ごはんを作――」

「あ」

「えっ?」


 ……ほらな、言ったろ。

 大概こういう都合の悪い所に遭遇するのって、青木さんなんだよ。



 ◆



 朝食を食べ終わるまで、二階堂――レイラは俺達の前に姿を表さなかった。とんでもない場面に直撃して挙動不審になった青木さんが元に戻る頃、俺達はようやく、今日こそはドラマの練習をしようという流れになっていた。

 越後谷が一体何を仕掛けてくるのか気になっていたが、特に何をする様子でもない。だが、俺達をどこか監視しているように感じた。

 不気味だな……と思っていると、俺を見てにやりと笑う。

 怖いよ。何だよ。何を考えているのか、教えてくれよ。


「おーい純、どこ見てんだよ。今日は二階堂は来ないのか? 寝てんのか? 二度寝かァ!?」


 君麻呂がチンピラっぽい歩き方をして、俺に近付いて来る。……どうしてこの男は、俺が知っていると思っているのだろう。

 俺に詰め寄ると、君麻呂はゲスな笑みを浮かべた。


「……良い方法を思い付いたんだよ、純。ちょっと耳貸せよ」


 貸したくないなあ。


「なんだよ」

「まず、二階堂の興味を越後谷からお前に移す。そして、お前を好きになった二階堂が、興味をお前から俺に移す。……これ、完璧なグレードダウン作戦じゃね……!? 俺天才じゃね!?」


 具体的な内容が何も無いのだが、それは果たして作戦と呼べるのかどうか。

 君麻呂、お前自分で男として最低ランクだと言っているぞ。気付いていないようだが。

 ……なんか、妙に展開が当たってしまっているのが気味悪いが。レイラの方は、越後谷を振り向かせるために俺に迫って来ているんだけど。

 そうだ、そういえばこいつは花言葉に詳しかったな。


「君麻呂、恋焦がれる系の花言葉って何?」

「恋焦がれるぅ? イチゴとかカーネーションとか、チューリップ? あ、薔薇もそうだな。いっぱいあるぜ」


 ……まあ、それもそうか。恋に関する花言葉なんて、探したら本当に沢山ありそうだもんな。だとしたら、ヒントとしては少しばかり価値が薄いような……。

 いや、まだ花言葉だと決まった訳でもないしな。花関係だと決め打ちで探して行っても、解決はしないだろう。

 瞬間、リビングの扉が勢い良く開いた。


「――みなさん、ごきげんよう」


 おお。

 縦ロールが心なしか、より丁寧に巻かれているように見える。レイラは部屋着とは思えない程に豪華な赤いドレスを着て、……部屋着ではないな、あれは。ハイビスカス? のような花飾りを、頭に付けていた。

 お嬢様っぽくて、とても栄える。……いや、お嬢様なんだけど。

 レイラはそのまま、俺の下に格好良く歩いて来た。

 下顎を撫でられる。


「ジュン、ごきげんよう。わたくしの愛しい人」


 ……これ、カップルではないだろ。どう考えても、王妃と従者とか、そんな所だろ。……ああ、だからこんな格好なのか。レイラなりの、恋人モードなのかもしれない。

 普通の恋愛なんて、経験無いんだろうな……。一体どこから知識を得ているのやら。少女漫画か。


「おお!? まさか俺が言った通りに!? 俺すごくね!?」


 君麻呂は無視。

 レイラが俺の腕に自らの腕を絡ませ、越後谷に不敵な笑みを向けた。……ほら、越後谷は頭に疑問符を浮かべているじゃないか。逆に、青木さんと美濃部が目を白黒させている。杏月は既におかしな事態に気付いているのか、黙って腕を組んでいた。

 ……あれ? どうして、姉さんが透き通るような瞳で、俺を見ているんだ? 朝、説明した筈では……。


「さあ、ジュン!! 今日は二人でデートをするのでしたわね!! わたくしを案内してくださいまし!!」


 嬉しそうに外を指差すレイラは、何故か生き生きとしていた。俺は姉さんの様子に嫌な予感を覚えたが、そのままレイラの方を向く。

 うーむ、頭に刺したハイビスカス、これは本物なのかな……。見た目、よくできた偽花、というところだが。

 それ以上に、レイラから香る甘い香りにクラクラする。この髪飾りからきているのだろうか。

 どんなにズレていても、やっぱり美女は美女のようだ。


「というわけで、ツカサ・エチゴヤ、貴方は眼中にありませんわ」


 越後谷はレイラの考えている事が分からず、四苦八苦している様子だった。……そりゃそうだ、付き合っている相手でもなければこんな手段は通用する筈もない。

 仮に付き合っていたとしても、あまり良い作戦とは思えないが……。

 レイラは俺の手を引き、扉を目指した。


「――――駄目です、純さん!!」


 ふと、ケーキの叫び声に近い引き止めに、俺は立ち止まった。

 ケーキの声が聞こえていないレイラは、不思議そうな顔で俺を見る。

 ――なんだ?

 胃の奥のほうを握り締められるような不快感を覚えた。意識が飛ぶような感覚があり、一瞬倒れ込みそうになった身体を、どうにか足を踏ん張って耐える。

 訳が分からず、俺は何事かとケーキの方を振り返って――――


「え?」


 ――その向こうに居る、姉さんを見た。

 不自然な体勢になっていた姉さんは、当たり前のように重力に従って床へと倒れ込んだ。隣で腕を組んでいた杏月が、驚きに目を丸くする。

 身体がフローリングの床に当たる、鈍い音がした。

 その様子を、俺は呆然と眺めていた。


「――姉さん?」


 姉さんは頭から床に突っ込んだというのに、悶える訳でもなければ、声を発する訳でもない。

 何が起きているのか、分からない。

 俺はレイラの手を振り払い、姉さんに向かって走った。


「姉さん!?」


 駆け寄って姉さんの身体を抱き起こす。姉さんは苦痛に顔を顰めたままで、全く動く気配が無かった。

 どういう、状態だ?

 何が起こったんだ?

 ただ、身体を揺さぶる。

 全く動いていないということは、当然呼吸もしていない訳であって――……


「姉さん!!」


 息をしていない。

 ――息を、していない。

 俺は姉さんの頬を何度も叩き、どうにか目を覚まさせようとした。全員固まってしまい、その場から動けずにいた。

 どうして?

 なんだよ、これ。

 まるで、姉さんが死んでしまったみたいじゃないか。

 何で、動かないんだ。


 ――――どう、しよう。


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